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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
188/463

188.腹黒

 昨夜は、久しぶりに唄う黄熊亭のお手伝いに復帰したが、またヴァーノンは仕事をサボるらしい。ダンジョンに行こうと家を出たパドマについてきた。

 まぁいいか、と思って出ると、家の前にはイレがいた。珍しく師匠はいない。

「おはよう、パドマ」

「あ、おはよう、イレさん」

「今日は師匠は来ないから、あっちに行こう」

 イレは、海の方角を指差した。師匠がいないと行く海の店と言えば、あの高級海鮮レストランだろう。

「え? ダメだよ。あの店は、開店前だよ」

「大丈夫。朝営業を始めたんだって。パドマに来て欲しくて始めたんだろうから、たまには行ってあげないと、可哀想だよ」

「うわ。そうなの? なんか責任重大。イレさんがいないと行けないのに」

「連れて行ってくれるなら、いつでもついて行くよ」

 イレは笑って、もうそちらに歩き始めてしまった。ヴァーノンも異論はないのか、ついていく。

「何処だ?」

「師匠さんといると肉ばっかりだから、いない日にウェーイって、2人で魚を食べに行ってたの」

「そんなこと言ってないよね。こないだは、師匠も連れてったじゃない。意地悪はしてないよ」

「でもさ、今日はお兄ちゃんも一緒だよ。いいの?」

「パドマ兄は、師匠みたいな偏食じゃないから、平気でしょう。一緒に行こうよ。なんならペンギンのみんなも一緒に食べたらダメなのかな。食事は大勢の方が楽しいよね」

「やめて、イレさん。泣けてきちゃう」

 ひとりぼっちで、ホコリまみれでごはんを食べるイレの姿が脳裏に再生され、パドマは泣き出した。どうにもならずに、ヴァーノンを使って顔を隠してみたが、ヴァーノンが逃げようとしたのがショックで、更に泣いた。

「え? なんで?」

 楽しい話をしたつもりなのに、泣き出すなんて、パドマは難しすぎない? と、イレは困ってしまった。



 結局、パドマはイレとヴァーノンと3人で、海鮮レストランの2階テラス席についた。肌寒い季節なので、店内席を勧められたが、こちらの方が景色がいい。何度見ても、高級感に押し潰されるから、パドマは店内席に座りたくないのだ。カーティスの家の家具に比べたら、安いものだと思うが、落ち着かないから、嫌なのだ。


 舟盛り、ブダイの潮汁、あんこうの唐揚げ、ワタリガニのクリームパスタ、セミエビのグリル、トコブシの含め煮、ごっこ汁、キビナゴのフライ、、、。

 イレが暖簾をくぐった時点で、お任せ注文をしてしまったので、飲み物とともに、どんどん料理が運ばれた。パドマの趣味は、とうに店側に把握されている。イレやパドマがメニュー表を見るよりも、店に任せた方が早いのである。味の好みだけでなく、寒いから汁物多めで! などと、パドマなら特に気にしない配慮までされるのである。財布の心配がいらなければ、メニューを見る必要性を感じない。メニューを見てしまえば、そんな庶民料理載ってないじゃん! などということに気付いてしまうので、精神衛生上も、見ない方がいいのだ。客の趣味に気付いてしまえば、肉を仕入れる海鮮レストランである。突き詰めて店の配慮を拾ってしまえば、パドマはもう申し訳なさに敷居をくぐれなくなる。

 唯一、ヴァーノンだけが、飲み物は何にするか聞かれていた。ヴァーノンは、パドマと同じで、と答えた。何が出てくるか知らないが、イレと同じなら酒で、パドマと同じなら酒ではないのは確定だからだ。イレとパドマにはまったく似合わない、店の高級感に驚いているのかもしれない。常連というほど来てはいないのだが、パドマが有名人なのと、スタッフの優秀さがなせる技なのだ。武闘会優勝者がもう1人来た! と喜んでいる声をパドマは地獄耳で拾ったので、ヴァーノンの好みもすぐに把握されてしまうだろう。

