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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
193/463

193.カッコイイ人と可愛い人

 パットは、泣いていた。ギッとシャコを睨み付けて、泣いていた。パドマをペイッと放ると、折れた剣先を拾い、口を歪めさせる。笑っているようにも見えた。だが、一瞬のことだったので、パドマには判断がつかなかった。

 パットは跳んだ。シャコに向けて弓矢のように跳んで、折れた剣でシャコの首を刈った。すべてのシャコの首を落とすまでに、3拍もかからなかったと思う。作業を終えたら、剣先を投げて壁に刺していた。その時の瞳は、緑色に光っていた。橙色のモヤは背後に出現しているし、人外の恐怖を感じたので、パドマはこそこそと逃げた。が、次の瞬間、捕らえられていた。

 パットは左手にパドマ、右手にヤマイタチを抱えて、上階に向けて走り出していた。パドマは、自分もおかしなモヤに包まれる不快な状況に助けを求めようとして、

「助けて、おむぐっ」

 パットに口封じをされた。



 しばらくしたら、変なモヤモヤはなりをひそめ、元通りのパットに戻ったのだが、それはそれでパドマにとっては恐怖の時間だった。いつものパットと言えば、甘やかな微笑みを浮かべ、甘やかされる時間の到来だ。パットは恋人だか夫婦気分でロクでもないことをしてくることがあるのだが、何をされようと、パドマは嫌がっても照れてもいけないのだ。なんでだよ、ふざけんな! と思うのだが、逆らうだけ無駄だ。パットは、力づくでやりたいことを達成してくる。パドマに拒否権はなかった。

 パットは、護衛を見つけても、アグロヴァルを見つけても足を止めることなく、唄う黄熊亭に入った。


 パドマが出かけてから、まだいくらも経っていない。昼も回っていない。店にはママさんしかいなかったが、パットはパドマを置いて帰って行った。『誘拐される。家から出るな』という蝋板をくれた意味がわからなかった。

 だが少しすると、シャコを担いだイレがやってきたので、パドマはパットのことを存在自体忘れ去った。

「ありがとう、イレさん。お昼一緒に食べようね」

「うん。ありがとう」


 マスターもヴァーノンもいないので、厨房を借りて調理をすることにした。シャコは足が早いからだ。

 もう既に、頭はなくなっている。尻尾とカラを外せば調理が進められるのに、パドマがどれだけ全力を注いでも、カラは切れなかった。刃を当てて、全体重を乗せてみても切れないし、助走をつけて全力斬りをブチ当てても斬れない。着込みを着てくるべきか、裏手からマサカリを担いで来るべきか、パドマは悩んだ、

「危ないよ。貸してごらん。そんなことをしてたら、シャコが切れる前に調理台が壊れるよ」

「ううう。お願いします。ウチは、エビも倒せないっぽい。腕輪を外せば殺れると思うけど、外すと味方も殺っちゃうんだ」

「それは、シャコなんてどうでもいいから、外さない方がいいと思うな」

「うん」

 イレに渡したら、普通に包丁でズバンと切ってくれた。すごい音はしたが、まな板は無事だった。腕力さえあればどうにかなるのか、とパドマはまた悔しい気持ちになった。腕立て伏せは、やらないのに。

 イレにカラを外してもらえば、後はパドマでもどうにかなる。鍋に入るサイズにカットした後、茹でていった。

 その横で、米を炒めていく。今日の昼ご飯は、シャコリゾットを作る予定である。もうヴァーノンには、金持ち非常識ごはんとは言わせない! リゾットには胡椒を振る予定だが、その方が美味しいのは、パドマの所為じゃない。


 マスターとヴァーノンが帰ってきたら、みんなで客席でごはんを食べることにした。パドマは、とても頑張って作った。メイン食材のシャコは、ダンジョンで拾ってきたものだし、調味料はイレが途中で家に帰って持って来てくれたものだ。店の食材も勝手に使ったが、原価はほぼかかっていない。パドマだって、やればできるのだ。さぁ褒めろ! とヴァーノンを見たら、ヴァーノンはマスターに謝っていた。マスターは、「パドマの手料理を食べれるなんて、幸せだね」と言いながら、頬を引き攣らせているようだった。予定と違った。何故か、イレまで謝っている。

「まあまあ、いいじゃない。娘ができるって、きっとこういうことなのよ。パドマが作ってくれたんだもの。温かいうちに食べましょう。嫌なら出て行けばいいわ。わたし1人で、パドマと仲良く食べるから」

