表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
217/463

217.続、試し斬り

 パドマは、武器屋でもらいたての剣を手に、るんらるんらとダンジョンにやってきた。試し斬りは前にやったので切れ味は知っているのだが、試し斬りにきた。本日の議題は、オオエンマハンミョウは斬れるのか、である。ミミズトカゲが斬れるかどうかなんて、ぶっちゃけどうでもいいのだ。重い着込みがいるかいらないかは、結構な大問題なのである。


 48階層に来たが、オオエンマハンミョウはいなかった。100部屋探せば、何処かにはいるかもしれないが、探すのは面倒臭い。探さなくてもいっぱいいる49階層に下った。どっちがより硬いか知らないが、サソリもなかなか硬い。

 だが、鋏角を見て、パドマはやる気を失った。ブレスレットを外して戦えば、自力で倒してしまったのか、剣の切れ味かはわからなくなる。だが、ブレスレットを取れば目隠しで戦えないし、あのお口を見ていたくもない。

「おなか減った。アルマジロ焼きが食べたい」

 パドマはすっかりしょげて、師匠の背中に乗せてもらった。


 師匠は、風のように駆け抜けて60階層に行き、途中で拾ってきたアルマジロを焼いた。焼いている間に追いついた護衛たちとともに、パドマはスペアリブっぽいものと、ポッサムっぽいものを食べた。ダンジョンに行く予定もなかったのに、付け合わせやソースを持って歩いている師匠が意味不明だった。その割に、水は持ってこなかったと言う。

「そっかー。ごめんね、自分で用意して来なくて。今日は早めに帰ろうね」

 昼寝したから眠くはないが、家を出たのが夕方近かった。そろそろヴァーノンが、帰りが遅いと怒っていることだろう。

『パドマが私を愛してくれるなら、私はまた水を出せるようになる』

 師匠は、神妙な面持ちでパドマを見ているが、返事は1択しかない。

「何それ。そんな日は、一生来ないよ」

 師匠は、深いため息とともにうなだれているが、水袋欲しさに誰かを好きになるなんて話は聞いたことがない。水がなくて死にかけている極限状態でもないのに。水が欲しければ家に帰るか、護衛におねだりすれば良い。誰か1人くらい、いや、多分全員持っている。そもそも師匠を好きになるのは、死亡フラグである。一体、どんなカマかけだ。そんなに殺したければ、好悪関係なく殺せばいい。


 次々と出される肉を平らげたら、先に進む。65階層のイガグリガニのトゲトゲを軽く払ってみたら、気持ちいいくらいスパンと斬れた。これは期待できそうだと、先に進んだ。パドマは68階層に着いた。


 ここには、ヤシガニがいる。パドマが今日試し斬りをしている黒い剣が、綺羅星ペンギンで大流行しているため乱獲されていて数が少ないのだが、寸胴を背負っていない個体は残っている。その中でも大きそうなものを狙って、パドマは剣を振るった。尋常でなく硬いと噂のハサミが、1振りで割れた。

「君、採用! 君、2軍落ち」

 パドマは、剣帯から青い剣を外し護衛に預け、黒い剣に取り替えた。それを目撃したダンジョンマスターは、少し前の師匠と似た挙動でうなだれたが、パドマには預かり知らぬことである。気を良くしたパドマは、断りもなく師匠の背中に乗って、「Go!」と言うのみだった。



 パドマの望み通りに進んだが、師匠の足は73階層で止まった。ここには、パドマの腕より少々短い程度の魚が、うじゃうじゃと泳いでいる。

 よくいる横に平たい形状の魚で、背鰭と臀鰭が尾鰭の近くについている。背が黒、または黄褐色で腹は銀、上半分にシマか斑点か悩ましい模様がある。名をテッポウウオと言う。

 名を聞いただけで、パドマは嫌な予感しかしなかった。火を吹かないヒクイドリは、火を吹いたのだ。水鉄砲を吹くテッポウウオは、何をやらかすだろう。ちょっと考えるだけで、嫌な予想がポロポロと浮かんだ。


 パドマを下ろした師匠がフロアに降りると、四方八方から水鉄砲が飛んできた。名前の通り、口に含んだ水を発射してきた。射程も長いが、連射性能もなかなかに見えた。師匠のど真ん中を狙う個体はおらず、それぞれ頭や足首や手など、かなりの精度で狙っているのが、見ているだけでわかった。場合によっては、避けそうな方角まで予想して狙っている魚もいるようだった。師匠は、なんでもないことのように、ひょいひょいと避けて魚に近寄り、剣を振るうと、魚はぴょんと跳んで避けた。師匠は、避けた軌道に合わせて剣を返して仕留めたが、それをする間も他からの攻撃は続いていたし、水鉄砲が当たった場所は、師匠の服に穴が空いていた。

