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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
223/463

223.美味しくて大好き

 パドマは、初めてダンジョンお泊まりをしてしまった。

 いつもの通りに、のっしのっしとダンジョンを歩いていた。いつものように、食べたい物を食べ、眠くなったら師匠の背中によじ登って寝たのだが、師匠も眠くなったらしい。パドマが起きたら、師匠も寝ていた。壁にもたれて寝る師匠の膝の上に乗せられていたので、身体は冷たくなかったが、なんとなく不快だった。

 見張りをしていたらしい護衛の1人が、パドマの目覚めに気がついて、水袋を取ってくれたので、一口飲んだのは、覚えている。だが、耐えられず、また寝た。

 ダンジョン内で、3食BBQパーティーをするのは、やはり無理だったのだ。弁当より炊きたてごはんや焼きたてパンの方が美味しいね、なんて言っていたのだが、ダンジョンはごはん処ではなかった。さっと弁当で済まさねば、時間ばっかりかかって仕方がなかったのだ。弁当を運ぶ手間がなければ、無料で食べ放題ができるじゃん! と画期的アイデアを思い付いた気分になっていたのたが、調理器具を持ち込むよりも、寝袋の準備が必要だったのかもしれない。最近のパドマは、食べても食べてもお腹が減るし、眠くて仕方がないのだ。もう無理だ。



 ちょっと起きた時は、62階層にいたと思うのだが、パドマが次に目を覚ますと、60階層にいた。まだちょっと眠いのに、ごはんができたから食べろと、叩き起こされたのである。起きた時には、もうイスに座らされていて、テーブルには料理が並んでいた。

 ウバガイの炊き込みごはん、カサガイの煮付け、パウア貝のバター炒め、夜光貝のアヒージョ、ホンビノス貝のスープとアルマジロジンジャーステーキ。師匠の袖からは、一体どれだけの米が出てくるのだろうか。毎食10人前くらいの米を消費しているのに、まだ出て来た。

 起き抜けの出汁の香りには、逆らいきれなかった。寝るのは後回しにして、がふがふと食べた。朝から貝は噛むのが面倒臭いと思いながらも、上品な旨みに朝はこれだな、と思った。口を動かし続けることで、ようやく目が覚めた。

 食べ終えたら、64階層でアオミノウミウシの天使のボディを少し鑑賞して、リミッターを外して、一気に75階層まで下る。74階層のムベンガも、目隠ししたまま知らぬうちに倒していた。

 一度に沢山群がられてさばききれず、ちょっと腕と足に齧りつかれ、歯が食い込んで離れなかったが、師匠が斬り殺してくれたし、死んだら取れたから、気にしない。師匠が傷薬を出してきたが、後でいいよ、と断った。こんなところを歩く探索者など滅多にいないが、のんびりしていれば、護衛が追いついてくる。治療だろうと、人前に肌をさらす気はないのだ。もう目的地に着いてしまったのだから、治療は帰ってからでいい。アドレナリンが出ている間は、痛みはそう気にならない。血の流出は、まとう紺碧の揺らぎが止めてくれていた。


 75階層には、カッポレとダンゴウオとブンブクウニがいる。

 カッポレはパドマの3分の2程度の体長の大型のアジである。長楕円形で、体もヒレも黒い魚だ。胸びれ、背ビレ、臀ビレが鎌状になっている。アーデルバードでも、少し南に船を出せば出会うことのできる、漁師にも釣り人にも人気のある魚だ。これを1匹釣り上げれば、帰った後に母や妻に怒られずに済むらしい。

 ダンゴウオは、丸い体に突起がある魚だ。赤や黄色や緑などカラフルで、金平糖のような可愛らしい姿をしている。吸盤状の腹鰭を使って壁や床などいろんなところにくっついたり、浮遊したりしている。

 ブンブクウニは、心臓形のウニである。表面のトゲが獣の体毛に似ているため、伝説のタヌキおばけ文福茶釜の名が冠されている。色は茶、紫、白。通常は、床に盛られた砂の中に隠れているが、出てくると、信じられないスピードで走り、たまにダンゴウオが轢かれている。


