205. 小話ハワードちゃんとイレさん〈後編〉
パドマは、久しぶりにアクセサリーまみれになってダンジョンに来た。昨夜、イレから渡された物である。夕飯後のダンジョン行きは断ったのだが、次の日のダンジョン行きには着用してあげることにしたのである。頭に着けるジャラジャラだけは置いてきたのだが、イレにお願いだから! と、しつこく言われて、渋々着けてきた。本当に邪魔臭いし、鬱陶しい。ダンジョンに来る格好ではないと思うのに、一頃そんな格好で毎日いたからか、誰もダメだしをしてくれなかった。あれだって、好きでつけていたのではなく、壊したくないから取れなかっただけなのに。昨日、泣いているイレを見たからか、ヴァーノンすら何も言ってくれなかった。
幸いなのは、朝起きたら、飾りの石が青に変わっていたことだろうか。濃いピンクに比べたら、もう何色でも有難かった。
腰の剣は、赤と青の二本差しになっている。師匠の剣と違い、装丁はお揃いで大人しいが、色味がどうにもならない。おしゃれは諦めた。元々それほど興味のないジャンルだったから、どうでもいいのだが、英雄様くそダサいという噂がたったら、ルーファスが出張ってきそうなのが怖い。もう露出は沢山だ。
「今日のパドマは、一段と可愛いね。そのジャラジャラが似合うからかな。正直、もっとファイアの強い石の方がいいと思うけど、何でも似合うね。すごいな。羨ましいな」
ダンジョンに入場すると、やたらとイレがパドマの装飾を褒め出した。プレゼントをもらったことを喜べというフリだ。とてもわざとらしい。ほら言え、今だ! とでも言うように、アイコンタクトを送ってきているようなのも、ウザい。頑張っているのだろうが、前髪が厚くて、目など見えない。
「あー、タダで剣もらっちゃったよ。嬉しいなー。これで一本へし折れても、問題ないよー。やったね」
パドマは、棒読みではしゃいで見せた。そろそろウザヒゲおじさんから解放されたいのに、いつものように置き去りにしてくれないようだ。頑張ってはしゃいだのに、評価は低かった。
「違うよね! なんか違うよね!」
「何言ってんの? イレさんの褒め言葉に比べたら、余程、論理的だから」
パドマの声に、護衛どころか、道行く知らない人にまでうなずかれて、イレは動揺した。
「ウソでしょう?」
イレの嘆きを放置して、パドマは青の剣を抜いた。どうでもいい敵で、剣のスペックを確認しなければ、大事な場面では使えない。
抜いてみたところは、赤の剣と大差はなかった。ブレードの長さも厚みも刃紋の入り方まで同じに見える。唯一違うのは、色だけだと思えた。護衛に囲まれて検分しながら歩き、護衛の隙をついて1匹斬ってみたが、斬れなかった。
「うお。細身のくせしやがって、殴る用の剣なのか。マジか」
残念なことに、斬れなくても倒せなくても、護衛たちが何とかしてくれる。特に困らないので、盾気分で扱い、そのまま奥に進んだ。
異変を感じたのは、28階層のカミツキガメと対した時だった。時々ある、何故か甲羅が斬れちゃう問題が、また発生したのである。やたらと切れ味のいい刃だったり、パドマがパワーアップしすぎたり、過去いろいろあったかもしれない。だが、切れ味の悪い刃で、甲羅が斬れる理由はなんだろうか。ちなみに、カメの首や足は斬れない。だが、甲羅と同時なら斬れる。意味がわからない。
「マジかー。カメの甲羅切り専用剣とか、いらないな」
倒した後の調理に少し便利だが、持って歩くほどの物ではない。とてもガッカリした。
その後、パドマは、赤いナイフを手に、ヒクイドリを狩って帰った。剣を抜いて! とイレは叫んだが、パドマは無視した。斬ったものを燃やす剣と、斬れない剣を使うくらいなら、刀身の短すぎるナイフの方が、いくらかマシだった。このナイフは、パドマの膂力程度で投げナイフ攻撃を成立させる地力を持っている。間合いが短くなろうと、相手が火を吹こうと関係ない。正面切って突っ込んで行って、斬った。初めて見た時はびびり倒していたが、最近は、火吹きモーションもわかるようになったから、問題ない。リスクは上がったが、殺れる。
折角なので、アクセサリーを着けてあげたバイト代として、イレにヒクイドリを担がせて帰った。
今日は、白蓮華でヒクイドリパーティーだ。
ヒクイドリなんて珍しくもなんともないし、使い勝手のいい肉だから、皆わりと頻繁に食べている。名目なんてどうでもよく、ただ楽しく過ごそうぜ、という催し物だ。
皆が楽しくはしゃぐのを横目に、パドマは調理に精を出し、ハワードの下に料理を持って行った。
「なんか楽しそうな声が聞こえるけど、何やってんの?」
ハワードは、白蓮華で皆に世話をされているのだが、基本的には、放置である。ごはんの時間や、包帯を替える時間以外は、ただ寝ているだけだ。暇だろう。もともと人懐っこい性格である。寄れば誰でも捕まえているらしい。
「ん? いつも通りのただの夕飯なんだけどさ。『今日は、パーティーだよ』って言ったの。皆、ノリがいいよね。参加できない可哀想なハワードちゃんには、ウチの得意料理を持ってきてあげたよ」
「マジか! お嬢の助言様々じゃん」
