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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第1章.8歳10歳
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2.おじさんとデート?

 あれから2年経った。パドマは、ダンジョンセンターに本登録できる年齢になった。

 集めていたポイントは800万を超えた。これから登録する同じ年齢の子どもの中では、ぶっちぎりの成績に違いない。しかし、パドマは気付いてしまった。芋虫は、安全にポイントを稼ぐ方法としては、とても優秀であるが、目標まで到達するには、このペースでいくと、20年以上かかってしまう。当初の予定では、死ぬまでに手に入れたいだったから、問題はないハズだが、冷静に考えて、あと20年休まずに同じ生活を続けるのは、どうかと思った。8歳から始めて、35歳くらいまで毎日芋虫と戯れるだけの日々である。そんな人生は嫌だったし、許されないだろう。芋虫生活が許されたのは、他に仕事が見つけられなかったからである。稼げる仕事に就けるならば、そちらに転職するべきだ。

 そろそろダンジョンに関係ない仕事の1つでも見つけられるかもしれないし、今のポイントを元手に武器か何かを新調して、もっと効率よく貯める方法を模索するなり、何か検討してもいいと、考えだした。

 薬草を拾っているだけで、芋虫のことは言っていないから、誰にも相談できないのが困り物だ。選択を誤れば、同じポイントを貯め直すには、また2年かかってしまう。



 パドマは考えごとに夢中で、上の空で酒場の給仕のお手伝いをしていた。

「今日のオススメは?」

「カドの煮付けかな?」

 いつものヒゲおじさんに、いつものように食べたい物を答えた。

 カドは、深海を泳ぐ白身魚で、アーデルバードでは、最もポピュラーな食材の1つだ。マスターが、この魚を煮付けて作る煮魚が絶品で、パドマの一番の大好物であるのだが、客におねだりしにくい料理だった。

 大衆魚のカドは安いのに、マスターのカド料理は高いのだ。カドを食べたいだけなら、他店で食べた方が安く食べられる。なんなら、自分で煮て食べたら、同じ価格で40皿くらい食べられる。

 だから、おねだり禁止を課していた。売れ残りをたまに御相伴に預かるだけで、我慢していたのにうっかりしていた。

 しかも、注文を通して料理を運び、食べていいという許可をもらうまで、気付かなかった。

「え? なんで? カド?」

「食いたかったんだろう? 食えばいい。お兄さんだって、2皿はいらない。頼むから、食べてね」

 そう言われたら、食べざるを得ない。この場合、注文した時点で終わっていた。もう諦めるしかないのだが、パドマは居た堪れなさに小さくなった。

「ううう、ごめんなさい。3日は、おごりなしでいいよぅ」

「なんでだよ。ここで食わなきゃ、飯抜きなんだろ? もらえる物くらい、食えばいいじゃないか」

 幸いなことに、ヒゲおじさんの機嫌に変わりはない。毎日酒場に入り浸っている客は、パドマが話を聞いた限りでは、料理が出来ない人ばかりだ。市場で、食材を買い求める機会もないらしい。カドの相場を知らない可能性もある。

「毎日酒場で飲み食いして、ウチの分まで注文して、ひょっとして、おっちゃんって、お金持ち?」

 パドマの言う金持ちは、所謂お金持ちとは違う。本当のお金持ちは、この酒場には来ない。もっと高級そうな、パドマには給仕の仕事をさせてもらえないようなお店に行くことを、知っていたからだ。パドマの言うお金持ちは、貯金をしない人のことだった。同じ額のお給料を貰ったとして、堅実に貯金をする人としない人なら、しない人の方が羽振りがいいのは当然だ。ああ、このおっちゃん、いい年して右から左にお金を遣って大丈夫? という意味である。接客している最中に、無駄遣いをヤメロとは言えない結果、そのように表現するようになった。

