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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
204/463

204.小話ハワードちゃんとイレさん〈前編〉

「ハワードちゃん、大丈夫?」

 パドマは、毎日、白蓮華にハワードを見舞いに通っている。普段は、ハワードは、白蓮華には寝泊まりしていないのだが、心置きなくパドマが見舞いに来れるようにと、一時的に白蓮華に住ってもらっている。

「医者が言うには、薬さえ塗っておけば、そのうち治るってさ。だからさ、そろそろ家に帰っていいか? 一人暮らしじゃないし、どうにでもなるからさ。ここにいると、皆にやっかまれて大変なんだけど」

 今まで、誰がどこに住んでいるとか、これっぽっちも気にしたことはなかったが、ハワードは、ヘクターとセスと3人暮らしをしているらしい。見舞いに行きたいけど、誰か家を知ってるかと聞いてみて発覚した。それならば家は確実にわかるね、と思ったところで、ハワードが白蓮華に連れて来られた。パドマが、ハワードの家に行くのは良くないらしい。どうしてだかわからないのだが、ルイに滔々とお説教をされた。平に落としたのに、意味がなかったようだ。

「家まで見舞いに押しかけて来い、ってこと? ハワードちゃんは、お兄ちゃんを助けに行ってくれたんでしょ? そんな恩人を放置できないよね」

「食われたって聞いて、助けには行ったさ。だけど言ったよな? むしろ、助けられたんだよ、口ん中で。あの人は一体、どうなってんだ」

「ね。そもそも誰だかをかばったから、食べられちゃったんでしょ。なんかさー、助けになんて行かなくても、きっとそのうち自力で出てきたよね」

「だな」

 あの後、ヴァーノンに助けられたという男に直接謝罪を受けたのだが、パドマは誰だったか、もう忘れてしまった。ヴァーノンに謝罪するならわかるが、パドマに謝罪する必要はなかろうと思ったから、真面目に聞いていなかったのだ。別に怒ってはいない。最終的に、皆無事で良かったと思う。ハワードは包帯ぐるぐる巻きで、ミイラ男状態なので、ケガの具合がまったくわからないのだが、本人曰く、水ぶくれと赤みがひどいだけで、ほぼ治っているらしい。水ぶくれがある時点で、赤い時点で、何も治っていないような気がするので、見舞いを続けているのだが、何度来てもハワードの様子に違いは見受けられない。頭も手も包帯しか見えず、包帯の上に服を着て、布団に入っているから、何度見ても違いがない。強いて言うなら、毎日少しずつ包帯巻き方が上手になってる気がする。その程度の変化しかない。


「で、放っておけば、お兄ちゃんに助けてもらえたかもしれないのに、ウチがアレをぶん投げたりしたから、お兄ちゃんがハワードちゃんを落としちゃったんでしょ。だったら、ケガをしたのは、ウチの所為だよね。その上、仕留めた後も助けもしないで、焼肉食べてたから、ケガが悪化したんでしょ。ごめんなさい」

「いや、知らなかったんだし、しょうがねぇさ。それより、あれを仕留めるたぁ、流石、姐さんだな。その姿を拝めなかったのが、残念だ」

「え? あれをもう一回やるのは、嫌だよ。お詫びにやれって言われても、嫌だよ。口から、よくわからない遠距離攻撃が飛び出てくるんだよ。今度こそ死人が出るよ。ダメだよ」

「いや、そんなことはやれって言わないぞ。もう1匹出てくるとか、冗談じゃねぇ。姐さんは、のんきにやってりゃいいんだよ。頑張んなよ」

「ふふ。でも、めちゃくちゃ美味しかったから、もう1匹出てきたら、絶対に狩る。誰にも譲らない。譲ってやらない。神威を使ってでも、ウチが食う!

 そうだ。ウチに出来ることなら、何でもやってあげるよ。お詫び。寝てると暇でしょ? なんかリクエストある?」

 パドマが、可愛い笑みをハワードに向けた。肉の味を思い出して上機嫌になっただけなのだが、ハワードの心を捕らえた。ついでに看護人の視線まで釘付けにしているのを見て、小パドマは気をつけようと思った。

「なんでも? マジで? じゃあさ、もしかして」「調子に乗るな。それは、ダメ!」

 パドマの後ろでずっと読書を続けていたパドマが、急に口を挟んできた。本の題名は『きのこの神様ときのこのこ』。きのこ神殿の売店で売っている本だ。近隣で見られるきのこの図鑑だと聞いているが、なんでそんな名前にしてしまったかが、わからない。不穏な空気を感じて、パドマは読んでいない。

