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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第7章.17歳
215/463

215.労役と鬼ごっこ

 パドマは、ハーイェク惣菜店に来ていた。今日のパドマは、客ではない。店員だ。店員の衣装を着て、店にいる。師匠にも店員の服を着せて、働かせている。師匠を働かせるために来た、と言っても過言ではない。パドマでは、大した戦力にはならない。


 英雄様誕生日祭で出した芋ケーキとかぼちゃケーキとテリーヌの注文が止まらないらしい。あんまり止まらないから、唄う黄熊亭名義のケーキまで、ハーイェク惣菜店の人員を使って作っているらしい。芋やカボチャを蒸して潰すくらいなら、誰でもできるから。

 パドマは、栗ケーキが食べたかったが、忙しそうにしている人たちを見たら、不満も言えない。芋ケーキを1つつまみ食いしたら、芋つぶしを手伝い始めた。今日のケーキは、英雄様イチオシのおすすめ商品ではなく、英雄様がお手伝いして作ったケーキである。店頭に近い場所を与えられて作業しているため、開店前に並んでいるお客様の視線が痛いのだが、今のところ耐えている。頑張っているから、カボチャのケーキも食べたい。


 師匠は、頑張って働けば昨日の蹴りはチャラにしてやろうという神からの有難いお言葉を信じて、せっせと働いている。何をしているかと言えば、肉まんを作っているのだ。

 武闘会の英雄様戦で、英雄様が師匠さんの肉まんを食べたら異常にパワーアップしたという噂で、紅蓮華に問い合わせが殺到して、困っていたらしい。紅蓮華は、急に英雄様がやる気を出しただけで、肉まんは関係ない、と回答していたそうだ。どうせ師匠を使うなら、肉まんよりも大きな案件がいくらでも思い付く。だから、肉まんでは召集しなかった。だが、ヴァーノンは商機と捉えて、パドマに「店に来たら、好きなだけ好きなものを食べていい」と言った。パドマを誘えば、師匠がセットでついてくるから、そこを捕らえて交渉を始めたところ、神が慈悲の心で落とした。

 パドマも師匠の腕をもいだり、指をもいだりと色々やった。お互い様かなぁ、と忘れる気でいたのだが、ヴァーノンの役に立てるならと、労役を課したのだった。その甲斐あってか、師匠は微笑みも浮かべず、必死の形相で肉まんを大量生産している。そろそろ厨房からこぼれ出そうな量が出来上がっているから、売り子をさせた方がいいかもしれない。師匠を売り子にすれば、海水でも完売すると、パドマは信じている。


 パドマは店頭で、売れ行きの悪そうな惣菜を勝手に盗み食いしながら、師匠の仕事の監督をした。パドマの本日の仕事兼正当な報酬である。

 パドマは、そこらの成人男性よりも沢山食べるので、物品支給と賃金報酬ではどちらが店のプラスになるのかは知らないが、パドマが食べるとその商品は瞬く間に消え失せる。英雄様人気なのか、美味しそうな顔をして食べているからなのか、食リポが気に入られてるのか、理由は不明だが、パドマが食べれば、それだけでロス計算はいらない。

 パドマも大人だから、そこは気を遣って食べている。たまに人気商品も食べているが、店員が「只今、揚げたてでーす」とか言って、煽るのが悪いのだ。そこまで言われて食べなかったら、不自然すぎる。だから、渋々手を挙げて食べているだけだ。どうせ食べるなら、美味しいうちに食べたい、と思って手を挙げたのではない。店のことを思えばこそだ。

 さっき、揚げたてのメンチカツをうっかり15個も食べたら、厨房係は慌てていたが、メンチカツはマスターの嫌いな料理だから、それほど売れる訳がないのだ。あれは、食べても問題ない商品だ。「また、そんなに食べたのか?」「あの細い身体のどこに」「次こそ、もう入らないだろう。そうでなくとも、飽きているに違いない」厨房係はパドマの腹の中をそう予想しているが、パドマは可能なら、次は12個は食べるつもりでいる。食べて、やっとこの体型を維持しているのだ。何もしなくても、ダンジョンの階段を上り下りするだけでエネルギーが消費されていくのだが、少しでも痩せると心配する人が沢山いる。最早、パドマにとって、食べるのは使命である。なるべく食費のかからぬところで、ヴァーノンに負担をかけずに太らねばならない。食いべらしに、嫁に出されたくはないから。



 開店前から、日没後まで、パドマと師匠は休憩なしで、よく働いた。パドマは、ほぼ食べていただけだが、それも仕事の一環である。

 いつもよりも客の人数が多かった。朝買いに来た客が、また昼に来て、夕方に来てという具合になっていたようで、まったく客足が途絶えなかったのだ。パドマの護衛が、見かねて行列を作って、整理してさばいていたくらいだった。放っておけば、日の出まで客が途切れず続きそうな勢いだったので、日没時に並んでいた客までで終了にした。店には明かりの用意もないし、常識的にそんな時間に営業している店は他にない。飲み屋の唄う黄熊亭だって、閉店している。というか、普通の人は、もう寝ている。

