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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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21.クマとの相性

「なぁ、その師匠さん服は、何着あるんだよ」

 そろそろ寝ようと思って、ベッドを直していたところで、パドマは兄のヴァーノンに声をかけられた。

「何着あるんだろうね。次々と渡されるんだよ。知らないよ」

 師匠に渡されたお揃いの服は、1着しかなかった。桃色のような紫色のような、何とも言えない薄暗い色の服が最初の服だった。それからは、毎日のように着ていたが、ダンジョンで暴れ回っていれば、すぐに汚れる。だから、元の服に着替えて洗濯してみたら、なかなか乾かなかった。だから、そのまま出かけたら、師匠が泣いたのだ。

 いつもふわふわと微笑んでいて、パドマを蹴飛ばす時も、叱りつける時も、口だけは笑っているように見える師匠の黄水晶のような瞳から、大粒の涙がほたほたとこぼれたのである。パドマが理由を説明しても、イレが宥めても、涙は止まらなかった。

 イレが同じ服を買って来ると言って、どこかに逃げて行ったら、そっと新しい服を渡されて、部屋に戻って着替えたのが、2着目だった。白とも桃とも言い難い色を見て、だから何でこんな色の服で汚れ仕事をしなきゃいけないんだよ、と思ったが、大人しく着た。

 最近は、季節も移り変わり、陽射しが夏めいてきた。風は爽やかで湿気は感じないものの、軽く汗ばむこともある。ダンジョン内は、季節を感じる変化はないのだが、毎日暴れて汗をかき、敵の体液を浴びることもある日常である。師匠はまったく汚れることなくいつも通りであるが、特攻するしか能のないパドマは、日によっては、かなりひどい有様になっていた。

 見かねた師匠が、イレの家に不法侵入して、毎日風呂に入るようになった。ついでにパドマの着替えも用意してくれるのである。

 最近では、パドマの要望を反映した色の服が出て来ることもある。今日は、その1着である濃灰色のお揃い服を着ていた。

「言っとくけど、駄々こねてもらってきてるんじゃないからね。選択権もなく、この服以外を着るのを許してもらえないんだよ。ウチに怒る前に、師匠さんと話し合って来てね」

「ああ、師匠さんのやることに口を挟むつもりは、基本的にはない。男だと、たまに忘れそうになる点だけ気にしてくれればいい。あれは、どうにもならないのは、わかる」

「いい人かは微妙だけど、師匠さんのおかげで助かってるのは確かなんだよね」

 使い方のわからない武具の使い方を教えてくれる。どう進んだらいいかわからないダンジョン攻略を考えてくれる。パドマに合う装具を揃えてくれる。ケガをしないでいられているのも、稼ごうと思えば稼げるようになったのも、毎日美味しいごはんが食べれるのも、師匠のおかげだ。その生活を望んで得た訳ではないのが、素直に感謝できないところではあるが、師匠のおかげで生活レベルが向上したのは、間違いではない。



 パドマは、黄クマを背負って、ダンジョンに出かけた。師匠も一緒にいるが、ここのところは、師匠は監督をしているだけで、クマと共にヘビもどきを退治している。

 師匠は、こちらの動きを確認して動いてくれるが、クマは人の動きを感知しない。好き勝手に動いて、敵を殲滅するだけだ。クマだけで戦ってもらうなら支障はないが、共闘するとぶつかる事がある。パドマもクマの動きを感知していないからである。向き合っている敵の動きを見るだけで、精一杯なのだ。だが、そのままでは、2匹以上の敵を相手にすると危ない。師匠クラスの手練れでなければ、共闘するのも危ない。だから、その練習として、クマと組んで戦闘訓練をしている。

 以前、イレはクマソロで30階くらいまで行ける、と言っていた。90階くらいに居たと言っていたこともある。あと少しで、クマだけでは到達できない場所に着く。まだパドマより、クマの方が強い。いずれは共闘技術も必要になるだろう。そうでなければ、90階まで行けるとは、到底思えない。

 パドマだけなら、そんなところまで行く必要性を感じないが、師匠の望みがそこにあるから、今こんなことをさせられているのではないか、と思うのだ。


 小休憩で、ヘビもどきの輪切りを火蜥蜴の中に放り込み、焼いた物を食べながら師匠に聞いてみたことがあった。

「師匠さんは、ウチにこのダンジョンを踏破させたいのかな?」

 師匠は、いつも通り、何も言ってはくれない。首を縦にも横にも振ってくれない。ただ春の日差しに映える花々のような微笑みを見せるだけだった。

 もう見慣れたと思った顔なのに、あまりの可愛らしさにクラリときた。いけない、同性なのに! と思ったところで、そう言えば男だったと思い出した。本当に、訳のわからない人である。顔だけは極上だし、武力も抜きん出た人ではあるが、絶対好きになってはいけない人だと、強く誓った。ある意味では、イギーよりも危ない男だ。


 それにしても、クマも師匠並みに出鱈目な動きをするので、対応しきれない。ぬいぐるみにしては大きいが、パドマよりも小さい。すぐに敵の影に隠れてしまう。クマの動きを把握できないまま、とんでもない跳躍力で飛び出てきたりするのだ。敵の動きを察知しながら、気を配るのは難しかった。

 師匠とクマだけで戦うと、とても美しい戦闘に仕上がるのだ。自分の腕が師匠に劣るのはわかるが、それにしたって、どうにかならないものかと思っている。

 自分と違うところ。師匠もクマも、遠くから攻撃を仕掛け、即座に撤退している気がする。師匠は、基本的に何でも一撃で倒す。倒したから、次々と別の敵に相対しているように見えるが、もしかして一撃で倒せなくても一時撤退をするのかもしれない。服の下に防具は隠されていそうだが、一撃も加えられないのが望ましい。倒すまでしつこく離れないパドマとの大きな違いは、そこかもしれない。

 師匠どころか、クマにも跳躍力が劣るパドマは、移動が増えると、それだけ消耗が激しくなる。いちいち離れるのは、面倒臭い。何より、離れるとパドマの間合いから、ヘビもどきが外れてしまうのに、相変わらずヘビもどきの間合いに自分が入ったままなのが、恐ろしかった。

 だけど、駆け抜けた。

 なるほどと思った。クマが対している敵が見えた。自分の敵と同じ視界に入っている。すぐに次の攻撃にうつるためにクマは見逃したが、何度か繰り返す間に見えることもあった。

 クマに気を取られていると、師匠から蹴りが飛んできた。ヘビもどきから助けてくれたのかと思ったが、ヘビもどきは遠い。救助ではなく、指導の蹴りだ。本当に、いい加減にして欲しい。性格が悪すぎる。


 こんな日々で、手加減されてる、優しすぎる、ずるいと言われる意味がわからない。もうダンゴムシと戯れる人生を送ろうと決意するのに、お風呂で溶けて、美味しい物を食べると忘れてしまうのだった。

 今日のスフレオムレツと、シュークリームのとろけ具合は、最高だった。そんなものを食べ放題して、太らないためには、また運動をしなくてはいけない。唄う黄熊亭は、スイーツの取り扱いなどなかった気がしたが、師匠が通うようになってから、メニューのラインナップが次々と増えている。あれも、きっとその中の1つだったのだろう。立ち飲み客には、師匠メニューの売れ行きは良い。美味しい物が増えたのは、師匠のおかげだ。少々蹴られるくらいは、問題ない。

次回、師匠になる

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