「なんでだよ。詫びに何でもしてくれるって、言ってんだぞ。今しかないだろ」

「話は、よく聞け。お姉ちゃんは、出来ることなら、って言った。やりたくないことは、出来ないことだ! 空気が悪くなるだけだから、言うな!」

「マジか! そんなオチか。すげぇ納得した。止めてくれて助かった。ありがとな」

「料理辺りが、当たり障りがなくてオススメ。裁縫は、妬まれる」

「承知! 姐さん、姐さんの得意料理を食わせてくれねぇか? それが詫びで、食ったらチャラでどうよ」

「得意料理? そもそも料理は得意じゃないし、そんなのないけど。なんだろう。チーズ? 違うな。それは、今食べたいだけだ。ちょっと食糧庫を漁って、考えてみるね」

 パドマは立ち上がり、部屋を出て行った。食料庫を見てくると言ったものの、白蓮華の食材は詫びには使えない。そのまま外に出て、市場を冷やかしに行くことにした。



 パドマは、忘れていた。パドマは、基本的に、買い物ができない。店に寄り付けば、商品を一方的に渡されて、両手がふさがって終わるのだ。一部店舗では、パドマが困っていることを知ってやめてくれたが、大半のお店は変わらない。パドマは無駄に顔を知られているが、親しい人はそれほど多くもないし、商品をくれる人はおしなべて、話を聞いてくれない。そうじゃないのに、「若いんだから、遠慮するな」等々の謎の理論で、物を押し付けてくるのだ。断り方がわからないから、寄りつかないようにしていたのに、忘れていた。

 あっという間に両手が塞がって、前も見えないような惨状になったから、唄う黄熊亭に帰った。パドマは、お使いも1人ではできない役立たずである。客席に座って、しばし落ち込んだ。もう知り合いの店にしか、行かないことにしよう。幸い紅蓮華の店は、いっぱいある。あそこなら、何かあってもカーティスが改善してくれるに違いない。


 どっぷりと暗い沼にハマっていたら、美味しそうな匂いに囲まれていた。

「はっ?!」

 覚醒したパドマの前には、大好物が並んでいる。カドの煮付け、ハジカミイオの茶碗蒸し、ムササビのシチュー。そして、まさに今、ダチョウの赤ワイン煮込みが増えた。

「いやぁあぁあ。食べていい? 食べてもいいかな? 食べちゃうよ!」

 パドマは何に落ち込んでいたのかも忘れて、フォークを片手に、皿を手に取ろうとして困った。

「選べないよー」

 パドマが悲鳴をあげると、スッとカドの煮付けが前に来たので、そんなに食べて欲しいのかい? と食べてやることにした。

「エドさん、すごいね。本当に、パドマが動き出したよ」

「安易にチーズソースを頼むと、坊主が持って来ねぇからな」

 パドマがフリーズしている間に、店が開店していた。最初に来た客のイレとワインのおっちゃんが、動かないパドマを見つけて、テーブルをパドマの好物で埋め尽くしたのだ。注文したのはワインのおっちゃんで、金を出したのはイレだから、2人のおかげでパドマは覚醒したことになる。

「イレさん、ホースマクロフライのレモンがけ。オススメだから、注文して食べて」

「え? お兄さんが食べるの? なんで?」

 パドマは、答えずに茶碗蒸しに手を付けた。そして、食べ終わる頃にやってきたホースマクロのフライを手に取った。この皿には、食べる白ソースが乗っている。

「え? お兄さんのじゃないの?」

「見たら、美味しそうだったから。ちょうだい」

「いいけど」

 パドマは、イレにムササビシチューを勧め、食べ終えると皿を置き換えた。マスターと常連客は、ニヤニヤと笑っている。イレは頭にハテナマークを浮かべただけだが、ヴァーノンはいつも通りの手順で皿を持ち去って行った。折角、食べる白ソースを作れるようになったのに、ヴァーノンはパドマが食べることを良しとしないから、パドマはおっちゃんたちが注文したことにして作ってもらい、ヴァーノンが厨房に消えた瞬間に食べていた。店内の誰かが裏切ったら終了する危ない橋だが、今のところは皆が面白がってパドマの味方をしている。


「パドマ、リヴィアタンを倒したって、本当?」

 イレは、背中の後ろに置いていたトートバッグをヒザの上に置いて聞いた。

「リヴィアたん? そんな人知らないけど」

「え? パドマじゃないの? それじゃあ、報告間違っちゃったな。神殿の庭に転がしてる龍は、誰が倒したの?」

「ああ、あの魚? あれ、龍なの? あれは、多分、ウチが倒したのかな。いつがトドメだったのか、定かじゃないんだけど」

「それなら、良かった。良くないけど、良かった。ペンダントの色は抜けちゃったし、今頃、師匠が苦労してるかもしれないけど、そんなのお兄さんには関係ないし、いいよね。これ、リヴィアタンを倒した人に渡すよう頼まれたんだ。もらってね」

 イレは、テーブルに弁当箱くらいの木箱を置いた。パドマは、開けるように促されたので手に取ったが、中から出てきたのは、レディッシュピンクのアクセサリーだ。サークレット、イヤーカフ、ペンダント、ブローチ、バングル、リングと全身お揃いで飾れるようになっている。