「ダンゴウオの卵が欲しい」

 また面倒臭そうな要望が、パドマの口からこぼれたのを聞いてしまった。護衛は、少し遠い目になった。

 パドマには秘密だが、綺羅星ペンギンバックヤードには、研究所ができている。ペンギン、モモンガ、レッサーパンダ、ウミウシなど、パドマが興味を示した生き物の、よりよい飼育方法を研究しているのだ。羊飼育の方法は、シャルルマーニュに問い合わせたら立ち所に判明したが、その他に関しては、先人を見つけられていない。だから、自分たちで研究するしかなかった。このままいけば、ジムは生物博士になるしかないと、皆に研究を押し付けられている。

 最早、ウミウシなんて何日生きたら寿命なのかすら誰もわからないのだが、毎日海に出て小さい生き物を取ってきて、エサにならないか、与え続けている。最長1月ほど育てられた個体も出て来たが、色が違うだけで好む食べ物が違うらしく、自信を持てる成果は上がっていない。


「今日のお土産は、君に決めた!」

 パドマは、フロアに突っ込んで行ったが、なかなか希望は叶わなかった。今までの魚はパドマに向かって突っ込んでくるか、無関心に泳いでいたのに、カッポレは逃げて行ったのだ。

 稀に近付いて来るものもいたが、狩りに行くと、逃げる。泳ぐ早さは速いし、走って追いかけると、ダンゴウオやブンブクウニに引っかかって転ぶ。転んだ先にブンブクウニがいると、トゲが刺さりそうでとても危ない。カッポレが捕まらなくて、とてもイライラした。


 パドマは師匠に呼ばれ、階段に戻った。何をするのかと思えば、棒を渡された。

 パドマの身長くらいの長さの棒に、糸とリールが付いている。糸の先にルアーっぽいものが付いているので、恐らく釣竿だと思われる。竿の部分がただの枝にしか見えないのが、とても不安になる品だった。

「嘘でしょう? 釣れないよ」

 魚は泳いでいるが、水はないのだ。故に、ルアーを落としても、床の上に落ちるだけで、微塵も浮かない。ルアーフィッシングの前提が、いろいろ揃わない。

 絶対に釣れる訳がないのに、師匠は真面目な顔をして、ジャーキングやポッピングのやり方をパドマに指導した。ぶちぶち文句を言いながら、パドマがルアーを投げると、師匠はダンゴウオを針に付けて、ウキ釣りを始めた。ダンゴウオを浮遊させられる分、ルアーよりは期待が持てるのかわからないが、当然、ウキは浮かない。

「ないわー。絶対、釣れないから」

 そんな話をしていたら、隣の部屋からカッポレが泳いで来たので、一応、ポッピングをしてみた。一撃でかかった。

「なんで?」

 パドマは反射で合わせてみたが、その後がどうにもならなかった。竿になっている棒が耐えられる気がしない。だが、折角かかったのだから、釣り上げたい。思い切って、カッポレの後をついて走った。隙を見つけてリールを巻いたり、解放したりしながら、ウニに気を付けて走り回っていたら、とうとう手が届く距離にきたので、剣で仕留めた。

 パドマが階段に戻ると、師匠が丁度ヒットしたところだった。ただの枝にしか見えない竿は、しなりはするが、折れなかった。パドマは邪魔をしないように隣の部屋に続く通路で見学をしていたが、師匠は、暴れまわるカッポレをバラすことなく釣り上げた。即座に絞めなければ階段に上げられないのだが、師匠の足下には、既にカッポレが3匹転がっていた。

