180.カットラス
次の日、パドマが、そーっと部屋のドアを開けて外を覗くと、男が沢山跪いてきのこポーズをしているのを見つけた。結局、ヴァーノンから逃れるために、綺羅星ペンギンに泊まってしまったのだ。すなわち、パドマの朝の支度を手伝ってくれる人はいなかった。いないだけならまだいいが、支度しようにも、この部屋には、布団とぬいぐるみしかなかった。何もできない。朝になって、生活用品がまったくないなと気付いても、もう遅い。どうしようと、ドアを開けてみたら、このザマである。パドマは、寝起きでもうきのこに付き合わされるのが、本当に嫌だった。頼みの綱は、呼んでもらわなくても、すぐそこにいた。きのこの先頭に、ふわふわの銀髪が混ざっている。気付け! 来い! 来い!! と念波を送っていると、下を向いていたふわふわが、こちらを向いた。あちらからも、早く出てこいよ、という思念が届くが、出ていけない。仕方がないから、髪飾りを取ってきて、ドアからぴょこぴょこ出すと、ふわふわがこちらに近付いてきた。ふわふわはドアの隙間から中を覗くと、大きく嘆息し、中に入ってブラシを出した。ガッシガッシとブラシを通し、ちゃかちゃかと髪を編みこんで三つ編みハーフアップを作ると、着替えを置いて出て行った。服を直すのは、面倒臭いということだろう。着替えとして置いていったのは、白と茶のお揃い服である。きのこカラーと同じだった。どう考えても嫌がらせだと思ったが、よれよれのままよりいいんだろうなと、パドマは、さっさと着替えて、またドアを開けた。
ドアの前は、何事もなかったかのように、さっきと同じ状態に戻っていた。外なら邪魔だと怒るところだが、ここは彼らの領域である。文句は言えない。だが、狭い廊下に集まり過ぎなのだ。右をみても、左を見ても、男で廊下を作ったのかな、と思うほど、みっしりといる。一応、四方に3歩くらい歩ける程度にスペースはあいているが、怖いから出たくはなかった。だがきっと、出なければずっとこのままなのだ。いつまででも、交代しながらい続けるのだろう。パドマの腹の虫の方が、間違いなく先にへたれる。だから、思い切って、パドマは外に出た。すぐに部屋の中に逃げられるように、ドアノブの前に立つ。
パドマが出てきたが、男たちに変化はなかった。恐らく、もう少し前にパドマが出てくるのを待っているのだと思う。だが、お断りだ。これがパドマの限界だ。これでも、だいぶ譲歩した方だ。時が過ぎれば、身体がドアノブに吸い寄せられるだけである。パドマの様子を見て、諦めたのだろう。グラントが声を上げると、男たちが唱和した。
「捧物が御座います」
「捧物が御座います」
先頭にいた師匠が両手で剣を掲げ持った。それを受け取らない限り終わらないのは理解したが、怖くて、そんなところまでいけない。
「無理。いらないし」
パドマは、部屋に逃げ帰った。
ベッドの反対側の床に座って、キヌゲネズミぬいぐるみに頭を埋もらせて丸まっていると、無許可で師匠が入室してきた。グラントも入室はしないが、ドアの外で、師匠を見ている。師匠はパドマの正面に回り、また膝を折って剣を掲げた。どうしても、パドマに手に取らせたいらしい。
だが、パドマは本気でいらないと思っている。今使っている剣は、まだ壊れていない。何の不都合も感じていないからだ。そして、これが重要なことなのだが、新しい武器を増やしてしまうと、また間合いを覚えなければ使い物にならないのが、面倒だった。あえて手に馴染んだ物を交換するつもりはない。受け取るだけで使わなくてもいいなら、この場を収めるために、形だけ受け取ってしまった方がいいのかもしれないが。
「本当に、いらないよ。今のがいいんだ」
受け取りたくない理由は、他にもある。師匠が持つ剣は明らかに実用品には見えなかった。武器にさして造詣のないパドマでもわかるくらいに、ごてごてと装飾された宝剣だった。
刀身は見えないのでどうなっているかわからないが、柄は、小さな突起が並んだ鮫皮が巻かれ、目貫きは、蓮が型取られている。鍔は太い三日月型で、沢山の星が彫られている。護拳はリボンのような優美な形で、やはり蓮の花と葉の彫刻であふれている。極め付けは、鞘である。銀の沃懸地に、カラフルな蓮と星を螺鈿で型取り、金粉の蒔絵で縁取りしていた。金具の高彫りや透かし彫りも美しいが、トドメとばかりに貴石が配されているのが、終わっている。間違いなく、宝剣だ。師匠さんは本当に器用ですね、と褒めるのは構わない。しかし、時として、鞘ごと殴りつけたりしているパドマが実用とするのには、絶対に向いていない。
