213.英雄様の気合いの先
次の日、パドマがヤマイタチを抱いて家を出ると、イレと護衛と師匠がいた。師匠は、イレの後ろに隠れている。隠れていても片目がパドマを捉えているし、隠れているのか、構って欲しがっているのかはわからなかった。
パドマは差し当たって、気付かぬフリをしてダンジョンに歩いた。師匠は、変な主張をすることもなくついてきた。ダンジョンに入場すると、いつも通り走って走って走って、60階層で、ちょっと遅めのランチにした。今日のメニューは、アルマジロとキリンの焼肉である。
パドマは、いつぞやの師匠のように壁を蹴ったらキリンの背中に上れてしまって、なんでだろう? と思いながら首を刈って仕留めて床に戻ったら、師匠が呆れた顔をして、ペンダントをパドマに差し出した。ペンダントの部分は飾り気のない布の紐だったのに、ペンダントの地金と同じ色のチェーンに変わっていた。それをパドマが見ているだけで受け取らないので、師匠は勝手にパドマの首に下げた。
「ダメだよ。ブレスレットが先!」
などと言い終わる前には、付け終わっていた。手慣れすぎなんだよ、この野郎! と文句を言うこともできない。パドマは微塵も動かないようにと固まっているので、師匠はため息とともに茶色のブレスレットもパドマの右手首に付けた。同じ色だが、紐は新しい物に取り替えてある。
パドマはペンダントを服の中にしまうと、師匠が引っ張って外に出す。3度同じ攻防をして、パドマは注意した。
「意地悪しないで! これは服の中に入れなきゃダメだって、お兄ちゃんが言ってたの。イレさんも、その方がいいって言ったよね」
「え? パドマが宝飾品をジャラジャラつけてるのなんて、今更じゃない? ペンギン君たちが近くにいたら、怖すぎて盗る人なんていないと思うよ」
『見せてもいいよ。by.お兄ちゃん』
師弟は揃って、適当な返事を返した。どちらにもそうだねと返事をする気になれなかった。
「まぁ、最悪なくなっちゃったら、師匠にもう1つ作ってもらったらいいんじゃない? 師匠、材料は用意できる?」
イレの問いに、師匠はイレを指差した。
「だ、ダメだよ。これは、大事な形見だよ。どうしてもって言うなら我慢するけど、できたら他をあたって欲しい。どうせ何個かは、もう色が抜けちゃってるし。師匠なら、どこに行っても、素材をもらえるでしょう? お願いだよ。これは、このままにして」
イレは、右手で胸を押さえた。あの部分にイレのペンダント? があるのかもしれない。
「作れるの?」
『それは、私が作った私用の飾り。紛失していた』
「え? じゃあ返す?」
『それよりも、素材を作る手伝いをして欲しい』
「ああ、うん。できることなら、構わないけど」
そう答えると、師匠は喜びを顔いっぱいに広げて、イレを抱き上げ、ぴょんぴょんと跳ね回った。
「痛い、痛い、痛い! 離して! パドマ、安請け合いしちゃダメだよ。後悔するよ!」
「え? ダメなの? できることならやるけど、やりたくないことだったら、やらないよ」
パドマが言い直すと、師匠はイレを投げ捨てた。火蜥蜴の上に落としたのは、わざとだろう。
食後、パドマは、目隠しをして走った。真珠拾いや、可愛いウミウシや、マダコに後ろ髪をひかれたが、どうせ帰りにも通る道だと言い聞かせ、先に進んだ。綺羅星ペンギンではヤシガニの寸胴拾いが流行っているので、68階層では護衛もそわそわしている。帰りなら持ち帰りを許可してもいいが、遅いヤツは置いて行くつもりだ。シャコも大分デカい火蜥蜴も無視し倒して、向かうは71階層である。
71階も階段を降りたくないばっかりに、近頃は、ダンジョンも上階ばかり行きがちだった。時間効率が悪いので、こんなところまで降る探索者は滅多にいない。ちょいちょい来ていると自己申告しているイレから情報を仕入れようにも、おじいちゃんすぎて覚えていないらしく、聞いても埒があかなかった。故に、何がいるのか、知らない。ここまでの傾向からいくと、火蜥蜴の次は、嫌いなものばかりいる。心してかからねばならぬと、気合いを入れて臨んだ。英雄様の気合いMAXである。超えられない壁は、グラントくらいだ!
