184.止まらない力
酔っ払ったお兄ちゃんトークは、どんどん大変なことになっていった。パドマは、浮かれて力を使い果たし倒れたことで、また事件を引き起こしてしまったのだ。
起きた時、知らない場所で服を着ていなかった時点で薄々気付いていたのだが、パドマはダンジョン内で、誘拐されていた。ダンジョンは、いろんな素材を拾って持ち帰る場所だ。丸めて小さくしまえばパドマが入る大きさの袋なんて、みんなが持っている。だから、パドマは素材袋に入れられて、持ち帰られてしまったのだ。護衛も、その辺をウロウロしていただろうが、これに気付けと言うのは酷だ。ただ連れ帰るだけならば、師匠もよくやっている。残念ながら、ダンジョンマスターの制裁対象にはならない。だが、お兄ちゃんの制裁対象には、どストライクだった。
自宅に持ち帰って、いただきますと言ってしまえば、お兄ちゃんはもう許してくれない。どうやって現場を押さえるのかは知らないが、昔から悲鳴を上げずとも、どこからかやって来るのが、黒茶のお兄ちゃんだった。茶色のお兄ちゃんは呼べばいつでも助けに来てくれるが、黒茶のお兄ちゃんは呼ばなくても来る。怖くて縮み上がっていても、意識が飛んでいても、絶対に来る。以前は、何も疑問に思っていなかったが、よく考えたらホラーだった。2人とも変な人だった。いや、どっちも、スーパーかっこいい超絶イケメンだから、仕方がないのだ。
そうして、見つかってしまえば、全員、お兄ちゃんの餌食になってしまう。単独で56階層以降に行ける、前途輝かしかったかもしれない有望な人材を1人なくしてしまった。パドマが別の選択をしていたら、失われずに済んだ命だった。最終的には誘拐犯が悪いとは思うが、パドマも大いに反省した。絶対に許したくない犯罪だが、死なねばならない罪なのかは、パドマにはわからないからだ。
死体の簡単な始末方法も、惜しみなく語ってくれた。ダンジョンに捨ててくるだけだ。人が来ない部屋に置いておくか、置いた上で、その部屋への通路をダンジョンモンスターで埋めておけばいい。それを退けてまで入ろうとする探索者はいないだろうし、ダンジョンモンスターが消える頃には、死体も消えている。
パドマも鍋だの手裏剣だのいろんな物を持ち込んでいるが、みんなそれぞれ色んな荷物を抱えて入る。浅階をウロウロしている人たちは手ぶらに近いが、ハジカミイオ用スモールソードのように、相手に合わせた武器を持ち込むと、大荷物になる場合がある。だから、大袋を担いで入場しても、誰も何も思わない。
今回は特に亡くなった人は探索者だった。ダンジョンで亡くなることに何の偽装工作もいらないが、そうでなくとも置いておけば、ダンジョンが食べてしまう。昔のおじさんたちも、ダンジョンに食われてしまったのだと気付いた。話を聞いて、パドマは気持ち悪くなったが、それに文句を言える立場にはない。助けてもらえて、感謝しているのだ。助け方に不満は言えない。そんなことをするなら助けないで欲しかった、とまでは思ってはいないのだ。もう少し穏便な方法があれば、そうして欲しいところなのだが、パドマが逆の立場であれば、きっと同じことをしただろう。
街議会に訴え出なければ、犯人は犯行を繰り返す。訴えれば、死刑にはならないが、最終的に犯人は死ぬまで皆に追い詰められる。そして、被害者も社会的に殺される。それが、よくあるその手の事件の顛末だ。パドマを救うために、そうしたのがわかるから、言えない。どうするのが正解だったのか、わからないから責められない。
どんよりと薄暗い気持ちで、帰宅した。
唄う黄熊亭の開店時間を過ぎてから、こっそり侵入したのは、わざとだ。ヴァーノンに会いたくなかったのである。だが、子ども部屋のドアを開けた時点で、バレたようだ。階下から、物音が近付いてきた。
「おかえり!」
ヴァーノンが現れた。気付くのが早すぎる。まだ心の整理がついていなかった。
「ただいま」
とだけ言って、部屋に入る。
「酒臭いな」
「あーちゃんが、とんでもない酒好きで、ベロベロに酔って、酒瓶を倒してくれたんだよ。だから、着替えるよ。見たくなければ、出て」
ウソを考えるのが面倒なので、黒茶のお兄ちゃんを、そのままあーちゃんにすることにした。お兄ちゃんの名前は聞きそびれたが、もしかしたらアが付く名前かもしれないから、ウソではない。パドマが酒まみれになったのは、酔ってガードが緩くなったお兄ちゃんに貼り付いていたからなのだが、あーちゃんは女友だちの設定だから、ヴァーノンに叱られる対象にはならないだろう。理論武装は、完璧だ。多分。
