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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
196/463

196.浜焼きデート

 とうとうパドマが狩衣を卒業する日がやってきた。先日、ルーファスと作っていた洋服の発売が、決定してしまったのである。最初に推す服はこれだ! と、同じ型の服を色違いで沢山もらってきたのだが、パドマは早速後悔していた。

 広告塔に、インパクトが必要だと、肌出しをOKさせられたのである。パドマは通年長袖長ズボンで生きているのだが、これからの季節に、誰がそんな格好をするのだ、と怒られたのである。

 ただでさえ、アーデルバードの男は冬でも半ズボンだし、女は冬でも半袖なのだ。夏になろうという時期に長袖長ズボンに需要がないのは、わかっていた。パドマは毎日常春のようなダンジョンで過ごしているから、そんな服を着ていられるのだ。

 ユニセックスの服にするので、オーバーサイズを着るのは許してもらえたが、袖に切り込みを入れられてしまった上、ズボンの裾が短いし、タイツの着用は許されなかった。

 とりあえず着てみたのだが、クソ恥ずかしくて、仕方がない。切り込みが入っている部分が、涼しいのは認めるが、別に嬉しくない。

 どうしようどうしようと、ふんぎりがつかずに部屋の中をウロウロしていたら、ノックもせずにパットが入ってきた。いつまでも出てこないから、まだ寝てるのかと思ったのかもしれない。

「勝手に入ってくるな!」

 パドマは、顔を赤くして怒ったが、別に怒ったから顔が赤いのではない。パットは、どうどうとパドマの気を落ち着けて、ブラシをかけた。パドマは、髪の毛でなんとか切れ込みを隠せないものかと腐心していたのだが、パットによってアップにまとめられてしまった。

 あーあ、と思ったのだが、驚きはそれだけではなかった。パットまで、パドマと同じ服を着ていた。着替えが早すぎる。色は違うが、お揃いになってしまった。いつもは自分の服をパドマに着せていたのに、今度はパドマに寄せてきた。パドマは、とてつもなく驚いた。この新商品は、あまり格好良いとは言えないのである。

 ズボンに結構大きなスリットが入っていて、そこからレッサーパンダが覗いているのだ。これが流行ったら、英雄様人気も本物だとかいう、ふざけた服なのだ。だから、こだわりの強いパットが着るとは思わなかった。パットが着たカーキは、ペンギンが覗いているから着てくれたのだろうか。剣帯には、パドママスコットが下げられているし、パドマは恥ずかしさが2倍になったと思った。半分にして欲しかった。


 パットは、貴族の服を脱いでも、パドマをエスコートしてくれるらしい。いつぞやヴァーノンが、パットは生粋の貴族かもしれないと言っていたが、パドマもそうかもしれないと思った。パットはパドマと同じ服を着ているのに、貴族に見えた。姿勢や所作が全然違うのである。昨日今日習得した猿真似には見えない。

 それに驚いている間に、手を取られて、外に連れ出されてしまった。パドマたちが外に出たら、護衛たちの雑談がピタリと止まった。アグロヴァルたちも、たまたま通りすがった人も、斜向かいの家のおじさんまで、パドマを見ていた。パドマは死にたくなった。

 とりあえず部屋に戻ろうと思ったのだが、パットが手を離してくれない。狩衣をやめたことを怒っているのか、恥ずかしがっているのを面白がっているのか、どっちだクソ野郎! と思いながら、パドマは歩いた。



 傘に入れられて、パットに連れて来られたのは、漁港だった。アーデルバード生まれだが、パドマは漁港に来たことがない。何しに来たのか、わからなかった。

「船釣りでもするの?」

 意味がわからないパット様は、漁に目覚めてしまったのか。突然のクラーケン狩りは勘弁してくれよ、とパドマが半眼になっていたら、建物の中からおっさんが、わらわらと出てきた。

