19.ヘアリーブッシュバイパー
「なぁ、ヘアリーブッシュバイパーって、知ってるか?」
酒場の手伝いをお終いにして、部屋に帰って来たところで、パドマはヴァーノンに捕まった。
「ダンジョンにいるのは知っているけど、ダンジョンの外にいるのは知らない」
ここ最近は、師匠と2人でヘビやヘビもどきを斬って捨てる生活をしていた。その中に、ブッシュバイパーもいた。やたらとウロコがトゲトゲしたヘビで、見慣れた今では可愛いなと思えるくらいなのに、容赦なく斬り倒していた。見た目は良くても、毒を持っているし、無駄に巨大化されているので、呑気に鑑賞できるのも、階段上だけである。どれがヘアリーだとか気にしていないが、一昨日辺りに見たと思う。
「ダンジョンの中にいるヤツでいい。なんとか手に入れてくれないか?」
腕をつかんで食いついてきた兄の熱量に、知らないと答えれば良かったと、パドマは後悔した。
「なんで、今頃言うのかな。ウチじゃ無理だよ。師匠さんか、イレさんに頼めば良かったのに。今から酒場に行って来なよ。きっと、まだいるよ」
「あの2人に頼めるものなら、頼んでいる。無理だろう」
「そうだろうねぇ。ウチが頼んだところで、一緒だよ」
師匠は、そもそも人の話を聞かないし、イレは、ヴァーノンの後ろにいる、本当の依頼主を毛嫌いしている。多少色をつけてお金を積んだくらいでは、引き受けることはないだろう。2人とも、お金に困っている様子はない。
「だから、他の伝手を探している。どうにかならないか?」
「ウチには、無理だよ。あんな重たい物持てないし」
「重たい? まさか、お前も倒せるのか?」
「あ」
慌てて口をふさいだが、もう遅い。安全第一でダンジョンに行くという約束をしていたのを、すっかり忘れていた。最近は、はっちゃけて、危ない上に一銭にもならない狩りばかりしていたのを、自ら暴露してしまうなんて、阿呆すぎる。
「いや、慣れたら、案外なんとかなるものでね。師匠さんがいれば、ダンジョン制覇もできそうとかなんとかいうヤツで、ウチの実力じゃないよ? ダンジョンの生き物って、大体全部サイズがおかしいから、気軽に持って帰れるのは、師匠さんくらいだし。師匠さんに頼むのが1番なのは、間違いないよ」
おほほほほ、と笑って誤魔化してみたが、誤魔化し切れた手ごたえはなかった。事実、パドマは危ない特攻をしているだけで、何度か師匠に助けられているのが、今の実力だ。たまたま狩ったヘビというならまだしも、ヘビの種類まで指定された狩りができるほど習熟してはいないし、お願いや誘導ができるほど、師匠を自在に動かせない。何より、倒したところで持ち上げられないし、あんな物を持ったまま入り口まで狩りを続けられるのは、師匠くらいなものだと思う。ちょっとした努力では到達できない壁がある。
「荷運びの人足を手配したら、どうにかなるか?」
「荷運びの人足が、ブッシュバイパーと戦える実力があるならね。連れて来られても、ウチじゃ護衛も務まらないよ。死体の回収もできないけどいいかな? ってくらいだよ。ヘビは、虫なんか目じゃないほど、大変なことになってるから。イギーなんて連れてきたら、一瞬で消えていなくなると思う。師匠さんが助けてくれるか、わかんないし」
「お前、そんな危ないところに行くのは、ルール違反じゃないか?」
約束を破っていることに、ようやく気付いたようだ。だが、約束を守らないことにかけては、ヴァーノンの方が上手だ。責められる謂れはない。
「師匠さんを止めてくれるなら、行かないよ。泣いて嫌がっても、やめてくれないんだけど、お兄ちゃんが止めてくれるのかな?」
「無理だな」
「そうなんだよ。諦めて」
もう話は終わったと思っていたのに、ダンジョンセンター前に、鎧を着た少年が2人立っていた。
「せめて、お兄ちゃんだけ様子見についてくる、とかにして欲しかったな」
「師匠さんを止められないお前なら、わかってくれると信じている」
ヴァーノンは、パドマの反対を見て言った。相変わらず、立場が弱いらしい。
「もう商家を辞めて、イレさんの嫁になってしまえばいいのに」
「それは、最終手段にしたい」
ヒゲ面オヤジに嫁ぐことすら、手段のひとつと捨て切れないらしい兄は捨て置いて、パドマは少年たちの前に出ると、挨拶も省略して上から目線で言い切った。
「ついてくるなとは言わないけど、多分、ついてくると死ぬから。ダンゴムシにやられる人なんて、話にならないからね。もう助けないよ。命の責任は、自分でとって」
いつもの通り、露払いは師匠がしてくれる。視認する頃には終了しているので、手助けする隙もない。後ろからついてくるだけなら、誰でもできる。パドマと、口を開けっ放しの3人は、大人しく後ろをついて行った。
「素材の回収は、しなくていいのか?」
「ヘビ1匹でも持って帰れるかどうかって大物なのに、そんなの持ってても邪魔でしょう。欲しければ、帰りに拾えばいい」
「そうだな」
少年たちにとっても、虫は小遣い稼ぎにしかならない。そのまま通り過ぎることになった。