「ふう」
しばらく1人になれるが、のんきにしてもいられない。窓を締め、ベッドの下から着替えをポイポイ出して着替えたら、出かける支度をする。
お兄ちゃんは、唄う黄熊亭から、パドマの服を盗んできた、と言っていたが、服の中から剣帯と財布が出てきた。これで、ようやく何処へでも行ける。
部屋から出ると、ヴァーノンがいた。
「店の仕事をしなよ。跡取りさん」
「お前以上の大事な用事はない。何処へ行く?」
「具体的にどことは決めてないけど、風呂を借りに行く。あーちゃんち、タライしかなかったんだ。白蓮華かな。きのこかな」
「白蓮華にしろ。送ってく」
「いいよ。1人で行けるし」
「置いて行かれたら、寂しいだろう」
心配だからと言われたら、怒るところだったが、そんな意味不明な返しをされると、返答に困った。今のパドマは、兄成分チャージ済みなので、1人で構わないのに。
「だったら、お兄ちゃんもお風呂の準備をしてきたら。ウチがパドマを取るから、テッドを構ってあげなよ。最近、風呂に誘うと嫌がるんだ」
「その間に逃げるなよ?」
「パドマを放ったらかしには、しないよ」
「信じる」
「うん」
白蓮華の託児年齢は越えてしまったが、変わらぬ付き合いをすることにした。師匠なんてスタートからおっさんだったのに、パドマと入り浸っていたのだから、いいじゃないか。
パドマは、15歳になっても大人になれなかったが、16歳になっても変われなかった。白蓮華の子どもたちが大きくなって、戻ってきたら、受け入れてあげてという裏ルールを作ろうかな、と思った。白蓮華のスタッフにしてあげれば、なんとかなる。人があまりに余っている綺羅星ペンギングループに、人が10人20人増えたところで今更何も変わらない。
その日以降、パドマは、すっかり大人しくなった。護衛をまくほどの速さでは走らないし、オオエンマハンミョウを斬りに行かないし、空も飛ばない。よくいる小さくて可愛い探索者になった。倒したいものに突っ込んでいくスタイルをやめ、百獣の夕星の肉拾いの手伝いばかりしている。肉拾いは、倒すのは比較的楽で、荷物持ちが大変なのだから、スーパーパワーを出さないパドマは、いてもいなくてもそうは変わらない。なのに、肉拾いについてくる。
「今日は何階層にアタックされますか? お付き合い致しますよ」
と部下が気を回しても、
「カミツキガメの唐揚げセールをやるって言ってたから、カミツキガメじゃない?」
と答えるのだ。そんなことを言いつつも、60階層に行くのであれば、いつものパドマだが、28階層で仕事を始めるのだから、異常だと、周囲の全員が考えている。
「姐さん、何かあったのか?」
「うん。ちょっとね。生き別れになってたお兄ちゃんを見つけたの。そのお兄ちゃんに注意されたから、ほとぼりが冷めるまでは、大人しくしてよっかなーって」
本当は、迂闊な行動の結果、人を死なせてしまったことに、恐怖を感じていただけだ。一度、目の前で意識を失ってしまったが、事件は起きなかったみんなに、甘えてくっついて歩いているだけだった。言えないし、言いたくないから言わないが。
「まさか、そのお兄ちゃんも、格好良いとか?」
ハワードは、恐る恐る聞いた。ぱっと見可愛い女の子にしか見えないパドマは、武闘派の男に集団で襲われても、簡単に蹴散らかす。ぱっと見モブにしか見えないヴァーノンは、武芸達者が大勢参加した武闘会で優勝した。もう1人兄弟がいるのなら、似たようなのが出てきてもおかしくはない。
「そうだね。もう1人のお兄ちゃんの方が、輪をかけて、すごいかも? お兄ちゃんたちの身体能力はどっちが上か知らないけど、物知りな上に顔がキレイで、見ない間にお金持ちになってたから。弱いくせに酒好きなのと、怒ると何するかわからないのを直したら、言うことなさそうに見えたよ」
「くそ! まだそんな隠し玉がいたのか!」
予想通りだった。パドマの兄なら、美形でも何の疑問もない。ヴァーノンはそれほどには見えないのに、パドマは文字の読み書きもできたし、ペンギンの飼育やら施設経営やらをしれっとやりこなしたのだ。もう1人の兄が仕込んだのなら、パドマ以上なのだろう。金持ちと言われても、だろうね、としか思えない。
「そうだねぇ。近所の人は年齢性別問わず全員お兄ちゃんだったって、お兄ちゃんが言ってたから、あと何人お兄ちゃんがいるんだか、ウチにもわからないな」
「ちょっと待て。それは、お兄ちゃんじゃないな」
「ちゃんとしたお兄ちゃんは、その2人だけだと思うよ」
