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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
183/463

183.あーちゃんと遊んだ日

 キュークゥーアーオと、どこかで海鳥の鳴き声が聞こえた。アーデルバード在住ではあるが、唄う黄熊亭や白蓮華は海から少し離れているので、パドマにとっては耳慣れない騒音だった。もう少し寝たいのに。抗うように、布団を頭までかぶってみたが、あまり変わった気はしなかった。だが、パドマは諦めない。意地でも寝る。本当に眠ければ、明るくても、うるさくても、水をかけられても眠れるものだ。そう自分に言い聞かせてみたが、無理だった。今まで寝ていたのだから、そこまで眠くない。

 昨日は一体、どこで寝たのか、まったく記憶にない。寝ていたのだから、寝たに違いない。布団をかけているのだから、まあ、まともなところで寝ている。自力で寝た記憶はなくたって、誰かが布団に寝かせてくれた。だが、目の前の景色は、唄う黄熊亭でも、白蓮華でも、きのこ神殿でも、綺羅星ペンギンでも、イレの家でも、雨宿り豚亭でもなかった。見たことのない部屋だ。

 部屋の広さは、パドマが住んでいる子ども部屋と、そう変わりはない。天井も壁も床も同じ焦茶色で、窓は小さく、薄暗い。パドマが寝かされていたベッドはシングルサイズで、端に服が20着くらいはかけられそうなコートかけと、中央にテーブルとイスがある以外は、家具は何もなかった。だが、テーブルの上と床の上は、生活感の漂う何かが散乱しており、もう少し片付けて欲しいところだった。綺羅星ペンギンの誰かの部屋だと言うのであれば、片付けろと、即刻雷を起こすところである。だが、パドマは、それどころではない。他人の家にお邪魔しているというのに、どうしたことか、服を着ていなかったのだ。

 身体を起こして周囲を見回してみるも、服はない。いつから裸だったのだろうに、どこからを足さねばならないのかもしれない。もちろん、どうしても外せない、重要事項である。気が動転しすぎて、どうやってヴァーノンにバレずに事態を収拾できるかしか考えられないのだが、街の人ほぼ全員に面が割れている現在、かなりの無理ゲーだった。服が見つからない時点で、詰んでいる。ああ、どうしよう、と百面相をしていたら、戸が開いて、見たことがあるような顔が出てきた。

 必要な筋肉はついているのだが、スラリとして見える青年だ。パット様を大人にしたら、こんな美青年が出来上がるのかもしれない、そう思うような中性的なキレイな顔をしていた。パット様の様な美貌の持ち主は2人といないくらいに思っていた時期もあったが、普通に身近な人でもう1人いた。パドマ的絶対イケメンの二大巨頭の片割れに違いない。

「お兄ちゃん? お兄ちゃんだよね?」

「私のことを覚えているのですか?」

 覚えているか問うということは、本人で確定でいいだろう。10年以上会うことがなかった黒茶のお兄ちゃんだ。

「お兄ちゃん、会いたかったよ!」

 パドマは会えた感動で、泣きながら飛びついて、叱られた。

「せめて服を着てからにしましょう」

「ぎゃーーーーー!!」

 久しぶりに会ったお兄ちゃんは、相変わらずだった。パドマが何をやらかしても、残念な顔を浮かべるだけで、動じる気配もない。大人になっても、子ども扱いされている現実に、嬉しい気持ちと残念な気持ちをパドマは抱いた。


 黒茶のお兄ちゃんは、また隣の部屋に引っ込んで、水を張ったタライと、手拭いと、唄う黄熊亭から盗んできたというパドマの服を持ってきてくれた。変態師匠とは違い、お兄ちゃんは服しか用意してくれなかったので、着た後も何とも落ち着かない。だが、下着も盗んできてくれとは言えない。自分で取りに帰る方が、絶対にいい。

「着替え終わったよー」

 と言うと、また部屋に入って来て、タライと手拭いを持って、出て行った。久しぶりの再会よりも片付けを優先する性格であれば、この部屋の住人ではなさそうだ。

 戻ってきたお兄ちゃんは、イスを引いて座ろうとして、顔をしかめた。座りたくないようだ。気持ちはわかる。この部屋でくつろぐには、掃除が必要だ。お兄ちゃんはイスを元通りに戻し、パドマに靴を履かせた。