誕生日祭の時にでも、飾りとして使えというなら、聞いてもいいが、このタイミングで渡してくるのだから、違うだろう。パドマは動かずにいたら、キヌゲネズミとの隙間に蝋板がねじ込まれた。フタを開くと、『私の腕をみくびるな。簡単には壊れない』と書いてあった。見透かされたようで悔しかったので、パドマは、
「悪趣味なデザインと長さが気に入らないの」
と言うと、師匠は泣いた。
「そのすぐ泣くところも、自分を見てるみたいで、本当にイライラする」
パドマが更に悪態をつくと、師匠の涙はピタリと止まった。そして、悪い顔をして目を逸らすと、舌を出した。
「まさか、今までの全部嘘泣き? 何それ。ズルい」
パドマが、キヌゲネズミぬいぐるみを師匠に投げ付けると、その手に宝剣をつかまされた。実力行使だった。拒否権はなかった。
「いらん!」
と、ベッドに投げ捨てれば、師匠は置きっぱなしにしていた剣帯の剣と取り替えて、部屋を出て行った。
「ウチの剣を返せ!」
パドマは、新しい剣を剣帯から外して抱え、師匠の後を追った。ウザい男たちが、大多数残っていたが、間をすり抜け、時には飛び越そうとしてしくじって踏みつけながら、全力で走った。着いたのは、ダンジョンだった。立ち止まり、いろんなきのこポーズで挑発しながら師匠が入って行ったのだ。
ダンジョンセンターに入ると、師匠の姿はなかったが、ここまではついてくるよう誘導されたのだ。普通にまっすぐ行ったのだろう。とみせかけて、まいて逃げたのだとしても、どうでもいい。ここまできたのだ。パドマの朝ごはんの時間である。
パドマが歩けば、それだけで護衛によって敵は殲滅される。武器がなくとも、何の問題も感じない。銀のふわふわがミミズの影に見え隠れしていたが、パドマは、完全無視して、護衛にトカゲを仕留めてもらい、解体も調理も完全お任せでミミズステーキにしてもらった。パドマの朝ごはんである。
食後も、武器を手にすることなく歩いて行くと、困り顔の佳人は右にチョロチョロ、左にチョロチョロとついてきた。12階層に着くと、ふわふわの佳人は、懐中からくだんの宝剣と思しき物を出し、鞘から刀身を引き抜いた。
一見すると、カットラスのような刃だった。カットラスとは、湾曲した刃を持つ、幅広ぎみの片手で扱う短刀の一種であり、海賊や海軍が使うことが多い刃物である。装飾過多なのは刀身にも及び、いつもの桃黄碧のカラーリングだけでなく、腰樋に蓮の意匠で樋内彫がほどこされ、その先にも星が彫り散らされている。絶対に、強度に問題があると思うし、軽量化にも失敗していると思う。
呆れる思いで見ていたら、左手でつかまされ、ぐるぐる巻きに縛りつけられた。いつぞやのワイヤー紐かもしれない。パドマは、特に嫌がることもなく縛られた。手などどうでもいい。パドマは、ただ歩くだけだ。工事が終わったからか、無駄に護衛が増えている。あえてお願いでもしなければ、パドマの仕事はなかった。
困り眉でついてくる佳人が、可愛、、、いくない。一撃くらい使ってやろうかな、とパドマが思い始めたところで、師匠に誘拐された。連れて行かれたのは、36階層の無駄にモンスターが大量発生している部屋だ。そんなことをされてしまえば、意地でも剣を振りたくはなくなった。
パドマは、目に映らないスピードで飛んでくるサシバとハチクマを、1羽残らず蹴飛ばした。腕立て伏せは1日坊主のパドマだが、カミツキガメの宙返り斬りは、数年ずっと続けてきたのだ。1発本番でも、ムーンキックだろうが、宙返り蹴りだろうが、お手のものだった。ブーツが、最も付き合いの長い武器だった。剣こそ二番煎じだ。最後の敵をグリグリと踏みつぶすと、パドマは師匠を睨め付けて、立ち去った。護衛なしブーツのみ縛りで先に進む覚悟だ。別に全部を仕留める必要はない。どうにもならなければ、右手でも剣鉈やナイフは扱える。おっさんの思惑に乗る必要はない。パドマこそ、神なのだ。死に果てても、逆らい切ってやろうと決めた。
歩き進めば、44階層で護衛が追い付いてきたが、パドマは先頭で戦い続けた。パドマは、ブーツだけで何の支障も感じなかった。怒りを込めて、「死ね!」と蹴飛ばせば、オオエンマハンミョウの上翅も粉砕した。師匠も護衛もこれ以上ないほど驚いているが、パドマは気にならなかった。足は毎日欠かさず、大地を踏みしめていた。足の太さは人並み以下だが、いつの間にか強靭に育っていたのだ。パドマだって、どこか1ヶ所くらいギデオンにパワーで上回るところがあってもいいではないか。空を飛ぶことに比べたら、何の不思議もないことだ。そう思って、ずんずん先に進んだ。
