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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
23/463

23.吐かされた

 パドマは、単独でダンジョンの10階層までやってきた。師匠の最後の課題を終えるつもりだ。左手に短剣を構えて、右手にフライパンを持って、火蜥蜴の中に、突っ込んだ。

「ちょっと待て! あつー!!」

 部屋の真ん中に到達したところで、通路に引き戻された。肩が抜けそうな勢いで、腕を引っ張り戻された。強引なやりくちは師匠を彷彿とさせるが、犯人はイレだ。

「何やってるの。危ないでしょ。燃えるでしょ。ヤケドしたら、跡が残るよ!」

 後ろをついてきていたのは、知っていた。だが、イレが何を怒っているのかは、わからなかった。

「どうせだから、師匠さんの課題を合格してから、終わらせようと思ったんだ」

 これからの人生に必要とは思われないが、今の自分に欠ける能力であることは確かだし、今までできないことは課されていない。恐らく、やればできるのだ。

「あ゛? バカ師匠、こんな危ないことさせてんの? マジ殺す。こんなんしなくていいし。お兄さんにだって、できないし」

「ウチが危ない目に遭わないように、仕込んでくれてるのは、わかる。もう先には進まないけど、これが最後だから、やるの。邪魔しないで。お願い」

 最後の課題を終えたら、スッキリとした気持ちで足を洗える、と思った。他の仕事を探すにしても、ダンゴムシ拾いをするにしても、きっちりやり終えてから、始めたかったのだ。

「わかった。でも、ちょっと待って。本当にできるかどうか、模範演武してみるから、見てて。兄弟子にできなければ、不許可だ。教えられない」

「教えてもらわなくても、自分で覚えないといけないんだよ」

 ミミズトカゲの時から、そうだった。ナイフ投げは、どうにもならなかったから教えてくれたが、自力でどうにかできそうなことは、自分で考えて取り組むのも勉強のうちなのだろう。

「もう師匠は、死罪決定だ! 教えてないのか。あの人から理屈っぽさを取ったら、何が残るんだ。もういい。そこで、黙って見てろ。やってやる! 妹弟子に、負けてたまるか」

 イレは、ナイフを両手に持つと、部屋の端から順に火蜥蜴を刻み、反対側の通路に抜けていった。通路の半ばまで行くと、反転して部屋に戻ってきて、部屋の両脇に残る火蜥蜴を、円を描く軌道で同じように刻んでパドマのところに帰ってきた。

「どうだ!」

 ぜいぜいと息を切らすイレは、火蜥蜴の火の粉にやられて大分焦がされていた。パドマは、素材回収袋でバフバフと叩き、消火した。

「うん。ウチといい勝負だと思う」

「だよね。無理だよ。なんなの、これ。パドマが怒るの、わかるわー」

 どうやら、イレは、この課題の難しさにパドマがむくれている、と考えたらしい。真実を話題に出したくなかったパドマは、安堵した。

「でもさ。壁や床に当てずにヒットするんだね。それ、どうやってやるの?」

「ん? こんなの訳ないでしょ。最初に、やらされなかった? 腕の長さと武器の長さを身体に叩き込め〜って」

「初耳だよ。教えてるつもりかもしれないけど、聞いたことなんて、ある訳ないよ。しゃべらないもん」

「そっか。あれは、ただの安全装置にしかならないのか。でもなぁ。お兄さんじゃ、パドマに教えらんないからなぁ」

「なんで?」

「お兄さんは、なんでも力技で解決してるから、同じことをパドマにやれって言っても無理じゃない? トカゲやヘビを蹴り殺せって言っても、できないでしょう? 走る速さも違うしさ。技能なんて、ほぼ持ってないから、焦げたんだよ。師匠を連れてきて、実演させようかな」

「や、だ、よ! もうあの人に関わり合いになりたくないの」

「でも、すぐそこにいるし。さっきっから、階段の上から覗いてんの、師匠じゃない? 最初っから、変な人だったのに、なんで急に爆発したのさ。何があったの?」

 イレは、階段上を眺めている。パドマが見ても何も見えなかったが、話題に出たので、見つからないように、引っ込んで隠れているのかもしれない。

「イレさん、師匠さんを何分止められる? ちょっとウチ、街から出るからさ。しばらく止めといてくれない?」

「なんで? 何があった、吐け」

 前髪に隠れがちなイレの灰色の瞳が、ギラリと光った気がした。いつもおちゃらけている人だったのに、とても怖かった。深階層プレイヤーの顔なのかもしれない。腕をつかまれて逃げられなくなったが、つかまれなくても、恐ろしくて逃げれない。自然と震えた。