「出ましょう」



 外に出てみると、漁港近くのアパートだったことが判明した。道も狭く、ゴミゴミとしていて、道順を覚えるのは、困難だ。忘れ物をしていたとしても、自力で取りに戻れる気がしない。置いていかれないように、パドマは、お兄ちゃんの服の裾をぎゅっとつかんで付いて行った。

 着いたのは、レストランだった。入り口は地下で、自然光が届かない。なんて怪しげな店なんだ、と普段なら絶対に入らない店だった。従業員に案内され、薄暗い廊下を進むと、1つベッドを置いたら終了しそうな広さの部屋に通された。部屋は狭いが、シャンデリアは3つもついている、無駄に調度が高級な部屋だった。

 部屋に着くと、お兄ちゃんは、メニューを開いて注文を済ませた。実に手慣れていた。こんなところにいたのなら、すれ違わないのも納得だとパドマは思った。

「この店、よく来るの?」

「初めて入りました。こういった店に、男性と来てはいけませんよ。ヴァーノンでも、いけません」

 まさに今、パドマは男性と来てしまっているのだが、お兄ちゃんは真面目な顔で、そう言った。10年以上ぶりにさっき会ったお兄ちゃんよりも、ずっと一緒にいたヴァーノンの方が信頼の実績があると思うのだが、違うのだろうか。お兄ちゃんは、お姉ちゃんには見えないので、根拠は不明だ。

「家は、この辺なの?」

「いえ、西側です。唄う黄熊亭と、それほど離れていませんよ。近くもありませんが」

「だったら、会いに来てくれたら良かったのに! 探してたんだよ」

「忘れられているものと、思っておりました。貴女はまだ小さかったですし、それに、、、怖がらせてしまいましたから。忘れてくれていたらいいと、願っていました。今回も、顔を合わせる前に消えようか、悩んだのですよ。でも、どうしても伝えなければならないことが、できてしまいました。申し訳御座いません。用が済み次第消えますので、辛抱して頂けると助かります」

「うっ」

 お兄ちゃんの言葉が、胸に刺さった。お兄ちゃんがパドマの前に現れなかったのは、パドマの所為だった。助けてもらっておいて酷い話だと思うが、パドマは人を殺したお兄ちゃんを、怖いと泣いて拒否したのである。その時パドマは幼かったし、一般的に、しょうがない部類に入る行動だと思うが、お兄ちゃんを傷付け、気を使わせていたのだろう。


 お兄ちゃんと会った最後の記憶は、お兄ちゃんが殺人を犯したあの日だ。

 パドマは、母に売られて、知らないおじさんに、酒を飲まされていた。その後、ロクでもない目にあったのだが、いつものようにお兄ちゃんが駆けつけて、助けてくれたのだ。助けてもらったのは、初めてではなかった。だが、目の前で人が死んだのは、初めてだった。おじさんたちは、いつでも初見で、2度目はなかった。その理由に、気付いてしまったのだ。今までべったり甘えていたお兄ちゃんを、怖い嫌だと拒否して、もう1人のお兄ちゃんのところに逃げ込んだ。ヴァーノンのことも1人では見つけることができず、泣いて暴れながら、お兄ちゃんに連れて行ってもらった。そして、ヴァーノンに保護されたら、何もなかったことにして、お兄ちゃんのことを全て忘れて、立ち直って、今がある。

 あの時、パドマは4つか、5つか、そのくらいだった。だから、お兄ちゃんは、怒ったりしなかったのだ。だが、ひどい話だと、自分でも思っている。


「お兄ちゃんにひどいことを言って、ごめんね。嫌いになったんじゃないの。ちょっと怖、、、びっくりしちゃったの。ずっと謝りたかったんだけど、お兄ちゃんが見つからなくて。でも、お兄ちゃんが元気そうで良かった。会えて嬉しい!」

 またお兄ちゃんに飛びつこうとしたのだが、避けられた。そして、もう成人したのだから、やめましょうね、と嗜められた。こちらのお兄ちゃんは、手強かった。

 お兄ちゃんに額を抑えられて、近寄れない攻防をしている間に、飲み物と食事が運ばれてきた。黒茶のお兄ちゃんが勝手に頼んだ料理は、美しかった。サラダもスープも肉料理も魚料理も、エディブルフラワーで飾られた目で楽しむタイプの食事が、ズラズラと並べられた。