「お兄ちゃんも、飲めばいいのに」

「しばらくは、酒を断つと決めている」

 ヴァーノンの視線は、イレの飲み物を追っている。無理しなくていいのになぁ、とパドマは思っているが、ヴァーノンはパドマを視界に入れないようにしているだけだった。

 化粧を落としたし、服も着替えて、いつもよりも地味めなパドマに戻ったのだが、まだ艶やかなパドマが脳裏から離れないのである。今日は、髪を結うのも苦行だった。リボンをつけることができなかった。


 今日は、師匠の目はないが、ヴァーノンがいるので、パドマは大人しくナイフとフォークで食べているのに、イレの視線を手元に感じる。ちゃんとしているつもりだが、お作法が何か間違っているのかもしれない。またケンカになってしまうかもしれない緊張感が走った。

「ごめんね。何か変かな」

 モヤモヤしていても解決しないので、パドマはもう直球で聞くことにした。

「え? ああ、その茶色の飾りを見てただけだよ。それ、師匠の独占力の現れでしょ。師匠が荒れてる理由を考えてたんだけど、もうわかっちゃったよ」

「え? 師匠さんが、荒れてるの? なんで?」

「パドマと結婚して大喜びしてたのに、あっという間にフラれちゃったんでしょ。ガチ恋でフラれちゃうなんて、ざまあみろって、ちょっとニヤニヤしちゃうよね」

 言葉通りイレは口元をニヤつかせていた。おじいちゃんは、世間の噂にまた騙されているようだ。師匠ともパドマとも付き合いがあるのに、なんで違うってわからないのかな、とパドマは不思議で仕方がない。

「いや、結婚なんてしてないし、ガチ恋もしてないし、ただ介護してもらってただけだけど。今度は誰に騙されてるの?」

「騙されてないよ。その腕輪だよ。それは師匠の、いや、聞いてないなら、お兄さんがバラしちゃダメか。とにかく、もう大変なヤツだから。くれただけで大変なのに、そんなにキラキラさせて7つも付けちゃうとか、聞いたこともない。人生最大級だよ。家族にも、婚約者にも、奥さんにもあげたことないのに、フラれるとか、いい気味だね。笑っちゃうね。今頃、うちの姉さんが大爆笑してるよ。ありがとう、パドマ。これできっと師匠も、お兄さんの気持ちがわかるようになるよね」

 イレは、上機嫌に酒をあけた。自分の分のおかわりだけでなく、護衛の皆への追加注文もした。今日の護衛が酒に強いかまでは、パドマは把握していないのだが、どうにかなるだろうと放置した。

「ええー。これだけは、外せないのに、そんないわくつきのものとか、困る」

「お姉さんは、一体どういう方なのですか?」

「お兄さんの1番上の姉はね、元々は師匠の婚約者だったんだよ。ちょっと性格に難がある人だから、嫌がる気持ちはわからないでもないんだけど、師匠はガン無視して、奥さんと結婚しちゃったんだ。奥さんはいい人だったし、それほど長生きしそうに見えなかったから、死んだ後に一緒になればいいやと思ってたんだろうね。虚勢をはってたけど、いざ奥さんが亡くなったら、師匠が後追いしちゃったから、その後の激ギレがまたひどくてね。そういえば、師匠生き返っちゃったけど、全然会いに来ないなぁ。気付かないとは、思えないのに。もし来ちゃったら、全力で逃げてね。師匠は気にせず、パドマを可愛がり続けると思うし、かと言って、お兄さんと師匠が2人がかりで撃退しても、あの人には負けるから」

「なんという迷惑な。婚約者同士で仲良くしていてくれれば安泰なのに」

「あー、うん、そうなんだけど、あの人は怖すぎるから、嫌がる師匠の気持ちはわかるんだよ。顔はキレイだけど、すぐに怒るし、怒らせると、半殺しにされるし、一緒にいるだけで常に死の恐怖なんだよ。あれは嫌だよー、、、あ、ごめん。怖がらせちゃったかな。大丈夫だよ。師匠の奥さんとは、仲良しだったから!」

 イレの姉の話を聞く前までは、唐揚げをもぐもぐと食べていたパドマは、はらはらと涙をこぼしていた。ヴァーノンは、深く深くため息をついてから、パドマを抱き寄せ、上腕をさすった。

