207.娘の話がわからない時
また今日も、パドマは懲りずに69階層に来ていた。
パドマは昨夜、唄う黄熊亭に顔を出さなかった。護衛を再編成させるのも申し訳ないので、神殿で物思いにふけりながら、ずっとジメジメときのこになっていたのだ。お腹が減らなくても供物が前に積み上げられるので、それをつまんでいたから、夕飯は食べたいと思えなかった。帰りが遅い日は、いつもそうであるから、誰も何も思わなかった。
帰った気配を察知すると、ヴァーノンは仕事を放ってパドマの出迎えに行ってしまうのだが、傷を治療してから帰ったので、問題は起きなかった。何歳までデレデレ仲良し兄妹をやってるんだよとか、異常なのは兄愛だけじゃなく妹愛もか! などと、ペンギン席で話題になるのも、いつものことだ。それに対抗して、常連客が、兄妹のフリをしているだけのアベックだからな、などと言ってヘイトを稼ぐのも、いつものことだ。
イレは、常連客の意見に一票を入れている。多分、ヴァーノンか師匠なら、押せばパドマは落ちるだろう。逆も然りなのに、誰も押さないから、変な人間関係が構築されたままなのだ。これが2人ならくっつけた方がいいと思うが、3人いるからどちらを勧めたらいいのかが、イレにはわからなかった。故に、たまにつっついてみるだけで、傍観している。
一緒に飲んでくれる仲間ができたので、イレもパドマがいなくても寂しくはなかった。だが、飲み仲間はパドマが仲介してくれた、パドマを可愛がるおっさんたちである。パドマの機嫌を損ねたと知れれば、誰もイレの味方にはなってくれない。10年以上、毎日のように通った店だが、唄う黄熊亭は、イレのホームではなかった。
今日のパドマからは、装飾が削られている。師匠の茶色のブレスレットと、いくつかの装具は見えるが、イレが着けてと願った青の飾りや赤の飾りは、1つも見えない。
身に付けているのは、イレの知らない飾りばかりである。パドマは、飾りが似合う容姿をしている割りに、自ら装飾品を入手するような性格には思えないので、師匠が送った品なのだろうか。月と星のモチーフが見えた。星はともかくも、月を贈られる仲ならば、それを嫌がらずに身に付けるならば、恋人になってしまえばいいのに。いなくなっても、やはり師匠は強いのだ。あの人はどうなっているんだ、とイライラして、パドマを見たら、恐怖がこみ上げた。神の衣装を身にまとったパドマは、震えるほどにキレイだった。飾りが似合う容姿だが、飾りなどなくてもキレイなのだと、納得した。
パドマは、青の剣を左手に持ち、するするとシャコに近付いていく。スイスイと泳いで逃げていたシャコが仁王立ちをして、戦闘態勢を整えたところで、パドマに斬られた。その近くにいたシャコは、パドマに向けて攻撃を放って、やはりパドマに斬られた。
シャコに吹き飛ばされて、師匠がギリギリ守り切って青ざめていた場面を見ていたイレは、絶対に勝てないと思っていた。本人もそう言っていたから、イレの所為だけではないと思うのだが、パドマは勝つ気がないだけだった。パドマは敵の動きが視認できずとも、敵のパターンさえ知れば、斬ることができるのである。目視できる敵が斬れない訳がない。あっさりと横にかわしてスパン! と斬っていた。斬ったパドマは、瞳を輝かせて、うっとりとしていた。
「シャコキレイ。シャコかっこいい!」
そう言い残して、次の部屋に行く。そこでもやはりわざとシャコに攻撃を出させてから、斬っていた。
「いやぁああ! シャコパンチ、光る上に熱いんだけど! カッコイイ。殴られたい。1発だけなら、くらってもいい?」
そんなことを言っては、護衛に「やめてください」「ダメです」とダメだしを受けていた。
「完全に、お兄さんの守り損じゃん」
ポツリとこぼしたイレの言葉は、護衛に拾われた。
「当然だ。ボスは神だぞ?」
昨日の護衛とは、1人もかぶらず総入れ替えされているのに、普通に昨日の話題がつながるのが、パドマの護衛の薄気味悪いところである。引き継ぎの内容が細かすぎて、引くのも飽きた。流石、自称宗教団体である。神への対応マニュアルが、えぐい。
