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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
195/463

195.パットお兄ちゃん

 どこへ行ってもアグロヴァルがくっついてくる生活は、嫌になった。師匠タクシーは、行方不明なので、ダンジョンには行けない。開店すると店内に入って来るので、給仕のお手伝いもできない。だから、パドマは、ワインのおっちゃんのヤギのお世話の手伝いに行ったり、イレの家の家政婦になったり、白蓮華の兄弟部屋に引きこもったり、神殿で降臨してみたりして過ごした。

 そんな風に過ごしていても、行き帰りはアグロヴァルに付き纏われている。パットがいなくなってから、よりひどくなっている気がする。パドマの容姿について言及したり、いらないプレゼントを渡そうとしてきたり、どうでもいい自慢話をされ続ける。どれについても、とりあえず不快だった。パドマは、可愛くもキレイでもない。背が低いから難しいのは承知の上で、大男たちに埋没したいと思っているし、好感度の低い大した付き合いもないヤツからもらった食べ物を口にすることはできない。それが美味しそうであればあるだけ、腹が立つ。そんな野郎の自慢など、聞きたくもない。身なりを見れば、アグロヴァルが恵まれているのは、想像がつく。聞く前から、坊ちゃんなのは気付いている。おのれの出自と、どうしても比較してしまうから、本当に聞きたくなかった。パドマは、母親の所為で、どうにもならない瑕疵を負った。今も絶賛苦しみ中なのに、年下だから? 白蓮華の子だから、譲歩しなきゃいけないの? 優しくしなきゃいけないの? 知、る、か!! パドマは、ずっとそんな気分でいた。

 そんな生活を続けていたらイライラが募るから、夜中に家を抜け出してダンジョンに行こうとしたら、やっぱり外にアグロヴァルがいるのである。どういうことだと、すっかりやる気を失って部屋に戻ったが、イライラする。


 イライライライラ過ごしていたら、ある日突然、家の前にパットが生えていた。パドマは、走って飛び付いた。

「会いたかったよ!」

 パドマは、ぐすぐすと泣いていた。涙を流していることはよくあるが、こんなにわかりやすく泣いているのは、珍しい。

 正直、パドマはパットの存在など、顔を見るまで忘れていたが、イレに食べる白ソースを作ってもらったところで触れるようにはならなかったので、ずっと師匠タクシーを求めていたのだ。

 そんな内心を語らないから、パットを始め、居合わせた全員が驚いているが、パドマは気にせず歩き出した。やっとちびっこに気遣うことなく、ダンジョンに行ける。今こそダンジョンの歌の出番である。

「ダンジョン、ダンジョン」


 るんるんがあふれ漏れているパドマの前に回り込み、パットは剣を差し出した。

「ああ、最近見ないなと思ったら、それを作ってたの? 別にいらないよ。剣はもうあるから」

 パドマは、パットの横をすり抜けて通り過ぎた。その剣帯には、パットの知らない剣が付いていた。パットの剣を下げる場所に。パットの剣以外を下げてはいけない場所に。パットの知らない剣が!

 パットは甘やかな微笑みを浮かべて、パドマを捕らえた。そして、自作の剣を差し出す。パドマは寸暇を惜しんでダンジョンに到達することしか考えていなかったが、パットの様子がおかしいことに、ようやく気が付いた。

「え? なんで? 怒ってる? ああ、朝ごはんがまだなのかな? カフェに行きたいの? ダンジョンで食べようよ。解体してあげるから」

 ね? と念押ししてみたが、パットは微塵も動かなかった。

「パット様は、剣を受け取って欲しいのではないですか?」

 と、アグロヴァルが、堪らずツッコミを入れた。

「剣? ああ、ありがとう」

 そういえば、受け取らないとしつこいんだっけ、と思い出したパドマは、パットから剣を受け取って、右から左と護衛に預けた。それを見たパットは、ブチ切れた。パドマの剣帯から見知らぬ剣を外すと投げ捨てて、自分の剣を付けると、パドマを抱いて飛び去った。人間が作った道など無視して、ダンジョンに直進するためだ。



 パットの足が止まったのは、ダンジョンの68階層だった。ヤシガニがいる階層である。

「あー、大きいのが増えてる!」

 一時は、ギデオンたちの所為で蹴り飛ばせば制圧できそうな小さいものしかいなくなっていたが、数は少ないが、パドマの腰サイズのものも復活しているようだった。

 彼らの生態については、薄っすらと覚えているので、自分の得物について検証することにした。パットの心を折るためには剣鉈を振るうのもアリだが、あれは食べ物なのだから、剣鉈を使うのは、気分が良くない。

