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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
194/463

194.食べる白ソースを暴く

 パドマは、ヴァーノンと一緒にイレの家に来た。護衛とアグロヴァルもついてきたが、外に置いていく。今日の護衛の仕事は、アグロヴァルたちが家に侵入して来ないように監視することかもしれない。何のつもりか、どこまでもついて来ようとするのである。

 お土産を買おうと店に入っても、すり寄るようにくっついてくるので、本当に鬱陶しかった。オススメの土産情報なんていらないのだ。パドマはアグロヴァルより長く生きているのだ。教わることなど何もない。あちらのお店のチーズクリームサンドは美味しいですよ、なんて話は聞いたことがなかった。だが、それは悔しいから後日、アグロヴァルがいない日に買うから、今日はいらないのだ。パドマの髪に似合いそうな髪飾りなんて、本当にいらない。武器として機能しない飾りなど、何の役にも立たない。師匠に作ってもらったヤツが気に入っているのだから、金の無駄だ!

 白蓮華では受け入れても、愛でるほどには小さくもないし、可愛くもない。礼ができるなら遠慮もできるだろうに。パドマは、付き纏われることにイライラした。パドマの顔がどんどん凄みを増していくので、アグロヴァルの仲間たちが蒼白になっていった。


「お邪魔しまーす」

 パドマは、我が家の如く、勝手に玄関ドアを開けて、ズカズカ入って行った。

「いらっしゃい」

 ダイニングに顔を出すと、イレが食材をいっぱいテーブルに並べて待っていた。ヴァーノンは、そこに持参の土産と材料を足した。

「本日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 手を洗ったり、エプロンをつけたりと、調理の準備を済ませたら、早速、調理に取り掛かる。何も教えていないのに、ヴァーノンは食べる白ソース(タルタルソース)のベースとなる白ソース(マヨネーズ)の正解を引き当てて、作っている。

 卵黄とお酢と塩を入れてよく混ぜたものに、植物油を少しずつ混ぜていく作業だ。イレはもう1つ作っているが、くそ疲れるのでパドマは参加する気はなく、イスに座って、お土産に持ってきた団子を勝手に開封して食べ始めた。某カエル餅を小さくしてカエル型をやめて丸め、串で刺した一品である。カエル型をやめただけで倍以上作るのが早くなったという、画期的な商品である。

「パドマ、その手はどうしたの?」

 パドマは両手の全ての指と手のひら、手首の少し上まで包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「あー、なんかね。知らないうちにヤケドしてた。なんだろね」

「ヤケド? ちょ、ちょっと待って。薬持って、アレ? 在庫あったかな!」

「慌てなくていいよ。あの薬はぬったし、もう治ってるよ。ただ過保護な人が許してくれなかったのと、白ソース作りから逃げようとしてる言い訳なの。それ疲れるから」

「そうなんだ。それならいいけど」

 超人たちは、そんな雑談をしている間に、もう白ソースを完成させていた。混ぜるスピードが早すぎるのである。パドマがスーパーパワーを解放すると、混ぜ棒はへし折れ、器に穴が開き、テーブルは薪に変貌してしまうので、兄たちは、ズルいと思う。


 白ソースができてしまえば、食べる白ソース作りに入る。玉ねぎをみじん切りにして水にさらし、パセリと漬け物とゆで卵の白身も同様に切っていく。

 そこまで済むと、ヴァーノンは食料庫漁りを始めた。持ってきたのは、師匠謹製謎ソースの作り置きだった。

「これのどれか、または何個かを入れると良いと思います」

 そう言って、次は皿と匙を数本持ってきて、味見を始めた。師匠ソースは、材料が被っている物が多数ある。見た目と匂いだけでは、どれが何ソースなのか、常用しているパドマもわからない。それをヴァーノンは、味見しながら悩んでいた。

「多分、これかこれ。こっちでも使える」

 と、3つ選んで、残りは片付けてきた。

「さて、作りましょうか」


 食べる白ソースの作り方は簡単だ。用意した材料をざっくりと混ぜるだけである。ヴァーノンが目分量で投入しようとするのを、イレが計量させて、メモを取りながら作った。

 ベースは、みじん切りしたものを全部とゆで卵の黄身と白ソースと漬け物の漬け汁と塩と胡椒を混ぜた物だ。

「ええっ。砂糖は? レモン汁は? お兄さんが習ったレシピでは、絶対に入れるんだよ」

「季節が合わねば入れられない面倒な物は入れてないと思いますし、パドマの好みなら断然、こちらです。甘味と酸味を足すだけなら、漬け汁でも入れときゃいいだろう、という心の声も聞こえます」

