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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
187/463

187.小悪魔への道

 パドマは、ヴァーノンを連れて、外に出た。擬似的なものであっても、身体がなおったのであれば、やらなければいけない仕事が沢山あった。ヴァーノンにも手伝ってもらって、さっくり片付けようと思う。

 まずは、腹ごしらえである。朝、フルーツグラタンを食べて以来、何も食べていないのだ。あんなもので足りるような軟弱なお腹ではないのである。まだまだいくらでも入る。

「こんにちはー」

 と、店に顔を出せば、お菓子屋さんを経営している武器屋のおかみさんは、お菓子セットを包んで持たせてくれる。

「ありがとう」

 と、包みをもらったところから、パドマの仕事はスタートする。ヴァーノンは何も言わないのに、「リコリスのお菓子は美味しいんだよ」「リコリスのお菓子が大好きなの」と無駄に大きな声ではしゃぎ倒す、、、仕事だ。1人の場合でも、るんららるんと大きな独り言を漏らしつつ練り歩くのだが、寂しすぎるのでヴァーノンを連れてきたのである。若干引いていて、まったくついてきてくれないので、人選を誤ったことに気付いているが、今日ばかりはヴァーノンでなければならない。師匠かグラントなら、一緒にスキップくらいはしてくれそうだが、ヴァーノンはそんなキャラではないのだから、諦める。

 海近くの広場に来た。海風が強すぎて、まったくくつろぐ気分にはなれないが、ヴァーノンをベンチに座らせ、パドマはその上に座った。

「座る場所がおかしくないか?」

 と、ヴァーノンはびっくりしているが、パドマは気にせず、包みを開ける。

「ベンチに直接座ったら、冷たいじゃん。気にしない気にしない。ひざの上の重みと、目の前の邪魔な物体は気の所為だよ」

 おかみさんがくれた包みから、ババが出てきた。次に流行らせたい商品である。甘口のワイン風味のシロップを染み込ませたスポンジケーキだ。生クリームやフルーツで飾られていて可愛らしいのだが、ケーキの形がセープ(きのこ)にしか見えないところに、おかみさんの商魂をひしひしと感じさせてくれる一品である。

「イチゴとみかんだったら、どっちを食べたい?」

「両方とも、お前が食べたらいい。酒の臭いがするから、俺は遠慮しておく。今酒を入れたら、かなり危ない」

「いくらなんでも、こんなもんじゃお兄ちゃんは酔わないと思うけど。まぁいいや。食べなくていいから、代わりに食べさせてね」

 仲良く2人で食べる計画が崩れたなら、代案はある。とにかく仲良さげに見えて、パドマが美味しいと言っていれば、それ以外は、大きなこだわりはないのである。

「なんでだ!」

「そういう仕事だから」

 パドマは、みかんが乗ったババを手に取り、かぶりついた。途端に、じゅわーっとシロップが口いっぱいに広がった。これは、お菓子がどうこうというより、シロップが好きかどうかというお菓子かもしれない。かなりの甘口だが、ほどよいアルコール風味も感じられる。案外、綺羅星ペンギンで流行るかもしれない、と思った。差し入れに人数分購入したら、パドマは破産してしまいそうだが。上の飾りに合わせたのだろう、柑橘の風味も付けられたシロップは、爽やかでスッと消える後味のいい甘さだった。これは1つでは足りない。

「食べさせて」

 パドマは、ヴァーノンにイチゴのババを押し付けた。

「なんでだ。たった今、1人で食べれたよな?」

「師匠さんなら、食べさせてくれるのに。やっぱり人選を間違えた」

 ヴァーノンは、当然の疑問を口にしただけなのに、パドマは消え入りそうな小さな声で、悪態をついた。何を考えているのか知らないが、折角戻ってきたのに、また師匠のところに戻られたらたまらない。今度は、パドマの自由意思でも帰れないように、雁字搦めにされるかもしれない。

 ヴァーノンは、仕方ないなぁと、ババをパドマの口に運んで、後悔した。パドマが、うっとりとヴァーノンを見つめて食べるのだ。パドマは、酒を盛られた時は酔ったフリをする癖がついていて、うっかり今も酔っ払いのモノマネをしているだけなのだが、そんな特性をヴァーノンは知らない。悲鳴をあげて、逃げたくなった。あっという間になくなる菓子で助かった。

 咀嚼を終えると、ぱっといつもの表情に早変わりし、「任務終了!」などと言って、パドマは立ち上がったが、ヴァーノンはついていけなかった。胸の鼓動が止まらない。

「どしたの?」

 と小さい悪魔が首を傾げているので、

「気の所為のおかげで、足が痺れた」

 と虚勢を張って済ませた。



 ヴァーノンが何を言おうと、ごめーん、と言うだけで、まったく配慮しないのが、パドマである。休憩も与えず、そのまま腕を引っ張って、綺羅星ペンギンに連れて行った。あんまり寄り付かなくなっているのだが、着いてすぐにグラントが出てきた。このグラントの不思議現象も、パドマの兄属性だったらどうしよう、と心配になる今日この頃だ。

