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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
22/463

22.ミニ師匠さん

 今日は、クマを持たずに、10階層にやってきた。

 今朝、エビのトマトソースパスタを突きながら、

「リンカルスって、どうしたら倒せるの?」

と呟いた結果だと思われる。わざわざクマを置きに部屋に寄ってから、連れて来られた。

 なんだか知らないが、師匠の笑顔が輝いているのが、不気味であった。見目麗しいが、絶対に油断をしてはいけない顔に違いない。


 だが、10階層は、火蜥蜴である。何の問題もない。一時期は越えられない渦高い壁として君臨していたが、今となっては、オヤツ作成用の種火扱いだ。さっさと課題を終わらせて、焼きトカゲパーティだ! と、ナイフを手にして止められた。師匠は、パドマの短剣を抜いた。今日の課題は、短剣で火蜥蜴を倒すらしい。なるほど、それは熱そうだ、と思った。

 昨日始めたヒットアンドアウェイ作戦を練習するのに、火蜥蜴ほど適した相手はいなかった。近寄ると、火の粉が飛んでくるのである。とても、長時間側にはいられたものじゃなかった。だが、数が多い。どこに逃げても、近くに数匹いる。平べったくて小さい生き物は、一度にまとめて葬り去るのは至難だ。気をつけていても、トカゲというより壁や床に剣をぶつけてしまう。師匠からの頂き物を欠けさせてしまうなど、想像しただけで恐ろしい。服を洗濯しただけで、泣いたのだ。破損などしたら、何を始めるか、わからない。どんどん膨れる一方の、師匠を見守り隊の誰かに暗殺されてしまうかもしれない。


 試しに突撃してみたら、一部屋制圧しただけで、髪も服も焦げてボロボロになった。ヤケドも負ったかもしれない。前面以外にいる火蜥蜴の火の粉を全く避けれなかったのが、敗因だ。何をどうしたらいいか、まったくわからない。何も見えないから、隣の部屋に入った。だけど、何もわからなかった。更に隣の部屋に入ると、さっきの部屋の倍以上の火蜥蜴がいた。これは良い練習台になると思ったのに、部屋の真ん中に到達したところで、師匠に蹴られた。



 パドマは、布団で寝ていた。目を覚まして、布団の材質で理解した。コレは、ヤバいヤツだ。背後から、誰かに抱きつかれているのだが、顔を見てはいけない人が、そこにいるに違いない。

 誰でもいいから、助けに来い! と念波を送ってみたが、何も起こらない。どうしたらいいのか、わからない。こんなことになっているのなら、起きなくて良かった。

 背後の人が動いた。きっとパドマが起きたのに気付いたのだ。抱きついていた腕が抜かれ、起き上がった気配がある。上から、ぬるりと視界に顔が入った。

 睨まれている。何が気に入らないか知らないが、睨まれている。睨んだ顔も可愛らしいが、恐ろしい。

 無言で布団から引き抜かれ、座らされたので、とりあえず「おはようございます」と言ってみたが、師匠の顔は、変わらなかった。

 無言のまま手が伸びてきて、パドマに何かを握らせると、師匠は部屋の外に去っていった。恐るおそる手を開いてみると、傷薬がそこにあった。


 どこまで夢か現実かは自信が持てないのだが、火蜥蜴戦が事実だとするならば、全身大変なことになっていたハズなのだが、傷が見えない。服の色も変わっている。どういうことだろうか。

 師匠が傷薬をくれたのは、自分で薬を塗れよ、ということかと思ったのだが、とくに傷は見えないし、痛みもない。服まで新調されて、着替えさせられている。まさかと思うが、傷薬を塗っておいたよ、という意味であったのか。それとも丸ごと夢なのか。だったら、この傷薬は何なのだ。

 師匠は、おじさんのイレさんより年上だと聞いている。パドマみたいな子どもは眼中にないのかもしれないが、それは師匠の都合であって、パドマにだって、人並みの羞恥心くらいあるのだ。あり得ない! あり得ない!!

