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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
216/463

216.黒い剣

「やっと見つけた!」

 パドマとヴァーノンが、唄う黄熊亭に帰り着くと、店の前には、武器屋の店主が待っていた。眠いのに客が来るとは、ヴァーノンの目が吊り上がってしまったのも、無理からぬことだろう。そして、何もしてないのに、睨まれた武器屋は、びっくりした。いい年した兄妹が、手を繋いで歩いていた以上の衝撃だ。以前は、恋仲ではないと否定していたのに、こんなおっさんにまでヤキモチを焼くのかよ。マジか。そう心の底から引いてしまった。

「あ、おっちゃん、久しぶりー」

 パドマは、大きく手を振った。ヴァーノンの表情の変化には、気付いていない。

「ふっざけんなよ。拵え作るだけで、何ヶ月かかる想定してんだ。英雄様をそんなに待たせる訳がねぇだろう。コーティングまで、とっくにできてるっつーの。いつ取りに来るんだよ。届けにくれば、いつも入れ違いで会えねぇしよ」

「あー、うん。終わってるだろうことには、気付いてたよ。みんなの腰におっちゃんの剣が増えてるし。おっちゃん頑張ってるなー、って思ってたよ」

「なら、取りに来いや、って行くな!」

 ヴァーノンは、店に向かって真っ直ぐ歩き、少しも立ち止まらず、玄関に行った。パドマの手をギッチリとつかみ、引っ張って連れていく。

「おっちゃん、ごめん。無理! 手が離れない。きっと、これからお説教が待ってる」

「兄ちゃん、ちょい待て。納品くらいさせてくれや」

「無理だ。眠い。俺は、あんたの兄ちゃんでもない」

 口を開ける度に、ヴァーノンのご機嫌メーターが下がっていく。それに気付いて、パドマは青くなった。

「おっちゃん。ごめん。後で店に行く!」

 唄う黄熊亭のドアは、閉ざされた。



 パドマは、子ども部屋まで引っ張って連れて行かれた。着くと、ヴァーノンは、ドアの隙間にクサビを打って、ベッドに上がった。

「これから俺は寝る。起きるまで、この部屋から出るな」

「え? ああ、うん」

 ヴァーノンは、真剣な顔で訳の分からない依頼をしてきたのに、パドマは適当に相槌を打った。

「頼むから、言うことを聞いてくれ。安心して寝たいんだ。寝たら抜け出そうと思ってるんだろうが、今日だけは勘弁してくれ。もう限界なんだ」

 そう言うと、ヴァーノンは寝た。パドマは、全く信頼されていないようで、また手を繋ぎ直されている。少しでもパドマが身じろぎすると、ヴァーノンの手に力がこもる。うわぁ、これは完全に寝付くまでは取れないかも、とパドマは諦めてベッドに倒れた。寝る前に、風呂に入りたいんだけどなぁ、とチラチラとヴァーノンの様子を伺うのだが、完全に寝入ったように見えるようになっても、手にこもる力に変化は見られなかった。武器屋に行かなきゃいけないのに、と思いながら、パドマも寝た。二度寝三度寝お昼寝は、得意だった。



 パドマが起きると、いつものように不機嫌顔の兄がいた。結果論ではあるのだが、言うことを聞いて、ちゃんと部屋にいたのに、褒めてはもらえないらしい。

「何故、お前は俺のベッドで寝てるんだ」

「いつも言ってるけど、寝てる間のことなんて知らないよ。ベッドがくっついてるのと、お兄ちゃんが手を離してくれないのが悪いんじゃないの? 嫌なら、もう出て行くからいいよ。違う家で寝たら、こうはならないよ。それでもこうなるなら、誰かに柱にでも縛りつけてもらうし!」

 パドマも嫌になっている。ヴァーノンと一緒にいたいのは、ヴァーノンが甘やかし体質だったからだ。説教ばかりの兄など、努力でどうにかなるあてもないことで文句を言い続ける兄など、一緒にいても、まったく楽しくない。