「生きていれば、いろいろある。俺といることにしたなら、関係ないな」

「お兄ちゃんに嫌われちゃったら、どうしたらいいかな」

「絶対に嫌いにはならない。年齢的には妹だが、娘のように育ててきたのに、嫌うものか。絶対なんてこの世にはないが、それでもこれだけは絶対だ。信じていい」

「うん」

 今日は3人一緒の楽しいごはんになる予定だったのに、そのうちの2人がイチャイチャしだしたから、イレは静かに酒盛りを続けた。



 食後は、ダンジョンに出かけた。謎の力を封じて、初めてのダンジョンである。正直、どこからが謎の力なのか、さっぱりわからないので、パドマはデビューの日よりも緊張していた。もしかしたら、10階層辺りから、つまずく可能性すらあるのである。そんなことになってしまうなら、茶色の腕輪を取ることも検討したくなってしまう。

 パドマは、緊張感を持って剣を抜き、ニセハナマオウカマキリを蹴倒した。

「よし!」

 いつもと変わりなく倒せることを確認し、パドマは気を良くして、走り進んだ。最も心配していたのが、6階層のトリバガだった。ギリギリだったが、二刀流で完全制圧できた。火蜥蜴の火の粉を避けるのも問題なかったし、ミミズトカゲも普通に斬れた。困ったのは、18階層のアシナシイモリである。


 いつも通り目隠ししてみたが、いつも通りには、周囲が認識できなかったのである。これは大問題だった。正直、アシナシイモリは、少し見慣れてきている。あれはミミズではなくウインナーだ、と洗脳すればいける。百獣の夕星の皆が拾いまくっているから、そう沢山見かけることもない。だが、これ以降、全部目隠しなしはキツイ。中には見たくないからではなく、防護服で目隠ししている時もあるのに。

 とりあえず、練習をかねて18階層は目隠しして通り抜けてみたが、ヴァーノンにぶつかってしまった。バレたら面倒臭そうな相手である。冷や冷やした。


 ハジカミイオは、倒せても倒せなくても、どっちでもいい。次の障害は、28階層のカミツキガメである。ここでまた、信じられない気持ちになった。絶対にできないと思っていた、甲羅を飛び移りながらの宙返り斬りができたのである。目隠しよりも難易度が高いと思っていたのに、どういう基準なのかがわからなかった。


 オサガメと火蜥蜴を走り抜け、ペンギンとダチョウを斬り飛ばし、ヒクイドリはどうしようかな? と思ったものの、顔を隠すことなく、正面から突っ込んでいって、斬り伏せた。火を吹かれたが、見慣れた攻撃モーションがあったので、避けれた。


 36階層で、オモリを積むために着替えていたら、またイレに面倒臭いことを言われた。

「パドマ兄、妹がこんなところで人目も気にせず、着替えをしてるのはアリなの?」

「そうですね。ちょっと、検討の余地はありそうです」

 現に、着替えをしているパドマを見た護衛が、そわそわしている。イレとヴァーノンは、目をそらしていた。何も思うところがなければ、そらす必要などないのにだ。

 パドマは、危機感を煽られた。くそ重いオモリをずっと家から着っぱなしでダンジョンに行くなんて、大変すぎる。服の上から着て、脱ぐだけなのだ。肌は一切晒す余地のない着替えまで不可とか、何が問題なのかわからないのに。

「家からずっと着てなきゃいけないなら、体重増やしてやる!」

 パドマは悪態をついて、フロアに飛び出すと、サシバとハチグマを叩き斬った。オモリを着込むことも、特に問題は起きなかった。

 

 パドマの終了フラグが立った。40階層で打ち止めだ。40階層には、カンタロウがいる。青いミミズである。食べれないし売れないし、これっぽっちも減るあてのないミミズの楽園だった。目隠しなしでは、ここは超えられない。だって、ミミズっぽい何かではなく、ミミズなのだ。どうしたって、無理だ。

