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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
231/463

231.旅立ちは突然に

 パドマは朝起きて、朝ごはんを食べてから仕掛けカゴを上げて、帰宅するつもりだった。

 だが、朝起きたら、師匠が寝室にいないし、朝ごはんを作ってもいなかった。こんなところに置き去りにされてどうしたらいいんだよと、パドマが探し歩いたら、海から海藻まみれになって師匠が出て来た時は、かなりびっくりした。師匠だと気付くのが数瞬遅れたら、斬り付けていただろうなぁという妖怪ぶりだった。1人でいることが少ないパドマが、よりによって単独でいる時に、そんな体験をしたのだ。心臓のばくばくが止まらない。

 話を聞くと、師匠は一晩中、魚突きと貝拾いと海藻の収穫をしていたらしい。舟の近くに海産物の山が出来ていた。

 運ぶのも面倒なので、パドマは近くに簡易かまどを作って、網だけ持って来て、朝ごはんたちを網焼きにすることにした。赤い剣が外でも使えるので、パドマは火おこしがかなり得意になった。どこかの阿呆が街議会に殴り込みをかけろと言っていたが、どう考えても、これはバーベキュー用品である。1人でできるもんと、師匠を着替えて来いと追い出して、パドマはアミに貝と魚を乗せた。内臓の処理は面倒だから、やらない。パドマの正しい母の味の作り方だ。どうせ自分で食べる分である。誰からも苦情は言われない。


 早着替えの達人は、何処に行って着替えたのか知らないが、水浴びをしてこざっぱりして、戻ってきた。水も滴る美少女になって登場したが、パドマは興味を示さなかった。外見年齢のまったく変わらない師匠の風呂上がりの姿など、子どもの頃から見慣れているので、何の感動もなかった。そんなことより、右手に下げているナベヅルの方が気になる。

 ナベヅルは、ダチョウのように首と足が長い鳥である。体長は、初めて会った時のテッドくらい。走るのには特化していないようで、足は細い。額と胴と足は灰黒色で、首は白く、頭頂部はわずかに赤い。アーデルバード近郊には生息していない鳥だ。恐らく、ダンジョンにもいない。そんな鳥を、師匠は気軽に何処かで仕留めて持ってきた。不思議生物もいい加減にしろよ、とパドマは思ったが、今更である。恐らく、師匠の朝ごはんになるだろうから、少し分けてくれないかなー、食べてみたいなー、と言う熱視線を送っておく。それに気付いた途端に、師匠はナベヅルを後ろ手に隠したから、分けてもらえないかもしれない。なんだよケチ、とパドマは生焼けの魚をかじった。

 パドマが焼いたのは、セブンバンドグルーパーである。ダンジョンのクエと似たような顔をしていたので焼いてみたのだが、失敗したようだ。そもそも生焼けなのがいけないのだろうが、身が固い。味は甘味も旨味も感じられるから、悪くはないと思う。これは、自分で調理してはいけない魚だったと反省しながら、100kg級の魚をパドマは1人で食べ切った。面倒と言う理由で取らなかった内臓が、最も美味だった。食の道は、訳がわからない。師匠には、最低でも一晩寝かせないと美味しくならないのに、と注意された。そんなに放っておいたら傷むとしか、パドマには考えられない。

 ナベヅルは、焼き物と白ワイン煮込みとうるいの汁物に変身して、パドマの前にも並んだ。パドマは諦めていたところの提供に、瞳を輝かせた。師匠はそんなパドマを見て、海に入って忘れていた胸苦しさが戻って来た。途端に食欲が失せたが、パドマはナベヅルに夢中になっていて、気付きもしなかった。ナベヅルは、いないものをわざわざ獲ってくるのも納得の美味い鳥だった。歯応えも舌触りも程よく、滋味に溢れている。焼き物も美味かったが、汁物の出汁が最強だった。これを食べるためなら、師匠の妹を名乗っても構わないほどに、パドマは感動している。

 だが、ナベヅルの後、二枚貝を食べた後で、巻き貝が残ってしまった。巻き貝の身を取るのは、パドマの中では兄の仕事である。身をとって欲しいのに、師匠は何をしているのか、丸まったまま動かない。叩いても引っ張っても、手伝ってくれる気配がないので、諦めて腕輪を外して粉砕して食べたら、右手が血だらけになってしまった。

 血の臭いに師匠は覚醒して、パドマの右手を見て、驚愕した。左腕は三角巾で吊るされているし、右手は血まみれなのに、パドマはまったく気にせず、食事の後片付けをしていた。師匠が少し目を離した間に、事件が起きていた。料理を作って食卓に並べたら、食べ終わるまでは自由時間じゃないのかよ! 何かと言えば、もう成人したのに、と主張するパドマに、子どもだってもう少し目を離せるぞ、と師匠は言いたくなった。血止めをし、師匠の薬で完治させたが、パドマのガサツさ具合に渋面になった。片手で巻き貝を食べる難易度の高さは理解できるが、血まみれになってもまったく気にしていないのは、おかしい。どうしてそんななんだろうと思えば、師匠の過去の所業の所為だと簡単に答えが出た。ダンジョンでも、パドマは痛いと文句を言いつつも、血だらけになること自体は気にしていなかった。あれもこれもそれも、パドマのおかしなところは皆おのれの所為かと気が付いて、師匠は大変申し訳ない気持ちになった。


