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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
233/463

233.バイロン牧場にて

「パヴァン、いいかげんに起きなさい。もうお昼よ」

「およしなさい、ジェス。パヴァンは一晩中起きているのよ。何も報いてあげられないのだもの。せめて、好きなだけ、寝かせてあげなさい」

「報いてあげられるわ。だって、わたし、ごはんを作ったもの。後でだって出してあげられるけど、みんなの残り物みたいで嫌じゃない。パヴァンも家族なの。揃って食べなきゃダメよ!」


 パヴァンことパドマのここ最近の1日の始まりは、大抵こんな風だった。

 イレにそっくりな牛を見捨てることができなくて、毎夜スミルドン退治をしていた。何日かしたらスミルドンを蹴散らすことはできたが、オオカミがやって来たり、キツネがやってきたり、なかなかデンジャラスな土地だったので、引き際を見つけられずにいた。

 パドマとしては、こっそり獣退治をしているつもりだったのだが、毎日ダドリーが鍋を持ってくるし、なんなら狩りの途中で出て来てしまうし、散々なことをしていたから、家人全員の知るところとなり、家に引き入れられてしまったのである。

 抵抗したかったが、無駄だった。人を傷付けずに抗う術を持っていないのだ。家に入ることを泣いて嫌がるパドマを皆が理解しなかったのだが、ここに至るまでの道程でも、いろいろあったパドマは、より一層拗らせていた。

 最初の街で、女だと知れるとロクな扱いをされないと気付き、少年に変装をしたつもりでいるパドマだが、大した変装でもないので見破る者もいたし、少年だと思った上で襲ってくる人物にも出会ってしまったのである。

 返り討ちにするのは簡単なのだが、相手を殺さないで済ます匙加減が難しい。腕がもげても足がもげてもいけない。相手の都合などどうでも良くても、パドマの気分が良くないからだ。

 そういう体験を通して、店ならともかく、人の家に入るのは本当に嫌になった。親切風を装う人も、信頼できなかったのである。だから、やだやだやだやだと泣いて嫌がった結果、屋根裏部屋に引きこもることで妥協がなった。家人も、部屋に入って来ない約束は守ってくれているが、その代わりに部屋の前で騒ぐのだ。寝坊を愛するパドマには、それもつらく厳しい。


「ジェスさん、ごはんはいらないよ。まだ昨日の狐シチューが大量に残ってるから」

「また、そんなことを言う。心配しなくても、パヴァンの食費全部は賄ってあげられないから。うちで1人前だけ食べて、残り29人前をシチューでも何でも食べればいいでしょう」

 パドマの朝寝坊を許してくれないのは、ジェスだけだ。朝寝坊も何も、日の出後に寝始めるのだから、昼過ぎまで寝ていたっていいと思うのだが、昼ごはんは正餐だから、みんなで揃って食べるんだと意地でも起こされている。絶対に譲ってくれない。

 ジェスはダドリーの姉であり、牛似おっちゃんことバイロンの娘である。他にバイロンの妻であるリアもいて、4人家族なのに、そこにパドマを混ぜようとするのである。パドマは牛に思うところがあるだけで、この家族に対しては、他人もいいところというか、同じ部屋にいたくもないのに。


 何を言ったところで、どうせ見逃してはもらえない。パドマは渋々、コートを羽織り、階下に降りて行った。

 野菜の煮込みと豆の煮込み、チーズオムレツとホワイトアスパラガスのソテー。ここ最近のよくあるメニューに、パドマが食費代わりに納めた鳥が、蒸されて並んでいた。

 既に家族が席に着いているところに、余った席に座り、食前のお祈りを聞いた後で、食事に手をつける。ここでは、パドマのボサボサ具合にジェスに顔をしかめられる程度で何も言われないのが、幸いだ。バイロンもダドリーも、ボサボサ仲間なのである。