「うん。実際、パドマは神様なんだよ。それは、認める。知ってる? パドマは今、数いる神様の中でも一番上の世界最強の神なんだよ」
と、イレが言ったら、護衛はポカンとした顔をした。
「唯一神ではなく?」
「8人前後神様がいるんだけどさ。その頂点が、パドマなの」
「なるほど。そういうことなら、あるかもしれません」
珍しく護衛と話が合い、雑談をしていたら、可愛いパドマがイレの正面に寄ってきた。
「イレさん、ケガしないで、全勝してきたよ」
先程まで、パドマは目を吊り上げてイレのことを完無視していたのに、柔らかい微笑みを浮かべて見上げている。倒したかったシャコをぶん殴って、すっかり憑き物が落ちたのだ。パドマあるあるだ。イレが謝ったとか、謝らないとかは、まったく影響しないのである。
「それは良かったね」
イレが思わず棒読みになってしまっても、致し方がないと思う。可愛いパドマに喜んでいるように見えたら、周囲にブリザードが吹き荒れるのだ。パドマの護衛なんて束でかかって来られても敵ではないが、弱い者いじめをして喜ぶ趣味はないし、できたら誰とでも友好な関係を結んでいたい。
「だから、もう邪魔しないでね」
瞬間、ギッと睨みつけられた気がした。
「ひっ。邪魔なんてしないよ。するつもりはないよ。ちょっと、そう、ちょっと過剰に心配しちゃっただけなんだ。ホラ、年取ると心配性になりがちって言うよね? ね?」
怒られたと思い、必死に言い訳をこねたのだが、それが良い方に作用したかはわからない。パドマは、イレの返答を待たずに、裾をつかんで引っ張っている。
「ウチのためなら、手伝ってくれるんだよね? やりすぎちゃったの。止められなかったの。助けて」
「ああ、なんだ。労役のおねだりか。うん。だよね。睨むのをやめてくれるなら、やるよ」
イレは、ぽいぽいとマイバッグにシャコを放り込み、上階に走った。ペンダントとブレスレットを護衛に預けたパドマも後に続いた。
2周目は拾い集めなくてもいいように、護衛によって、一処に集められていた。
イレが護衛に招かれてきのこ神殿に行くと、子どもたちに囲まれていたパドマ(2周目以降には付いてこなかった)が、イレのところにやってきた。
「ありがとう。イレさん。おかげで、アーデルバードの平和は守られたよ」
「大袈裟だなぁ」
「シャコが、市場から消えるところだったんだよ。そんなことになったら、暴れて城壁に大穴を開けてたかもしれないよね」
「そっか。パドマが、シャコが好きだったんだ。それは良かったね」
「ううん。ウチは、エビが好き」
パドマは、去って行った。イレは、娘と話が合わなくて悲しいと言っていた、酒場の常連客の話を思い出した。どれもこれも、パドマに比べたらわかる範囲じゃない? と思った。
「お姉ちゃん、今日のそれは、なんていうきのこ?」
パドマは、パドマの青いきのこ服について、質問を飛ばした。本に、青いきのこは載っていなかったのだ。作者に追加ページを作ってもらわねばならない。あの本は、パドマのきのこ服を特定し、気持ちを推し量るために作られた本だから。
「ん? これは、ラクタリウスインディゴだよ。傘の下は真っ青だし、切ると青い汁が出るし、すっごい食欲をそそらないきのこなんだけど、食べると美味しいの。当たり外れがあるけど、香辛料いらないなーって味でさ。でも、最初に食べた人、かなりクレイジーだよね。だからか、あんまり売ってるのを見なくてさ。誰か見つけて来てくれないかな、っていう期待をこめて、着てるの」
推し量るも何もなく、姉パドマは全てを解説してくれた。妹パドマとしては助かるが、もう少し難解な人間性でも腕がなるのにと、思った。
「ラクタリウスインディゴ! 煮凝りにしたら、涼やかになるかな?」
「そうだねぇ。身は別のことに使って、汁だけ集めたら、いい感じになるかもね」
次回、誕生日祭