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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
198/463

198.武器屋の感想

 パドマは、赤い剣を剣帯に吊るし、武器屋の剣を一本持ってダンジョンに入場した。

 入場したというだけで、誰にとっても大した敵は出てこない。「お揃いですね」「お見立てありがとうございます」「一億五千万ポイントって、ヤバくね?」などと和やかに話しながら歩いていたら、カマキリに反応して、パドマの背中からスポーンッと黄色いクマのぬいぐるみが飛び出てきて、みんなでびっくりした。

「荷物持ちのぬいぐるみもおかしいけど、それも動くのかよ。まさか、それが2人目のお兄ちゃんじゃねぇだろな」

「そんな訳ないじゃん。でも、お兄ちゃんと同じくらい格好良いよね。クマなんだと思うんだけどさ。顔が、レッサーパンダ(パンダちゃん)と似てると思わない?」

「え? パンダちゃんは、可愛いんじゃなかったのか?」

「格好良くて、可愛いんだよ!」

 カマキリくらい倒せてもどうということもないのだが、パドマは蕩けるような顔でクマのぬいぐるみを見ていた。皆は、何をどうツッコんでいいやら、困った。俺らのボスって、まだぬいぐるみを卒業してないの? ちっちゃい妹の方は、最近、ぬいぐるみを欲しがらないよ。

 ただ、クマちゃんは、敵がいなければ動かないし、敵がいると止まらない。それが欠点だった。別に倒さなくてもいいようなどうでもいい敵まできっちり倒してくれるのを、いちいち待って回収する手間がかかる。カマキリを倒し終わり静止するクマちゃんを、パドマは回収に行った。

「クマちゃん、戻っておいでー」

 パドマが声をかけたら、クマちゃんは、自らスタスタと歩いてきて、近くに来ると自らジャンプして、パドマの腕の中に収まった。

「え? なんで???」

 パドマは驚いて、クマちゃんの顔を見るが、ぬいぐるみは何もしゃべらない。パドマはクマちゃんを床に置いて、「後ろからついて来て」と言ったら、ついて来なかった。

「なんだよ。クマちゃんがついて来てくれたら、便利だったのに」

 と諦めて抱こうとしたら、ついて来た。

「何故」

 パドマが、困った顔をしたら、部下たちも考察を始めた。

「命令に文字数制限があるとか?」

「毎回、名前を呼ばないといけないのでは?」

「クマちゃん、戻っておいでー。、、、パドマさんにしか、反応しないのかもしれませんね」

「クマちゃん、ジャンプして」

「ジャンプした! 流石、ボス」

 わちゃわちゃと楽しそうにしている綺羅星ペンギン一同を見て、イレは師匠を見た。

「黄色熊に、仕様変更が入ったの? そんなことが、できるの? ダンジョンマスター、パドマのことを気に入りすぎじゃない?」

 だが、師匠はパドマを見ているだけで、イレの質問には答えなかった。



 ヤマイタチはもともと自力で歩くし、クマちゃんも歩くようになった。パドマは、急激に手がすいた。10階層ではクマちゃんが飛び付いて来たが、ヤマイタチに乗せた。ヤマイタチは、オートで攻撃から避けるので、問題ない。ヤマイタチに助けてと縋り付くクマは可愛くて、萌えているパドマに皆は温い目を向けていたが、武器屋だけは、青い顔で火蜥蜴から逃げていた。グラントが掃除をしているので、逃げなくても問題はなかったのだが。


 11階層に着くと、寸胴剣の鞘を武器屋のカゴに放り込んで、クマちゃんに待ってるよう言い置いて、パドマは試し斬りに出た。

 パドマにとって、ミミズトカゲは、今更騒ぐ敵ではない。最悪斬れなくても、攻撃はすべて避けれる。通常のブーツ攻撃では倒せないが、謎パワーを解放すれば、殺れる。だが、力加減を誤れば、ミンチを生産してしまったり、自分が気絶したりするかもしれないので、使いたくはない。