先日もらった赤もどうかと思ったが、またイレから濃いピンクのアクセサリーをもらってしまった。あれから大分経ったのに、おじいちゃんのセンスはまったくお変わりないようで、パドマはガッカリした。

「あと剣。間違いなくお兄さんが渡した証拠に、次にダンジョンに行く日は、これを全部身に付けて行ってくれる? お願いね」

 イレは、自分の剣帯から青い剣を外して、ごとりとテーブルに置いた。パドマが持っている赤い剣と寸分違わぬデザインに見えた。恐らく、寸法も同じだ。少しだけ抜いてみたが、ブレードは青かった。赤い剣の姉妹品のように見える。

「ごめん。いらない」

 すべてを検分した後、パドマは言った。

「もらう理由もないし、欲しくもない」


「残念だったな、兄ちゃん。英雄様に飾りをやるには、100年早いってよ」

 ニヤニヤ笑う味噌煮のおっちゃんに、イレは反論した。

「違うよ! これは、お兄さんからの贈り物じゃないよ。なんでか知らないけど、パドマはダンジョンマスターのお気に入りなんだよ。お兄さんは、渡してって頼まれただけだよ。

 もらってよ。『お前は、お使いもロクにできないのか!』って、お兄さんが怒られちゃうから。1回身に付けて、ダンジョン行ってくれない? そしたら、捨ててくれても構わないからさ。

 やだよね、ブルーガーネット色。お兄さんは、パドマにはベニトアイト色だって主張したんだよ。なのに、聞いてくれなくてさー」

「ダンジョンマスター?」

 パドマの脳裏で、青くて細長いウネウネの横に佇む黒いローブ姿で木の杖を持った細長いウネウネの姿が投影された。木の杖を振ってウネウネしている間に、ニョロニョロと大きくなってパドマの指にリングをはめた。パドマは、涙目になって震えた。

「知らない人に物をもらったら、お父さんに怒られちゃうから、返してきて」

「そっか。そうだね。こんな悪趣味なの誰が着けるか! って、叩き返すのもいいかもね。お兄さんの選んだヤツは、気に入ってくれるのにー、って言ってみよう。きっと悔しがるよ。楽しみ! お兄さんのセンスに平伏すがいい」

「ダンジョンマスターは、師匠さんなの?」

「師匠? 違うよ。あの人は、今、アーデルバードにはいないでしょう。パドマにフラれて、心が折れて、泣きながら方々に八つ当たりでもしてるんじゃないの? お兄さんから見たら、どっちも似たようなものだけど、見た目は別人だよ」

「見た目は、別人って、何それ」

「どっちもキレイな顔して、器用で何でもできるんだよ。見た目は違うけど、別にどっちでもいいの。師匠に怒られたらダンジョンマスターのところに転がり込んで、ダンジョンマスターに怒られたら師匠に甘えるみたいなさ。甘えてみたところで、相手にはしてもらえないけ、ど、、、ひいっ」

「イレさんがモテない理由をまた2、3見つけてしまった気がするけれど、放っておこう」

 パドマは、赤ワイン煮込みを食べ出した。なんであの白茶の首がオシャレに見えるのかはわからないが、この輪切りなら、パーティーでタワーを作ってもいいな、と思うくらいには、愛している。

「パドマ! 大変!! 持って帰ったら、お兄さんが殺されちゃう。手紙が入ってた。『まだ渡してないのか。殺すぞ?』って書いてある! 後生だからもらって! ほとぼりが覚めるまで、愛用してて。師匠がいなくなっちゃったのに。ダンジョンマスターに嫌われちゃったら、お兄さんはどうしたらいいの? 悪いけど、今すぐ、これ着けて、ダンジョンに行こう。1階まででいいから。で、喜びの言葉とかを叫んでよ。そしたら、帰っていいし。で、一年くらい毎日それを着けて、ダンジョンマスターを褒めちぎって。そしたら、お兄さんは安泰だから」

「意味わからないよ」

「お兄さんだって、意味がわからないよ。なんで、パドマはそんなにダンジョンマスターに愛されてるのさ。人たらしなのも、いい加減にしてよ。知らない人をたらしこむのは、王子だけにしといてよ」

「ウチは何もしてないし。そんなこと言うなら、絶対受け取ってあげない」

 パドマはわかりやすく、ぷいっとイレから顔を背けた。頼まれごとは大抵引き受けるパドマだが、謂れのない苦情とともに寄せられた依頼までは、引き受ける必要性を感じない。

「なっ、、、英雄様、きのこ神様、何卒、何卒、赤心報神致しますから、ご加護を賜りますよう、平にひらに、うわーん、助けてよー」

「報神はともかく、イレさんに赤心はないよ。真っ黒じゃん」

「ひどいー!」

ここでハワードが妹パドマの言うことを聞かなければ、パドマゲットでハワードエンドだったのに。それが一番デレデレ甘々なパドマの片付き方なのですが、皆が阻止します。


次回、ダンジョン行きと得意料理。

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