 いつも通りに食事を済ませ、昨日の戦利品を町に売りに行こうと、パドマは外へのドアを開けた。すると、すぐそこに、ふわふわとした微笑みを浮かべる金髪の佳人がいた。パドマは即座にドアを閉め、屋根裏部屋へ戻った。だが、佳人は住民の存在を意に介さずに家に侵入し、パドマを追ってきて、パドマに飛び付いて泣いた。

「ぎゃああぁあぁあ!」

 と言う悲鳴がパドマの口からこぼれたが、離してはもらえなかったし、涙を見れば、振り解くこともできなかった。



 しばらくそのままで過ごしていたのだが、金髪の佳人こと師匠は、涙が引っ込むと即、パドマを抱き上げて家を出た。

「ちょっとちょっと、逃げないから、ちょっと待って。見せたいものがあるの」

 あまりパドマが暴れて鬱陶しいので、師匠はパドマの指示に従った。パドマは、師匠を牛の下に連れて行った。一目見れば、なんでパドマがここにいるか、わかってもらえると思ったのだ。

 牛は今日も全身ふさふさしており、頭頂部の毛は髪の毛のようだった。ヒゲで顔中毛だらけになっているどこかのバカ弟子とそっくりだった。体が牛だから本人でないのはわかるのだが、それでいて何草なんて食べてるんだ、と言いたくなるくらいには、似ていた。

「あの牛ね、鈍臭いんだ。小屋に仕舞ってもらってるのに、毎夜、肉食獣に襲われるの。ここを離れたら、明日には全滅だよ。寝覚めが悪いから、離れられないんだよ」

 その説明で、何故パドマがここに止まっていたのか、理由のすべてがわかった。今までは、街に寄っても最長1日しか滞在しなかったため、居所をつかむのが難しかったのだが、同じ場所に長期滞在してくれたおかげで、師匠はパドマを見つけることができたのだ。

 肉食獣の皮だの骨だのを、毎日売りに来る美少年の噂を聞きつけたのだ。そんな生き物は、どんな顔をしていようとパドマに違いないと思って辿ってくれば、案の定パドマを見つけた。どこで何をしていようと、人の噂になるのがパドマだという予想は当たった。見つけてしまえば、あとは連れ帰ればいいと思ったのに、今度はバカ弟子が邪魔をする。師匠は、ブチ切れそうになる気持ちを押さえた。あれは、牛だ。バカ弟子より役に立つ生き物だ。

「あれ、何とかできる?」

『全部、出荷したらいい』

「ダメだよ、そんなの」


 次に、パドマは、家に戻って、バイロンたちに「兄が来た」と紹介した。変な生き物の師匠を、まともに説明するのが面倒だったのである。兄と言われて、自信満々ふんぞり返っている師匠は、どう見ても少女だった。

 どこか似た雰囲気の2人なので、血縁かな? という予想はあったのだが、絶対に妹だろうと思っていた皆の予想は裏切られた。パヴァンも、女の子のような気がするのに、男装でいる。見た目では性別はわからない、そう言う血筋なんだな、と思うしかない。

 紹介を済ませてから、改めてパドマは毛皮を売りに行った。


 町に入って少しすると、師匠に口をふさがれ、物影に引きこまれた。何ごとかと思ったら、少し先にある店からヴァーノンらしき人物が出てくるのを見せられた。危機一髪だった。

 師匠は、パドマを抱えて逃走を開始したが、パドマは逃げてどうする、と思っている。パドマは、ヴァーノンから独り立ちして、ヴァーノンの手を煩わすことのないように、アーデルバードを出たのである。ヴァーノンまで出て来てしまっては、意味がないのではないだろうか。どうしたら独り立ちさせてもらえるのだろうか。そこまで考えて、パドマのお腹が鳴った。

「師匠さんが来たのにびっくりして、狐のシチューを食べるのを忘れてたよ」



 ヴァーノンは、おおよそ師匠と同じ推察で、コッペキリにたどり着き、万屋から聞いた情報を頼りにバイロン牧場を訪れると、屋外で狐シチューを食べる師匠がいた。黒茶の髪の女がいたからパドマだと思ったのに、パドマに変装中の師匠がいた。