 ポロポロと涙をこぼし始めたパドマに、ヴァーノンは慌てた。不満を募らせたら、自ら家出してしまうに違いない。困ったことに、パドマを快く受け入れてくれる人は、いくらでも思い付く。実際に、あちこちにパドマの部屋がある家がある。きのこ神殿や白蓮華くらいならともかく、カーティスやイギーの家にもあるのだ。今はなくとも、来るというなら部屋くらい用意する男は、釣書の数だけいる。止めても止まらないに違いない。

「ごめん。悪かった。もう諦める。寝相の悪さは、どうしようもないことだな」

「そう。どうしようもないの」

 パドマは調子に乗って、ヴァーノンにのしかかるように抱きついた。


 ヴァーノンは、そろそろ時間だからと起き上がり、パドマの髪を整えると部屋を出て行った。いくらもしないでドアがノックされたので、「どうぞ」と言うと、ママさんが入ってきた。

 部屋着のまま髪だけ整えられ、ヴァーノンのベッドで座っているパドマを見て、ママさんは「まあ」と華やいだ声を出した。

「どこか痛むところはない? 大丈夫?」

「痛む? 別に痛くは、、、ああ、ちょっと寝過ぎてダルいかな。言われてみれば、背中と腰が痛いような気もするし、手の違和感も取れてないかも。でも、大丈夫だよ。放っておけば、元に戻るよ」

「そうね。大丈夫だけど、無理はしちゃダメよ。ゆっくりしてていいからね」

「ゆっくり? ゆっくりは、もういいよ。お兄ちゃんに見つからないように、お風呂に行ってきていい? 昔は、そんなのに入ったことなかったんだけど、習慣になっちゃったら、入らないと気持ち悪いんだよ」

「ヴァーノンに見つかったら、いけないの? お湯なんて、あの子に支度させればいいのに」

「やめて、お兄ちゃんの仕事の邪魔をしたくないの。これ以上、嫌われたくないから。ずっとずっとお兄ちゃんの機嫌が悪いの。お願い、やめて」

 パドマのお願いに、ママさんは顔を引き攣らせた。今の今まで、パドマを労わるような聖母の微笑みを顔に貼り付けていたのに、段々と崩れ去っていきそうだった。今はかろうじて笑顔の範疇に止まっているが、怒り顔に変貌するのも時間の問題だ。

「あんのバカ義息子は、何をしてるのかしら。わたしの可愛い娘に、不機嫌ですって? ごめんなさい、用事ができたから行くけれど、パドマはゆっくりしててね」

「うん?」

 ママさんは、渾身の笑顔を貼り付けて、部屋を出て行った。少しすると、ヴァーノンの悲鳴が聞こえた気がしたが、気の所為だろう。兄はそんなキャラではない。パドマはそう結論付けて、身支度をすると家から抜け出した。



 外にいた護衛と師匠を引き連れて、パドマがやって来たのは、武器屋だ。猛烈に風呂に入りたいが、時間的に店が閉まるから、用事を優先させたのだ。

「おっちゃん、さっきはごめんね。納品されに来たよー」

「随分と長い説教だったな」

「途中で抜け出そうと思ってたのに、うっかり寝ちゃってさー。ごめんね、遅くなっちゃって。出直して来た方がいいかな」

 そんなことを言いながら、勧められてもいないのに、いつもの席にヨイショと座った。

「説教の途中で寝たのかよ。しかも、抜け出そうと企んだりするから、説教されるんだろ。妹がこれじゃあ、兄ちゃんも大変だな」

「そうなの」

 武器屋の店主は裏に行くと、お茶の準備をして戻ってきた。

 今日のお茶請けは、女の子のケーキだった。薄橙色のクリームで包まれたスポンジケーキの上に、髪の毛に見立てた栗のクリームが絞られ、生クリームの花と栗の髪飾りを付けている。

「嬢ちゃんが栗のケーキが好きだ、って聞いたカミさんが、頑張ったんだぜ」

「うん。可愛い。リコリスさん、大好き。食べていい? ダメでも食べちゃう。昨日の晩から、ごはん抜きなんだもん。いただきまーす」

 パドマは、容赦なく女の子の顔にフォークを突き刺し、食べ出した。髪の毛になっている栗の激甘クリームと薄橙の爽やかなクリームの対比が絶妙だ。スポンジケーキのほのかな甘味と、中に隠された栗の甘露煮の味もイイ。

