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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
230/463

230.師匠の島

 パドマは朝起きたら、ミクロモザイクを作り始める。師匠が持って来てくれたら、朝ごはんを食べ、食べ終わったら片付けてもらって、服を被せられ、ブラシをかけられて、師匠の好きな髪型にしてもらったら、散歩に連れ出される。いつの間にか、散歩は朝夕2回に増えていた。それでも、3回に1回のご褒美は同じなので、ご褒美をもらう機会が増えたと前向きに捉えて歩いている。


 パドマは、生まれも育ちもアーデルバードということになっているが、ダンジョンに引きこもってばかりいるので、街のことはそれほど詳しくない。知らない道を歩けば新しい発見があり、楽しくないこともない。

 今日は、散歩で見つけてしまったから、舟遊びをする。なんでか知らないが、師匠は漁港に顔が利く。舟を1艘借りてきてもらって、動力は師匠で舟を動かす。

 師匠は、海に落ちたら困るから、腕が治るまではダメだと言ったが、そんなことを言っていたら、時期が過ぎてしまう。師匠が舟を漕いでくれないなら、海底を歩いて渡るとパドマが主張したら、簡単に師匠は折れた。実際には、別の人足を探して来るだけで済ますだろうに、最近の師匠は、不気味なほどにすぐ折れる。ストレスを溜めて大爆発したら殺されるな、とパドマは思うのに、まぁいいか、で済ませた。


 舟で連れて行ってもらったのは、かつて狂言自殺をした際に隠れ潜んでいた島である。島に着いたら、とりあえず借りてきたカゴを海に放り投げて、別のカゴを師匠の背中にセットしたら、上陸する。舟は、既に師匠の手によって、陸上に上げられている。揺れもないので、降りるのは簡単だった。

 あれ以来、遠くから見ることはあっても来ることはないので、懐かしいなぁ、と思うかと思っていたが、そうでもなかった。見つからないように島を散策したりしなかったのだから、致し方ない。パドマにとっては、ただの木と草が生えているだけのほぼ知らない島だった。


 パドマは、ここに橙色と黄色の果物がなっているのを遠目で見つけて、採りに来たのである。島は師匠の土地だと言うし、果物の木を植えたのも師匠だと言うから、師匠の許可さえあれば、何の問題もない。アーデルバードでは宿屋暮らしなのに、何で島なんて持っているんだよと思うが、師匠にその手のことを突っ込んでいたらキリがない。きっと師匠の可愛さにメロメロになった元地主が、プレゼントしてくれたのだろう。

 師匠はパドマを紐で繋ぎ忘れていたので、わーいわーいと、柑橘の木を目掛けて走って行ってしまった。

 師匠が歩いて追いついた時には、パドマは1種類に1つずつ収穫して並べていた。パドマの拳よりも小さい物から、スイカのように大きい物まで、20個程度転がされている。師匠は、40種ほど植えた記憶があるのだが、パドマは見分けができなかったようであった。味見しようとしてるんだろうなぁ、と師匠は気付いたので、注意した。

『追熟させないと、酸っぱくて食べれない』

「え? わざわざ獲りに来たのに、食べれないの? だったら、自分で来なくても良かったよ」

 見るからに落胆したパドマに呆れながら、師匠はみかんくらいの大きさの柑橘の実をむいて、2房ほどパドマの口に放った。

「確かに、酸っぱい。でも、これはこれで食べれなくはない」

 そうは言ったものの、むいた柑橘の実1つを食べ切ると、追加で欲しがりはしなかった。

 師匠はカゴを下ろして、既に収穫済みの果実をしまった。パドマは器用にも、片腕のみで収穫を続けたので、実が落ちないように持つ係もした。


 食べ頃に見える実の収穫を終えると、過去潜伏していた家に行って、お昼を食べた。森の家は壊れていたが、島の家はそのまま残されていた。師匠は手入れに来ているのか、半分洞窟だからなのか、理由はわからない。

 壁は自然の穴か、削って作られたのかわからないが、岩でできていて、床材は板でできている。水平はきちんととられているので居心地は悪くないし、一面は壁がないので日中は明るい。夜になると、部屋の真ん中で焚き火ができる穴が空いている。風雨が思いっきり入ってくるので、寝る際はもう1つ奥の真っ暗な部屋に行くのだが、お昼を食べたのは縁台とでも呼ぶべき部分だ。ちょっと葉っぱを払ったら、座るのに不都合ない具合になった。

 お昼は、師匠のお弁当である。ロールサンドイッチと唐揚げとポテトとサラダが入った、女子力もりもりの弁当だった。ロールサンドイッチは、おかずが巻かれているものの他に、果物やジャムが巻かれたものもあり、どちらも意味もなく可愛いかった。ヴァーノンが動物おにぎりを作ってしまうのと同様に、師匠もパドマが成人だと気付いていないに違いない。最近は、なんとなく人だとも気付かれていない気がしてならないのだ。片手でも食べやすいし、美味しいから、別にいいけれど。そう思いながら、パドマは、弁当を5つたいらげた。


 柑橘の収穫が終わったら、もう用はない。パドマは帰ろうとしたのだが、師匠が寄り道をした。アーデルバードとは反対側の崖っぷちまで歩くと、碑が乱立する場所があった。ある物は、丸を重ねたような形をしており、ある物は、自然岩を平に切断した板状であり、ある物は、直方体だった。