 部屋の外に出たら、師匠が立っていたので、傷薬を投げつけて走った。逃げても、師匠の方が足が速い。あっという間もなく捕まったが、パドマの顔を見た師匠は固まって動かなくなったので、その隙に手を外して帰った。



 昨夜は、酒場の手伝いもしなかった。朝ごはんも食べずに、ずっと布団をかぶって過ごしていた。ヴァーノンは、怒って布団をはぎ取ってみたが、パドマが泣いているのを見て、元に戻した。

「師匠さんが外にいたら、今日は無理だと断ってくる」

 と言って出かけたのだが、しばらくして、部屋の前でわあわあ騒ぐ声が聞こえた。

 また布団を取られたので、パドマは睨みつけたら、そこに師匠がいた。ゆるふわウェーブのブロンドの髪がなくなってしまった師匠がいた。

 師匠は、パドマを確認すると、また引っこ抜いて、ベッドに座らせた。そして、パドマの頭に帽子を乗せた。出会った時と同じ、ハニーブロンドの髪が頬をなでる。

「カツラ? 何これ!」

 何を考えているのかまったくわからない師匠は、天使の微笑みで、パドマの頭を撫でている。とても満足そうだ。

 パドマの傷は治っていたし、服も新調されていた。焦げた髪だけそのままだったから、自分の髪を使って、カツラを作って来てくれたのだろう。それは、わかったが、パドマはそもそも髪の毛の心配など、微塵もしていなかった。

「違うからね! ウチ、カツラが欲しいなんて、これっぽっちも考えてないからね! 意味わからないし、どうするの、師匠さんの頭!! ほんと、なんなんだよ」

 思ってもいなかった搦手から攻められては、どうしたらいいのか、わからなかった。わかったのは、兄が伝言の役にすら立たないということだけだ。

 師匠は、パドマを抱きかかえると、上機嫌で外に出た。そのままパドマをイレに見せて、ドヤっている。

「なんで、そんなんなっちゃったかな。もうすっかりミニ師匠だね」

 師匠は、イレの感想を大変気に入ったらしい。いつものカフェまで、くるくると踊りながら歩いた。



「で、なんで、そんなんなっちゃったワケ?」

 イレは、呆れ顔をしているが、パドマとしては、笑い話じゃない。誰にも何も気にされていないが、昨日のことはまだ許したつもりもない。だが、周囲に沢山の目がある中で言える話でもない。もうどうしようもない。

「もう師匠さん、嫌だ。無理だ。引き取って欲しい」

 ギリギリ言えたのは、それだけだった。

「師匠は、嫌みたいだよ?」

 師匠は、カフェに着いても、まだパドマをひざの上に座らせている。嫌だと言った瞬間に、抱きつかれて拘束が始まった。

「そんなこと言われてもさ。この状況だって、ウチが望んでる結果じゃないんだよ。前に、お兄ちゃんが師匠さんになんて言ったか、覚えてないの? 師匠さんは、ウチのことを猫か何かと勘違いしてるのかもしれないし、顔がいいから、他では許されてきたのかもしれないけどさ。ウチは、もう本気で怒ってるんだよ。さわんなよ。いい加減にしろよ」

 師匠の腕から力が抜けたので、抜け出して、カツラを返した。

「泣くな! 卑怯だ。泣きたいのは、ウチの方だ。もう何もかも嫌だ!!」

 師匠が泣きながら動かなくなったので、そのまま放置して帰り始めたら、イレがついてきた。

「話、聞いてもいい?」

「いーやーだー」

「話によっては、本気で師匠を撃退するから」

「いらない」

「わかった。師匠を殺してくる」

 イレの言葉に、パドマは足を止めた。

「なんでだよ。そこまでしなくていいよ。イレさんが死ぬだけで、結局、師匠さんは止まらないでしょ。意味ないよ」

「そこまでパドマが怒るなら、絶対、師匠が悪いんだ。勝てないなりにも、放置できない。お兄さんは、兄弟子なんだよ」

「ウチは、妹弟子じゃないから。本当に何もしなくていいよ。別に、そこまで大したことじゃないんだ。ウチが怒ってるだけで。ただそれだけだから、もういいよ」

 怒ってくれる人が現れたのは、少し嬉しかったが、解決にもならないし、誰かの手を煩わせたい気持ちもなかった。

 パドマは、前を睨んで歩き出した。

次回、師匠とイレのガチげんか。

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