 出されたケーキは、みんなで食べる用のホールケーキだったのだが、パドマは1人で食べてしまった。

「英雄様ケーキは、英雄様に認められたみたいだな」

 ケーキに使われた砂糖の量を知っている店主は、ゲンナリした顔でパドマを見た。

「え? あの顔、ウチだったの? やだやだ。共食いじゃん。頭に花咲かせてたんだから、師匠さんにしといてよ」

「なるほど。花が師匠さんで、英雄様は金銀宝石ってこったな。髪の色も違うから、2種類違う味で作れと言ってたと伝えよう」

「そんなことは言ってないよね? 英雄様はいらないって言ってるんだよ」

 パドマと店主が話す間、1人静かに蝋板を削っていた師匠は、4枚の蝋板を店主に差し出した。

「食べれる宝石の作り方? これは、すごい」

『貧相な英雄様は作らせない』

 変なやる気を出している師匠に、パドマは半眼になった。

「ここ、武器屋なんだよ。菓子屋じゃないんだよ。知ってた?」


 納品された片刃剣は、10振。どれもこれも真っ黒な拵えの、なんなら刃まで真っ黒な剣である。石目地塗に塗られた鞘は、黒鞘の中でも一際地味だとパドマは喜んだ。ピンクよりも赤よりも金よりも、これぞ探索者の格好良い剣だと思った。不満顔の佳人など、知らない。

 1振、青貝微塵塗が混ざっているのを見つけ、「あ゛?」と、パドマが発したら、武器屋は慌てた。

「10本もあるんだ。1本くらい遊んでもいいだろう? どこかの英雄様が貝殻をいっぱい売ったから、材料が値崩れてんだよ。いっぺんやってみたかったんだ。いいじゃねぇか」

「注文の品で試すなよ。しょうがないおっちゃんだなぁ。まぁ、いいか。注文しただけで、使う予定もないし」

「使えよ! 頑張ったんだぞ。使ってください、お願いします! お頼み申し上げます。どうしたら、使ってくれんだよ」

「でもさ。今、剣帯にいっぱい剣が付いてるから、これ以上下げても邪魔だしさ」

「どっちか外しゃあいいだろうよ」

「えぇえ? 赤い剣はさ。切れ味抜群なんだけど、斬ったものをなんでも燃やしちゃうから、素材回収に向いてないの。でも、師匠さん退治には外せないでしょ? 青の剣はさ。恐ろしいほど切れ味が悪いんだけど、硬い物だけはするりと斬れるんだよ。どっちも外せないよね」

「マジか! そんな使い勝手の悪い剣に負けるのかよ。俺の剣は、斬っても素材を燃やさねぇし、硬いものも師匠さんも、何でも斬れるぞ!」

「何それ。超便利じゃん。早速、師匠さんの試し斬りをしたくなっちゃうじゃん。やめてよ」

 パドマが可愛くイヤイヤしている脇では、師匠が涙目で試し斬り用の腕を差し出している。冗談じゃないのかよ、と武器屋は驚いていると、娘たちはきゃいきゃいはしゃぎながら、外に走って出て行った。先行した娘は剣を1振しか持っていかなかったし、ついて行った娘は恨みがましい顔で、武器屋に鈍器を投げつけて行った。残りの9振は、取り巻きが持って、挨拶をして出て行った。


「いってぇ。なんだよ、ちきしょー」

 武器屋が投げつけられた鈍器は、大金貨だった。この仕事の前金も大金貨だった。特殊な剣を作るために新たな設備が必要だったので、師匠が前金をくれたのだ。設備投資を加味するとそれほど大儲けとはいかないが、それだけで剣制作までを入れても、そこそこ美味しい仕事だった。設備投資に貢献してくれる客なんて、聞いたことがない。それだけで満足だったのに、今回の大金貨はまるごと純利益に計上できる。

「マジか!」

 武器屋は、お金持ちへの道まで開き始めた。

次回、パドマの念願が1つ叶う

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