 師匠は、その1つの前に、道中で手折ったユキヤナギを1枝置いた。パドマにもユキヤナギをくれたので、師匠と同じ場所に置いた。

 師匠は微笑みを消し、無表情で碑を見ていた。何をしてるのかわからないので、パドマは師匠を見ていた。

『これは有志の人が建ててくれた父の墓。だと父が言ってた。実際の墓は別にある』

 見られていることに気付いた師匠が説明してくれたが、聞いたパドマは理解できなかった。

「生前に、こんなにいっぱい墓をプレゼントされたって、それは好かれてるのかな。しかも、中身が空なら弔う意味はあるの?」

『たまたま近くに来たから。本物は遠いから面倒だし、管理人がいるから放っておけばいい』

 師匠は、かなり最低なことをスラスラと書いて、真面目な顔をして、パドマに見せた。

「父親がどこの誰かも知らないし、同じ街に住んでても母親の顔も見に行かないウチは、それについては何も言わないよ」

『私は親を養ったことはない。パドマは偉いよ』

「しょうがないじゃん。金さえあれば、優しい人だったんだよ。仕事も、できたら辞めて欲しかったしさ」

 師匠は、苦しげな表情を浮かべるパドマの頭をくしゃくしゃと撫で、口にスモークチーズを放り込んだ。


 パドマは、崖っぷちに座って、海風にあたりながら、師匠に過去の話をした。生まれてきてから、師匠に出会うまでの話をした。

 生まれた頃のことなんてほとんど覚えていないし、物心ついたくらいの記憶もあやふやだった。なんで唄う黄熊亭に住んでいるのかも、今となっては定かではない。そんな虫食いだらけの記憶を順を追わずに話して、時には師匠に出会った後の記憶から師匠への苦情も話して、気がついたら洞窟の家で起きたところだった。

 酒も飲んでないのに、なんであんな話をしたんだろう。後悔してみても、覆水は盆には返らない。寝ている間の夢だったらいいなと思うのだが、そうではないだろう。

 辺りはすっかり夕景で、朱い世界の中で、師匠は魚介を網焼きをしていた。カニやエビを割る音や魚が焼ける音で、パドマは起きてしまったのだろう。壁が1面ない開放的な部屋なのに、炭が弾ける音やイカが焼ける匂いは、パドマに殺人的に迫ってくる。

 パドマは、気恥ずかしさをそこらに捨てて、師匠に近付いた。

「焼けたのある?」

 師匠は何も言わないが、ふわふわとした微笑みで、エビ焼きを皿に乗せてくれた。可食部は小さいが、パドマの上腕よりは大きな上等なエビを縦に割って焼いた物だ。

「大っきいね。カゴに入ってたの?」

 師匠さえいれば、漁師たちは大事な商売道具も気軽に貸してくれるから、パドマはカニを捕まえるカゴを借りてきていた。今は柑橘だけでなく、カニも美味しい季節なのだ。エビはどうだか知らないが、魚やイカはカゴでは獲れないだろうから、釣りをしたか、素潜りをしたか、漁師さんが持って来てくれたかして、師匠が手に入れたのだろう。何でも出てくる魔法のような懐中を持つ師匠だが、釣具ならともかく、イカをずっと忍ばせていたのだったら嫌だなぁ、とパドマは思った。

 パドマは気恥ずかしかったのだが、師匠は特に何も変わらなかった。前から知っていたことや、気付いていたことしかなかったのかもしれないし、パドマのことなど興味がないから、どうでも良かったのかもしれない。探せば他にも見つかる程度のよくある話だったかもしれない。実際、パドマにも数人、同様の暮らしをしていた子どもの心当たりはある。幼少時に住んでいた地域には、似たような境遇の子どもが掃いて捨てるほどいたのだ。今でも生きている子は、1人も知らないが。

 師匠が気にしていないなら、話した側のパドマが気にするのも変だなと思い、食べ終えて片付けたら奥の部屋に行って寝ることにした。

 師匠の家に泊まったなんて言ったら、ヴァーノンはどれだけ怒るだろう。パドマは、それを思うと身体が震えたが、明日、仕掛けたカゴを引き揚げてから帰るつもりなのである。また島に来るなんて、面倒臭い。だから気にしないことにした。

 肌寒いので、パドマは師匠にくっついて寝ていた。師匠は、子どもをあやすようにパドマの背中をぽふぽふと叩き続けるので、そんなことをされてたら気になって眠れないわ! とカリカリしていたパドマは、10拍で寝た。

 パドマが寝付いたのには気付いていたが、しばらく師匠はそのまま寝転がっていた。羊を数えながら、脈拍と同じ早さでパドマの背中をぺしぺしと叩き続けているのだが、こんなところで眠れる人間の気が知れなかった。月が中天に差し掛かる頃、師匠は懐中から布団を出すと、パドマに被せて部屋を出た。向かうは、父のところである。墓に行って、ちょっと自分の今の境遇を報告したり、相談したりしようと思っている。死んだ人間に何を言ったところで、得られるものはない上に、あそこには遺骨どころか遺髪すらないただの石の山なのは、わかっている。だが、父は変わり者だったので、何かを残している可能性はゼロではない。気持ちが悪くなるほどに可愛がられていた自覚はある。何か用意されているかもしれない。大した斜面でもなかったが、坂道で胸が苦しくて足が進まなかった。

なんでか知らないがじゃないですよね。クラーケンを倒したからですよ。あれで、漁港のみんなのヒーローだかヒロインだかになったんですよ。また何かあったら倒してもらおうとゴマをすってるんですよ。どこだかにザラタンがいるのは、確認がとれてるし。




次回、パドマ消える。

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