228.欲しけりゃ自分で作ってくれ
昨日、メドラウトが滅茶苦茶怒っていたのを見たので、パドマはブリアンナが心配になって、シャルルマーニュ大使館まで様子を見に行った。
ブリアンナは、呼び出す手間もなく、テラスでお茶を飲んでいた。肩からふわりとふくらむくつろぎ着のようなワンピースを着て、ふわふわと下ろされていた髪は、緩く編み下ろしにしている。襟元と袖から出ているレースは上品で、茶器を持つ手は美しく、とても昨日の男装の麗人と同一人物には見えない。黙っていればお姫様なんだな、とパドマは納得した。
「こんにちはー」
パドマが大分遠くから声をかけて手を振ると、ブリアンナは立ち上がって礼をした。所作は、優美だった。とても昨日の男装の以下略。すっかり大人しくなってしまったブリアンナだが、まだ視線は師匠を追っている。反省した上でそれなら、一生ダンジョンには入れないな、とパドマは思った。
「出かけるのが禁止されてないんだったら、一緒に散歩しようよ」
パドマがやってきたのは、友だちを案内する定番になってしまった綺羅星ペンギンである。
ここ最近は、ペンギンたちの増減はなく、飼育しているように見える。たまに抱卵しているペンギンも見かけるのだが、卵が欲しければいくらでも拾ってこれる所為か、孵化はさせていないようである。だから、ヒナはいない。
誰かがペンギンに名前を付けたようで、似顔絵とともに、個体名が掲示されていた。ペンギンの種類ごとに命名した人物が違うのか、その時の流行りなのか、アデリーペンギンは1号、2号、3号、、、と名付けられ、フンボルトペンギンはペンタ、ギンタ、ペンペンなどと言う、いずれにしても似たような間違えやすいような、少々命名に面倒臭さを感じていたのがにじみ出るような名前ばかりだった。
成鳥ばかりが並ぶ展示場を一通り見て回り、清掃具合やペンギンの羽ツヤを確認しながら、解説をした。
「当初はね、卵温めて孵化させて、魚でもくれとけば適当に育つだろ、って始めたんだけどさ。それぞれにプールが必要とか、床が濡れっぱなしじゃダメとか、定期的に消毒? が必要とかで、育てるのも大変なんだって。
そんな面倒なことをきっちりやってるペンギンには優しいスタッフだから、ちょっとどころじゃなく怖い顔したヤツもいるけど、大目に見てやってね」
ペンギン部屋全部にプールは準備してあげられないので、1番大きいプールは入れ替え制である。小さいペンギンなら、さしたる問題はないが、キングペンギン以上が自由に泳ぎまわるプールなど、いくつも準備できなかった。というか、そんなに沢山のペンギンを飼育するつもりもなかったのである。それぞれ1羽2羽いればいいくらいのつもりでいた。だが、今ではスタッフに、健康に育てるためには、1種辺りの最低数以上でなければならないと言われて、減らすに減らせない状態になっている。
「パドマ様は、どのペンギンがお好きですか?」
「うーん、別にどれも大して変わらない気はするけど、強いて言うなら、キタイワトビペンギンかなぁ? 買取りは1羽いくらだから、小さい方が持ち帰りが楽だし。ハネジロペンギンだと価格設定が下なんだ。それに、顔が殺し屋みたいじゃない? わざわざ向こうから殺されに突っかかってくるしさ。殺っても比較的に心が痛まないから」
「殺してしまうのですか?」
「うん。秋冬は、売れ筋だから。油がいっぱい取れるんだって。ここの施設の人間だけじゃなくて、アーデルバードっ子は、みんなこぞって殺ってるんじゃないかな」
「さ、左様で御座いましたか」
お昼は、ペンギン食堂に寄った。従業員は、度重なるBBQその他の経験で、着々と料理の腕をあげている。パドマも師匠も放置していても、どんどん新メニューが増えているようだ。
季節料理のペンギン定食を注文したら、ホワイトベイトのおにぎりと、シーブリムのおにぎり、バニトのあら汁、ロックフィッシュのアクアパッツァ、フラットフィッシュの煮付け、ホースマクロのフライ、イカ焼きの盛り合わせが出て来た。野菜も使われているが、どれもこれも魚ばっかりだった。ペンギン肉ではなく、ペンギンが食べる定食をイメージしたのかもしれない。少し安心した。パドマは、彼らのセンスは今ひとつ信用していなかったが、これなら期待通り放置できそうだった。盛り付けも可愛らしいし、味もまあまあイケる。1人前ずつ揚げるのが苦でないのなら、悪くない定食だった。