 今日限定なら、ヴァーノンに担いで越えてもらえるが、イレや護衛には頼めない。怖くて触れないし、触れば一層怖くなるのは体験済みだから、できない。

「今日だけは、連れて行ってやるから、そんな顔をするな。これを越えれたら、その先は行けるのか、俺も気になるからな」

「うん。ありがとう」

 パドマは、ヴァーノンの背中に飛び乗った。ヴァーノンは、パドマを背負って走った。暢気に歩いていては、謎の液体を吹きかけられてしまうからだ。次の階は、アオバアリガタハネカクシがいる。ヴァーノンは、そのまま走った。パドマを背負ったまま敵を倒すなど、パドマが生まれてからずっとやってきたことだった。6つで自分より大きな悪ガキどもをまとめて殴り飛ばし、9つで魔獣を蹴飛ばしていたことを思えば、どうということもない。ハネカクシを蹴り飛ばして息の根を止めながら、進んで行った。ハネカクシの攻略に夢中にならなければ、パドマの柔らかさが気になってしまうから、護衛を蹴散らす勢いで、ハネカクシ退治をした。

 42階層で、パドマを下ろした。背中に乗っていた時は気付かなかったが、ヴァーノンの瞳孔が開ききっており、ささくれだっていて、少し怖かったので、パドマは少し距離をとった。次は、メガネウロの攻略である。

 目隠しができないのであれば、背後のトンボも斬れない。これは無理だな、と思ったが、幸いなことにメガネウロは羽音がうるさすぎたので、簡単に察知できた。


 蜘蛛たちも、いつも通りに倒せたし、相変わらずミイデラゴミムシはいない。ゲジゲジも怖いのは、見た目だけだ。

 オオエンマハンミョウを前にパドマは着替えを始めようとしたら、ヴァーノンが制止した。ヴァーノンと護衛の半分が階段の上を封鎖して、イレと護衛の半分が階段の下を封鎖して、パドマは途中の踊り場で着替えろと言う。人通りはそれほどないし、着替えなんてすぐ終わるから、人様に迷惑はかけないかもしれないが、面倒臭っ、とパドマは思った。文句を言うより着替えの方が早いから、とっとと着替えて、着替え終わったよ、とも言わずに、オオエンマハンミョウを探しに飛び出した。

 パドマの趣味の所為で、オオエンマハンミョウはレアキャラになりつつある。いなかったらどうしようと思ったが、38部屋目で1匹見つけた。誰かに取られてしまう前に、真正面から突っ込んで行った。オオエンマハンミョウもパドマに向かって、バッタさながらにぴょんぴょん跳んでくる。それを右に左に避けながら、斬りつけると弾かれた。やはり全力斬りがいるのかと、ゲンナリしつつ、右前から順に脚を落としていった。最後に、頭と胴の継ぎ目を落として終了である。

「はい。一丁あがり」

 うわー、それは地力で倒してたんだー、とドン引きで見ていたイレは、パドマの首から生える変なヒモを見つけた。ついつい嫌われているのも忘れて、興味を誘われて、引っ張ってしまった。

「なんか出てるけど、これ何?」

 いかにも安そうな木綿の紐をぐいぐいと引っ張り出すと、またとんでもないものが出てきた。木綿のヒモには似つかわしくない、豪華な貴石のアクセサリーが付いていたのだ。橙、青、透明、緑、黄、紫、黒、茶の貴石が美しくカットを施され、ペンダントの形にまとめられている。それとまったく同じ物を、イレは過去に見たことがあった。

「師匠、何考えてんだ。こんなものまであげるなんて、本気すぎる」

「ちょっ、やめてよ。イレさん、離して!」

「ああ、ごめんね」

 イレがヒモを離すと、パドマは引きずり出されたペンダントを、急いで服の中にしまった。それを見たイレは、ため息を吐いた。

「それの価値を知ってるんだ。多分だけどさ、それを身に付けるのをやめたら、元通りのパドマに戻ると思うよ。茶色のブレスレットを外したかったら、それを外せばいいよ」

「え? そうなの? でも、これを身に付けてないと、人が死んじゃうかもしれないんだ。だから、取れないの。本当は、見せるのもダメなの。だから、忘れて」

「ああ、お兄さんは、取り上げたりしないよ。似たようなの持ってるし。でも、見せたところで、それの価値がわかる人間なんて、いるのかな。ああ、パドマのは、キレイに作ってあるから、欲しがる人もいるかもね。因みに、お兄さんのは、これ」

 イレも服の中から、ズルズルと引っ張り出して、飾りかどうか微妙な物をパドマに見せた。パドマの飾りと同じ色の石がくっついているのだが、それぞれ大きさも揃っていないし、川原の小石に穴をあけてビーズにしたような物が連なっていた。