 師匠は、階段に戻って来ると、どうぞ! とパドマにジェスチャーしたが、パドマは嫌な顔をしてナイフを抜いた。階段の上(あんぜんけん)からナイフを飛ばし、10匹ほど仕留めると袋に入れて上階に向かった。

 師匠はパドマの前に回り込んで、行け! と指で差したが、パドマの足は止まらなかった。

「お土産は手に入れたから、帰るの。服に穴が空くようなのとは、お付き合いできないよ。変態じゃないなら、あんなのとの戦闘を勧めないで。死ぬのは諦められるけど、肌をさらす可能性があることは許容できない。ウチを放り込む前に、まず自分が、服を傷めないで勝つ方法を会得してきて。お兄ちゃんなら、絶対に行けって言わないよ」

 師匠は、またうなだれた。その顔が可愛く見えて、ちょっとテッポウウオチャレンジをしちゃおうかな、と思いかけたが、護衛の寸胴拾いに付き合った後、ペンギンをいくらか仕留めて、地上に戻った。



 うっかりノリでダンジョンに行ってしまったが、パドマは風呂に入りに出かけたのである。精算を済ませると、きのこ神殿に行った。

 予想通り、70階下って上った後の登山はしんどかった。半分死んだ顔で歩いていたら、グラントがいた。綺羅星ペンギンにいないグラントなんて、珍しい。お話がありますとまで言われたのだが、「ごめん。限界だから、また後で」と言い、風呂を優先させた。

 護衛に風呂焚きを頼んで、師匠にテッポウウオをプレゼントして、パドマは自室に行き、着替えを探す。神殿には、部屋に置いておくのは邪魔だな、という判断で持って来た服しかない。えー、これ着るの? と思うような服しかないのだが、パドマはきのこ神服を手に取り、風呂場に向かった。行けば某変態による着替えが置いてあったが、それには袖を通さない。のんびりと湯に浸かって、身体を解して出れば、魚料理が待っている。

 幽庵焼きに、白ワイン蒸し、アクアパッツァ風のパピヨット、唐揚げ、あら汁にあら煮、最後にお茶漬けでシメだった。

 淡白な魚に飽き飽きしていたが、久しぶりに魚らしい上品な旨みに、パドマは酔いしれた。ふわふわほろほろと崩れていく食感が、たまらない。

 グラントも食卓に混ざっていたので、話があるなら聞いても良かったのだが、パドマはご馳走様を言う前に寝てしまった。一緒にダンジョンに行った護衛は、既に仮眠室で寝ているくらいで、パドマも耐えられなかったのだ。

 師匠は、パドマの身体を担ぎ上げてベッドに運び、バレたら怒られそうだなと思いながら、こっそりオイルマッサージをしてから、隣の部屋で就寝した。



 パドマが起きたら、大好き師匠の朝ごはんが待っていた。根菜の汁物に、チヌイの塩焼き、卵焼き、ナスの煮浸し、赤カブの酢漬け、テッポウウオの炊き込みおにぎりとしいたけと青菜のおにぎりだ。自宅でもないのに、するっとごはんを用意してくれる師匠こそ、嫁に行くのに向いている。そう思いながら、パドマは朝ごはんを噛みしめた。今が朝かどうかはわからないが。

「ご馳走様でした。ありがとう、師匠さん」

 パドマがふにゃりと微笑めば、師匠はしたりと蝋板を突きつけた。

『目を瞑り、ヴァーノンを思い浮かべながら、以下の言葉を呟け』

「何これ。別にいいけどさー」

 パドマは、目を瞑った。ヴァーノンを思い浮かべるのは、得意である。最近の目を吊り上げたヴァーノンではなく、10年くらい前のとろっとろに甘やかしてくれた兄の姿をまぶたの裏に映す。失敗してもイタズラしても、柔らかい顔で迎えてくれた姿を。

「我、スイリュウパドマ也。愛しき者へ、我が心臓を贈る」

 指示通りに発声すれば、ドカン! と、なかなかの音が聞こえた。パドマが反射的に目を開ければ、微笑みを浮かべる青いヴァーノン像が3歩前に鎮座していた。10年前の姿だから本人ではないし、少々小さいが、恐らく当時の等身大だ。誰がこんなものを作ったのだろう。クオリティからすれば、犯人は師匠しかいない。ヴァーノン像に潰されたテーブルをどうするんだよ、と師匠を見ると、師匠は像を見てフリーズしていた。

