199.赤い剣
ごはんを食べ終えて、片付けたら出発する。今日は歩いてきているし、乙女もいるので、そんなに奥までは行けない。メイン狩場は、ダチョウである。ペンギン飼育施設の従業員たちは、仲良くペンギンをしばき倒しながら進んで行った。
パドマは寸胴剣の試し斬りに満足したので、全部カゴに返して、赤い剣を抜いた。おっちゃんの剣は、気に入ったところで拵えが出来上がるまでは使えないので、赤い剣が使えないと困る。だから、武器屋の剣よりも気になっていたのだが。
「臭い。何故だ」
赤い剣でペンギンを斬ったら、炎上した。
空から降ってきたキタイワトビペンギンを、いつも通り普通に斬っただけだ。剣から火が出たりはしなかったのに、ペンギンの切り口は焦げて、ジワジワと燃え広がり、ついには炎をあげて燃えた。
ダンジョンセンターの交換景品は、時々変な効果がある。ぬいぐるみのクマがモンスター退治を始めたり、ネックレスがSOSシグナルを発したり、部屋中の生き物を燃やし尽くしたり、溺死させたりするようなアイテムがある。だから、ペンギンが燃えるくらい、ありそうなことではある。勧めておいて、何も説明がないところに苦情を言いたい気持ちはあるが、それは今日に始まったことではないから、言っても改善されないだろう。10歳頃、いろいろ言った気がするが、今も何も変わっていないのだから。それとも、小娘の言葉と英雄様の言葉なら違う反応があるだろうか。それはそれで嫌だから、試したくはない。どちらもパドマなのに。
パドマが、ぼんやりと燃えるペンギンを見ていると、周囲の人間の足も止まった。
「姐さん、今、飯食ったばっかりなのに、今度はペンギン焼きを食うのか?」
ハワードがからかうように言うと、離れた場所で、師匠の肩がビクッとはねた。
「ペンギン焼きはね、もっと火力を落としてジワジワ焼かないと、食べれた物じゃないんだよ。これじゃあ、売り物は勿論、嫌がらせにも使えないよ」
パドマは、至極残念そうに、ため息をついて、燃えるペンギンをぐさぐさと刺した。刺せば刺すだけ燃え上がり、直ぐに消し炭になった。
「炭としても、使えない」
パドマが剣を検分して、鞘に戻すと、ルイが武器屋のカゴから剣を取って、パドマに差し出した。
「そちらをお借りしても、よろしいですか?」
「いいけど、消炭を生産するだけだよ」
パドマは、剣帯から剣を外して、渡した。ルイから渡された剣は、試し斬り4本目の剣だった。パドマが最も気に入った剣だった。恐らく、武器屋のおっちゃんにもバレてなかっただろうに、それを選んでこられたのが、なんとなく悔しかった。即刻、鞘を抜いて、放り返す。
パドマは足を進めたが、ルイがペンギンを切っても何事も起きない。切れ味は良さそうだが、それだけだった。試しにいろんな人に持たせて試し斬りをしたが、僅かにイレが少し焦がした程度で、他は何も起きなかった。
32階層に来ると、赤い剣はパドマの手に戻った。ダチョウを斬ると、焦げ目はつくが、燃えはしなかった。そこで、次撃は雄叫びを上げて、気合いをこめて一閃すると、ダチョウは大炎上した。あわやパドマも燃えるところだった。
「ありがと」
服を持って後ろに引いてくれた人に礼を言ったら、師匠だった。パドマは渋面になったが、師匠は顔に華やぎが戻って、パドマに向かって手を広げたので、剣を構えた。以前はまったく歯が立たなかったが、今日は茶色のブレスレットを付けていない。まったく自分の身体の制御はきかないが、まかり間違えばワンチャンあるかもしれない。
パドマは、全力で戦う顔をしている。師匠は、まだ負ける気はしていないものの、燃える剣を平気な顔をして向けられていることに、失望した。雷鳴剣を向けられた時よりも、冷静でいることに二の句がつげない。そもそもしゃべらないが。
師匠は、悲しくて悲しくて、走って帰った。
「よし」
パドマはグッと拳を握ると、剣を鞘に戻して寸胴剣に持ち替えた。護衛も、先程よりも散開してダチョウ狩りを始めた。