「だって、今朝なんて、自分のベッドで布団をかぶってたのに引きずり出されたんだよ? もうこの街中、逃げ場なんてないじゃん」

「昨日、何かあったんだよね。何があった?」

「絶対言わない。嫌だ」

「吐け」

「言いたくない」

「師匠の前に突き出すぞ。泣いても無駄だ」

「服を、着替えさせられて、たっ」

 イレの目が怖すぎて、折れてしまった。バカにされるかもとか、笑われるかもなんていう心配は、どこかへ吹き飛んでしまった。もうとにかく、解放されたい。この際、師匠でもいいから、助けに来て欲しくなった。

「なんでまたそんなことに?」

「ケガをしたから、傷薬を塗ってくれたんだと思う。起きたら、傷がなくなってたの」

 火蜥蜴を見ながら言うと、納得したのか、イレはパドマを解放した。

「納得した。あいつ殺してくるわ」

 イレは、階段を駆け上がって行った。上階には大した虫はいないのに、轟音が鳴って、ダンジョンが揺れた。



 パドマは、音のする方へ行って、そっと覗いてみると、イレと師匠が、取っ組み合いのケンカをしているようだった。ナイフを飛ばさない師匠も珍しいが、師匠を圧倒しているように見えるイレも、見たことがない。勝てないのでは、なかったのだろうか。

 丁度いいので、そこを迂回して通り過ぎ、1階層まで戻って、芋虫ルームを次々巡り、射程距離を正確に把握する訓練をして時間をつぶすことにした。

 街を出ることにしたところで、準備が必要だ。何が必要か考えて、それを手に入れる金額を割り出し、それを稼ぎ出す方法を考えなければならない。準備が整うまでは、ここを寝ぐらにするのが、安全だろう。誰でも入って来れるのが落ち着かないが、誰も来たりしないパドマの安全地帯だ。



 お腹は減ったが、芋虫は食べたくない。薬草苔をかじってみたけど、食べれたものじゃなかった。トカゲ焼きを作りに行こうか、真剣に悩んだ。今が何時なのかもわからないし、師匠が帰ったかどうかもわからない。食べ物に釣られて、出会したら最悪だ。

 そんなことを悩んでいたら、まだ家出がスタートしていないのに、お客様に見つかってしまった。

「こんなところで、何やってるの?」

「家出シミュレーション?」

 イレに見つかってしまった。ちょっと離れた後ろに師匠もいる。最悪だ。

「なんで見つかっちゃったのかな」

「お兄さんはね。パドマをストーキングする道具を、いくつも持っているんだよ」

 そういえば、そんな物もあったことを思い出した。お腹減ったよ! とSOSを出したのだとしたら、とても恥ずかしい話である。

「そっか。ここなら見つからないと思ってたよ」

「バカ師匠には、黄熊亭の住居部分には立ち入らない約束をさせたからさ、帰っていいよ。絶対に守らせるから」

「ありがとう」

 パドマは立ち上がって、イレの背中を押しながら、師匠に近付いた。

「師匠さん。師匠さんに聞きたいことがあるんだけどさ。ウチは、師匠さんの奥さんじゃないよね。まだ子どもかもしれないけどさ、奥さんでも恋人でもない人にしちゃいけないことって、あると思うんだ。師匠さんの奥さんが今10歳だったら、イレさんが抱きついたり、一緒に寝たり、師匠さんがウチにするみたいなことをしても、許すのかな?」

 師匠は、泣きそうな顔をして立っていたのに、目を見開いたかと思ったら、ナイフを山程投げてきた。いつもの気軽な投げナイフではない。本数も3倍近くに増えていたが、大きな鈍器も飛んできた。

 パドマは、イレに投げられて難を逃れたが、イレは1人、圧倒的物量で攻められている。ちょっとした例え話なのに、どういうことだろう。どう考えても、実行犯の師匠の方が重罪なのだが、理解しているのだろうか。

 しばし観戦して、あんな武器も持ってたのか、あの技ならマネできるかもしれないな、と楽しんだ後は、2人を放って、唄う黄熊亭に帰った。お手伝いもしなければいけないし、お腹も空いた。

 パドマは、もう完全に弟子ではないので、2人のケンカには関係ない存在である。気にする必要はない。

 お店に2人が現れなかったので、少し寂しい食事内容になったが、師匠を眺め隊の人が少なくて、ゆっくり食べることができた。

次回は、師匠愛用のパーティグッズ? が出てきます。これで、全て解決のつもりです。

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