 とママさんが言ったので、やっとみんなが席についた。


 パドマが用意したのは、リゾットと、ペスカトーレ、アヒージョ、ガルガネッリ、酢の物、ガーリック炒め、唐揚げ、フライ、天ぷら、うま煮、スープだ。自分の好みだけでなく、皆の好みも反映させて作ったのである。だから、褒められる気満々でいた。パドマは、イレが持ってきたシャコの1匹だけお昼ごはんに変身させて、残りはマスターにあげようと思ったのだ。だが、1匹が大きすぎた。一品を山盛り作ってみても、品数を増やしてみても、結局、1匹を使いきれず、こういう食卓になったのだ。他にも作る当てはなくもなかったが、食べ切れないなと思い、断念した。特に、揚げ物を増やしても、マスターは食べてくれない。嫌いじゃないけど、身体が受け付けないのを知っているのに食べさせるとか、申し訳ない。無理に食べさせて、胸焼けを起こされたら、可哀想である。その上、作り過ぎると、ヴァーノンに叱られる。

「いただきまーす」

 散々味見をした後なので、何を食べてもこれといった驚きはない。パドマはエビのつもりで食べたのに、シャコは少しもプリプリしていなかった。ふわふわとしてもろい身は、小さくカットするとより脆くなって調理に苦労したが、食感は悪くない。旨味は強いのだが、あっさりとした上品な味で、いろいろ作ってみたものの、最終的に、パドマは塩茹でばかりを食べていた。シンプルイズベスト。マスターや師匠なら違うかもしれないが、パドマ程度の腕なら、余計なことをしない方が美味しい。悲しい現実だが、パドマは味音痴ではないので、それに気付いてしまう。

「パドマ、味見お願いします」

「ああ、うん」

 パドマが、丼10杯分くらいの塩茹でと格闘していると、イレが、厨房の隅で作っていた食べる白ソース(タルタルソース)を差し出してきたので、受け取った。イレが途中で家に帰った原因だ。これの材料の漬け物その他を取ってくると言うので、ついでに胡椒その他を頼んだのである。

「イレさん、それは?」

 ヴァーノンは、目敏くツッコミを入れた。断りもなく俺の妹に声かけてんじゃねぇよ、という顔に変わっていることを、マスターとママさんは、温かい目で見守っていた。

「パドマの大好物。これを師匠と同じ味で作れるようになったら、近寄っても泣かないでいられるって聞いたから、挑戦してるんだ」

「師匠さんの代わりになるのですか?」

「それは、いくらなんでも無理でしょう。一緒にごはん食べてるだけでも、震えてる時があるんだよ。見てて、可哀想だからさ。ちょっとでも改善されたら、いいかと思って。パドマの餌付けは、お兄さんのライフワークだからね。

 あ、パドマとふたりきりで食事したい、とかじゃないからね。師匠が一緒でも、パドマ兄が一緒でも、護衛のみんなが一緒でもいいんだけど、パドマがいないと、誰も一緒にごはんを食べてくれないんだ」

「ああ、いえ、別に、そういう勘繰りでは」

 あったのだが、ヴァーノンは、言葉をにごした。パドマが、以前、寂し過ぎる生活に泣ける、と泣いていたのを思い出したからだ。師匠とセット販売なので、つい厳しく見てしまったが、こっちの片割れは、気のいいごはんおじさんだったと思い直した。

「で、パドマ、どうかな?」

「なんか違う。材料は同じだと思うのに、なんでかな?」

「師匠は、お兄さんには作ってくれないから、目指すべき味が、わからないんだよね。作ってるところは、割と最近見たんだよ。混ぜ方が違うのかな?」

「イレさんは、すぐ誤魔化されるから、大事なところは見せてもらえてないかもよ」

「そうだねぇ。その可能性はあるかな」

「お兄ちゃんは、何だかわかる?」

 パドマは、食べる白ソースの皿をヴァーノンの前に置いた。ヴァーノンは、困った顔で受け取った。

「失敗作を食べて正解を当てるのは、難しくないか?」

 そう言いながら、ヴァーノンは一口食べた。

「ああ。なるほど。これは大変そうだ」

「え? わかるの?」

「嘘だ! パドマ兄は、どうなってるの?」

 テイスティングしながら、ニヤリと笑うヴァーノンに、パドマとイレは驚愕した。

「師匠さんと同じかはわかりませんが、パドマ好みに改造することは可能です。明日、食糧庫の中身をお借りできますか」

「いいよ。でも、見学させてね」

 食後、パドマはイレと買出しに行って、昼食で使った食材を返却した。「買い出しから帰ってきたところで、使う予定の食材がなくなってたら、困るよね」と、イレに指摘され、ヴァーノンが何を謝っていたのか、やっとパドマも理解した。高価なものじゃなくても、今から仕込みに使う予定のものがなくなっていたら、困る。当然の話だった。