 拵えは、カットラスとあまり違いは感じなかった。グリップは、鮫皮が巻かれ、目貫きは、蓮が型取られている。ガードは太い三日月型で、沢山の星が彫られている。ナックルガードはリボンのような優美な形で、蓮の花と葉の彫刻付きだ。但し、鞘を含めて色が違った。パドマカラーだと決め付けられた桃黄碧のグラデーションになっている。おかげさまで、キヨンブロックやボンメルに貴石が配されていても、まったく存在感がない。

「もう少し地味に作れないのかな」

 実用できればこだわりはないので受け入れていたが、変装が意味をなさないくらいに派手な拵えを好んでいるのでもなかった。このガッカリをどうしたらパットに理解してもらえるのかが、わからない。ため息とともに剣を引き抜くと、また見たくないものが出てきた。

「ダイヤの剣だ」

 後ろから、驚きの声が上がった。ヤマイタチを抱えて立っているイレの声である。

「ダイヤ? ガラスじゃないの?」

 鞘から出てきたブレイドは、形だけならロングソードだが、無色透明で、光の反射さえなくなれば、戦闘中に目視するのは大変かもしれないなと思う、変な剣だった。ガラスだったなら割れそうと思ったが、鉱石だと言われたら折れそうという感想しか、パドマには抱けなかった。故に、とても残念そうな顔が表に出てしまったかもしれなかった。

「これだよ、これ。師匠の形見の剣と同じ。師匠の最強の剣」

 イレがいつも腰に下げている剣の短い方を抜くと、透明の刀身が出てきた。形は違ったが、材質は同じそうだった。

「えー。お揃いの剣とか、テンションさがるー」

 パドマが本音を漏らすと、パットからイレにナイフが飛んだ。イレの顔を狙ったナイフは、ガードであげた左腕に刺さった。

「痛いっ、やめてよ!」

「イレさん、腕じゃなく、剣でガードしなよ」

 パドマはイレの前に立って、パットに剣を向けた。

「そんなことして、パドマの剣みたいに折れたら嫌だから。しかも避けたら、怒るしさ。お兄さんが大人になって刺さってあげ?!」

 ブワッと、パットから、100本くらいのナイフが飛んできた。パドマはその軌道にいなかったから無傷だが、6本しか落とせなかった。イレはたまらず避けたらしいが、すぐにパットの追撃を受けていた。避けると怒るというヤツかもしれない。パットの手にはダークナイフが握られている。パット相手に剣を守りながら戦うことはできなかったのだろう。パットの攻撃を剣で受けて、あっさりと剣は折れた。

「あー! だから、言ったのに!!」

 剣が折れた瞬間、イレが攻撃に転じて、折れた剣でパットを刺した。一気に修羅場になってしまった。

「いやぁー!!」

 イレは、刃先を手に取ってめそめそしているし、パットは剣の根本を腹から生やして転がって、パドマはパットの腹部の血を見て叫んだ。

 折れた剣など、どうでもいい。折れる前ならともかく、折れてしまったらどうしようもない。パットは、どうしたらいいのだろうか。刺さった刃物は抜いたらダメだと言うが、だったら、どうしたらいいのだ。

「イ、イレさん? パット様が動かなくなっちゃったの。助け、て」

 パドマは、手近なところにいる人にお願いしてみたが、つれない返事が返ってきた。

「やだ。お兄さん、怒ってるから。もうぷんぷんだから」

「なんで? 大切だって言ってたのに。彼女なのに。どうして? いやぁああぁあ!」

 パドマは、イレに縋りついて泣き出したのだが、イレは弾丸のように吹き飛んでいった。『おちつけ』という蝋板を目の前にかざされて、パドマもブチ切れた。

「この状況で、何を落ち着けって!」

 振りかぶった剣は、あっさりとパットに止められていた。蝋板が出てきた時点で気付くべきだった。若干、顔色が悪い気がするが、パットはいつもの甘やかな表情でパドマの横に座っていた。


「生きてたの?」

 パットは頷くと、腹の剣を抜いた。途端、ぴゅーっと血が噴き出たが、蝋板で抑えると、おさまった。蝋板には、『いたいの、いたいの、なおっちゃえ』と書いてある。絶対にふざけていると思うのだが、タランテラの時と同じ金色の光に見えなくもないものが、じんわりと蝋板を取り巻いていた。パットの蝋板は、古代魔法遺産だったのだろうか。木製だから、そんなに長持ちはしなそうなのに。パットは、薄緑の包帯を腹に巻いて、最後にリボン結びし、『完治』とパドマに見せた。

「絶対、嘘だし」

 動いているところが見れて、大分安心はしたが、パットの戯言を真に受けても仕方がない。

 続いて、パットはおにぎりを取り出した。血を拭った剣の折れた部分に、米を挟んで剣先を接着し、鞘に納めた上で、『全治3週間』と出した。そんなものに誤魔化される人なんていないと思うのに、