周囲を見渡すと、従業員ばかりだった。若干、社食になってしまっている雰囲気はあったが、福利厚生の一環だと思えばいいか、と納得させた。どうせ女の子は来てくれないなら、優男が客でも、野獣が客でも、華やかさに大差はない。
パドマは、その他に、ローストビーフパフェと、焼き鳥パフェと、唐揚げパフェと、豚しゃぶパフェと、トンカツパフェと、ペンギンまんじゅうと、ペンギン焼きと、ペンギンマカロンと、ペンギンロールケーキとペンギンプリンを注文した。ペロリと完食して、まだ食べ足りないけど、刺身は食べたくないなぁ、などと思っていると、ブリアンナが目を丸くしていた。ちなみに、ブリアンナは、ペンギンまんじゅうを1つ食べただけで、お腹いっぱいとか言っている。驚異の少食だと、パドマは思った。
「パドマ様は、食欲旺盛なのですね。やはりそのくらい食べねば、ダンジョンでは働けないのでしょうか」
おずおずと聞かれて、パドマは何を言われているか理解できず、首を傾げた。
「うん。ダンジョンで走ると滅茶苦茶お腹が空くから、いっぱい食べたくなるよ。でも、昨日は行っただけで何もしてないし、変わらないよ。
ダンジョンに行ってる時は、あと20人前は食べてたよ。今は、お兄ちゃんに食い減らしされないように、一生懸命抑えてるの。でも、あんまり食べなさすぎると、骨が折れちゃうんだって。難しいよね。
あれ? あ! パフェを5つも食べてた?! また増えちゃったよ。どうしよう!」
ペンギン食堂の肉パフェは、それぞれ厳つい男たち基準の1人前計算で作られている。子どもや女性やお年寄りが食べるには、若干多すぎる量なのに、パドマはそれを5つも食べて、その前に定食も食べて、お菓子フルコースもつけた上で、物足りないと思っていたことに気が付いた。
これまで、少しずつ食事量を減らすことに尽力してきた師匠は、いつ染め直したのか髪が白くなっていた。
『昨日、ダンジョンにクマを持って行ったからだと思う。アレを使って消耗したから、食事量が増えた。また頑張ろう』
「うん」
頑張ろうと書いておきながら、師匠は泣いて、視線を中空に漂わせている。
パドマが食べてしまったローストビーフパフェと豚しゃぶパフェは、元を糺せば、師匠が注文した物だった。パドマは注文した焼き鳥パフェをがふがふと食べていたら、急に食欲が失せたと一口も食べずに残したから、もらって食べたのだ。なんだ、食べ過ぎたのは師匠の所為か! と、パドマは責任転嫁した。
「フローレンスって、結局お土産は持って帰れたの? なんか、すごいこだわってたけどさ」
ブリアンナが知ってるかはわからないが、ブリアンナに会って以来、ずっと気になっていたことをパドマは尋ねた。
「お土産ですか? 詳しくは存じませんが、私はコランダムの原石を頂きました」
「コランダム? よくわからないけど、何か見つけたんだね。良かった。ブリアンナは、もう見つけたの? お土産がないと、酷い目に合うんでしょ?」
「ええっ? 酷い目? 確かに、ひどいと言えば、ひどいかもしれませんね。でも、まだ来たばかりですし、特産品を持って帰れば良いだけですから、大丈夫ですよ」
ブリアンナは、持って帰らなかったら第1妃と比べられて、陰口を叩かれる様を想像したのだが、パドマは、ダンジョンの中で蹴飛ばされたり、転がされてダンジョンに喰われる様を想像して、青くなった。コランダムがアーデルバードにあって良かった! と、しみじみ思った。
「パドマ様は、ダンジョンをお休みしている間は、何をなさっているのですか?」
「ダンジョンに行けなくても、オヤツは食べたいからね。毎日、せっせとミクロモザイクを作ってるよ。
型に粘土を詰めてね、上にぎっちり細かい色付きガラスを詰めて、絵を描くの。きのこ型のを神殿の売店に、ペンギン型のを綺羅星ペンギンの売店に並べてもらってたんだけど、何故か黄色いクマと花の絵の注文ばっかり入って、最近はそればっかり作ってるよ」