 師匠の獲物だけで舟に乗り切らないので、もういらないような気がするが、折角仕掛けてあるのだし、楽しみにしていたので、パドマは仕掛けカゴを引き上げたが、上がらなかった。師匠に手伝ってもらって引き上げると、カゴいっぱいにみっちりとカニが詰まっていた。

「気持ち悪い!」

 パドマは、逃げ出した。

 ちょっとした師匠のサービス精神だったのだが、そういえば、密集したウゾウゾと動くものは嫌いだったっけ、と思い出した。好きなカニなら好きとはならないなんて、妹とは実に面倒な生き物だと師匠は思ったのだが、よく考えたら、師匠のリアル妹も面倒臭いヤツしかいなかった。ヤツらに比べたら、パドマのやらかしは、実に可愛い規模だ。山が丸ごとなくなったり、村が丸ごと水没したりしないのだから。大好きなカニを気持ち悪いと言うくらい、なんていうこともない。

 師匠は、カニを海に返そうとしたら、パドマが戻ってきて、カニを師匠の懐中に仕舞い始めた。師匠は驚き樹上に逃げたが、パドマは三角巾を外して追って来ようとするので、降伏した。海産物は全て持ち帰るから、懐中に仕舞うのはやめてほしいと、蝋板を見せてお願いした。

 師匠は、せっせと海産物を小舟に乗せ、港に運ぶと、パドマをキレイに整えて、連れて帰った。



 予想通り、パドマが帰宅すると、ヴァーノンは怒っていた。大量のお土産では、誤魔化されてくれなかった。毎回毎回面倒臭いなぁ、とパドマどころか、師匠も思っている。今日は相談の結果、師匠は女の子ですよと、可愛くツインテールにして来たのだが、ヴァーノンはそれにも誤魔化されてくれなかった。ノリが悪くて、つまらない。

「折角、可愛くしてきたのにね」

『やっぱりボブくらいに切った方が良かった。ツインテは、ヴァーノンの好みじゃない』

 反省する点のズレている師弟をいくら怒っても疲れるだけだろうに、ヴァーノンの叱言は止まらない。

「確かに、師匠さんちには泊まったけど、師匠さんは1晩素潜りしてたんだし、空き家みたいなものだよね」

『その気になれば、昼でも夜でも場所がどこでも何でもできるのに』

「だから、2人きりを禁じているんだ!」

『話は聞いた。もうさわらない』

 そう言いながら、師匠はパドマの頭の上に手を置いている。カチンときたヴァーノンは、それを払おうとして、パドマの頭を叩いてしまった。

「あ、悪い」

「ごめんなさい」

 パドマは、それだけ言うと飛んで消えた。床に茶色のブレスレットが落ちていた。ヴァーノンは、走って追いかけようとして、追いかけられないことに気付いた。パドマはもうすぐ城壁を飛び越えそうだが、城門とは反対方向だった。パドマを養育するためには、空を飛べるようにならねばならないらしい、とヴァーノンは痛感した。師匠はブレスレットを拾って、走ってパドマを追いかけて城壁は跳んで越えた。


 城壁を越えてすぐのところに、パドマは落ちていたので、師匠は、城壁に時折り足をかけて勢いを殺しながら、蝋板に書き込んだ。

『ヴァーノンは私が気に入らないだけで、パドマのことは怒ってないよ』

「知ってる」

 パドマは、泣いていなかった。いつもと同じ何でもない顔をしていた。いつもと同じように、少しやる気のなさそうな顔をして、地べたに座っていた。服が汚れるなどということを、まったく気にしていなかった。

「悪いんだけどさ。ちょっと伝言を頼まれてくれないかな」

 パドマがペンを持って、書く仕草をしたから、師匠は蝋板を貸し出した。パドマは利き腕が使えない割りに、スラスラと利き腕と精度に大差がない字を刻んだ。師匠が受け取ると、パドマは城壁に背中を付けた。それを見届けてから、師匠は跳んだ。

 師匠は城壁の上で、しばらく潜伏していた。気配を絶って時間が経つが、パドマはまったく動かない。寝てはいないと思うが動かない。寝ていても割りと動く子なのに、変だなぁと思い、パドマの前に戻ると、出し抜かれていることに気付いた。パドマは、神の力で幻術か何かを使っていたらしい。もうパドマはいなかった。飛んで行ったのか、足跡などの痕跡も見つけられなかった。

 師匠は急ぎ唄う黄熊亭に戻り、ヴァーノンに蝋板を投げつけてやる予定だったが、不在だったのでカウンターに置いて、さっきの場所に戻った。神経を研ぎ澄ませてみても、何の残滓も見つけられない。仕方がなく、勘に頼って真っ直ぐ走った。

 蝋板には、『今まで、ありがとう。もう充分大きくなったから、独り立ちするね』と書かれていた。

次回、アーデルバードを出てみたところで、パドマはパドマ。ある意味、ラストに重要となる運命の出会いが待っている。

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