「うーん。こんなので喜ばれると、普段みんなに飯を食わせてないみたいで、ちょっと複雑なんだけど。一応、誠意を込めて頑張って作ったから、食べてみて」
パドマは、膳の上に乗せられている皿からフタを取った。パドマの得意料理と言われて、なんとか思い付いたのは、師匠ご用達のペンギンの丸焼きだった。食べさせる相手が師匠なら、そのままで良かったが、今回は罰ではなく褒美である。少しアレンジして、ペッパートマト煮込みにした上で、野菜をハート型に切って散らし、ラブリー感を出した。罰ゲーム感は大分薄れたと思う。
「どうだ。ウチの得意料理と言えばの、ペンギン煮込みだよ」
「へ、へえー」
ハワードも、看護という名目でいる監視員も、なんとも言えない顔をした。
毒はないが、一般的に誰もペンギンは食べない。美味しくないと思われているからだ。その上、綺羅星ペンギンは、ペンギンを飼育して見せ物にしている団体である。サバいて食べるとは、何事だろう。いや、丸ごと皿に乗っているから、サバいていないかもしれない。別にいいけれど。キャラに似合わない飾り切りも、ツッコミを入れていいものかわからないし、なんともリアクションに困る物が出てきた。とりあえず、ハワードは何が出て来ようと喜んで食えばいい。だが、周囲の反応としては、羨むべきか、ザマァの場面なのかの判断がつかない。うっかり羨んで、自分の分まで出てきたりしても、喜ぶべき状況なのかが、わからない。
「き、気合いが入ってるな?」
ハワードは、覚悟を決めて、フォークを手に取った。
「頑張ったよ!」
パドマは笑っているが、その笑みが意味するところはわからない。ハワードは、ペンギンの腹の中央を突き刺した。まったく力を入れていないのに、フォークはスッと通り抜け、皿にカツッとぶつかった。
「おお?」
フォーク一本で真っ二つになったので、真ん中の部分を一口大に切って、包帯の隙間から口の中にねじ込んだ。コクのある甘いソースに爽やかな辛味がアクセントになっており、普通に美味しかった。
「え? ペンギンって、こんなに美味いの?」
「どうだろうね。ウチは作るだけで、食べたことはないから、知らないよ。ちなみに、きょうのそれは、8割ヒクイドリで、2割ペンギンの合い挽きハンバーグ。思いの外、ペンギン肉が少なくて、足りなかったんだ。次回は100パーセントペンギンにチャレンジするね。そうしたら、味がわかるかもね」
丸焼きは、解体なしの丸焼きで、羽毛も何もかもそのままだが、今回の煮込みは、ペンギン型のミートローフをオーブンで焼いた物を煮込んだのだ。焦げ目を多めにつけて誤魔化したのだが、本気でペンギンだと勘違いするとは思わなかった。合い挽きが美味しいかは不明だが、そう不味い物にはならなかったと信じている。今回は、褒美なのである。嫌がらせ要素はいらない。
「なんで、野菜をハートにしたの?」
パドマの後ろから、パドマが顔を出した。看護の男たちも、頭を縦に振っている。
「ご褒美ペンギンだから。罰ゲームペンギンは、真っ黒だからさ、ご褒美ペンギンは可愛いくしようと思って。あ、もしかして、可愛くない? でも、師匠さんみたいな飾り切りは難しすぎるし、ハートなら四角をちょっと削ればできるからさ。もっと頑張らなきゃダメだった?」
「ダメじゃないけど、ハワードにはもったいない」
「もったいなくないよ。端切れもみじん切りして、ソースに使ったから」
「、、、そうだね。今度、作り方教えて。お兄ちゃんに食べさせる」
「うん。いいよ。一緒に作ろう」
パドマはパドマを抱いて愛で始めたけれど、周囲には、パドマがパドマに転がされているようにしか見えなかった。
「ああ、美味いうまい。毎日食いたいくらい美味い」
嫌がらせではないことが確定したので、ハワードは周囲に見せびらかしながら食べ始めた。そういうことをするから、他の人間も対抗を始め、パドマが面倒な思いをすることになるのだが、それに懲りずにハワードにアメを渡すパドマもパドマなので、致し方のないことだった。
「そうだね。ダンジョンを引退したら、お兄ちゃんのお手伝いをする予定だから、毎日食べにきて、売り上げに貢献してね」
「ぐぬぅうぅ。そういう意味じゃねぇし!」
「ペンギン食堂で働くつもりはない」
「そういう意味でもねぇ。わかって言ってんだろ。頼む。天然じゃないって言ってくれ!」
ご褒美をあげたハワードが嘆き始めたから、パドマは呆れた。
「しょうがないじゃん。神は神だから下賤の人間なんて相手にするなって、ハワードちゃんに縁談を全部潰されちゃうんだよ。だから、どこにも嫁に行けないんだ」
「それ言ったの、俺じゃねぇし!」
「でも、署名はあったから、同罪だよ」
「そうだな!」
「ルイ、ありがとう」
看護係に混ざっていたルイに、パドマは笑顔を向けた。
「はい?」
「神殿建設の言い出しっぺは、ルイなんでしょ?」
「どうでしょうか。自然発生的なものだと思います」
「ぜってぇ、お前だろ。覚悟してろよ。ウチの怒りは、まだ収まってないからね!」
ルイの答えに確信を抱いたパドマは、一瞬で目を吊り上げた。
次回も、イレと護衛と一緒にダンジョン。