 鍔は付いていないし、柄巻きも適当臭い片刃剣だが、一応、滑らずに持てるようだったので、それを携えてミミズトカゲの前に躍り出て、逆袈裟に斬った。3匹仕留めて剣を取り替えて、2匹仕留めてまた新しい剣にする。

 素材回収は護衛に譲って、17階層までは、パドマがほぼ単騎で敵を倒した。最後のヘビは、パドマが皮剥きを担当して、その間に護衛たちは、18階層の掃除と、ここまでの素材の売却係と、パドマの護衛に別れて作業をした。この階層であれば、パドマは放置しても大丈夫だと思われているが、グラントが今日指定した仮想敵は、師匠である。可能な限りの精鋭で固めた。


 ハジカミイオとカエルは無視して通り過ぎ、カミツキガメを仕留めて、次々と野郎共の背中に詰んだ。29階層(オサガメ)は、グラントが武器屋を小脇に抱えて運んだ。乙女を守るのが、とうとう面倒になってしまったのである。


 30階層で、お昼休憩にする。手際よく獲物は解体され、調理されていく様を見て、武器屋は呆れた。知らなかった訳ではない。噂も聞いていたが、フライパンを作ったのも、火蜥蜴の固定器具を作ったのも、折りたたみ式のテーブルセットを作ったのも、武器屋だったから、知らなかったとは言えないのだが、想像していたのよりも楽しそうにやっていたので、呆れてしまったのだ。恐ろしい火蜥蜴も、ダンゴムシを転がすように、談笑しながら捕まえて、肉を焼く道具にしているのだ。なんだこいつら、と言いたくもなる。

「イレさーん。お兄ちゃんが、お弁当を作ってくれたの。今日のは、豪華なんだよ」

 パドマは、持参の弁当を配り始めた。パドマとイレは一人前の弁当だが、護衛は何人だかわからないので、みんなでつまむ弁当しかない。足りない分は、カメを焼いて食べれば良い。ソースの差し入れもあるが、なんと胡椒樽まである。綺羅星ペンギンメンバーは驚くことなく、淡々と調理をし、パドマのところに持って行ったり、自分で食べたりしていた。テーブルには、イレと師匠と武器屋が座り、パドマとその仲間たちは、思い思いの場所で床に直座りして食べていた。

 ヴァーノンの用意した弁当は、弁当屋時代のアレはなんだったのか、と思ってしまう豪華な物だった。オルトラーナロッソピザ、トンカツ、チヌイのタルタルパン粉焼き、グラタン、ハンバーグ、照り焼きチキン、エビチリ、オニオンソースステーキ。今日は、熟成期間をおいて、いろんなソースが完成したよ記念弁当だった。特別だからと、食べる白ソースもたっぷりと入っている。師匠の食べる白ソースよりも、パドマ好みのソースなのだ。恐らく、食べなくとも、師匠にはそれが伝わっている。イレに勧められているのに、口にしないでひたすらイヤイヤと泣いていた。

「パドマ兄、すごいんだよ。お兄さんの作った失敗作を一口食べただけで、何も教えてないのに作ったの。季節外れの食材まで、もらってきてさ。料理人を目指す人は、みんなあんななのかな」

 イレは、師匠の傷をエグる方に全振りしているから、誰も師匠を擁護する人間がいなかったのである。


「おっちゃーん、やったね。この剣気に入ったよ。生まれて初めて、おっちゃんの武器をいいね、って思った。全部買取るから、黒で拵え作って」

 パドマは、皿代わりのカミツキガメの甲羅を抱えて、ご機嫌顔で武器屋に手を振った。

「茶色じゃなかったのか?」

「刃が黒かったし、この剣なら黒が似合うでしょ。素材が銀色と茶色だったから、茶色を指定したんだけど」

「ああ、茶色の方は内側に挟んだし、銀色は加工したら黒に変わったんだ。だけど、いいのか? まだ、最後の素材の溶着はできてねぇんだ。このままじゃ、摩耗がひどいんだろ?」