「パット様! どうぞ、こちらへ」

 おっさんたちの案内に従って歩くと、漁港のはずれに、とってつけたような謎のガゼボがあった。中に入ると、中央にコンロがあり、既に火がついていた。

「なんの企み?」

『その服でダンジョンは×。宣伝にもならない』

「な?!」

 パットには、服の説明は何もしていなかったのに、バレていたようだ。だから、何も言わずに着てくれたのかと納得する一方で、漁港のおっちゃんたちを巻き込んで、ガゼボまで準備済みとは、一体、いつからバレていたのだろう、とパドマは遠い目になった。パドマだって、服を着ろと言われたのは、昨日だったのに、情報収集力と根回し力を恐ろしく感じた。


 パドマが状況を飲み込む前に、コンロのアミの上には、エビやイカ、タコ、カキやサザエなどが、どしどし乗せられていく。

「朝ごはんを食べて来ちゃったのに」

 と言いながら、パドマはアカアラの干物が焼けるのをウキウキと見ていた。パットは、それを眺めながら、優雅にお茶の時間である。自分で一席設けたくせに、食べる予定は欠片もない。お茶受けは、ローストジラフである。完全にこの席にケンカを売っている。

 太っ腹のパットは、護衛の席と、アグロヴァルたちの席まで用意していた。席は大分遠くに準備されていたので、接待しているのではなく、金の力で体良く、視界に入らぬように排除したのかもしれない。

 パットと2人で浜焼きなら、食べたい物を食べられてしまう心配はない。焼いてくれるおっちゃんの軽快なトークを聞きながら、パットに叱られないようテーブルマナーを守って、パドマは全てを1人で食べ切った。

 食後も、お茶を飲みながら、ズルズルと長居をしていたら、遠くの道に人が集まって、こちらを見ているのに気付いた。食に夢中になっていたら気付かないし、海を見ていたら視界に入らない仕様である。パドマは、パットやるな! と見ていたら、優しく微笑まれてムカついた。

「この距離で、服まで見えると思う?」

 パドマがそう聞いたら、パットは立ち上がって、パドマに手を差し出した。あんよの時間再びである。


 パットは、パドマを連れて、海沿いを歩いた。先程、人だかりができていたところも、しっかりと歩く。周囲に護衛が散開しているし、人だかりの中心をつっきったりはしないから、人がいっぱいいても、パドマは恐怖を感じなかった。

 日差しは強かったが、海風は涼やかで、どこまでも空が広がっていた。海なんて珍しくもなんともないが、すぐそこに壁がないのが、とても開放的に感じられた。たまにはダンジョンをサボるのもいいかも、とパドマは思った。



 お祭り会場近くまで歩いたら、カフェに誘われた。以前、この辺りに来た時は、店なんてなかった。新しいお店のようだ。

 またも、店に近付いただけで、店員がわらわらと寄ってきて、席に案内してくれる。パドマとパットの席は店外の端の席で、その周囲3席が別途押さえられ護衛の席になり、アグロヴァルたちは店内席に案内されていた。やはり悪意を感じてしまうのだが、まぁいいやとパドマは忘れることにした。何の注文もしていないのに、デザートが出てきたのだ。

 底の方は濃い青で上にいくにつれて薄青になり、上にはクリームと小さいドーナッツのようなものが乗っていて、青の中には枝状珊瑚とヒトデに見える何かが内蔵されていた。色がとてもキレイで食べるのがもったいないのだが、日持ちのしないお菓子なので、さくさく食べねばならない。

「いただきまーす」

 つるりと喉ごしがよく、さっぱりとしたお菓子だったが、パドマは、これと似たようなお菓子を食べたことがあった。

「これも作ったの?」

 以前、食べさせてもらった時、武器屋のオカミサンの店に並べてもらおうと画策したら、素材の入手が大変だから、ダメだと言われた品だ。店で普通に出て来るなんて、おかしい。調理は別人だとしても、パットの関与が濃厚だ。パットは、甘ったるい顔で微笑むだけで、是とも非とも答えないが。

 ご馳走様すると、食べた器と交換するように、新しいグラスが出てきた。器が庶民の店でないのが、恐ろしい。なんだか変な店だ。今度は、底が青で上がだいだい色の液体だった。口をつけてみると、大分甘いお茶の味がした。

