208. 第四回英雄様誕生日祭〈準備〉
ウパトラと遊ぶことをダシにして、また仮面祭で座敷を借りたりしながら、着々とパドマは英雄様誕生日祭の準備をしていった。主な仕事は、企画会議にイチャモンをつけることと、衣装デザインを検討することである。
企画会議でパドマが最も通したい意見は、空を飛ばないことである。マジで意味がわからないから、と言ったのだが、イギーに
「大魚を倒した時は、空を飛んでいたんだろ?」
と言われて、パドマは一時停止した。言われてみれば、確かにヴァーノンが食われたと聞いた後で、ちらっと空を飛んでいたような記憶があるようなないような気もする。だが、人は空を飛ばない。飛ぶはずがないのだ。グラントは飛ぶかもしれないが、パドマは飛ばない。
パドマは、イスから立ち上がって、ジャンプしてみた。ぴょんぴょんと2回跳び上がって納得した。
滞空時間は一拍程度、高さはひざくらい。実に普通だ。天井に、頭をぶつけたりはしなかった。
「人は空を飛ばない。イギーは飛んでも、ウチは飛べない。無理だし、高いの怖いから、絶対に嫌だ。断る」
人は飛ばないと聞いた時、グラントは、今年も飛んで頂こうと思ったが、高いのが嫌だと聞いて、やめることにした。
「そうですね。去年やった演目ですから、インパクトに欠けます。変えましょう。最早、英雄様の空中散歩はアーデルバードの日常ですから、誕生日祭で、敢えてやるほどのことではないでしょう。新しい演目を考えましょう」
「え? 日常? そんなことは、あり得ないよね。何言ってんの?」
パドマの意見が通ったのに、なんだか納得いかない意見だった。
「それもそうか。だったら何やるんだよ。代案を出せ」
「この場で、決めてよろしいのですか? 英雄様の演目ですよ?」
「この場で決めましょう。わたしは、もう企画書を3つ仕上げてきました。いつでも参戦可能です」
今年会議初参加のルーファスが自席横に積み上げていた板束をバシッと叩いた。
「綺羅星ペンギンからも、百獣の夕星からも、きのこ神殿からも、ご提案する準備は御座います」
グラントもニヤリと笑った。
「ちょっと待て。それは、後回しにしよう。俺もこれから考えるから」
それを見たイギーは慌て出した。どうやら、代案は、パドマが考える必要はなさそうである。変な案が採用されないよう見張っていなければならないだろうが。
「じゃあ、じゃあ! 次の議題は、武闘会について。あれについても、物申したいことがあるの」
パドマは、演目の話題が切れたところに新たな話題を振った。ずっと嫌だな、と思っていたことについてだ。
「またか。決勝戦辞退は、認めない」
「違う。そんなことじゃなくて、根本的なルール改正を要求する。あんなのを英雄様の武闘会とか言われるのは、我慢ならない。やりたければ、あれは別の機会にやれ。絶対にコンセプトが違うし、毎回同じヤツが優勝するとか、見るのも参加するのも面白くない。もっとハラハラドキドキ手に汗握る大番狂わせみたいな要素が欲しい」
「具体的に、何がお気に召さないのでしょうか」
「ポスト英雄様を探す大会とか言って始めたくせに、皆、ウチのことを何だと思ってんの? あんな大会じゃ、ガチマッチョ以外出る幕ないよね。ウチは、そんなにマッチョなの? マッチョさがウケてんの? 本気? 3回もやったのに、優勝者は全員バズりもせずに、普通に暮らしてるよ」
パドマの言葉に、皆の動きがハタと止まった。
過去の優勝者は、ヴァーノンとイレとナサニエルである。どれもこれも華に欠ける人材だった。パドマを助ける手段として出てきた2人と、パドマとお話ししてみたくて優勝した男である。出世欲のようなものも持ち合わせておらず、用が済んだら速やかに消えた。ヴァーノンが唯一、パドマと恋仲なのかもと、その後何日か噂になったくらいだった。あの人は兄だよ、と消火する前に立ち消えになったが。
「確かに」
と、カーティス。
「芸術点でも入れるのか? 殴り合いのどこに点数を挟んだらいいんだよ」
と、イギー。
「あの短時間で人柄を判定するのは、至難ですね」
と、グラント。
「でも、戦いの要素を省けば、何が英雄様なのかから、わからなくなりますよ」
と、ルーファス。
角を突き合わせて悩んでみるも、答えが見つけられなかったので、この議題も持ち越すことになった。
他に、何点か話し合い、今日の企画会議は終了した。宿題はできたが、パドマの仕事は、嫌なことにケチを付けることであって、誕生日祭を円滑に回すことではない。故に、放っておいても問題ない。秋の風物詩として定着しつつあるようで、子どもたちが楽しみだとか言っているのを見かけると、安易にぶち壊せないのだが、あんなものはなくなってしまえと、心の底から思っているのだ。
パドマは別室に移り、更に会議しないといけない。次の敵は、ルーファスである。
パドマ専用の応接室だというあの部屋に移動して、無駄にデカいソファに座る。この部屋は、無駄にテーブルも大きいので、板や蝋板や紙を広げて話し合うのに、丁度いい。
今年の祭のパドマの服飾担当は、ルーファスである。何故か服飾の会議になると女装して現れることで、無駄にパドマをイライラさせている男だ。
ルーファスとしては、女装をしている間は一歩近付いてもパドマが震えないことに気付いて、気を遣っているつもりなのだが、パドマは気付いていない。同じデザイン案を手にして語り合うには、必要な技能だとルーファスは思っているのに、パドマは趣味ではないと言っていたのに、何やってんだお前、と思っていた。