 ダドリーは、すっかり騙されてパドマだと思っているが、ヴァーノンは、一目で違いがわかる。

「何をやってるんですか。紛らわしい」

 とヴァーノンが言えば、師匠はかつてのように微笑むだけだった。わけがわからない。ヴァーノンは、そういえば見た目だけは似てるんだった。お騒がせなのも似ていたな、と思いながら立ち去った。パドマはその頃、いつぞや寝ぐらにしていた林の木の上で、師匠にもらったお弁当を食べていた。久しぶりの第3のおふくろの味は、涙が出るほど美味しかった。その誘惑に負けて、狐シチューを譲ったのである。


 ヴァーノンは、騙されたのではなかった。こんなところで、師匠がパドマの変装をしているのが、おかしいのだ。だから、こっそり張っているのだが、夜半に師匠は、牧場を襲う黒鳥狩りを始めたくらいで、パドマと接触する気配はなかった。

 ヴァーノンもイレにそっくりな牛は見たので、だからここに滞在しているのか? とは思ったが、パドマの変装をしている理由が説明できない。師匠はいつだって意味がわからないと言われてしまえばそれまでなのだが、師匠の行動原理は、ヴァーノンにはなんとなくわからないでもなかったのである。

 パドマは、ヴァーノンに遭遇したのをすっかり忘れ、木の上で弁当を抱えて寝ているとは露知らず、ヴァーノンは、師匠を見張り続けた。だが、師匠は黒鳥スープと黒鳥唐揚げを作って食べただけだった。日が上ると、家に帰って行った。寝てしまったのか、その後の動きはなかった。

 師匠は家に入ると、食卓に黒鳥スープと黒鳥唐揚げを並べて、そのまま裏から出て行った。パドマのような大食漢ではないので、頼まれた通りに料理してみたものの、食べきれなかったのである。

 そして、林で何故か宙づりになって寝ていたパドマを回収し、道中見つけたミモザがキレイに咲いていた場所に行き、炊き出しを始めた。湯気は出てしまうが、煙は出さない。恐らくヴァーノンは気付かないだろう。

 黒鳥の唐揚げとスープの他に、きのことチーズの炊き込みごはん、卵焼き、きんぴらうど、筑前煮を追加で作った。そろそろごはんが炊けるかな、という頃合いに、パドマは起きた。師匠は、そんなんじゃ1人にできないな、と見ていた。

「瞬間移動した」

 パドマは、暢気に転がっていた。寝ぼけて寝たままどこかへ行くのはよくあることだから、朝起きて知らないところにいても、気にならなくなってきている。起きた場所が、誰かの家の中でなければ、大体大丈夫だろう、と。師匠とヴァーノンの顔を見て、気が緩んでいるパドマは思っていた。起きればごはんがある。なんて幸せな1日の始まりだろう。

 毎日、ジェスに昼ごはんを出してもらっているのも忘れて、パドマは唐揚げどんぶりにがっついた。


「うにゃあー、幸せだー」

 ヴァーノンの過保護に困っていただけで、パドマの幸せはアーデルバードに全てあったのだ。帰りたいなぁ、と素直に思った。筋張った肉食獣を煮込み続けるのは、もう飽きた。煮込めば美味しくなるのだが、毎日業務用巨大鍋もないのに、30人前を何度も茹でこぼす作業は、やりたくない。

 師匠は、パドマの短くなった髪を嘆きながら、ミモザの花をパドマの頭に挿して遊んでいる。前はとても嫌だったが、今なら許せる。

 パドマは、雄叫びをあげながら林に突撃し、肉食獣狩りを始めた。やつらを滅ぼさねば、パドマはアーデルバードに帰れない。最初の標的は、たまたま出会したグリズリーだ。

次回、獣鍋屋を開く。

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