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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
222/463

222.メドラウトの妻

 シャルルマーニュのアーデルバード駐在員のメドラウトの妻が、アーデルバードに到着したらしい。挨拶したいから時間をとって欲しいと言われ、会いに行くことになった。パドマには関係ない話だと思うのに、日程の変更には応じても、行かない選択肢は取らせてもらえなかった。

 後々の面倒臭さを思うと、毎年の恒例行事にしたくはない。だから新年の挨拶はしたくないが、もらいっぱなしの羊の礼くらいは言った方がいいだろう。

 そんな物をもらって誰が喜ぶのかは知らないが、綺羅星ペンギンの土産屋ときのこ神殿の土産屋から、グラントが選んできた物を土産に持って行く。


 メドラウトの家は、海側の丘の上にあった。偉い人の家は高い所に作らねばならぬ決まりでもあるのかと思ったが、紅蓮華が持っていた建物で、余っていた物件だそうである。丘の上なんて登りたくないから、余っていたのだろう。とてもわかりやすい理由だった。

 リフォームも終わったということで、メドラウトの家に招かれることになったのだ。パドマは、師匠とカーティスとルーファスとグラントに連れられて訪れた。師匠がパットになっていたら帰るところだったが、師匠のままで、絡んでも来なかったので、安心した。パットと師匠が同一人物だということは、大分前から知られているから問題ないとカーティスに言われ、パドマはモヤモヤした。その時点でパットをやめてくれてたら、嫌な思いをせずに済んだんじゃないの? あれやこれやと、嫌だった思い出がよぎったのだが、カーティスには華麗にスルーされた。苦情はパット様に言って欲しい、ああして欲しいとは言ってない、と。



 隣国の元王太子夫妻が暮らす家にしては、とても普通の家だった。アーデルバードではよくある白い漆喰壁に橙レンガの屋根の家である。3階4階当たり前の建物が多い中、ほぼ平屋で一部2階建ての造りは贅沢に思えたが、まぁ、その程度である。カーティス宅のような美術品にまみれていることもない。強いて言うなら、じゅうたんがやたらとふかふかするくらいで、これといったものはなかった。じゅうたんなんかより、庭を転げ回る子犬の方が、美味しそうだと気になるくらいだ。犬はダンジョンにも森にもいない希少な生き物なので、パドマはまだ食べたことがない。どんな味がするのかな? と、そわそわして見ていたら、抱っこするかと師匠に聞かれた。気になってはいるものの、人様のペットを食べない程度の配慮はパドマにだってできる。だが、自信はないから拒否した。近寄ってはならない。抱っこをしたら、噛みつきたくなるかもしれない。

 なんと言っても今回目玉となるのは、王子妃様である。パドマが初めて見るお姫様という人種だ。パドマも1度はなってみないか、と誘われたことのある身だ。だから、本物はどういう生き物なのだろうと、少しだけ気になっていた。


「全然違うじゃん! バカ王子!!」

 パドマは、挨拶を交わす前に、絶叫した。そうじゃないかな、と薄々気付いてはいたのだが、とても上品そうな貴婦人がいたのである。

 栗毛の髪を複雑に編んだ後でシニョンにまとめ、控えめなドレスに身を包んでいる。パドマの躾がなっていないのに眉をひそめることもなく、メドラウトの傍に立っていた。あの人なら、社交ダンスを踊らせても、かぼちゃの馬車に乗っても似合うだろう。パンがなければ、イノシシの丸焼きを食べればいいじゃない! を地でいくパドマとは、雲泥の差だ。

「皆様ようこそおいでくださいました。かたい挨拶は抜きにして、どうぞお寛ぎ下さい」

 そう言われ、全員が着席した後に紹介されたのが、メドラウトの第一妃フローレンスだった。

「初めまして。メドラウトの妻のフローレンスでございます。2ヶ月程度になると思いますが、よろしくお願い致します」

「2ヶ月?」

「ええ、まずは短期で順に妻を呼び寄せて、誰か1人がこちらに駐在するか、順に駐在するかを話し合って決めることになりました」

「今のところの予定では、半年後から先はずっとこちらで過ごせたら、と思っております」

 妻の調整が面倒臭いから、もう妻が欲しくないと言っていたメドラウトの言葉は、信じても良さそうだとパドマは思った。口で言うのは簡単だが、妻1人を旅行させる経費は結構かかる。護衛やら何やら付属品が必要になるからである。1日2日で行き来できる距離じゃないし、その間の依頼料や食費だけでも相当かかる。パドマなら、誰か1人を指名して、残りは放っておく。それを支払ってでも、妻を平等に扱おうとするなんて、日頃どれだけいろんなことに気を遣っているのだろうか。そうまでして複数の妻を欲する気がしれない。