「ふふん、そうなんだ。お兄さん、とってもお金持ちなんだよ」

 髪はボサボサ、ヒゲはもじゃもじゃで、顔の造形どころか年齢もわからないおじさんは、ふんぞり返って嬉しそうだ。どういうセンスかわからないが、髪が黒で、ヒゲが金色なので、それでようやくどっちを向いてるか判別できるような状態である。マスター夫妻も、にこにこ見ている。喜んでくれているなら、いいだろう。さっさとカドの煮付けを食べて、仕事復帰しなければならない。

 さっき別のおじさんと、半分こで食べたパンキッシュと全然合わない! そうは思うものの、マスターの煮付けは、今日も美味しかった。やわらかな旨みの魚が、ほろほろと崩れて、あっという間に溶けて消える。急いで食べなくてはならないなんて、もったいない。そんな葛藤とともに、至福を味わっていたら、ヒゲおじさんに頼みごとをされた。

「パドマ、明日、お兄さんとデートしないか?」

「しない」

 パドマは即答した。デートがなんだかわからないから、魅力を感じない。世のお姉さんたちがお兄さんとすることだというのは知っているが、誘い文句として抽象的すぎるし、具体的に何をするのかわからない。きっと彼らもデートしようなどと言わずに、一緒にごはんを食べよう、海を見に行こう、買い物に行こうなどと約束をするのではないかな、と思った。おじさんと子どもの組み合わせですることでもなかった気もする。

 何にしたって、昼も夜も予定でいっぱいだ。昼は芋虫と約束をしているし、夜はお手伝いをしたい。どちらも誰にも強制されていない仕事だが、まったく期待されていないからこそ、ちゃんと勤めたいのだ。パドマには他の予定を入れる余地はない。

「即答! 子どもにまで、フラれた!!」

 大事なお客様を悲しませてしまった。子どもにまで、というからには、直近で子ども以外にフラれたのだろう。その件に関しては、パドマに責任はないと思うが、お客様相手なので、フォローを入れた。

「いや、だって他に用事があるし、急に言われても無理だよ」

「そっか、そ、そうだよね。じゃあ、明後日はどうかな?」

 急には無理だと言っているのに、大して変わらない日を指定されても、返事は変えようがない。

「ごめん。今のところ、20年くらい予定が詰まってるんだ」

「やっぱり、フラれてるんだろ!」

 正直に本当のことを伝えただけなのに、曲解するなんて、酔っ払いのおじさんを相手にするのは、面倒臭いなと、パドマは思った。



 仕方がないので、次の日、パドマはヒゲおじさんに付き合うことになった。薬草採りをする前に、5分だけ付き合えと、ゴネられたからだった。きっと5分では用事は終わらないだろうが、短時間で済むのなら、と諦めた。薬草採りの時間は、短縮されている。薬草の収穫量が少々減っても、貰える賃金はたいして変わらないだろう。

 ヒゲおじさんとの待ち合わせ場所は、ダンジョンセンターの入り口前だった。パドマのその後の予定を考えてくれたのではない。デート先が、ダンジョンセンターだそうだ。お姉さんだか、おばさんだかにフラれるのももっともだと、パドマは思った。ダンジョンセンターには売店も食堂もないのだ。何をするのがデートなのか、よりわからなくなった。

「パドマ。よく来てくれた。ありがとう」

 今日もヒゲおじさんの顔は、髪とヒゲに埋もれているので表情は伺えないが、声音から察すれば、ご機嫌のご様子である。周囲を通り過ぐ人々には遠巻きにされていたが、本人は気にならないらしかった。夕暮れの薄暗い酒場なら、それほど気にならなかった。おじさん客しかいない空間のおじさんその1なら、そんなものだったかもしれない。だが、陽の光の下、街中で見かける風体としては、かなり浮いていた。

「おっちゃんさー。芋虫よりは断然格好良いけど、ヒゲがそんなんだから、フラれたんじゃないの? モテたいなら、剃れば?」

「真実の愛の前では、見た目なんて、どうでもいいんだよ。パドマは、まだまだ子どもだな」

「そうだね。ヒゲ面で、お金持ちで、ダンジョンセンター。フラれる要素しかないじゃん」

 ヒゲおじさんが、モテなかろうと、どうでもいい。店の売り上げと、パドマの食い扶持のためには、モテないくらいで丁度いい。一応、助言はしたので、後は本人次第だ。パドマは、気にせずダンジョンセンターの入り口をくぐった。