 またお茶かー、という気持ちもあるが、デザート感覚のお茶はアリだった。パットはしゃべらないから、一緒にいてもまったく時間がつぶれない。顔を見れば可愛くてイライラするから、海と人通りを見て過ごした。みんな、嫌になるくらい似たような服を着ていた。


 パドマが人間観察をしていたら、店内から騒がしい声が聞こえた。高級食器で提供される店だから、上品な人しか来てはいけないお店だと思っていたのだが、違ったのだろうか。

 店内方向を伺っていると、カーティスとキラキラが出てきた。カーティスはいい。ここが紅蓮華の系列店で新店舗だったら、いてもおかしくない。だが、後ろのキラキラしてるのは、おかしい。イライジャは、隣の国の人である。イライジャの顔を見て、ようやくパドマもアグロヴァルの正体に気付いた。アグロヴァルは、イライジャに少し似ていたのだ。


 カーティスは、パットの横に立ち、イライジャはパットの前に跪いた。パットは、途端にブスくれた顔になり、蝋板をテーブルに積んで、顔だけイライジャに向けた。

「到着が遅くなり、誠に申し訳御座いませんでした。即時、愚弟を連れ帰ります」

 パットがカーティスを見上げると、カーティスが文箱から封筒を1通取り出し、イライジャに差し出した。

「パット様からのお手紙で御座います。即時開封し、中身を改めて下さい」

 イライジャの後ろに控えていた男が受け取り、開封後、イライジャに差し出した。以前渡されたレポートの用紙よりも厚みがあり、光沢があるツルツルした質感の不思議な紙だった。それに銅色の龍が箔押しされ、手書きの文字が書かれている。判も、一族のものと個人のものと、2種類押してある。初めて見たが、間違いなくパットからの命令状なのだろう。一族の判まであるとすれば、若年に見えてもパットが長なのだ。これが(くつがえ)ることはなさそうだ。それに気付いたイライジャは、頬がひきつり、平静を装えなくなった。自分はどうしてパドマに恋をしてしまったのだろう。

「まだ父は年若く、王太子も仕事熱心で民からの信頼も厚く?!」

 イライジャが話し始めたところで、カーティスは、テーブルに置かれたパットの蝋板を開いて見せた。

『いいから、黙ってやれ』

『私は行かない』

『無能なお前でも仕事ができるよう、権力をくれてやる』

『お前が殺されたら、犯人は皆殺しにする。安心して行け』

『もう2度とこちらへ来るな』

 見せた後の蝋板は開いたまま積まれていくので、パドマにも見えたが、ひどい言い草ばかりだった。見せろと指示もされていないのに、次々と見せるカーティスが怖かった。パットとカーティスがパドマの味方で、イライジャが嫌いな人なのに、イライジャを応援したくなってしまう。


 イライジャは、悪あがきをした結果、「謹んで拝命致します」と言い、フラフラと帰って行った。アグロヴァル御一行様は、厳ついお兄さんたちに捕まって、連れ去られて行った。厳ついお兄さんたちは、漁港にいた時に遠くから見ていた人たちだった。いろいろなものが繋がって、パドマはなるほどと思った。


「で、どうなったの?」

 パドマが尋ねると、カーティスが蝋板を開いた。シャルルマーニュの人は帰ったのに、いつまでその関係を続けるつもりだろうか。

『イライジャを国王にすることにした』

「は? 疫病が流行っても、王様にはならない人なんじゃなかったの?」

『想像以上に無能すぎて、役立たずだから』

「いやいや、そんな人を王様にしちゃダメだよね」

『フォローはする。トレイア統治もシャルルマーニュ統治も、面倒なのは同じ。問題ない』

「よくもそんな蝋板をズラズラと」

「いちいち書いていると時間がかかりますからね」

 カーティスが、にっこりと笑った。

 パットが三つ折りの紙をパドマに渡した。パドマの見たことある嫌な書式だった。板が紙になっただけの悪魔の書(つりしょ)だ。

『(略)

