201.師匠のかわり
師匠はいなくなってしまったが、パドマの生活は変わらない。朝、ヴァーノンの丸焼き料理を食べて、護衛を連れてダンジョンに行く。帰ってきたら、白蓮華でお風呂を借りて、時間が早ければ、唄う黄熊亭に顔を出し、遅ければ、そのまま寝室に直行する。
服はルーファスがコーディネートしてくれるし、ダンジョンで眠くなったら、ハワードの背中によじ登るようになったのだけが、変化といえば変化だろうか。
ルーファスのコーディネートは、厳しかった。師匠よりも厳しかった。袖が毎日ジワジワと短くされていく。もう七分丈くらいなら、文句も言わせてもらえない。パドマが長袖好きなのは知っているが、他は誰も長袖なんて着ない。広告の仕事をナメるな、と怒られてしまうのだ。給与なんてもらっていないのに! そう反論しても、ルーファスは許してくれない。出す服出す服が完売しているそうで、ルーファスは、どんどん服販売の鬼になっている。今日は、上下バラ柄の服なのだが、何か騙されていないか、気になっている。服販売云々ではなく、きのこ神はバラが好きとか、余計な属性が付けられているような気がしてならない。
「おはよう御座います。今日は、どちらに参られますか?」
「おはよー。うん。今日はね。センザンコウの皮を取って来るんだって。バラさんが言ってた」
パドマは、ヴァーノン監修のちゃんとした身なりで出てきたものの、ふらふらしていた。虚勢を張ることなくふらふらしているのだから、具合が悪いのかもしれないが、部下にはそれを確かめる術がない。ハワードが、師匠のマネをして、傘をさしてやるくらいしかできない。
「暑くて、寝られないの。ダンジョンに着いたら、昼寝したい」
「今から乗るか?」
「暑いのに、触りたくない」
「そりゃそうか」
具合が悪いのかもしれないが、涼を求めていると言われれば、ダンジョンに行くしかない。一頃は、ケガをして安静にしてなきゃいけないのに、外の暑さに耐えられないと、ダンジョンで過ごしていたのだ。そのうちダンジョン内に部屋を作って、ダンジョンから出て来なくなるんじゃね? と、ハワードは思った。
10階層を過ぎたら、パドマはハワードの背中に乗せてもらって、昼寝を開始した。パワーバランス的なことを言えば、ヘクターの上が一番迷惑がかからない気がするのだが、ヘクターは触りたくないので仕方がない。その後、ルイとギデオンも触れることに気付いたが、彼らこそ戦力として削りたくないので、選択肢は広がらなかった。
パドマは、背中に乗って即寝て、目を覚ましたら、68階層にいた。センザンコウは58階層なのに。
「ヤシガニ食べるの?」
「あ、悪い。起こしちまったか? もう少し寝ててくれ。姐さんが起きないから、鍋拾いに来たんだ。俺たちもあの剣を注文したんだけど、材料がないから無理だ、って言われちまったからさ」
「そっかー。じゃあ、寝る」
そうは言ってみたものの、目が覚めてしまって寝られなかった。パドマを背負ってここまで走ってきたりはしていないだろうから、かなりの時間寝ていたのかもしれない。膝裏に違和感も感じるので、降ろしてもらって、手頃なサイズのヤシガニを赤い剣で斬り裂いて燃やし、おやつに変えた。階段に座って、まくまくと食べていると上から視線が降ってくる。
「何? 食べたいなら、そっちの切れ端食べてもいいよ」
「いや、その剣の用途は、焼きヤシガニ作成用じゃないんじゃないかと思ってさ。姐さんは、どんだけ強くなっても平和でいいな」
「難しくて、あんまりうまくはいかないんだけどさ。火力をね、調整できるみたいなんだよ。一気に消炭にもできるけどさ。そんなの作ったって、売り物にならないし、疲れるだけじゃん。変に燃やしても臭いだけだし、調理くらいにしか役に立てようがないよね」
「オモリ積んでぶった斬るより、それで燃やした方が楽じゃねぇの?」
「生きる死ぬくらいに追い込まれれば、そうするけど、売り物にならないなら、戦う意味がないじゃん」
「俺なら、それで、街議会に殴り込みをかけると思う」
「やだよ。これ以上、誰かの面倒をみたくない。手間が増えるだけで、実入りがないじゃん」
「下のヤツなんて、搾取して放置しときゃいいんだよ」
「白蓮華作ったヤツが、何言ってんの? そんなの少しも楽しくないよ。そんなことをしたら、下剋上が怖くてやってられなくなるだけだし。皆が反気を起こさないのは、ウチを倒しても得るものがないからでしょ」
「姐さんが手に入るなら、一か八かやってやろうって人間は、いっぱいいると思うけどな」
ハワードは、ニヤニヤと笑っている。揶揄われているのはわかるのに、パドマは漁港近くのアパートを思い出した。
「それだけは、やめて。何をどうしても、叶わないから。もう1人のお兄ちゃんが、絶対に許さないから。ただ無駄に死ぬだけだよ。嫌だよ」