「本当に? 良かった!」

 と、喜んでいるおじいちゃんがいる。そんな訳ないじゃんと言って、またケンカが始まっても困るし、騙されたままも気の毒だった。パドマは、おのれの無力を嘆く以外にやりたいことはなかった。できることはいくらか思いついたが、やらない。


 とりあえず、パドマは、この透明剣をへし折ってくることにした。へし折るなら、信頼できる護衛と一緒の時がいいのだが、いなけりゃいないでどうにでもなる。ヤシガニは遅いので、誠意を持って後ろに回り、柔らかそうな部分を狙って剣を打ち付けた。弾かれ折れることを想定して、少し軽めに振ったのが良かったか、刃がスッと肉に埋まって、パドマはバランスを崩した。

「え? なんで?」

 パドマは、転んだまま悩んでいたら、ヤシガニがウヨウヨ集まってきた。パドマが一向に動く気がなさそうなので、イレとパットは、ヤシガニを蹴って排除した。

「うーん」

 パドマは唸りながら、むくりと起き上がり、透明剣にナイフを打ち付けた。折れなかった。

「なんで?」

 2撃目は、パットに止められた。パドマの左手首をつかんで、とても悲しそうな顔で、首を振っている。

「折角作った物を壊されたら、悲しい気持ちはわかるよ。でもさ、信頼できない剣に、命は預けれないじゃん。前だって、啖呵きっといて、折れたし。最悪、折れても、米粒をくっ付ければ直るなら、やってもいいよね」

 パドマは少しも怯まずに言い切ると、パットは諦めて大鎚を出した。パドマよりも巨大な金属製のハンマーである。破壊力は抜群かもしれないが、そんな物をパドマは持てない。腕輪を外して持てば、柄を壊すだけだと思う。

 相変わらずの物理法則を無視した物体の出現に驚いていると、イレが参戦を表明した。

「はいはーい。お兄さんが、日頃の怨みをこめて叩くよ」

「ああ、うん。じゃあ、よろしく」

 危ないので、パドマが距離を取ると、パットはとても嫌そうな顔をしていた。

「まだ壊れてないよ。やめとく?」

 と聞いたのだが、答えを聞く前に、もう大鎚は振られていた。

「うおりゃー!」


 イレの怨みは、頂点を振り切っていたのかもしれない。1人の人間がハンマーを振り下ろしただけなのだが、地震が起きた。

「もう、イレさん、なんなの? バカなの?」

 と、パドマが怒ったとしても、無理からぬ惨状だった。床に大穴が開き、床が砕けた瓦礫が四方八方に散ったのだ。今パドマが無傷で立っていられるのは、ひとえにパットが隣の部屋に連れて逃げてくれたからである。パットは盾になってケガをしたので、申し訳なくて仕方がなくなってしまった。

「えへへ。ごめんね」

 なんて言われたところで、許せるものでもない。

「今日から3日間、語尾に『にゃん』を付けなかったら、絶対に許してあげないからね」

『この階の寸胴を全部拾って帰って来い』

 言っていることはたいした内容ではなかったが、パドマもパットも人を殺しかねないような恐ろしい形相をしていたので、イレは震えた。パットに怒られるのは慣れているが、主にパドマが怖かった。

「わかったよ、にゃん。チーズを300個買うから、許して欲しいにゃにゃん」

「そういうのは、罪悪感が芽生えるから、もういらない」


 大穴まで歩いていくと、透明剣は折れずに転がっていた。パドマはそれを拾って、パットに渡した。

「無事? 曲がったりしてない?」

 パットは、いろんな方向から検分したが、特に問題はなさそうだったので、納刀した。

「え? あれだけやられて無事なの? すごすぎない?」

 ようやくパドマが認めてくれたようで、パットは安堵した。

『お昼何食べたい?』

「おにぎり。ヒクイドリときのこの、中からチーズが出てくるヤツ! あ、白ソースとチーズを塗って、焼いたヤツも美味しいよね。チーズはね、カドにも合うんだよ。どうしよう。全部チーズだ。お兄ちゃんに、怒られちゃう」

 どうしようどうしようと、どうでもいい悩みに没頭するパドマの頭を、パットは某男のマネをして撫でてみた。すると、不思議そうな顔をして、パドマはパットを見上げた。

『私は怒らない。スープは野菜にしよう。狩りをしてから帰ろう』

「そうだね。運動して、全部使い切ればいいよね。パット様お兄ちゃんも、いいかもね」

 パットとパドマは、イレを置いて帰って行った。



 またパットと一緒にいたところを見つかって、パドマはヴァーノンに怒られたが、

「パットお兄ちゃんは、チーズ食べ放題をしても、怒らないんだよ! 他で帳尻を合わせてくれるんだから!」

 と激ギレしたら、ヴァーノンが怯んだ。

「パット、、、お兄ちゃんだと?!」

次回、偽夫婦のデート。

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