「元々、おっちゃんの武器なんて、使い捨てでも使えたらいい方だし。それは、追々でもいいよ」

「失礼な言い草だな。俺の腕は悪くはねぇぞ。嬢ちゃんたちの注文が、おかしいんだからな?」

「うんうん。おっちゃんは、頑張ってるから、ご褒美にカミツキガメを甲羅ごとあげるし、食べていいよ。気に入ったら、唄う黄熊亭のお兄ちゃんの宣伝をしてね。このソースを作ったのは、お兄ちゃんなんだ」

 パドマは、今護衛がもってきたカミツキガメを武器屋にそっと差し出した。カミツキガメは、腹を切り取られ、甲羅の背中の部分を皿代わりにされて、シチューのように見えるものが入れられていた。茶色のシチューからは、カミツキガメの足や切っていない野菜がニョキニョキと生えている。皆、解体する手際は良かったが、所詮ダンジョン飯なんてこんなものかと、武器屋は納得した。部下たちの手前、ハジはかかせられないし、お得意様は年頃の娘だ。落胆させぬように、武器屋は気合いで食べる覚悟を決めた。

「おう。うちのカミさんには、敵わねぇだろうけどな! って、なんだこりゃ、見た目と味がまったく違うな!!」

 ドロドロとした見た目最悪なシチューは、食べてみたら美味しかった。愛妻料理もなかなかすごい物が出てくる時があるのだが、英雄様のごはんは格が違った。妻のおかげで、それに気付いた。原価度外視の味がする。恐ろしいほどに金を持っている日と、金欠に嘆く日の落差の原因はコレか、と武器屋は気付いた。自慢の兄ソースはもとより、突き刺さるおどろおどろしい物体も、フォークで突けば崩れる程に、柔らかく煮込まれていた。イタズラ用に、外から持ってきた肉と野菜だったのだろう。

「ごめんね。ついついふざけてゲテモノ料理を作っちゃったけど、味は問題ないと思うんだ。いっぱい食べてね」

 イタズラを成功させて、満足したらしい英雄様は、可愛い微笑みを浮かべて、仲間の下へ帰っていった。


 武器屋の目の前で、佳人がキレイに泣いていた。佳人は、英雄様にくっついて歩く謎の生命体である。当初は、こちらが本体でパドマがオマケの扱いだった。だが、武器屋の目には、最初からパドマは異様に映っていたのだ。サンドイッチ剣の作り方を武器屋に伝授したのは、佳人の方だった。だが。

「あんたじゃ、あの嬢ちゃんには勝てねぇよ。早々に降伏することを勧める」

 先に惚れた方が負けなのだ。ことが恋愛じゃなくても、同じだと思っている。だから、武器屋はパドマからは金をとらずに、武器を提供することに決めたのだ。パドマと懇意になったら、死ぬほどフライパンは売れた。アーデルバード最強の剣の作り方も知ることができた。数振りの剣をくれてやっただけで、街一番のひょっとすると世界一の武器屋になれたのである。

 もちろんそれは、パドマだけの功績ではなく、武器屋も振り回されたし、努力もした。だが、パドマは金の出し惜しみもしないし、店主が困る前に手伝いの人足まで寄越してくるのだ。小娘にそこまでされて、できないとは言えなかった。おかげで、いろんな出会いがあり、訳のわからない金属加工技術やら業務効率化やら、予定していなかったものを身に付けさせられ、おかげさまで今回の剣を作ることができたのだ。


 ちなみに、店主はダンジョン探索中だが、店は開いている。今日は、パドマの弟を名乗るどう見ても弟の色彩ではない少年が、店番をしている。普段は、月一くらいで遊びに来て、帳簿整理の手伝いをして帰っていく。武器屋の2号店で働いていたところをスカウトしてきたのだが、店に放置しておくと、信じられないほどに商品を売り捌くのだ。最初に見た時は、強盗にやられたのかと驚いたものだった。ちゃんと売り上げ金を渡されたら、納得するしかなかったが、誰がそんなに武器を買うんだよ、と思ったものだった。だから、今日も帰りは遅くなるくらいで、丁度いい。彼に任せておけば、今月も売り上げは妻に勝てるだろう。

次回は、赤い剣の試し斬り

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