 イレの作ったソースを主軸として作っているのに、イレとヴァーノンの主張は違うようだ。パドマも砂糖を投入していたので、漬け汁って! と思ったが、心の声まで語られてしまえば、そうだね、あの人はそういう物臭をしそう、としか思えなかった。

「あまり沢山入れたくないのですが!」

 と、ヴァーノンは、とても嫌そうな顔をして白ソースと胡椒を投入していた。

 その後、3等分して、師匠ソースを混ぜる。入れた量が少しだったため、混ぜ終わった後も何も変わった気がしないが、できあがりと言われたら、後は食べるしかない。


「いただきまーす」

 今日のパドマの最重要任務である味見係の出番だ。イレの舌ほど当てにならないものはない気がするし、最悪、師匠と同じでなくても、パドマが気に入れば、それでいいのだ。

「すご!」

「どうしたの?」

「これが、当たり」

 適当に取った真ん中のソースが、師匠の食べる白ソースに大分近かった。材料の比率を調整すれば、まったく同じ物になりそうだった。

 折角だから、他の2つのソースも食べてみると、右のソースの方が美味しかった。

「お兄ちゃん、こっち。真ん中が当たりだけど、こっちの方がいい」

「パドマ、本当に? 嘘だよね。全部、同じ味じゃない? あんな味見一回で作れる訳ないよね」

 イレは、とても怒っていた。正解を食べても違いがわからないという舌の持ち主では、理解できないのは仕方がないが、パドマからしてみれば、イレの方が大概だ。どっちが美味しいかはその人の好み次第だろうが、絶対に同じ味ではない。

「そうだね。それは同意したいけど、うちのお兄ちゃんは、スーパーイケメンだから、いつでも大体こんな感じだよ?

 これで、お兄ちゃんに頼めば、食べる白ソースはいつでも作ってもらえるねー」

 パドマは、唄う黄熊亭のあの料理にかけたら美味しいかな、と皮算用を始めたが、ヴァーノンがあまり沢山入れたくないと発言した意図を理解していない。油を大量に摂取する白ソースは、チーズと同じように管理されるし、金銭的な問題で胡椒も控えめにせざるを得ない。

「まだだ。これが作れなければ、作れるとは言えない」

 ヴァーノンは、師匠の謎ソースと漬け物を持って言った。


 次は、師匠の謎ソース作りをする。

 お土産とともに仕入れてきた品をヴァーノンは、片っ端からガリガリとすりおろし始めた。すりおろす食材は、りんご、玉ねぎ、にんじん、にんにく、生姜である。

 イレは、ヴァーノンに頼まれて、釜戸に火を入れ、お湯を沸かした。次に、大量にあるスパイスと唐辛子をすり潰していく。

「季節ハズレの食材を、どこで手に入れてきたの?」

「紅蓮華に行けば、大体手に入ります。この近辺では時期ハズレでも、別の地域では作っているところもあるそうです。イレさんでも、金を積めば買えるのでは?」

「それをお兄ちゃんは、どうやってもらってきたの?」

「パドマを懐柔する研究をする、と言った。あちらに、出さない選択肢はないな。買えない値段でもないんだが」

「作れるようになったら、ウチは売られちゃうのか」

「こんなに金を積む価値があればな。だが、皆が作れるようになれば、これに大した価値はない」

「そうだよ。紅蓮華なんて大金貨で殴り飛ばして、お兄さんが作ってあげるし!」

「ああ、うん。そうだね」

 料理において、最も大切な能力を欠くイレに言われても、微妙だった。計量通り作れば作れるのだろうが、どう考えても料理上手とは言いたくない。

 イレがトマトの湯むきを終えたら、パドマはカラメル作りを始めた。包帯まみれでも、木べらくらいは持てる。ザリザリと混ぜ続けて、いい頃合いになったら、ヴァーノンとイレがすったものと、セロリと砂糖と塩と酢と水を投入し、後は沸騰しないように煮るだけだと言う。