「それが同じ物なの?」

「制作者のセンスに問題があってね。でも、原材料は同じだし、効果は同じなんだ。あんまり格好悪いから、師匠が嫌がったのをお兄さんがもらったんだけど。で、作り直したヤツが、今パドマが持ってるヤツ」

「世界に2つしかないとか、言わないよね」

「どうだろうね。元々は、いっぱいあったんだよ。もらった人が捨てたりしてなければ、いっぱいあるだろうけど、キレイにデザインされたものは少ないから、壊して別の何かに加工したりしてるかもしれないかな。そんなことをしたら、呪われるかもしれないのに」

「呪われるの?」

「それとこれは、そんな機能はついてないよ。制作者の一部に、ちょっと性格に問題のある人が混ざってたんだ」

「イレさんのお姉さん?」

「え? なんで? あの人は、不器用だから、工作全般無理だと思うよ。破壊王だし。料理を作ろうとしたら、家が半壊するような人に何かさせちゃダメでしょ」

「ええ?」

「師匠に気に入られたくて、クッキーを焼こうとしたらさ、家が爆発したんだって。なんでそんなことが起きるのかわからないって、それを師匠が鼻で笑ったらしくて、お兄さんが八つ当たりされて、ホントに死ぬかと思ったよ」

「師匠さんの性格が悪すぎる」

「当時の師匠はやさぐれてて、奥さんとお兄さん以外の人とは、あんまり仲良くなかったんだ」

「いや、今の性格も、そんなものだから。多分、当時とかじゃないから」

 パドマは、試しにお兄ちゃんのペンダントと茶色のブレスレットを素材回収袋に入れて、ヴァーノンに預けた。

 そして、ダンジョンの床を思いっきり踏みつけてみたり、壁を叩いてみたりした。

「うお。イレさんの予想当たりかも」

 自分の力を自分でセーブしているな、という気分になるのである。全力か、そこそこか、というだけではなく、何段階も力加減を変えられるような気分である。パドマは、もう1階階段を下って、サソリを斬って確証を得た。

「お兄ちゃんの所為かよ」



 なんとなく疑問は解消された。

 茶色のブレスレット付きでも、40階層以外は問題なく通過でき、お兄ちゃんのペンダントを外せば、茶色のブレスレットもいらない。1人の時は、お兄ちゃんのペンダントを付けていた方がいいが、信頼できる人と一緒にいる時であれば、付けてなくてもどっちでもいい。但し、ペンダントを付けるなら、茶色のブレスレットも同時に付けておかないと、大変な事件が起きる。


 そろそろ帰ろっか、と50階層で羊バーベキューをしていたところ、金色のふわふわが、ぴょこっと覗いた。

「あ、師匠さんも、一緒に食べる?」

 パドマが手を振りながら声をかけると、一瞬花を綻ばせた師匠は、滂沱の涙を流し、走り去った。

「あれ? どうしたんだろう」

「師匠の愛の結晶が、外されてんだもん。そりゃあ、泣いちゃうよね」

「もしかしてなんだけど、師匠さんを泣かせるためだけに、ブレスレットをはずす方法を教えてくれたの、かな?」

「そう。最終的には、2人仲良く結婚しちゃえと思ってるけど、フラれる師匠なんて見たことがないから、面白がってる。師匠だけモテモテで、ずっとイライラしてたから。たまには、良い薬だよね。フラれる人の気持ちも、味わったらいいんだ」

「全然理解してない上に、こっちも性格が悪すぎる」

「初恋からずっと今日まで、お兄さんが好きになった人全員、師匠が好きになったんだよ。その上で、師匠はその子たち全員をボロカスに振って、最終的にお兄さんが女の子にイジメられるんだよ。恨むよね。ちょっとくらい恨んでもいいよね」

「そこでひねくれずに女の子を慰めてあげてたら、振り向いてくれる人もいたかもね」

「ぐっ。パドマも、師匠側の人間だった! くそう。お兄さんの気持ちに寄り添ってくれるのは、お姉様しかいないのか。あの人は、怖いから嫌だ!」

次回、兄の座を巡る醜いバトル

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