209. 第四回英雄様誕生日祭〈前編〉
英雄様誕生日祭1日目がやってきた。催し物は、恒例の英雄様パレードである。パドマは、グラント提案の狩衣祭限定バージョン服を着ている。
服のだぶつきを減らしてシャープな印象に変え、パドマに言わせれば、無駄な装飾を増やしている。全体的に余り布を減らしたことで、体型がくっきりと出てしまったのを帯飾りを増やしたり、飾り紐を付けたり、いっそ全身を覆うヴェールをかぶせたりして誤魔化しているのだ。車の上に座っているだけなのだから、いいでしょうと押し切られた。
こっそりと自分の要望をねじこむことに成功したグラントは、感涙に咽んでいた。今日のヴェールと額飾りは、グラントの描いたデザインだった。
白蓮華の子たちは、何故か、みんなきのこになっていた。それぞれ、去年パドマが着たきのこ衣装のどれかをオマージュして、衣装を作ったらしい。
「なんで、きのこになっちゃったの?」
と聞くと、
「きのこの神様ときのこのこ、って言ったら、寄付金が集まったの」
という返事があった。どうも、パドマには、お小遣いと呼ぶには高額なお小遣いをくれる大きなお友だちが沢山いるようだ。綺羅星ペンギンは、独身貴族がいっぱいいるからかもしれない。ポストパドマは、パドマしかいないんじゃないかな? と、ちらりと思ったが、パドマはパドマをダンジョンに放り込む予定は、まったくない。パドマは、箱に入れて育てようと思っている。妹には、恐怖体験をさせたくない。
2日目は、武闘会の子どもの部を観戦した。
パドマの要望が叶って、武闘会の内容は、大幅に変更された。誰もがバカにして使わなかった、ぬいぐるみふわふわ剣の復権である。
ふわふわ剣を用い、規定の場所に当てると得点が加算され、時間内でより多い点数を取った方を勝者とすることになった。
公式のふわふわ剣だけでなく、個人製作のふわふわ剣でも良い。長さ太さは自由だが、綿以外の詰め物は禁止で、もちろん死人が出たら殺人罪が適用されるのは、以前と同様である。浅い打ちは得点にならない。基準は、実際に刃物であれば重症を負うような打ち込みだったか否かだ。浅いとポイントにならないし、やりすぎて死なせると負けになる剛力自慢には少し難しいルールである。ちなみに、引き分けなら、ジャンケンで勝敗を決定する。うまくいけば、ジャンケンだけで決勝まで進めるが、決勝戦と名前が付く試合だけは、延長してでも剣の腕だけで勝敗を決めることにした。
そうそう試合を延長できないくらいに出場者がいることと、運だけでのしあがるのも英雄様らしさではないかと、パドマが言ったからである。但し、全部の試合がジャンケンで終了すると味気ないため、決勝だけは普通に勝負しようぜ、とした。
ちなみに、配点は脳天とこめかみと首が5点、首と肩の間と脇腹が3点、それ以外は1点である。例えば、グラントが本気で首を狙うと死人を出す可能性があるので、配点が高いところを狙うのがマストとも言い切れない。
試合時間は300拍。専用の手動時計で試合時間を表示しながら行う。延長戦は時間無制限で、天気が悪くなった場合、暗くて見えなくなった場合は、審判の判断で中断し、日を改めて続行する。
今日のパドマは、貴族より豪奢なドレスにいつもの袖を付けたような服装でいる。太陽のような頭飾りはルーファスがどこかで作って来たものだが、それ以外はパドマの部屋に死蔵されていた装飾品を大放出して、これでもかと飾り立て、ルーファスはパドマに化粧を施した後、「世界で2番目。わたしの次に美しくなりましたよ」と、太鼓判を押した。
普段なら、褒められると機嫌が悪くなるパドマだが、お前が世界一だったのか! というところに気を取られてしまったので、ケンカにはならなかった。美しくなったと言いつつも、まったくのお世辞で、パドマ個人には興味がないルーファスだからこその結末だろう。
おかげさまで、優勝商品をパドマからもらうために並んでいる少年たちは、パドマに目を奪われていた。
去年の優勝者も2人混ざってはいたが、マッチョ大会にならなかったことで、パドマの機嫌はすこぶる良好に保たれていた。その上、優勝者に見知った顔があったのである。パドマの機嫌は、うなぎのぼりだった。