 ダンジョンセンターの機能は、大きく分けて4つある。ダンジョンに入場するための登録証を発行する窓口と、ダンジョン内で入手した物の換金窓口、ポイント交換窓口、ダンジョンへの入り口だ。それ以外には、何もない。

 ロビーに座るイスくらいはあるが、飯屋も売店もないのだ。こんなところに来てデートなどと言うのは、世界広しと言えども、ヒゲおじさんしかいないのではないか。パドマはそう思ったのだが、ヒゲおじさんは、パドマの腕を取ると、まっすぐポイント交換窓口に行った。

「お姉さ〜ん、アレひとつ下さいな」

 ヒゲおじさんは、登録証を窓口に置いて、ご機嫌な様子で注文を済ませた。パドマは、話の流れについていけず、困惑するしかない。

「こちらで、よろしいですか?」

「そうそう、それそれ。そのままでいいし、早く頂戴。ありがとう」

 窓口嬢から景品を受け取ったヒゲおじさんは、パドマに向き直った。

「はい、プレゼント」

「ふっざけんな!」

 ヒゲおじさんが、パドマにくれようとした品は、雷鳴剣。パドマが1億ポイントを貯めて、いつか欲しいな、と思っていた品だった。20年以上計画で手に入れようとした品を、あっさり交換したのにも腹が立ったし、夢をぶち壊されたのも不快だった。もらえる物ならもらいたいが、そんな高額な物を気軽にもらってはいけないことも、わかっていた。一点物だったら、もう夢は叶わなくなるのだ。こんなふざけたおじさんに邪魔されるなんて、腹立たしいことこの上ない。

「え? なんで?」

 ヒゲおじさんは、良かれと思ってプレゼントしたのに、パドマに怒鳴られて、困惑した。小さな女の子に怒られるおじさんは、悪にしか見えない。周囲の人間全員に、白い目で見られて大変居心地が悪かった。

「パドマが10歳になったから、2階層に進むんじゃないかと思ってね。護身用の武器だよ。フライパンだけじゃ、心配だから。もっと可愛いのが、良かったかな。もう1本宝剣を選んでいいから、これももらってくれない? もうもらっちゃった物は、返せないし。お兄さんには、必要ないし。ゴミになっちゃうから」

 ヒゲおじさんは、パドマの前にかしずいて、雷鳴剣を差し出した。それでも、パドマは受け取れない。

「そんな高いのを、受け取れる訳ないでしょう。おっちゃん、何考えてんの?」

「え? 高い? 高くないよ。お兄さんは、ポイント長者だから。ポイントなんて、誰かにプレゼントをあげるくらいしか使い道ないし、誘っても誰も来てくれないし、やっとパドマを捕まえたのに、もらってもらえないとか、いつまで経っても、ポイントが減らないだろ」

「将来のために、取っておけばいいでしょう」

「そろそろ少しは使わないと、登録証が壊れるって、センターの人に言われたんだよ」

「ポイントを貯めると、壊れるの?」

「そろそろカンストしそうなんだ。あふれると壊れて、新しい登録証に交換して、ゼロになる。もったいないよね」

「どのくらい貯めると壊れるの?」

「ドン引きされたら嫌だから、秘密。あー、でも、これくらいじゃ、まだ微妙だな。なんかもう少し欲しいのない? 何でも交換していいよ。お菓子とかあれば、自分でも交換するんだけどなぁ。傷薬なんて、いっぱいあっても困るしなぁ」

 ヒゲおじさんは、パドマの要望を待たずに、勝手に窓口に注文した。結果、受け取るにしても持ちきれない状態になり、パドマは芋虫と薬草を諦めて、店に戻ることにした。プレゼント主のヒゲおじさんは、荷物持ちを引き受けた上、帰り道で荷物運び用のカバンも買ってくれた。パドマは、ポイントだけでなく、財布の中身も心配になった。

次回、兄登場。

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