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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
189/463

189.師匠と兄

 羊を食べた後、サソリ狩りをして、護衛と別れて、パドマはヴァーノンとイレと一緒に走って帰った。大量に持って帰ってきたサソリを紅蓮華に置いてから、師匠のご機嫌取りついでに、お風呂を借りにイレの家に行った。ヴァーノンに反対されたが、パドマは師匠とケンカをしているつもりはない。師匠以外の人と一緒にいると殺してしまいそうで怖かったから、1人では何もできなくなってしまったから、しばらく師匠のお世話になって暮らしていたが、元通りに暮らせそうだと思ったから、ヴァーノンのところに戻って来ただけだ。嫁に行くのは断固拒否するが、縁を切る予定はない。だから、様子のおかしな師匠を見に行くだけである。

 師匠の家は宿屋なのに、何かあると、大抵イレの家にいる。彼女だからそんなものなのかもしれないが、宿屋を引き払って同居するのは拒むのが、謎だった。そう思いながら、イレ宅の玄関をくぐると客間に人の気配があった。パドマは、ヴァーノンに預けたブレスレットを返してもらって、右腕に付けた。師匠に手を振ったのは左手だったから、実は今日は右手に付けていた作戦である。

 気配も足音も殺さず、とことことこと客間の前まで歩いて行き、そーっとドアを開けて中を伺うと、部屋の中央に敷かれた布団から、金のふわふわがはみ出ているのが見える。師匠は寝ている気配はない。布団にもぐっているだけだろう。声もかけずに、またトコトコとパドマは近付いて行く。そーっと布団に手をかけたら、ヴァーノンに腕をつかまれた。

「それ以上は許さない。帰るぞ」

 ヴァーノンは、師匠に会いに行くのを反対した時と同じ、不機嫌を隠さずに顔に乗せていた。パドマの中では、ヴァーノンこそ師匠の顔が大好きなのだから、布団をめくることを反対する理由がわからなかった。

「なんで?」

「なんでだと? それは、男だぞ。近寄る時点でアウトだ。めくって何をするつもりだ」

「めくらないと、顔が見えないよね」

「引きずりこまれたら、どうする」

「師匠さんは、妖怪じゃなくて、妖精だと思うけどなぁ」

 100歩譲って妖怪だったとして、今はヴァーノンが一緒にいるから、何があっても守ってもらえるだろうと、パドマは好き勝手しているのだが、ヴァーノンは自分がいない時も、パドマはこんな風なのかと危機感を感じた。

「パドマ、水辺の妖精が、人を水の中に引きずりこむのは、鉄板だよ」

 イレは、ドアの枠にもたれて立っている。師匠に対する腹黒発言を聞いたばかりなので、誰を擁護して何を目的とした発言かはわからないが、呆れたような顔をしていた。

「そんなの今更じゃないの? 一緒にお風呂入っても、何もないよ。師匠さん、起きて。お兄ちゃんとイレさんが、変なことを言ってくるよ」

 ヴァーノンに左手をつかまれてしまったので、右手で布団をぱふぱふ叩くと、布団の中からサスマタが出てきて、パドマは、布団の中に引きずりこまれてしまった。どうなっているのかヴァーノンの拘束はハズれたので、パドマは布団から顔を出すと、師匠は先程パドマがいた位置に座って、ヴァーノンと睨み合いをしていた。どちらも目付きが凶悪で、怖くてたまらないので、パドマは四つ足のまま、そーっと部屋を抜け出して、風呂の水汲みを始めることにした。だが、こっそり動いても、気付かれずにはいられなかった。ヴァーノンと師匠とイレが後ろからついて来て、手伝ってくれたというか、パドマが持ったオケを取り上げた。パドマは水汲み風呂焚きは得意でもなければ好きでもないので、やってもらえるのは嬉しかったが、3人とも見てわかる不機嫌ぶりだった。言葉は何も発しないが、目が吊り上がり、瞳孔が開き、口が固く引結ばれている。ヒゲもじゃすぎて表情の伺えないイレすら、薄っすら見える目が怖すぎて、もう風呂なんてどうでもいいから、パドマは帰ろうかと思った。誰一人として、怒っている理由がわからないのである。さっき師匠とヴァーノンは睨み合っていたが、何故そこにイレまで参戦しているのか。師匠の援護に回ったようにも見えなかったし、収拾の付け方がわからなかった。もう怖くて居た堪れないので、水汲みが終わり風呂が沸く前から、風呂場にこもった。そこにパドマがいれば、誰も入って来ないからだ。

 ずっと浴槽に手を入れて、湯加減をみていたが、温もった時点で、「もういいよー」と、断った。返事はなかったので、誰が風呂焚きをしてるのかわからない。だが、師匠だったら、返事がないのはわかるので、気にしなかった。あのメンバーで、師匠が労働を買って出るとは、思えなかったが。

 もう風呂に入りたい気分ではないのだが、もったいない精神だけで入った。そして、この部屋から外に出たくはないのだが、のぼせる前には出なければならない。着替えは、上が薄桃色で下が赤紫だった。本当に、あの人はピンクが好きだなぁ、と袖を通してダイニングに出た。