「もしかして、それはアーデルバードの新しい流行なのでは? それをお土産にさせて頂けますか?」
ブリアンナが名案を思いついたように、顔を綻ばせた。だが、パドマは乗ってあげられない。
「ごめんね。作るのに時間がかかりすぎて、生産が追いついてないんだ。予約がいっぱいすぎて、手が回らない。1つ2つなら融通きかせられても、2ヶ月以内に数を揃えるのは、無理だと思う」
「そうでしたか。無理をお願いして、申し訳ありません」
「ああ、そうだ。それならさ、明後日時間ちょうだい」
それから2日後、パドマは、ブリアンナと白蓮華の子どもたち、綺羅星ペンギンの皆のうち手隙の有志をきのこ神殿の集会室に、招集した。
パドマが急に何かを始めるのはいつものことなので、皆、慣れている。おまけに顔と名前がすんなり一致するくらいの仲になっていた。おろおろしているのは、ブリアンナとその仲間たちだけである。
「今日は、ミクロモザイク体験会だよ。やりたい人だけ参加してね。参加費無料。参加するお友だちは、スポンサー及び講師の師匠さんにお礼を言いましょう。せーの、ありがとう! というわけで、今日は1番人気のクマを作るよ。黄色にこだわらず、好きな色で作ってね」
それぞれの席には、クマ型が2つと粘土とピンセットと大量のガラス玉が置いてある。クマ型に粘土を詰めて、その上にガラス玉を並べたら完成なのだが、ガラス玉は色も形も様々あった。丸や三角や四角の他に、ハートや星や月や花や葉や雫などの形とサイズ違いがあり、色もそれぞれ50色くらいある。どれを選んで、どのように並べるかが腕の見せどころなのだ。
作業が気に入ったら、ミクロモザイク職人になってもらおうと言う魂胆もあって、大量人数を召集したのだ。暇つぶしで始めたとはいえ、パドマ1人で作っているから、注文が捌けないのである。人数を増やしたら、もう少し回転するに違いない。その上、パドマはケガが治った後まで続ける予定はないのだから、売れるなら職人は別にいた方がいい。兼業でも構わないから。
武器屋に発注を出したら、そんな小さい物を作れるか! と言われたので、今のところガラス玉職人は師匠しかいないのだが、1人で作ったとは信じられないほど大量のガラス玉が、集会室に並べられている。パドマとブリアンナの席は決まっているので、子どもたちが好きなところに座り、余った席に野郎どもが座った。ガラス玉の小ささを見て、逃げてしまったヤツもいるが、それはそれで構わない。無理にとは言わない。
パドマは慣れているので容赦なく粘土を詰めたが、初めての人は、粘土なしの型にガラス玉を並べて、ひとしきり悩んだ後にもうひとつの型に粘土を入れて、玉を移せばいいよ、と伝えた。だから、ブリアンナは、粘土なしの型で格闘している。見本においてある、黄色熊を忠実に再現しようと、取り組んでいるようだった。それはそれで、同じピースを探し出すのは大変なのだが。
パドマはレッサーパンダ模様で作って、師匠は各テーブルを巡回して教えているが、蝋板なんて出しても読めないヤツの方が多い。子どもたちに通訳してもらって、なんとか先生を成立させていた。
ブリアンナは、クマのモザイクを1つ完成させて、瞳を輝かせた。
「パドマ様、できあがりました」
作業中は、ピンセットで狙ったガラス玉を取れていなかったり、何度もガラス玉を落としてイライラしていたようにパドマの目には映っていたのだが、出来上がったことで、それらは吹き飛んでしまったようである。だからといって、作業的に好きかどうかは定かではない。
「ケガが治るまでは、この仕事を続けてるから、ミクロモザイクが欲しかったら、作りにくるといいよ。自分で作るなら、材料費だけで売ってあげる」
黄色いクマを5個仕上げたパドマは、にこやかに言った。材料だけで売れるなら、仕事が発生するのは師匠だけである。悪い客ではない。ちびっこ組と大人組にそれぞれ数人、職人予備軍も見つけて、パドマにとっては満足のいく体験会になった。
次回、パドマに散歩をさせたい師匠。