10階層まで着いたら、パドマも狩りに参加する。師匠は、1度に10本ほどナイフを投げては、全弾命中、即時回収で即投を繰り返しているので、助けはいらないのだが、パドマの練習用に1匹2匹は残してくれる。9階層までは人もチラホラいるので、外すと危ないから遠慮をしていたが、10階以降は、滅多に人に会わないので、自由にできる。実力がない者は、虫しか相手にしないし、実力がある者も巨大爬虫類は持ち帰りの素材に向かないため、通過するだけの人気のないフロアである。火蜥蜴は、単純に熱いために嫌われている。故に、長居する人はいない。
「棒手裏剣は、どうしたんだ?」
「家にあるよ。師匠さんに、糸付けてもらったから、ナイフにしただけで。このナイフ、投げナイフ用のナイフじゃないんだけど、最近、投げる専用品になってるよ」
「そうか。随分当たるようになったな」
「師匠さんが、達人だからね」
「あれを目指してるのか?」
「無理でしょう」
「そうだな」
11階層までつくと、巨大ヘビもどきゾーンに突入する。パドマは、ナイフをしまい、剣を抜いた。師匠も、両手袖から幅広の短剣を生やしている。
「自分で自分の身を守ること。死んでもウチの所為じゃない。呑気に、こんなところまでついてきた判断力を呪え」
そう言い残して、1歩前に踏み出した。
ここからは、師匠とパドマの共闘になる。パドマに1番近い位置にいる個体がパドマの取り分で、師匠と同じだけ倒すのが目標になる。師匠は、何が出てきても一呼吸で倒してしまうので、なかなか追いつくのは難しい。失敗するとフォローが入るので、完全な対等ではないが、少年たちの目には、同じ実力に写るらしかった。
「ヴァーノン、あれは、どうなっている?」
「逆らうと簡単に殺される、ということでは?」
「さっき、『置き去りにしたら、事故を装える』と呟いてましたよ」
「マジか! 遅れず、ついて行くぞ。あ、もう隣に!」
「置いて行くな!」
帰りに確実に通るだろう階段で待つ選択をせずに、少年たちは、パドマを追って、走りだした。
通路は一本道ではない。別の分岐から敵が進んでくれば、危険が伴うことに気付く者はおらず、置き去りにされる恐怖だけが体を動かした。
とうとう今日の目標であった16階層に到着した。パドマは、まだ次の階層に行く実力がないため、これ以上深層には潜れない。16階層は、兄たちが求めるブッシュバイパーがいるフロアである。
「呆れたー。本当に、こんなところまで、ついてくるなんて」
ただついてきただけの少年たちは、無傷である。体力的にも、戦い進んできたパドマよりも消耗していないだろうに、汗だくで息も荒く、涙まで浮かべている有様だった。そんなに嫌ならば、階段のところで待つ選択肢もあったのに。
「置いて行かれてたまるか!」
「本当に、変な根性だけあるな。行きは失敗したけど、帰りに事故にあえばいいのに。でも、良かったね。一部屋目にヘアリーがいたよ。倒してあげよう」
部屋には、ヘアリーブッシュバイパーの他に、ブッシュバイパーが2匹いる。金と黒のヘビだ。
「ヘビ界の師匠さんみたいな可愛いヘビだよね」
と言いながら、剣を向ける。毎日ヘビ型生物と戦い続けて、殺すことに慣れてしまった。ヘビは、ミミズと違い目が見えないということもない。振動だけのフェイントなんて、きかない。できたら、背後に回って素早く首を掻き切りたいところだが、ブッシュバイパーだけは、それをしたくない。
最初にやった時は、しつこいほどに師匠に怒られた。頭を優しくペシペシとはたくだけなので、わかりにくいが、いつまでも許してくれなかった。とんでもなく怒っていたのだろうと思う。
だけど、キレイにヘビを仕留める技能を身に付けたいのだと、熱く語って、許してもらえることになった。師匠は、人の話を聞いてくれない人だが、男のロマン的な無駄なことには理解を示してくれる人だと知った。しくじりそうになると、容赦のない蹴りが飛んでくるので、それを知った上で挑戦するのはどうかしているな、と思う。だけど、今日は贈答用のヘビなのだ。気遣いを入れてもいいだろう。
パドマは、真正面からヘビに向かって走る。威嚇どころか、噛みつきにきたものを更に内側に入ってから、ノドの下に剣を刺す。刺してから、皮の内側だけで首を切った。勢いだけでは切れない。特別の切れ味を持っている気がする師匠の剣でも成功率は、決して高くない。勢いが良すぎて、外側まではみ出して、丸ごと切り落としたこともあった。だけど、今回は成功した。即死しない可能性も加味して、すぐに階段に引き返した。
残りの2匹は、既に師匠の手で輪切りになっていた。
「お前、あれも倒せるのか」
「まだまだ完璧には程遠いから、師匠さんがいてこそだけどね」
「じゃあ、あれを持って、帰ろうか」
立ち上がる少年3人を、パドマが止めた。
「誰があげるって言ったかな?」
「は? 何のためについてきたと思ってるんだよ!」
「見学? 勝手についてきただけだよね」
今日のために借りてきたイレのヤマイタチを並べて、無傷のように見えるヘアリーブッシュバイパーを上に乗せた。1体では無理だが、たくさん揃えたことで、ヤマイタチだけで運べることを確認して、ヘビとヤマイタチを縛って固定した。
「師匠さーん、この人たちがミミズ運びがしたいんだって。今日は、もう帰ろうよ」
師匠の顔が、キラキラと輝き出したのを確認して、パドマは少年たちに振り返る。
「ミミズ持ってる間だけは、護衛してもらえるよ。頑張ってー」
パドマの顔も、晴れやかだった。
次回、商談。ピンクの人は、奇跡の能力を発揮する。