パドマは強く攻めると、大抵のことは言うことを聞いてくれる寛容な性質なのだが、男装でそれをやると、立ち所に泣く。だから、パドマとの商談は女装がマストだ! と、ルーファスは推奨しているのだが、父親も会頭も次期会頭も賛同してくれなかった。商談相手はパドマだけじゃないからというのが、言い分なのだが、男だとバレないくらいに作り込んでいけば、それ以外にも有効だった。商売のための努力を怠るなんて、けしからんことだと、バラキチガイは思っている。バラを育てるためには、日当たりがいい土地がいくらあっても足りないのだ。隙を見て会頭から土地を巻き上げるためには、金はいくらあってもいい。脇目もふらず、バラのために稼ぐには、なりふり構っていられない。なりふり構って、何の役に立つのだ。おしゃれなどしても、バラは育たない。服など、ただの商品だ。
師匠でなくなって安心していたのだが、ルーファスも残念な変態だった。ビジネス信徒だからか、不敬にも、肌出しを要求してくるのだ。もっさりとしたきのこの着ぐるみを作るようにお願いしても、却下され、やたらと露出の多いデザインを推してくる。
「暑いことを理由に、袖や裾の長さを削ってきたのは、この日のためですよ。そろそろ慣れたでしょう。足を出すくらいなんだというのですか。脱げばそれだけで話題がさらえるのに、躊躇する理由はありません。諦めろ!」
「それが本音だったのか。そんなクソ恥ずかしい服は、嫌だ。無理だ。バラさんが着ればいい」
「わたしが着ても、誰が見に来ると。いえ、いいでしょう、着ましょう。お揃いで着ましょう。パット様に着せるより、ある意味話題になります」
「お揃いがいいなら、グラントさんと2人で着て。ウチは、着ない。絶対に断る!」
パドマとルーファスの話し合いは、この調子で、ずっと平行線だった。放っておけば、パドマが押し切られることを心配して、グラントもついてきたのだが、グラントが見ていてもルーファスは引かないようだった。
「まずは落ち着いて下さい。
ルーファスさん、パドマさんの露出をあげれば話題をさらえるのは、同意します。が、今年で最後ではないのですよ。毎年露出をあげていくのですか? いくらも経たずに、服としての体裁が保てなくなるでしょう。そして、話題をさらうだけで、服は売れないのではないですか? そんな服をパドマさん以外に着せて、誰が喜ぶのですか。そんな男が大量発生したら、わたしなら苦情を入れますし、女なら似合うものでもないでしょう。客を呼ばねば始まりませんが、服が売れねば経費がかかるだけですよ。
それと、パドマさん。きのこの着ぐるみは、売れません。売れないものは、ルーファスさんに言っても作ってはもらえません。
無理を言っても通りません。ご自分の希望を押し付けるだけではなく、相手の意見を聞き、その範囲内で自分の希望を落とし込める場所を探す方が建設的ですよ。10日もあるのですから、それぞれの好みの服を着れますよね。因みに、わたしのオススメは、普段パドマさんが着ている服の袖やボトムスを改造して、神秘性を高めるような工夫を考えることなのですが、如何でしょうか。似ていますから、パドマさんの服なのは明確で、祭限定バージョンです。売れませんか? 大改造でなければ、着用に問題はありませんね?」
グラントの建設的な意見に、パドマもルーファスも、一瞬、口をつぐんだ。祭は10日もあるのだ。そろそろ一着くらいあつらえて、最悪これを着続ければいいかというような安心感は欲しい時期なのである。確かに平行線のままでは、どうにもならない。歩み寄りが必要なのは、わかっていた。
「その前面の袋状の部分をなくして、帯結びを出せれば飾りが増えるのではないかと、前々から思っていました。ストラのような飾りを増やしてもいいかもしれません。というようなことですね」
ルーファスは、パドマの服を見て、意見を出した。だぶだぶのもっさりとした服である。いくらでも改善案は出せそうだった。
「ちょっと待ってよ。これは、ここがだぶだぶしてるのが、いいところだよ。だから、師匠さんの性別がどっちだかわからないんじゃん。結局脱がしても全面武器だらけで、わからないんだけどさ」
パドマが人生の半分くらいを着て過ごした服である。慣れすぎてしまって、改造は受け入れられる気がしなかった。
「では、そのだぶだぶは残して、下に着ている緑の服を着ないというのは、如何でしょうか」
上衣は、ところどころにスリットが入っており、そこから下に着ている服が覗く。差し色でおしゃれを追求するより、肌を出してくれたら話題がさらえる。
「ダメに決まってるよね。何を考えてるの? バカなの? 変態なの?」
先程と同じ意見に戻ってしまったので、ルーファスは、誤魔化しを入れた。
「それを脱いだところで、まだ下に着ているでしょう。暑くないのですか? その下に着ている服1枚で勝負するのが、いっそ清々しくて男らしいですよ」
「女らしさもいらないけど、男らしさも求めてないからいらない」
「何故、ルーファスさんは、パドマさんの服について、そこまで詳しいのでしょうか」
グラントは、話の内容を訝しんだ。
「そこまで脱いだ状態で、採寸させていただいたことが御座います」
「バラさんのお姉さんだと思ったんだよ。これ、初見で男だって、気付く? 今日はこの程度だけど、あの日は声まで違ったんだよ?!」
2人とも、特に思うところがないかのような顔で答えたのに、グラントは安心して良いか、判断ができなかった。
「わたしは、女装の優勝経験があると事前にお伝えしておりました。騙したつもりはありません」
「聞いたよ。聞いたけど、そこまでとは思わないよね。キレイ目の女の服着た男になると、思ってたんだよ。お姉さんもいるって、聞いてたしさ!」
パドマはあの日のことを思い出して、半泣きになった。グラントは、今日も決まりそうにないなと思った。
次回、祭。