「、、、。、、、。きのこの神、パドマよ。動けなくなるとは、情けない。仕方のないヤツだな。街に戻り、宿屋に泊まって、休むといいぞ。再び、このようなことが起こらぬことを、ウチは祈っている! 切実に!! もうダンジョンマスター嫌いだよー」
フロアに背を向けてうずくまり、ブツブツと呟くパドマを皆で見下ろした。昨日は、酒場でずっと楽しみだって言ってたのになぁ、と哀れな気持ちを抱いている人もいる。
そこにいたのは、ヒモムシとチューブワームと名もない謎のモンスターだった。
ヒモムシは、パドマが嫌いな細長い生き物である。頭の途中でくびれているものや、模様があるものもいるが、大多数はミミズ色だった。頭部には口と吻がある。吻の先に毒針が付いていたり付いてなかったりするが、これを巻きつけて獲物を捕える。そんなモンスターが、地を這っていたり、浮遊していたりする。大きさは、手のひらサイズから、3部屋ぶち抜いても収まりきらないものまでいろいろいるのだが、この部屋にはそんなに長いものはいない。
チューブワームは、節のある白い棲管に入り、赤いエラを出している、なんだかよくわからない細長いモンスターである。元ネタは動物なのには間違いはないのだが、有機物は食べないので、探索者が襲われることもない。売れることもない。ただそこにいるだけの存在だった。
他にも、金色の毛のようなものを漂わせるモンスターや、子どもの粘土細工にしか見えないようなものが、ウゾウゾと地を這ったり浮いたりしている。パドマは確実に限界を越えているが、護衛も半数以上が、この部屋には入りたくないなぁと考える、何とも言えないものの坩堝になっていた。
「これ、倒さないといけないヤツ? すり抜ければいいヤツ?」
パドマは後ろを向いたまま、誰にという訳でもないが、問いかけた。
『倒す! 無害なのも毒針を投げてくるのもいる』
ありがたいことに、人生で初めて、師匠に役に立つ情報をいただいてしまった。ああ、嬉しいな、とパドマは項垂れ動かないでいたら、師匠にぺいっと投げられた。蹴らないでくれた気遣いには気付いたが、感謝はしない。パドマは、地に落ちる前にさっきつけたばかりのペンダントとブレスレットを放って、赤い剣を抜いた。着地と同時に走る。師匠の気配が動いたから、恐らく貴重品は拾ってくれたと思う。目をつぶっているから、定かではないが。なくなったらなくなったで知らない。そんな気分だったのだ。
目隠しは付けていないが、目を瞑り剣を振るう。パドマは、怒りの業火で燃えている。敵を斬らずとも、近寄った時点で干からびて朽ちるのだが、目を開けていないから、気付かずに敵を斬り進んで行った。
パドマが通過した後は、広範囲で敵が消えたので、護衛たちは後ろをついて行った。護衛なのだから前に立ちたいという思いはあるが、護衛が傷を負っても、ボスは傷付く。特に、パドマの刃に巻き込まれるのは、御法度なのだ。パドマは護衛よりも強いから、邪魔にならないように控えるのも、大切な判断だった。炎を背負って、立っているだけで敵を殲滅してしまうような人に勝てずとも、それはそうでしょう、仕方ないよねと思うので、恥だと思っている者はいない。
パドマの見た目は小柄な女の子なので、勝ちたいとは思うが、それとこれは別問題である。パドマは、可愛いからボスなのではない。暴力でのしあがったボスなのである。勝てなくて当然だし、勝ってしまったら自分がボスに昇格し、恐らく組織は崩壊する。パドマ以外に大人しく付き従う人間に心当たりがないので、新ボスは弔い合戦であっという間に潰されて消えると思われる。
「パドマ、そこを右」
イレの言葉に誘導されて、パドマは先へ進む。息が合わなくて、誘導が遅れて階段の部屋になかなか着かなかったが、パドマはイレはおじいちゃんだから仕方がないな、と思った。