「マジか」

 師匠はパドマを手招きしたら、カッポレをカゴに放り込んで、大きめのダンゴウオも放り込んで、『帰るよ』とパドマのリミッターをはぎ取った。

「あれは、食べないの?」

 と走るウニを指差すと、師匠は首を振ったから、諦めた。パドマは、それほどウニ味は好きではなかったから、それに従った。



 着いたのは、白蓮華だった。

 師匠は、そのまま厨房に入って行ったので、パドマは風呂を借りた。ぽかぽかして気持ち良くなり、うっかりすると寝てしまいそうなのを必死で堪えた。

 出てから、昼寝をしようと思ったのに、パドマに捕まり、食堂に連れて行かれた。そんなに早く料理はできないよね、と思ったのだが、テーブルには刺身が広げられていた。

 パドマは生ものが好きではないから、全て刺身とひとくくりにしがちだが、カルパッチョもあれば、焼霜造りもある。師匠の作品だから、どれもキレイに仕上がっているが、パドマは食べたくないのに、パドマにフォークを持たされた。

「フライが食べたくて、取ってきたんだよ」

 と往生際悪く言ってみたが、パドマは許してくれなかった。折角、お兄ちゃんが作ってくれたのに! と、パドマの口に強引に刺身をねじ込んできた。放置しまくっているので仕方がないのだが、すっかりパドマよりも師匠に懐いているらしい妹の姿に、パドマは涙しながら、カッポレの刺身をむぐむぐと食べた。

 鮮度は抜群だ。美味いのは、わかっていた。ホースマクロに比べて、大幅に大型のカッポレだが、大味でも水っぽくもない。ホースマクロっぽい旨味が強く、脂ものっていて美味しかった。この味わいに、蕩けてしまってもいいくらいだった。

 焼霜造りも美味い。こちらは炙った皮付きなのだが、皮周辺の食感がたまらない。旨味も充分、身の脂も充分、甘くて美味い魚だ。

 皮が美味かったから、とパドマに言い訳をして、皮湯引きをパドマは手に取った。魚の皮だが厚みがあり、独特の旨味があり、実においしいかった。釣り人の母や妻が喜ぶのも、納得の味だった。これなら、食って良し、売って良しだろう。


 しばらくすると、塩焼きや煮付けやムニエルや汁物も出てきた。だが、もうパドマの目は、フライにロックオンしている。ヤツには、白いアレが添えられているから、それしか目に入らなかった。カッポレのフライもサクサクで美味しいのだが、あくまで添え物だ。

 パドマは、るんるんでフォークを伸ばして一口食べたら、身体に電流が走った。食べる白ソースの味が変わっている?! 驚き、目を見開くパドマの横に、大量の食べる白ソースを持った師匠が座った。師匠は、フライ以外の物に食べる白ソースを乗せると怒るのに、ムニエルに食べる白ソースを乗せた物をスプーンに乗せて、パドマに向けていた。パドマは戸惑ったが、スプーンに食い付いた。

「!!」

 師匠は、塩焼きにも煮付けにも、なんと汁物にまで食べる白ソースを乗せて食べさせてくれた。そのすべてのソースの味は、違った。パドマの趣味を否定するのはやめて、自分の納得できる範囲を探し、パドマに合わせてきたのである。確かに師匠のおっしゃる通り、なんでもかんでも同じ食べる白ソースを乗せるより、専用の食べる白ソースを乗せる方が、何倍も美味しかった。パドマの完敗だ。これは、負けを認めざるを得ない。パドマだって、流石に汁物には入れる気はなかったのだ。そこまでされては、勝てる見込みはない。


 食事中だが、パドマは師匠に抱きついて、

「お兄ちゃん、大好き」

 と言った。

 抱きしめ返されて、髪を撫でられるのが物凄く不快だったし、胸の奥がズキズキしたが、しばらく師匠にくっついた後は、全てを忘れて貪り食べた。



 ダンゴウオは、辛いスープの鍋物と卵の漬けと肝あえになって出てきた。

 ダンゴウオは、ダンジョンの魚あるあるの淡白でクセがなく、味がしみこみやすい身だったが、同時にゼラチン質も多く、ぷりぷり食感だった。肝で和えると濃厚でクリーミーになり、卵は甘味と旨味と同時にぷちぷち食感も楽しめて美味しかった。パドマは、カッポレよりはダンゴウオの方が好きだったが、それよりも食べる白ソースが好きだった。食べる白ソースよりも好きになれそうな人も、見つけてしまった。

次回、フローレンスとあーそーぼ。

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