「ったく、姐さん兄弟は、本当にどうなってやがるんだ。最近、テッドもおかしいからな。グラントだのルーファスさんだのにくっついて、事務仕事ばっかりやってやがんだよ。
商品の発注とか、在庫管理とか、売上計算とか、経費精算くらいなら、まだわかる。来客対応も、まぁわかる。なんか知らない間に、業務効率化提案のプレゼン資料とか、輸出の通関書類とか書いてやがるんだよ。あいつは、何を目指してるんだ。あいつは、今何歳だ」
「ハワードちゃんが使えなかったしわ寄せが、テッドにいってるんだと思うよ。白蓮華ときのこの管理人兼、深階層プレイヤーになるんだって言ってたし。こっそりルーファスさんが、紅蓮華に引っこ抜こうとしてそうな気がしてるけど。事務処理能力だけ育って、ダンジョンに行けるのかな。テッドって、いつも部屋の中にいるけど、動けるの?」
「姐さんと同じタイプだぞ。ビュンと飛んできて、打ち込んできたと思えば、もういない。どこ行ったかと思えば、大抵真後ろに居やがる。攻撃が軽いのと、攻撃パターンが単調だから今のところ大したことないが、白蓮華の部があったら優勝するんじゃね?」
「流石、お兄ちゃんの弟。きっとパドマを舞台に立たせたら、今でも一般の部優勝しちゃうんだよ。危ないから、出さないけど」
ハワードの言った動きは、パドマの動きじゃなくて、師匠の動きではないかと思う。いつぞや見たヴァーノンは、師匠の動きをトレースしていた。もしかしたら、テッドはヴァーノンの真似っこをしているのかもしれない。昨日、パドマが風呂から出ると、2人はぬいぐるみ剣を持ちながら話をしていた。
歩いている間に、28階層に着いた。28階分しか階段を降りずに狩場に着くなんて、とても楽だった。よし、とパドマは飛び出して、カメを斬る。そして、早速やらかした。
「いやーーー!!」
パドマは、しくじって悲鳴をあげた。
「どうした?」
「どうなさいましたか?」
今更、カミツキガメで引っかかることはなかろうと、師匠以外は、護衛を含め、パドマを視界に入れていなかった。その状態の悲鳴である。それぞれの状況に関わらず、バッとパドマに視線が集まった。
「どうしよう。甲羅が斬れちゃった」
「ああ」
皆は、なぁーんだ、と安心した。剣で甲羅が斬れたら珍事だが、犯人がパドマなら、そんな日もあるよね、くらいに思うからだ。出会った時から、パドマはおかしな人だったから、今更である。持ち帰りには向いていないが、捨てていけばいい。セールをするからって、フロア中すべてのカメは必要とはしていない。何の問題もない。その程度の話だった。
一方で、パドマは本気で困っていた。カミツキガメ相手に、どうにもまともに相手ができないのだ。最近のパドマは、カミツキガメには曲芸斬りしかしていなかった。カメの甲羅と甲羅の上を飛び回りながら、宙返りしたり心身ひねりを加えたりして、もののついでにカメを斬っていたのである。
それは、変な力を使ってやっていたのかなー、と思ったので、封印してみたところ、また初期状態の、正面から走ってくるカメをどうやって横に回って首斬るの問題に、ぶち当たったのである。
やむなく振った防御の剣で、カメが頭からしっぽまで、一直線に斬れてしまった。まったくそんなつもりはないのにだ。試しに、真っ二つになったカメの甲羅に剣を当てると、するりするりとプリンのように斬れた。意図せずに、力がダダ漏れになっている。使うなと言われ、使うのをやめようと思ったのに、自分では制御ができないことに気付いてしまった。これは大変なことである。ダンジョンで戦っていようと、家でプリンを食べていようと、常に、ぶっ倒れるリスクがついてくるのではないかという気がしてならない。常時、黒茶のお兄ちゃんの殺人の可能性がついてくる。それは、いけない。だが、どうにもできない。
パドマは、階段に戻った。怪奇現象の先達である師匠に相談するためだ。
「師匠さん、変な力が止められないんだけど、師匠さんは、どうやって馬鹿力を止めてるの?」
師匠は、走るのが速い時がある。とんでもない大荷物を運んでいる時がある。だが、常に速い訳でも、力が強い訳でもない。パドマと同じスピードで走ることもできるし、壊れ物を優しく持つこともできるのだ。その極意を知りたかった。
だが、師匠は、驚き顔で首を振っただけだった。
「誤魔化しは引き受けるから、教えてよ。このままじゃ、迂闊に物を触ったら物が壊れるし、人が死ぬじゃん!」
パドマがそう言った瞬間、恐ろしいことがおきた。思わず、すがりつきたくなり師匠の腕をつかむと、師匠の腕がもげたのである。
「いやぁあぁあああっ!!」
次回、パドマが師匠と同居生活を始める。