10歳の部優勝者は、白蓮華のエイベルだった。武闘会のルール変更開示は祭直前だったし、白蓮華はふわふわ剣剣術ごっこがよくやる遊びの1つだったので、多少有利だったのかもしれない。パドマは、エイベルに対して並々ならぬ思いを抱えていたから、壇上に立つ誇らしげな表情を見て、本当に嬉しくなったのだ。
「優勝おめでとう、エイベル」
パドマは、賞品を渡すと、エイベルにハグをした。
それを見た11歳以上の優勝者は、自分にもあれを? と、完全に浮き足だったのだが、感動のあまり泣き出したパドマが使い物にならなくなったので、そのままエイベルと退場してしまった。
急遽、代役として壇上に引っ張りだされたイギーは、お前誰だよと年下の子どもたちに睨まれ、縮み上がった。パドマが記念品を渡すのを嫌がる気持ちが、少しわかった気がした。
3日目は、ペンギンパレードである。
パドマは、ルーファス推薦の燕尾服のような服を着て参加した。今までは、ユニセックスの服を着せがちだったのだが、客は男なのだから男の服を着せることにしたのである。小さいパドマを目立たせるために、表地が濃赤で裏地が紺の上着とズボンにした。シャツとベストとクラヴァットは白で、クラヴァットには赤のブローチを付けた。
パドマは、何も気付かずにペンギン服だと喜んで着ている。ルーファスが、皇帝ペンギンですよ、と黄色と橙色の毛を髪に混ぜて結ったから、本人は、すっかりその気になっている。
コガタペンギンだのハネジロペンギンなどと言われたらむくれたかもしれないが、大型種の皇帝ペンギンにしてもらえたのが、嬉しかったのである。あっちにぺんぺん、こっちにぺんぺんと、実にご機嫌に歩いているパドマを見て、ルーファスさんのボス転がしテクが意味不明でヤベェと、綺羅星ペンギンの面々は危惧を覚えた。
4日目は、武闘会の綺羅星ペンギンの部と一般の部が行われる。パドマは、もちろん綺羅星ペンギンの部の観戦場に行った。今年から、きのこ神殿敷地内で行われるため、一般の見学者が入る初めての試合になる。そのため、安全を期して飛び道具の類いは禁止した。来年は復活するかもしれないが、具合をみるために今年だけはやめろと、グラントを納得させた。それ以外は、殺し以外はなんでもありの乱闘だ。一般の部は、子どもの部と同じルールに改定できたが、バカ男たちの戦いにメスを入れることはできなかった。一般の部と同じじゃつまらないとかいうところから始まっているので、なかなか難しい。
例によって、スタンリーの宣言は、客を含め誰も聞いていないので、パドマが試合開始のコールをした。
「気合いを入れろ! 試合開始!!」
今日のパドマは、某防具屋のおっちゃんが張り切りに張り切りきって持ってきた甲冑姿である。戦うんじゃないなら、重くても動きにくくても何でもいいな? と、わざわざパドマサイズで作ってきたのだ。普段、都合の良い時以外、放っぽりっぱなしのおっちゃんが、渾身の作品を作ってきたのである。動くとガチャガチャうるさいからやだとか、座れないからやだとか言えなかった。金属部分の柄も凝っているし、スカートが付いていたり、おっちゃんなりに祭用に作ってくれてるのがわかるから、売り上げ計算にうるさいルーファスまで譲った。ルーファスが勝てないものは、誰も勝てない。仕方ない。
防具屋のおっちゃんが、
「これが本当の英雄様だろ!」
と喜んでいたから、パドマはなんだか親孝行したような気分になった。
おっちゃんの甲冑の構造上、座れなかったので、パドマは剣をついて立ったまま観戦した。
ギデオンやグラントが潰されていくお楽しみ観戦の始まりである。パドマは、ウッキウキでいたのだが、今年は様子が違った。どういう分け方かは知らないが、チーム戦をしていた。単体でいると狙われるヤツらが、結託したのだ。もともと戦争を想定していたのだから、こちらの方がそれっぽい。期待とは違ったが、それはそれで面白かった。最終的に残ったチームはどうするのかと見ていたら、1人を残し、他は自らコートから出て負けていた。誰を最後に残すか、取り決めがあったのだろう。