ヤシガニを食べて、幸せそうにしていたパドマが、一気に顔を青ざめさせて、震え出した。
「え? 噂のお兄ちゃん、そんなに怖いの?」
パドマに危害を加えたら、ヴァーノンだって修羅に変わるだろうが、パドマには何もしないだろう。顔を青ざめさせる理由がわからなくて、ハワードは戸惑った。
「あのお兄ちゃんは、パット様より男前だよ。羽振りはいいし、いつでも食べ物を分けてくれるし、優しいの。でもね、手加減てものを知らないらしくてさ。穏便とは、ほど遠い? キレイだから、余計に怖くてさ。お兄ちゃんの笑顔を見た契機で、記憶を無くしたことがあるよ」
「どんな人物だよ。羽振りがいいお兄ちゃんからも食い物しかもらわねぇとか、姐さんの食い物への執念が気になって、判断がつかねぇな!」
雑談をしている間に、鍋が集まったようなので、上階に戻ることにした。道中、タコとクエとイガグリガニとチヌイと貝を拾って、60階層で夕飯を食べることになった。パドマは、随分と寝ていたようだが、あまりよく寝た気分にはなれなかった。
58階層でセンザンコウ狩りをして、外に出ると、昼だった。
「眠い! 暑い!!」
行きは寝ていたのだから、みんなよりはマシなのに、パドマは、百獣の夕星にセンザンコウを卸すと、白蓮華に行って、風呂を借りて、寝た。
「あーつーいー」
パドマは、夕飯の匂いに釣られて、部屋から出てきた。夕食は、焼きセンザンコウと豆のスープとチーズとパンだった。パドマは、チーズとパンだけ食べてダレていたら、テッドが果実水を持ってきた。
「バテすぎじゃねぇか? 明日は、寝てろよ」
「やだ。ダンジョンの方が涼しいから」
「お前な」
「夏はダンジョンに限るの!」
パドマとテッドが言い合いをしているところに、小パドマがやってきた。テッドが持ってきた果実水を持って、大パドマに手招きをした。
「お姉ちゃん、ついてきて」
言われるままについて行くと、風呂場に着いた。小パドマは、湯船の横の台に果実水を置いた。
「冷たいお風呂にしてもらったから、入って」
「そっか! それは涼しそうだね。入ってみるよ」
小パドマが出て行ってしまったので、大パドマは湯船に浸かってみた。
「ひっ!」
何処の井戸水を汲んで来やがった、と文句を言いたいくらい、キンキンに冷えた水だったが、気合いで入った。水を張ったのは本人ではないだろうが、幼い妹が用意してくれた風呂である。笑顔で浸からねばなるまい。痩せ我慢して入っていたら、慣れてきた。ようやくくつろぐ気分になったところで、ドアが開いた。何事かと思って見ると、パドマがいた。後ろに、嫌そうな顔のテッドもいる。
「お姉ちゃん、身体が冷えて元気が出たら、食べてみて」
パドマはテッドが持っているおぼんから皿を取って、湯船の横の台に並べた。チヌイとしめじのみぞれ煮、ハナビラタケとホタテの梅和え、ハナイグチとアルマジロの生姜汁。それらを供し終わると、テッドは脱兎の如く逃げて行った。湯船にどっぷりと浸かっていれば顔しか見えないと思うのだが、気に入らないらしい。小パドマは、最後にベルを置くと、爆弾を投じて出て行った。
「お兄ちゃんがね。お姉ちゃんは夏に弱いから、元気がなかったら、食べさせてあげてって教えてくれたの。少しツライかもしれないけど、食べれそうなら、食べてね」
以前、パドマが、パットにきのこ料理を習っていたことを思い出した。きっと、ちびっ子に用意させれば断り切れずに食べるだろう、と見越して仕込まれたのだ。
「まったくもって、その通りだよ」
パドマは、やけっぱちで皿を手に取った。さっき限界まで食べたところだ。まったく食欲はないのに、食べなくてはならない。だが、口に入れると、何の我慢もなく不思議とするすると食べれた。身体が冷えることまで見越して、温かい汁物まで準備されては、完敗である。
パドマは、ベルを鳴らして、焼肉を注文した。すると、間髪入れずに鶏と羊の焼肉が、レモンだれとポン酢だれ付きで出てきた。注文する前から、出す気があったのは明白だった。
「負けた」
もう完全に心は折れたのに、まだ続きがあった。風呂から出たら、さっきまで着ていた服がなかった。洗濯するにしたって、自分でするから返して! と思いながら、用意されている服を着た。服を見れば、誰の差金かはわかる。形が狩衣なのだ。この服をパドマに着せたがるヤツなんて、1人しかいない。ムカつくので着たくはないのだが、着ないわけにはいかない。その状況を子どもたちを使って作られていることにも、腹が立つ。
あいつめ! と思いながら渋々着たら、何がどうなっているのか、涼しかった。いつぞや1人だけ炎天下で涼しげな顔をしていたのは、この服のおかげだったのだろうか。何がどうなっているのか、今日もサイズはぴったりだった。夏バテで痩せたのに。いなくなっても、管理されているのが、悔しかった。
次回、きのこ狩り