 アグロヴァル・クライド・デ・シャルルマーニュ

 シャルルマーニュ第28王子、第29王子

(略)』

 書式は同じなのだが、紙はキレイなのだが、書き損じを見つけてしまった。それとも、兄弟が30人もいると、そろそろ順番もあやふやになるということだろうか。それにしたって、自分の順番くらい覚えておけよ、と思うのだが。それとも、平民(パドマ)相手に真面目に書く必要ないよね、ということだろうか。

 パドマが悩んでいたら、パットは、半分に破いて、カーティスに渡した。

「捨てちゃダメだよ。返さなきゃいけないんだよ」

 パドマは、慌てて止めると、

「王家の皆様は、パット様に逆らえませんので、問題ありませんよ」

 と、カーティスは答えながら、蝋板を開いた。

『判子は本物。可愛いねって、本物の人がくれた』

 隣国にとっては、かなり重要な物なのに、パットは信じられないほどお手軽な理由で手に入れたようだった。初代は立派な人だったとして、子々孫々すべてが人格者である保証はない。子孫の一人がたまたま師匠の可愛さにハマってしまったのかもしれない。そこまで思いを寄せて、本物の子孫が師匠に塩対応されてないといいな、と思った。



 お茶を飲んだら、またお散歩に行くことになった。綺羅星ペンギンでショーに出て、ペンギン鑑賞をしたら、お揃いのペンギンぬいぐるみを買って、そのぬいぐるみを並べてペンギン食堂でお昼を食べて、百獣の夕星でメンチカツを買って食べ歩きをして、海のフェンスの上でどっちが長く歩けるか競争を始めたら、アグロヴァルが現れた。

 現れただけならわかるが、アグロヴァルが2人いた。なんで? と気を取られていたら、パドマはフェンスから落ちた。足の裏に接着剤でもくっつけていそうなパットが、余裕でパドマに傘を差しかけていたので、手をつかんで引っ張り上げてくれた上、腰に手を回して安全ベルトになってくれたから、ケガの心配はない。ないのだが、そのまま抱きしめて、口を口でふさいだのは、絶対に余計な作業だと思う。アグロヴァルが怒っていたので、多分、彼らへの嫌がらせ目的だというのは、パドマにもわかったが、そんなことよりもパドマの都合を考えて欲しかった。

 イライジャと仲間たちが到着するまで、そのような嫌がらせが継続された。パドマの心は、すりきれた。自分なんて、どうせたいしたタマでもないんだから仕方ないのさ、と切ない気持ちでいっぱいだった。


 アグロヴァルとイライジャを成敗して、一仕事終えた気持ちになったパットは、やっとパドマの異変に気付いた。すっかり凹んで、しゃべらなくなっている。泣いてはいないが、多分、泣いてもいいくらいの気持ちになっていそうな顔に見えた。思い返してみて、先程の所業は、自分が妹にされたら嫌だなー、怒るかもなーと思い、冷や汗が出てきた。面倒臭い奴等を凹ますことしか、考えていなかった。

『パドマの着れる服が増えるといいね』

 と書いた蝋板を見せると、パドマの表情に生気が戻って、蝋板とパットの顔を3度視線を往復させた。

「そのために?」

 と口を動かされて、何と返事をしたものか思いつかなかったので、微笑みを返しておいた。失敗した。多分、失敗した。

 パドマは、フェンスから降りて、唄う黄熊亭に帰った。道中、パットがエスコートをするのは拒否されなかったが、一度もパットの顔を見ずに部屋に入ってしまった。ドアを開けたら、パドマはタライを持っていて、枕を投げつけてきた。タライの水張りを手伝うのは拒否されなかったが、もうそこまでしてしまったら、何をするつもりかわかるから、部屋には入れない。

 師匠に戻って店に顔を出したが、パドマは出て来なかった。師匠の頭は、どうしようでいっぱいになった。

次回、そろそろパドマもマジギレする。

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