単純に助け合うチームプレイも面白かったのだが、あいつとあいつが仲良しだったのか、という意外性を知ったのも面白かった。大半、名前を知らない男なので、明日には忘れそうだし、人事権も持っていないから、何の役にも立たない知識だが。
5日目も、綺羅星ペンギンの乱戦を見守った結果、なんでこいつら協力プレイができるのに、ダンジョンではやらないんだろう、とパドマは思った。
6日目は、英雄様の出し物の日である。
会議で話し合った結果、パドマは、ファッションショーをさせられることになった。ルーファスの持ち込み企画である。売り出したいものを何でもパドマに持たせることができるよ、食わせることもできるよ、と周囲を懐柔していった結果、ルーファスが勝利したのである。
だが、脱げ、肌をさらせと怒られた後に決まったファッションショーである。パドマには、不安しかなかった。
「変な服を用意したら、絶対に着ないから! 空を飛んで、逃げちゃうんだからね!」
と、怒ったのが良かったのだろうか。許容範囲の服ばかりだった。
「これからの季節は冬ですからね」
と、長袖長ズボンが採用されたのである。半ズボンしか履いたことのなかった男たちは、長ズボンって足が温かいんですね、と着なくてもわかるような感想を言っていた。長ズボンが大ヒットしたら、ルーファスは、長ズボン推しになってくれるだろうか。そんな期待をしながら長チュニックやだぶだぶパーカーやセーターを用意した。のに!
いざパドマが着替えに入ると、ボトムスらしきものがなかった。チュニックと長い靴下しかなかった。してやられた。そういうことであれば、パドマは着替えない。そのままの服装で、舞台まで歩いた。
ルーファスが、舞台袖で『着替えろ』と蝋板をかざしているが、パドマの知ったことではなかった。裏切ったのは、ルーファスの方だ。ルーファスだけなら、帰ってしまっても良かったのだが、パドマは舞台の上に用があった。
このファッションショーは、ただ服を着て出てくるだけではない。星のフライパンの新しい剣で試し斬りをするところを見せたり、いろんな店舗の新商品を試食したりするのである。ルーファスの服はガン無視するとして、他の業務はやらねば申し訳が立たない。秋は、栗も芋もかぼちゃも柿も、、、。美味しいものがあふれる季節なのである。折角用意してくれた甘味を食べずに帰るなんて、していいとは思わない。何があっても、ヴァーノンの栗ケーキだけは食べる。今朝作っているのを見つけたのに、祭で食べろと食べさせてもらえなかったのだ。
パドマが、いそいそと歩いていくと、栗ケーキと同じ形状の芋ケーキとかぼちゃケーキも並んでいた。幸せすぎて死ぬかと思ったけれど、ケーキを食べてもパドマは死ななかった。栗クリームのもったりとした甘さ、中に仕込まれた生クリームの爽やかさ、更に奥にひそんでいた甘露煮の美味しさと歯応えの満足感。「秋は、これだよねー」と堪能した後に、商品説明蝋板を読み上げた。
「えーと、『これは唄う黄熊亭のヴァーノンが作った栗山ケーキと芋山ケーキとかぼちゃ山ケーキです。芋やかぼちゃならいいけれど、栗は面倒臭すぎるので、妹以外からの注文は受け付けません』って、なんだこりゃ。売り出す気のないものなんて、出さなきゃいいのに」
ケーキの下に、誕生日おめでとうの文字が隠されていたから、単純に誕生日の祝いのお菓子を作ったのだろう。ヴァーノンらしいといえばらしいのだが、だったら朝食べさせてくれたら良かったのに、と思いつつ、他の物を食べた。紅蓮華からは、蓮の実のシロップ漬けが、リコリスからは蓮の実餡を包んだ団子が提供されていた。全部お菓子だと思って食べていたのだが、中に見た目がケーキなだけのテリーヌが混ざっていた。名義はハーイェク惣菜店で、『予約があれば作らなくもないけど、あまり注文されたくない』と唄う黄熊亭の説明書きと似たような文言が書かれていたから、名義が違うだけで、結局こちらもヴァーノンが作ったのだろう。本当に、何をやっているのだろうか。パドマは、誉め殺しながら味わって食べた。
次回、誕生日祭の続き。