「今日はね、お兄ちゃんとデートに来たの」

 何を問われる前に、無駄な大声でパドマが宣言すると、グラントも同じように応えた。

「パドマさんは、ヴァーノンさんと逢引をなさっているのですね。それでは、お邪魔にならないように下がらせて頂きます」

「え? いや、そんな大層なものじゃ」

 ヴァーノンは否定しようとしたが、グラントはすぐに下がってしまい、否定しきれなかった。

「お前は、何をやってるんだ?」

 パドマに小声で疑問をぶつけると、納得できる答えが返ってきた。

「さっきのは、お菓子屋の宣伝活動。英雄様が大好きなリコリスのババ。あれを一緒に食べると、美味しいから仲良しになれる。今度は、綺羅星ペンギンの宣伝活動。野郎が女の子を連れて来てくれたら、売り上げ2倍作戦。お兄ちゃん以外を連れ歩くと火消しが面倒だから、お兄ちゃんを連れてきた」

「なるほど。お前は、店に置いとくだけで売り上げが上がるが、わざわざ外に出て呼び込んでるんだな」

 パドマが過去にやっていた縁結びリボンの宣伝活動と似たようなものか、とヴァーノンはすぐに飲み込めた。説明もなく、いつの間にか巻き込まれるのか、というのを含め、理解した。

「そう。常駐はしないから」

 そんな話をしながら、一通りペンギンとモモンガの飼育場を確認して、ペンギン食堂で肉パフェを食べて、外に出た。



「そろそろお昼だよね。ごはんの調達に、お兄ちゃんのお店も行こうか。宣伝に一役かってやろう。いい妹だ」

 そんなことを言いながら、またパドマは勝手に歩き出した。

「今、食べたのは昼飯じゃないのか? 唄う黄熊亭はまだ開店しないし、紅蓮華の店は辞める店だ。どうでもいい」

 と断っても、「今食べたのは、朝ごはんだから」と言うだけで、話を聞かない。パドマは、ヴァーノンの手を引っ張って、まっすぐハーイェク惣菜店に来た。


 滅多に出勤しないことで有名な訳あり従業員のヴァーノンが、急に英雄様を連れて来店した。2人は兄妹だから、特別なことなどではないのだろうが、従業員もたまたま居合わせた客も、突然の神様の降臨に舞い上がった。カウンターの中で注文を聞き、量り売りをする店なのに、店員3人とイスが出てきて、並ばずに注文を聞いてくれるという。

「普通に並ぶけど」

 というと、お客さんまで遠慮して、お先にどうぞと言い始める始末である。とうとういるだけで迷惑になってしまう生き物になってしまったと悟ったパドマは、店の前にイスを置いてもらい、客寄せに貢献することにした。

 しかし、外に出てしまえば、商品がまったくわからない。ヴァーノンに聞いても、普通の惣菜店だ、と言うばかりで、要領を得ない。パドマは、普通の惣菜店に初めて来たから、何もわからないのに! もしかしたら、サボりすぎで商品を知らないのかもしれないと諦めて、店員それぞれのオススメを2人前、と注文した。

 カツサンドと、メンチカツと、ホルモン串焼きが出てきた。惣菜店とは、肉屋のことだったのか、師匠のイメージの所為なのか。ちょっとえーっ、と思ったが、パドマは笑顔で受け取って食べた。

 カツサンドは、冗談みたいな厚みの肉で食べ応えが半端なく、メンチカツは、揚げたてで衣サクサク肉汁たっぷりで、ホルモンは、歯応えが良く、ほんのりとした肉の甘みを殺さないソースが美味しかった。パドマが上機嫌で、大声で食リポしながら食べていると、さつま揚げや焼き貝や果実水など、献上品が近隣店舗から続々と集まってきた。それを食べながら、食リポを続け、食べたくない物は、「これ、お兄ちゃんが好きなヤツ!」と、ヴァーノンの口に放り込んだ。ヴァーノンは、パドマの嫌いなものを知っているので食べてくれるが、食べても何も言ってはくれないから、「美味しい? 良かったね」などと適当なことを言っておく。きゃーきゃーと騒いでいたので、見物人がどんどん増えていった。もうこれ以上、人は増えないな、と思ったところで、パドマはご馳走様をして、お店の人にお礼を言った後、ヴァーノンに飛び付き、

「お兄ちゃん、大好き」

 と、頬に口を付けて、ダッシュで逃げた。走る場所がなかったので、何人か踏ん付けたが、きのこ信徒を選んだので、苦情は言われないと思う。

 パドマは、白蓮華に逃げ込んだのだが、ヴァーノンは師匠並に足が速い。あっという間に追いつかれて、唄う黄熊亭に連行された。


 どういう情報伝達速度なのか、唄う黄熊亭ではマスターとママさんと常連のおっちゃんたちによるヴァーノンとパドマの婚約おめでとうパーティが開かれていたので、パドマは

「ウチは、誰とも結婚しないよ。師匠さんの噂を上書きしただけだから」

 と、釘を刺した。そういうことだったかと納得したヴァーノンすら、パドマがそんなことをする子になってしまうなんて、と少なからずショックを受けている。常連客の反応は、哀れだった。母アリッサの所業を視界に入れないように務めたり、純粋培養を心掛けていたつもりだったのに、どこで間違えてしまったのか。犯人に責任を取らせるつもりはないので、何とか軌道修正をはかろうと、ヴァーノンは頭を回転させた。

次回、ペンダントとブレスレット

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