 もう不機嫌時間は終了したらしく、酒盛りをするイレとヴァーノンと、料理出しをするフリフリエプロンの師匠がいた。なんだ、良かった、ケンカが終わってるとパドマがヴァーノンの横に座ったら、ヴァーノンがイスから落ちた。そして、そのままイレの後ろに隠れた。ヴァーノンは、いつも通りの顔だが、耳が少し赤い。イレは、酒の所為ではないと見ていた。パドマは、とことん嫌われているだけでなく、ヴァーノンをイレに取られてしまったことが、ショックだった。パドマは、ヴァーノンの席に置かれていた巨大ダンゴムシの姿唐揚げをガブガブとかじった。師匠は、なんでこんなものを作ってしまったのだろうか。大きすぎて食べにくい上、外側しか味が付いていなかった。素の味も食べれないことはないが、ニンニクの効いた師匠味の方が美味しいのに。その上、風呂上がりだと言うのに、手と口周りがもう油まみれになってしまった。口周りは師匠が拭ってくれたが、手は自分で洗いに行った。手も拭ってもらえたが、気持ち悪いままだったのだ。


 パドマと師匠の様子を眺めつつ、2人に聞こえないように、イレとヴァーノンは、こそこそ話していた。

「彼女とか奥さんって言うより、拾ってきた子猫みたいじゃない?」

「パドマが物臭なだけで、師匠さんが何を考えているかは、わかりません」

「師匠は、パドマにべた惚れでしょう。あんなに甲斐甲斐しく世話をしてるんだから。うちの師匠も、なかなかの物臭なんだよ。ちょっと可愛い子がいたって、普段はガン無視だから。それなのにさ。あの腕の飾り見たよね。あれはもう確定だよ」

「認めません。絶対に渡しません」

「なんで? 可愛い子が生まれるよ。師匠は、パドマのおねだりは何でも聞くだろうから、たまには帰ってくるだろうし、なんならお兄ちゃんも、一緒に住めるかもしれないのに?」

「パドマは、師匠さんだけは嫌だと言っています」

「それって、大好きってことじゃないの? 心配しなくても、師匠は気に入った子にだけは異常なほど優しいから、一緒に置いといてもパドマは大丈夫だと思うよ。今となっては、パドマ兄の方が危ないんじゃないの?」

「危なくなんてありません」

「それが本当なら、頑張って」

 男2人でコソコソ話している間に、パドマが手洗いから戻ってきて、師匠に甘やかされていた。イチゴ、キャラメル、ヨーグルト、みかんチーズのムースケーキを目の前にズラズラと並べ、パドマの関心を買った師匠は、ヴァーノンを見下すような目で見ている。パドマに気付かれるレベルのいがみ合いをやめた2人だが、気付かれないレベルのマウントの取り合いを続けているのだ。ヴァーノンは、元いた席に戻った。ヴァーノンの席にダンゴムシの姿揚げだのツノガエルの姿揚げだのが積まれているのは、ツマミを用意したのではなく、ヴァーノンへの嫌がらせだった。(後ほど、イレがおいしく食べました)

 パドマは、お行儀を気にせず、一口ずつケーキを食べた。何味だか、わからなかったからである。イチゴとみかんに関しては、実が乗っていたのでそうかな、と思ってはいたが、それにしても、みかんケーキもみかん味ではなかった。ヨーグルトは食べてわかったが、キャラメル味は初めて食べたので、何味なのか名前がわからない。だが、1番の衝撃は、イチゴケーキだった。パドマの嫌いな赤いソースがかかっていたのに、赤いソースの味が以前食べたものと違ったのである。不味いなんて言ってないし、いつもの顔で食べたつもりなのに、師匠にバレていたのだ。なんということだろう。そういう師匠の便利なところは、大好きだった。

「お兄ちゃん、これ、これ覚えて!」

 パドマは、許可なくヴァーノンの口にいちごムースを乗せたスプーンを差し込んだ。

「!?」

 唐突に、パドマが寄ってきたことに、ヴァーノンは動揺したが、スプーンの甘さに頭を切り替えることに成功した。浮ついてないで、ここは兄力を発揮しなければならない場面だと思ったのだ。

「覚えた? 作れそう?」

「いちごと砂糖。生クリームと砂糖。卵白と砂糖を混ぜたら、できるか? いや、まだ一味足りないな。いちごじゃない?」

 ヴァーノンは立ち上がり、食料庫に行き、人の家の食材を勝手に漁ると、ガシャガシャと卵白を泡だて始めた。

 パドマはヴァーノンに頼んだことも忘れ、師匠のケーキに舌鼓を打っていたのだが、丁度食べ終わったところで、ヴァーノンが黄色いお菓子を持ってきた。ヴァーノンは、パドマだけではなく、師匠とイレにも差し出した。

「イチゴが見つからなかったので、卵のケーキを作ってみました」

 というそれをパドマが食べてみると、師匠のムースよりも更にふわふわのカスタードムースケーキになっていた。秤も使わずに目分量で作っていた時点で、あまり期待をしていなかったのに、甘さもちょうど良くできていた。なんでも丸焼きにしてしまうヴァーノンの、まさかの才能だった。

 師匠も、イレも、食べて驚愕の表情を浮かべた。材料も作り方も教えていないのに、ぶっつけ本番で、急に似たような物として、変わり種を作ってくるなんて、完全コピーよりも更に難しいことだと思ったのだ。ヴァーノンがお菓子を作ったなんて話は聞いたこともないし、お菓子を食べるような生活もしていない。だから、何故作れたのか、疑問で仕方がなかった。

「パドマ兄、どうやって作り方を知ったの?」

「玉ねぎや、豆のムースは、作ったことがあります」

 イレの脳裏に、パドマのためなら急に小洒落た料理を作り始めるマスターの顔が浮かんだ。それにしてもとは思うが、多少は謎が解けた。師匠は、料理なら完全に勝てると驕っていたので、危機感を煽られた。

次回、2人のケンカ? にぶち切れる

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