 師匠は、夕飯にも現れなかった。朝の待ち合わせにもいなかった。アグロヴァルは、またいたが。

「あれは、何だ?」

 イレの家に行こうと、パドマと一緒に出て来たヴァーノンの目が吊り上がった。

「んー、よくわからない。白蓮華にいた子なんだけど、パット様に懐いたみたいなんだよ。なんだろうね」

「何故、パット様が出てきた」

「えー? あの人の意味不明さまで、フォローしきれないよ。急に、変身したんだよ。あの子を見て。ああ、赤い顔で声をかけてきたから、男になったのかな」

「絶対に違う。男に追いかけられるのは、今更だろう」

「じゃあ、本人に聞いてきてよ」

 2人にしか聞き取れない念話のような小声で応酬していたら、噂のアグロヴァルが寄ってきた。

「おはようございます。今日は、パット様はいらっしゃらないのでしょうか」

「そうだね。毎日一緒には、いないからね」

 返事はしたが、護衛に囲まれた上に、真ん前にヴァーノンが立ったので、パドマからアグロヴァルは見えなくなった。折れてしまったので剣は持っていないが、毒まみれ剣鉈はあるし、どこかの歪んだ人のおかげで全身護身具まみれだから、特に問題ないと思うのに。

「どちら様ですか? パドマ様は、パット様の物なんですよ。近寄らないで下さい」

「パドマは俺のだ。誰にもやらん」

 ヴァーノンは、おとなげなくアグロヴァルを睨みつけた。

「何をバカなことを。現実を見たらいい。貴方では相手にならない。パット様に勝てることなど何もないでしょう」

 自分のことでもないのに、次々とアグロヴァルは、パットの方が秀でている部分をあげていった。顔の良さ、資金力、優しさ、足の速さ。切れ間なく、褒め言葉が紡がれていったが、終了する前に、パドマがブチ切れた。

「ふざけんな。お兄ちゃんは、世界一カッコイイスーパーイケメンなんだよ。パット様なんかに負けないよ。目が腐ってるんじゃないの?」

 パドマは、本家ヴァーノンをしのぐ勢いで目を吊り上げて、瞳孔を完全に開かせて、ヴァーノンの後ろから出てきた。ナサニエルくらい厳つければ怯えるが、アグロヴァルは年下の上、優男系である。普段なら、そんな男にも怯えているが、兄愛の前に吹き飛んでしまった。ゆらゆらと赤いモヤを発生させていることに、ヴァーノンと護衛は驚いた。

「え? お兄ちゃん? あ、全然似てないと噂のお兄様でしたか。申し訳御座いません。パドマ様のお兄様は、素晴らしい人材だと聞いております。人間違えを致しました。本当に申し訳御座いません」

 アグロヴァルが即座に謝罪したので、パドマの目の色はパッと元通りに戻った。

「なんだ。間違えちゃっただけか。そうだよね。こんなカッコイイ人、お兄ちゃんくらいしかいないしね」

 パドマは、ヴァーノンの腕にしがみ付いた。

「ですが、パット様はパドマ様の夫だと聞いております。それも間違いですか? そうであるなら、立候補したいのですが」

 アグロヴァルがあざとく小首を傾げたのを見て、パドマは慌てた。

「いや、ダメ。ウチは人妻で、隠し子がいる疑惑まであるから。ええっと、パット様はね、これっぽっちも格好良くないんだけどさ。そう! 可愛いの。かなり年上なんだけど、ヘタな女の子より可愛いよね?」

 パドマは、必死にパットのいいところをひねりだしたが、顔は真っ赤になっている。それを見たヴァーノンはパットを殺そうと思ったし、護衛たちはアグロヴァルを行方不明者にしようと思った。

「可愛いのが好みであれば、年下でも望みはありますか?」

 パドマの脳裏に、ルーファスが浮かんだ。パドマの友だちになるためには、女装を厭わないバラキチガイである。パドマを見ていると、新作バラのアイデアが浮かぶからという、理解不能な理由で近付いてくるのだ。二心なく、本当にバラのことしか考えていない。そういうところは、ある意味で一緒にいても居心地が良かったが、それはそれで、カーティスも持て余す変態だった。

 パドマがカーティス宅に潜伏していた時、本当にルーファスは女装して出てきたのだが、あまりの美女ぶりにルーファスだと気付かず、知らぬ間に友だちになってしまった。師匠だけでお腹いっぱいだと思っていたのに。そんな枠は、本当にもういらないのに。ルーファスは、パドマが知り合う前から変態だったと思うが、こんな若い子まで混ぜてはいけない。パドマは、またキレた。

「可愛いのは、あの人だけでいいの! 他は、もう本当にいらないから!!」

イレの家に辿り着かなかった。

次回は、イレの家でソース作りをします。

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