団体でダンジョンに来る良さは、連携プレイをすることにある。32階層であれば、独力でも進める難易度であるのだが、人数が揃っていれば、ダンジョン攻略の難易度が大幅に下がるのだ。相手が1匹なら囲んで攻めることができるし、相手が多数なら手分けすることができる。それなのに、パドマたちは、思い思いに自由に狩りをした。ダチョウのヘイトを稼いで、暴走を始めたら周囲に被害がいくことも、まるで気にしていない。実際に、暴走ダチョウに襲われても、誰も気にしない。襲われたのがボスでも気にしないのだから、武器屋のところにダチョウが行っても、誰も気にしない。這々の体で狩りに参加していないヒゲ男のところに逃げたら、ヒゲ男はダチョウをひと蹴りで吹き飛ばし、倒した。武器屋は、そう言えば、この何だかよくわからない男は、武闘会優勝者だったと思い出した。ヒゲだらけで、喜怒哀楽も不明である。不気味すぎて、安全圏かも微妙だ。お使いを頼んで、見慣れているグラントですら、ダンジョン内では殺気だっていて、勝手が違った。
この面々を小さいパドマが率いているという事実に、ウソだろ? と改めて思うのだが、ダチョウと堂々と正面から立ち合って、突かれそうになれば首を斬り、蹴られそうだとなれば足を斬っている様を見れば、ああこいつはボスだな、と思う。一番小さいが、キレイな上に可愛くて女だが、戦う姿に貫禄があった。これについて行きたくなる気持ちは、わからなくもない。カミツキガメの甲羅の上を宙返りしながら飛び移り、ついでに首を斬っていたよりは、余程常識的だとも思える。
武器屋も、フライパンで敵を斬るとか、まあまあホラを吹いたが、事実もいい勝負だった。もっと早く同道していれば、より面白い新星様ストーリーが作れたかもしれない。そう思うと、少し残念な気持ちになった。もうパドマは神にまで上り詰めてしまったから、ホラを吹くのも容易ではない。変なことを言っても、誰も驚かないのである。そうなんだー、と済まされてしまうと、武器屋も面白くない。
パドマはせっせとダチョウを男たちの背中に積み上げて、帰ることにした。武器屋はダンジョンセンターで別れ、他は百獣の夕星に行く。
この時、いつも通りにヤマイタチの動きは停止したのだが、クマちゃんは、どこまでも歩いてついて来た。運ぶ手間が減るし、ついて来る様は愛らしいが、奇妙だ。今まではダンジョンの魔法で動いていたが、ダンジョンから出れば止まる仕様だった。他人のぬいぐるみを借りた時も、それに変わりはなかった。
試しに、ヤマイタチを掲げて、「ヤマイタチ、後ろをついておいで」と声をかけてみたが、ヤマイタチは動かなかった。
「ダンジョンの中で言わないと、ダメなのか?」
「クマだけ特別なのでしょうか」
と、考察が始まったが、別に動かなくても困らない。そのまま抱っこして、百獣の夕星に行った。ダチョウの解体を待ち、肉の買取りをしたら、パドマはイレと護衛と一緒に白蓮華経由で唄う黄熊亭に帰った。
パドマは、いつも通りイレと一緒にごはんを食べているだけなのだが、今日は師匠がいない。2人きりはダメだと、ヴァーノンと常連のおっちゃんたちに怒られた。パドマは、2人きりじゃないクマちゃんがいると主張したのだが、クマは食べないから客としてカウントされないと、ヴァーノンが言った。ぬいぐるみが歩いている件に関しては、誰にも何も言ってもらえなかった。パドマの周囲では、変なことが起きるのは日常なので、麻痺しているのだ。
仕方がないから、カウンターで飲んでたコロッケのおっちゃんを引きずり込み、3人席だと主張したら、牛筋のおっちゃんと刺身のおっちゃんも混ざり込んできて、仲間に入り損ねたおっちゃんたちが、スネだした。
最初は、おっちゃんたちに説教ばかりされていたが、イレがポツリと、
「今日は賑やかで楽しいね」
と言い出したから、全酔っ払いが泣いた。
次の日の朝、クマちゃんは普通のぬいぐるみに戻っていた。寝る前までは動いていて、同じ布団で寝たのに、朝になったら動かなくなって、ちょっと寂しかった。だから、今日もクマちゃんを背負って、ダンジョンに連れて行った。
今日のクマちゃんは、敵がいれば動く、元通りのクマちゃんだった。護衛は、昨日と同じ人物はいなかったので、パドマが寂しそうにしている理由が理解できなかった。ヤマイタチには全然そんなことはしないのに、やたらとクマのぬいぐるみに話しかけることに、ツッコミを入れられないメンツしかいなかった。
次回、蓮会。