「あれ、どうするの?」

 と問えば、『私を見ながら、同じことをして』と指示が出た。

「なんでだよ。我スイリュウパドマ也愛しき者へ我が心臓を贈る?」

 すると、何ごとも起きなかったのだが、師匠が急にはしゃぎだした。手を振り上げてぴょんぴょん跳ね始めたかと思えば、宙返りをしてみたり心身ひねりをしたりと、せわしない。

「何をしてるのかな。意味がわからないんだけど」

 置いてきぼりにされているパドマが白い目で見ていると、師匠が手のひらを見せてきた。上に、小さな青い石が転がっていた。小指の爪の半分にも満たない小さな石だったが、中に星を詰めたかのように、キラキラと輝いている。

「へえ。キレイだね。師匠さんみたい」

 パドマは何の気もなく言ったのだが、師匠は全身を朱に染めて、ヴァーノン像を抱えて帰って行った。


 パドマは、本日の護衛と仲良く後片付けをすると、外に出た。扉の前に人が立っていた。目を吊り上げた兄の姿がよぎって、パドマは逃げ腰になったのだが、いたのはグラントだった。話があると言われていたのを、すっかり忘れていた。

「ごめん! まさかだけど、ずっとそこで待ってたりしてたんじゃないよね?」

 なんと言っても、大馬鹿野郎たちの筆頭がグラントである。やりかねない予感だけなら、いくらでもする。

「おはよう御座います。昨日は、パドマさんがお休みになられたところで、下がらせて頂きました。起床の報を見て、参上したのです」

 グラントは、朗らかな顔で答えた。起床の報とは何ぞやと思っていると、グラントの視線が動いた。パドマもそれをたどっていくと、物見櫓が見えた。そこの最上階から旗が3つ下げられている。1つはきのこ神殿のシンボルだが、残り2つはわからない。ただの無地の旗だ。

 パドマの右手先に緑の旗を持って、櫓に向けて振っている男がいた。すると、櫓の旗も1つは緑に変わった。

「マジか」

 パドマの部屋からも、街の広範囲が見渡せる。きっと物見櫓からも同程度の物が見えるだろう。街中からの信号をキャッチして、その情報を櫓から発信しているに違いない。情報の内容によっては有用かもしれないが、パドマが寝坊してますよなんて情報は街中に広めてくれなくていい。

「起床情報は、やめて欲しいなぁ」

「今日だけ頼んだのです。就寝情報は防衛上の最重要秘匿項目の1つですから、普段は出していません」

「最重要? いや、そこまでは思ってないけども。たまに早起きした日限定だったらいいけど、それ以外はやめてほしい」

「承知致しました。どうぞ、こちらへ」


 グラントに連れて来られたのは、物見櫓の前だった。そこに小さな小屋とそれを囲う柵ができていた。

「先日、シャルルマーニュのメドラウト殿下より英雄様への礼だと頂いたのですが、小屋ができましたというご報告です」

 グラントは、大変困った顔をしている。前にパドマがねだった時は飼ってくれなかったのだから、飼う気はなかったのだろう。それなのに、柵の中に子羊が2頭いる。母羊の姿はない。

「かーわいいね。ありがとう、グラントさん。この子たち、食用だったんじゃないの?」

「そういう口上でしたが、あちらはパドマさんが羊を飼いたがっているのを知っていたようです。ならば、潰すわけには参りません。できましたら、羊の子に名を賜りたく思います」

「名前? ああ、英雄様に付けてもらったら、縁起がいいとかいうやつ? そうだなぁ。正直、この2匹の区別もつかないし、性格も知らないし、見たまんまの名前しかつけられないけど、それでいい?」

「結構で御座います」

「じゃあね、コンドーとペコラ」

「由来をお聞きしても、よろしいでしょうか」

「どこか遠くの国の言葉で、羊って意味。なんか昔、お兄ちゃんがそんな話をしてたと思う」

「なるほど。実に見たまま、この羊に相応しい名前で御座いますね。では、オスをコンドー、メスをペコラとします。よろしいでしょうか」

「うん、いいよ。グラントさんは、羊が嫌いなのかな? ごめんね」

 会話の内容とは関係なく、羊を見る度に苦々しい顔をしているグラントに、パドマは申し訳なく思ったのだが。

「いえ、子羊用のミルクを取りに行く用事を申し付けた父羊が、一向に戻って来ないのです。腹を空かせていないか、心配で見ていられないのです」

 パドマは、父羊の顔を思い浮かべた。ハで始まるヒヨコのような頭の男のことだろう。包帯が取れたら見舞ってもいないが、今日も元気にお使いを失敗してるらしい。

「ごめんね。ウチが適所を見つけられないばっかりに。羊の大将も務まらなかったら、挿げ替えていいよ」

次回は、お散歩回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