 妻を沢山抱えている人は嫌だな、とパドマは何となく思っていたのだが、それはそれで大変なんだな、と思った。最終的には、自業自得だと思うが。



 その日から、またパドマの真珠拾い生活が始まってしまった。フローレンスが、相場の3倍でアコヤガイを買ってくれると言ったからだ。それでもシャルルマーニュ価格より、大分安いという。2か月後までに、故郷のみんなに配るお土産を欲しているらしい。手広くいろんな真珠を持って帰ってしまうと、第2夫人第3夫人に恨まれてしまうから、アコヤ真珠指定でと頼まれた。貝ごと売り渡すのは、品質がまったく揃わないことをパドマが知っているからである。中身を出してからでは、気に入らないものは、買い取ってもらえないかもしれない。そんな面倒臭い仕事なら、綺羅星ペンギンにいつもの価格で売る方がマシだ。2ヶ月でお土産を揃えるなんて、無理だと思っている。パドマは、1年かけた上で挫折した。

 62階まで走り降り、アコヤガイだけを拾って、ついでに羊の毛を師匠に積んで、シャルルマーニュ大使館に持っていく。すると、数を数えたり、査定をしている間に、フローレンスがお茶に誘ってくれる。今日のお茶受けは、バクラヴァだった。

 パイ生地の間にクルミとピスタチオが挟まっていて、蜂蜜レモン入りの濃いシロップがかかっていた。パイ生地のサクサク具合が気に入ったが、どうにもこうにもシロップの濃さが、パドマには合わなかった。頑張って食べきろうと思っていたのだが、師匠にはバレた。師匠の口に入れていいよ、と言うジェスチャーが出たので、遠慮なく放り込んだ。師匠は余程バクラヴァが好きなのか、パドマが食べさせると、とろけるような笑みを見せたので、パドマは背筋がゾワゾワした。食べ物を残したくなかったのだが、残せば良かったような気になった。

 食べたくはなかったのだが、パドマのおやつがなくなってしまった。師匠からの蝋板に『ヘーゼルナッツで作ってあげようか』とあったので、査定もそっちのけで帰ることにした。金を受け取るだけなら、護衛を置いていけばそれで充分だ。

 だから、イレの家に行って、ヘーゼルナッツバージョンのバクラヴァを焼いてもらって食べた。パイ生地の発酵待ちもなく、焼いたらすぐ出て来たのだが、師匠がやることには不思議が満ちあふれているので、気にしなかった。甘さ控えめのシロップにしてもらったところ、最早バクラヴァではなくなってしまったような気がしたが、美味しかったので構わない。


 次の日は、チーズスコーンを頂き、その次の日は、パブロバを頂いた。メレンゲがサクサクで、大使館おやつのNo. 1に輝いたが、ここで残念なお知らせがある。

「悪いけど、しばらくお休みするね。アコヤガイは全部拾い切っちゃったからさ。リポップしたのを見つけたら拾ってきてもいいけど、しばらくは拾いに行かない。足りない分は、紅蓮華か綺羅星ペンギンに在庫を問い合わせて欲しい」

 パドマが簡単に引き受けた上に、誰かに仕事を振らなかった理由が、それだ。何日も仕事にできない。種類を限定されれば、すぐに取り尽くしてしまうのだ。

「もう終了ですか? リポップというのは、どれくらいかかるのでしょうか」

 フローレンスは困った顔をしていた。気持ちはわかる。丸玉一個をお友達にプレゼントするなら簡単だが、粒を揃えてアクセサリーにしてからプレゼントするなら、2ヶ月毎日拾いに行っても、粒が揃わないのだ。

「さあ? ウチには、わからないな。ダンジョンの真珠に詳しい男は、綺羅星ペンギンにいるから聞いてみて。質問がそれ1つなら、ウチが聞いてきてもいいけど、他にも聞きたいことがあるでしょ?」

「アーデルバードの名産は、真珠と羊毛と伺っていたのですが、お土産に向いている物は、他に何か御座いますか?」

「シャルルマーニュに、羊毛を持って帰ってもさ、、、。そうだなぁ。革じゃダメかな。ウチのブーツはセンザンコウだし、サイフはエイだよ。面白いのが良ければキリン革とか、ヌタウナギ革とか、お店に行けばいっぱい並んでるよ」

 パドマは、ダンジョンの1階層から思い出して、腐らなそうな物を挙げたのだが、師匠は袖から石を出して、転がした。いつかイギーがくれた石に似た、青と黄色が混ざる透明石だった。

「ああ、そういえば、そんなのもあったね。紅蓮華に行けば、この石が売ってるよ。なんて言う名前かは知らないけど」

「ご親切にありがとう御座います」

 フローレンスのお土産問題は、片付きそうである。良かった良かったと、パドマは大使館を後にした。

次回、ダンジョンからの白蓮華。

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