「そろそろ眠いし、もうお腹がいっぱいで食べれないから、許して欲しい」

 とパドマが言ったら、何故か店員は抱き合って喜んでいた。ヴァーノンの顔色だけ、青かった。


「買いたくなる気持ちを煽ろうと、作りたくない、注文しないで欲しいとパドマに言わせたのに、効果が出過ぎた」

 ヴァーノンは、商魂を出したのを後悔しているらしい。それを横目に、パドマはフラフラと師匠に寄って行った。

「師匠さん、1日付き合ってくれて、ありがとう」

 いつもなら触るなと怒るパドマが、ポスっと師匠の腕の中に収まった。普段なら、労役を勤めたくらいで、こんなことは起きない。何か変だぞ、と師匠がパドマの様子を伺うと、パドマは立ったまま寝ていた。師匠はなるほどと納得し、心ゆくまで抱きしめていたら、ヴァーノンがキレた。

「妹を離せ!」

 声をかけられる前に包丁が飛んで来ていたが、師匠はそれをはたき落として、べーっと舌を出した。そして、パドマを抱えて、跳んで逃げていく。ヴァーノンは、すかさず追いかけた。

 超人による本気の追いかけっこは、夜中続いた。



 日没後に商品を購入したお客様は、眠い目をこすりながら惣菜を食べていたのだが、不意に窓が開いて、可愛い女の子が飛び込んで来たと思ったら、別の窓から出て行った。

 なんだなんだと外を見ると、夜とは思えないほどの人出だった。

「すげぇな、ギード。お前んち、師匠さんが入ったな」

「びっくりするくらい、すぐ出てったけどな。なんだったんだ?」

「英雄様と師匠さんは、恋仲だろう? あんなに睦まじく想い合ってるのに、兄ちゃんが認めてないみたいでな。駆け落ちでもしてんのかね。英雄様を抱えて、鬼ごっこしてるみたいだぞ」

「恋仲っつーか、結婚してんじゃなかったのか? でも、まぁ、あれだけ似てない兄妹だからな。嫁にしようと思って育ててたところを、横からかっさらわれたんなら、そりゃ、怒るだろ。俺は、3年前の武闘会を忘れてねぇぜ」

「そっか。そりゃあ、認めねぇわな。俺なら、英雄様も師匠さんも、どっちも嫁にして、仲良く3人で暮らすがな!」

 そりゃあいいなと、2人でがははと笑った。



 師匠は、アーデルバード中を駆けずり回り、ヴァーノンは振り切られることなく、追いかけ回した。師匠は、ぴょんぴょんと屋根を飛び越していくから、普通の人は追いかけることができない。だから、皆大人しく自宅の窓か、玄関前で観戦した。時々家の前やら上やらを通ると、歓声が上がる。それを聞いていれば、見失っても追いかけるのには十分だった。5割は師匠の応援で、2割はヴァーノンの応援の声が上がる。残りは、両方とも負けろとか、英雄様を置いていけとか、早く寝ろとか、いろいろ言っていた。

 朝日が上っても、追いかけっこに勝負はつかなかった。皆、残念そうにそれぞれの職場へ出かけたが、隙あらば、観戦した。こんな壮大な3次元鬼ごっこは見たことがなかったから、面白かったのである。

 だが、それも終わる時が来てしまった。パドマが目を覚ました。


 パドマは眩しさと戦いながら一晩寝て、よく寝たと思い目を開けたら、空の上にいた。皆が、寝ながら飛んでいると言っていた現象に、とうとうかち合ってしまったのかと思った。

 実際には、ヴァーノンから逃げている師匠が、城壁上から街にダイブしただけなのだが、ちょうど紐なしバンジーを始めたところで目が覚めてしまったパドマは、恐怖の悲鳴をあげた。

「にゃあぁああぁあぁっ! にーちゃ、たすけぇええええ!!」

 パドマに願われれば超常現象を起こす男は、城壁をロッククライミング中だったが、呼ばれたのでそこから飛んで、師匠にダイレクトアタックをしかけた。届くハズのない距離と高低差だったので、師匠はバカにした目で見ていたのだが、ヴァーノンは届かせた。パドマに手をかけ、師匠を蹴り倒す。

 パドマを取り戻したのは喜ばしいことだが、ヴァーノンには、この先のプランはない。師匠は、自殺を図ったのではないのだろうから、何か助かる手立てはあると思うのだが、それがわからない。とりあえず自分が下敷きになったら、パドマのクッションにならないだろうか、とパドマの頭を守るように抱えてみたのだが、下に落ちるにつれて、自然落下のスピードが緩やかになり、何ごともなく着地できた。パドマは、ヴァーノンの服をつかんで震えていただけだが、いつも空を飛んでいる時と同様に薄く緑色に光っているから、何かしたのだと思われる。

 パドマは無事着地したことにも気付いていない様であったが、またおかしなことが始まる前に、ヴァーノンは家に帰った。もう疲れたし、眠い。

 パドマは今起きたところだから、出かけたがるだろう。師匠の下へ遊びに行かれたら頑張った甲斐がないので、何がしかの策を講じなくてはならない。ヴァーノンは、頑張って考えたが、疲れたしか頭に浮かばなかった。

次回、星のフライパン店主、金持ちになる。

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