「あ、姐さん、ちょっといくらなんでも、どうしちまったんだよ。最近、おかしすぎるだろう」
とうとう我慢ができなくなって、ハワードが口を開いた。
「これが、おまえらの望み、なんでしょう? 空を飛び、何ものもを駆逐して歩く神だよ。おめでとう。ウチは、神になった。良かったね」
パドマはもうブチギレている。何を言っても、歩みは止まらなかった。
「違う。俺たちは、俺は、ただきのこを見つけていて欲しかったんだ。寝癖だらけの頭で、行き倒れみたいに起きてきて、飯食って、やだやだ言いながら大八に乗って、バカなこと言いながら、きのこ見つけて人に穴掘らせてる間にいつの間にかイノシシ狩りして、勝手に弁当のつまみ食いでもしてて欲しいから、神になって欲しいと望んだんだよ」
パドマの足は止まった。顔がゆでだこを凌ぐ勢いで、みるみる赤くなっていく。
「人聞きが悪いな! ウチのことを何だと思ってるんだよ!!」
「そうは言っても、お兄ちゃんも師匠さんもいない日の姐さんは、大体そんなものだろうよ。違うとは言わせねぇ」
「うっ。冬は寝癖つかないもん。髪の毛の自重だけでまっすぐにしかならないんだから!」
「その代わりに、ひっ絡まって毛玉になってんじゃねぇか。変わらないんだよ」
「ハワードちゃん、ひどい。ひどいひどい。お腹が満たされたら、頑張って解してるのに」
「言われて泣くくらいなら、もう少し取り繕って生きろ。別に、そのままでもいいけどな、って何の話をしてたんだっけか」
「ハワードちゃんが、こんな人がいっぱいいる前で悪口言う嫌なヤツだって、話だよ」
「違う! 姐さんは超人になんかならないで、どこにでもよくいる変なヤツでいればいいって話だろ」
「変なヤツがどこにでもよくいたら、嫌だよ」
「人間、誰でもどこか1つくらいおかしなところがあるものだろ? 姐さんの大好きなお兄ちゃんなんて、これ以上ないくらい変じゃねぇか。あれだけ格好良い男がいるなんて、変だと思わねぇか? お兄ちゃんがいっぱいいたら、嫌か?」
「確かに! お兄ちゃん、めちゃくちゃカッコイイもんね!! お兄ちゃんがいっぱいいたら、、、お小言が大変そうだな。隠れて悪事も働けないし、やっぱりお兄ちゃんは2人まででいいや」
「1人じゃねぇのかよ」
「しょうがないじゃん。もう1人お兄ちゃんがいるんだもん。今は、行方不明なんだけど」
「それは、、、元気で楽しく暮らしてるといいな」
パドマは、超が付く有名人だ。アーデルバード在住で知らぬ人間はいないだろう。パドマの妹を見ている限りでは、面差しが変わって本人が特定できないということはないと思う。大した付き合いもなかった相手ならともかく、兄妹であれば絶対にわかるだろう。それでいて兄だと名乗り出てこないということは。ハワードの中で悪い予想が次々と浮かんだのを気付かせないように、ニッと笑ってみせた。
師匠は、青い顔でフラフラと出てくると、パドマの左手の紐を解いた。剣を鞘に収めると、パドマの剣帯に吊るし、しょぼくれたまま帰って行った。
「どうしちゃったんだろ」
「姐さんが意地でも剣を使ってくれねぇから、スネちゃったんだろ。姐さんが嫁に行かねぇで探索者続けるって言うから、前に怒らせた詫びも込めて張り切って作ったのに、全否定だもんな。いい気味だ」
「詫び?」
「だから、個人のプレゼントじゃなくて、きのこ経由で渡したんじゃねぇの?」
「そうは言ってもな。こんな正気を疑う剣は使いたくないし、新しい剣を手に馴染ませるのも大変なんだよ」
パドマは、新しい剣を佩いて、気付いたことがあった。この感覚は、久しぶりだった。床からの距離が、愛用の剣をもらった時の長さと同じだった。パドマの身体の成長に合わせて、作ってくれたのだろう。
「成長祝いか。もう身長が、止まっちゃったのかな。嫌だなぁ。もっと大きくなる予定だったのに」
パドマは、抜剣してみた。慣れない長さだが、不都合はない。柄は少々太くなっていたが、むしろ持ちやすく、手に馴染んだ。この分なら樋が入った分だけ刀身がモロくなったりはしていないのだろう。
「さすが、変態だ」
パドマは、納剣して歩き出した。
「50階層でハワードちゃんパーティをしたら、サソリ持って帰るよ!」
次回、サソリを持って帰る