 すっかりオヤツを食べ尽くしてしまったパドマは、お昼の買い出しに行こうと外に出たら、まだアグロヴァルがいたので、護衛にお使いを頼んで、家の中に戻った。


「まだ金髪の子がいた。なんなんだろう」

 戻ってきたパドマは、ふてくされた顔でイスに座った。

「なんなんだろうかー。ちょっと見ただけで、あの子の正体も目的も丸わかりなのに、パドマ兄の教育方針は、どうなってるの?」

 イレは呆れた顔で、いつだったか聞いてみたいと思った気がする問題について、切り込んでみた。

「あんなノイズをパドマが気にかける必要はありません。パドマはこう見えて繊細なので、気に病みます。知らないままでいるのが、ベストです」

 ヴァーノンは、不機嫌面で答えた。パドマに集る虫は、常々大量発生しているので、本当に鬱陶しいと思っている。

「そうなんだ。そういう言われ方しちゃうと、それがいいような気がしちゃうけど、それじゃあ自衛ができないよね」

「守ります」

「お兄ちゃんが張り付いてると、お兄ちゃんの邪魔になってるって、すごい気にするんだよ。一緒にいないと、寂しくて泣いちゃうしさ。そういう面倒臭いところ、気付いてる?」

「泣いてなんてないし! 適当なこと言うのやめてくれないかな!!」

 そんなことを言った心当たりはあるものの、ヴァーノンに言う気はなかったパドマは、怒ってイレを止めにかかった。

「ごめんね。パドマがいない時に、パドマ兄に会う機会なんてないからさ。仕事中に邪魔するよりいいよね」

「それはそうかもしれないけど、でも事実と違うから!」

「そうは言うけど、パドマはパドマ兄のことが大好きじゃない?」

「うん」

 ぷりぷりと怒っていたパドマが、急に笑顔になった。あまりの豹変ぶりに、ヴァーノンは驚いた。

「一緒にいると嬉しいし、離れてると寂しいよね」

「うん」

 風邪をひいた時のことを思い出し、パドマの声は少し沈んだ。

「パドマの仕事は探索者で、パドマ兄の仕事は店の跡取りだから、一緒にいられない時間もあるけど、我慢してるんだよね」

「うん」

 パドマの目が、気持ち潤み始めた。

「パドマ兄が、とっとと結婚して幸せ家族を築いてくれたらいいな、って思うけど、そうなったら相手にしてもらえなくなりそうで、心配だよね」

「、、、うん」

 目で見てわかるほどに、パドマは震え始めた。

「師匠にデレデレしてるお兄ちゃんなんて、見たくなかったもんね」

「うん」

 耐えきれなくなったようだ。とうとうパドマはヴァーノンに貼り付いて、静かに涙をこぼし始めた。

「何の問答ですか? 妹を泣かすのは、やめてください」

 ヴァーノンは、オロオロしながら、パドマの頭をなではじめた。

「この場合は、パドマを泣かせてるのはお兄さんじゃなくて、パドマ兄だと思う。もう諦めて、パドマの気持ちを汲んで、パドマと結婚しちゃいなよ」

「パドマは妹です! 何より大切だから、結婚はできないんです。何を企んでいるんですか!」

「赤い顔して、何を言ってるやら〜。パドマが師匠と結婚してくれたら、縁が切れずに餌付けができるなー、と思ってたんだけどさ。フラれる師匠を見るのが愉快で仕方ないから、パドマ兄と結婚して現状維持でもいいかなぁ、って思ったんだ。マスターたちも、それを望んでいるのに、恩人の意向を無視するなんて、やーだなぁ」

 イレは、カップルをからかう年長者の気分だから、ニヤニヤと話している。

「お兄ちゃん、耳をふさいで。ウチはお兄ちゃんの奥さんになりたいなんて、思ってない。ずっとずっと妹でいたいの」

「お兄ちゃんは、絶対にウチを奥さんにはしてくれない」

「うるさい、黙れ!」

 イレがからかい倒すから、若い2人は、どちらも顔が真っ赤だった。ちょっと押せばどうにでもなりそうなのに、師匠を含め、面倒臭い子たちだった。

「パドマ。俺は誰と結婚しても、一番はお前だ。安心して欲しい」

「何それ、全然安心できないよ? 奥さんに超失礼じゃん。マッハでフラれるよ」


 ヴァーノンの兄バカ発言に、びっくりしすぎて涙が引っ込んで落ち着くと、ノッカーの音が聞こえた。イレが出ると、パドマの護衛に荷物を渡された。中に入って開封してみると、チーズクリームスープと、チーズ入りポテトサラダと、タリアータチーズソースがけと、キャベツとチーズのホットサンドと、チーズケーキが入っていた。

 ヴァーノンに怒られそうなラインナップに、あいつめ! と腹を立てながら、こんなの頼んでないのに、とパドマは必死で言い訳をこねた。



 追伸。イレはパドマ好みの食べる白ソースを作れるようになったが、特に何も変わらなかった。そりゃそうだよね、とパドマが言った。

次回、師匠復活。

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