「出入りが多いと落ち着きませんから、一遍に出して頂きました。冷める前に、召し上がれ。お腹が空いているでしょう」

「ありがとう。いただきます。お兄ちゃんは?」

 皿は沢山並べられたが、同じ料理は2皿なかった。これは、すべての皿を半分こにするのか、半分の皿を食べていいということなのか、スマートではないが、事前に確認した方が無難だ。パドマは、常識がないのだから!

「ああ、すべて召し上がれ。私のは、これです」

 お兄ちゃんは、高そうなグラスを見せてくれた。高そうなグラスには、正体不明の液体が入っていたが、お兄ちゃんは、そこに胡椒を振り入れて飲むらしい。金持ち酒だ。つまみは、ナツメヤシしかないようだが、そんな金持ち酒を飲むのであれば、金がないからパドマの分しか注文しなかった、ということでもないだろう。最悪、支払いはパドマが持つ。落としてしまったのか、財布を持っていないのだが、英雄様ならツケがきくだろう。その足でビントロングを狩ってくれば、支払いも、、、そういえば、ビントロングの納品を忘れていた。カーティスは、怒っているだろうか。急ぎなら、百獣の夕星に言ってくれれば、納品されると思うが。

「ちなみに、ウチは、何日寝てたのかな?」

 師匠と同じなら、2日3日は寝ていたかもしれない。背中に冷や汗が伝う。そんな日数を無断で留守にしたら、ヴァーノンが何を始めるか、わからない。変な事件を起こしてなければいいのだが。

「5日まるまる起きませんでした。あまりに起きないので、心配しましたよ。ヴァーノンには、手紙を置いておきました。あーちゃんという女の子の家で遊んでいることになっています。遊びの内容を検討してから帰るといいでしょう」

「そうなんだ。流石、お兄ちゃん。手回しが早い」

「私は、貴女の最も頼りになるお兄ちゃんですから。当然です」

「もしかして、もう酔ってる?」

 美人だから、さして気にも留めていなかったが、少々目がうるみ、頬に赤みがさしている。何より、口調が明るくなっているのが、怪しい。

「ええ。想像したより強い酒でした。潰れる前に用事を済ませましょう。これを差し上げます。誰にも見せぬように、肌身離さず、身につけておくこと。今回のように、倒れるリスクが下がる予定ですが、そもそも自分の許容量がわからないのであれば、妙な力は、全て使わないことをオススメします。よろしいですか?」

 お兄ちゃんは、首に下げていたペンダントを服の下からズルズルと引き出し、パドマの首に下げた。橙、青、透明、緑、黄、紫、黒、茶の色石がそれぞれ複数個並列に並べられたペンダントだった。それぞれの石は大きさも違うし、マーキース、ペアシェイプ、ラウンド、オーバルという具合に形も揃っていないし、チグハグにいろんな方向を向いている。見せてはいけなのは、チグハグだからだろうか。

「ありがとう」

 パドマは、ペンダント部分を服の中にしまった。

「いいですか? 力を使わなければ、倒れずに済むのですよ!」

「う、うん」

 絡み酒の予感がした。パドマは、早急にごはんを平らげることにした。

 5日も食べていなかったのでは、胃が受け付けるか心配だったが、肉も全てガッツリ食べた。中でも、緑のポタージュスープが絶品だった。少し苦味が隠れているのだが、まろやかで優しい味だった。これは、師匠を連れて来て再現させなくちゃ、と思ったが、緑の物など食べないだろう。師匠は、万能の最強妖精だと思っていたが、かなり使えない役立たずかもしれないと、評価を下方修正することにした。

 顔がキレイなのがお揃いだから、師匠は黒茶のお兄ちゃんの変わり果てた姿なのかもしれないと思っていたが、本物のお兄ちゃんを見つけてしまった以上、師匠はお兄ちゃんではないことが、確定した。また師匠という存在が何なのか、わからなくなった。

次回、また師匠のアレがもげるよ。気持ち悪い。

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