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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
175/463

175.閃亜鉛鉱

 しばらく部屋の片隅で、ジメジメときのこになろうと決めていたのに、起きたら、紅蓮華に招待されたとヴァーノンがやってきた。

「もう昼だぞ。まだ寝てるとは思わなかった」

 まだパドマは行くとも答えてないのに、布団から引きずり出されて、ヴァーノンにブラシをかけられた。服を被せられ、着々と支度が整っていく。ヴァーノンが、ちまちまと頭にリボンを編み込んでくれたのを無視するように、キララタケハットをかぶったら、支度は完了だ。いつでも、家の中に生えることができる。

 支度が整っても、パドマはぼんやりしている。一応、多少は動いているし、立つ方向へ移動していた。だが、待ちきれないヴァーノンは、パドマを担いで出かけた。


 パドマは、紅蓮華の応接室に着くと、一撃で目が覚めた。そこに、不機嫌顔のパットがいたからだ。何事もなければ、師匠がパットにはならないし、自ら紅蓮華に足を運ぶなど、考えられない。

 カーティスに接待されて、不機嫌顔でふんぞり返って座っていたパットは、ヴァーノンが入室するやいなや立ち上がり、カツカツと足音を鳴らしながら詰め寄ると、ヴァーノンからパドマを強奪し、元の席に戻った。腹の中身は何も変わっていないだろうに、忠実に当初の設定を守り、甘やかな色を浮かべて、パドマに餌付けを試みるパットに、パドマは恐怖した。ふざけたキララタケハットをかぶったままなのに、吹き出すこともなく恋人役を熱演できるその神経が恐ろしい。パドマなんて、師匠の頭頂部を思い出すだけで、どうにもならない気持ちになるのに。

「くくくく」

 ほら、我慢ができなかった。パドマは、身体を丸めて何とか持ち直そうとしたが、無駄だった。他の用件なら、発声はもう少し我慢もできるのに。目をつぶると逃げ場がないので、果物に集中しようとしたが、余計に悪化した。

「ブドウが師匠さんっ、ふふ」

 周囲も、パドマの状況に確信を持った。パットは眼を鋭くし、カーティスは果物の皿を片付け、他の障害になりそうなものがないか、部屋をチェックし始めた。ヴァーノンは1人、部屋の入り口でニヤケている。


 パドマの心が落ち着き、ブドウを食べれるまでに回復したら、移動する。紅蓮華の正餐に混ぜてくれるらしい。以前聞いた話だと、普段は大した物を食べていないとイギーが言っていたので、それほど楽しみではないが、パドマは寝ていたから、知らない間に一食抜いていた。今なら何を食べても絶対に美味しい。るるるーんっとカーティスについて行こうとしたら、パドマはパットに捕獲された。パットの横を歩けと指導が入った。パットがウザい。

 パットの腕に手を添えて歩かねばならないのが、大変鬱陶しかった。なんでこんなことをと、パドマはぶちぶちと呪詛を呟いていたら、バンケットホールに着いた。わざわざこんな広い部屋を使うほど人数はいないのに。そう不思議に思って顔をあげると、金髪王子がいた。


「イライラ?」

 パドマは、もう名前も覚えていなかったが、隣国の煌びやかな服装のイケメン王子である。あんまりな反応に、本人とお付きの人は頬を引き攣らせ、紅蓮華の人間は半笑いになった。

「天女様、イライジャ・ダドリー・デ・シャルルマーニュ・ディ・トレイアと申します。

 パット様、奥方様の誕生祭には間に合いませんでしたが、お探しの品を献上に参りました。どうぞお納め下さい」

 イライジャは、パットに跪いて、箱を掲げた。パットの視線の動きに応じて、カーティスがパット側に立ち、それを受け取ると、箱を開けて中身をパットに見せた。茶、黄、橙、緑が混じり合ったような透明感のあるブドウ粒サイズの石が、6つ並んで入っていた。その1つを摘み上げると、パットは光に透かして見つめた。その作業を6回繰り返すと、パットは硬貨をイライジャに弾き飛ばした。

「痛っ」

 如何にイライジャが阿呆だろうと、パットの行動は、失礼にも程がある。だが、誰もそれを咎める人間はいなかった。まだ建国がなんとかというホラ話を信じているのだろう。大金貨をもらったと、イライジャは喜んで尻尾を振っていた。

「ありがとう御座います。代金に見合うだけの品を、急ぎ持参致します」

 パットの首振りに合わせて、カーティスは指摘した。

「目通りは、望まれておられません」



 イライジャの顔を見た瞬間、パドマの目は吊り上がったが、イライジャはすっかりパットに懐いていた。パットにしか絡んで来ないのであれば、パドマは構わない。難しい話をする男たちは放置して、ヴァーノンとごはんを食べたのだが、ヴァーノンは難しい話に興味があるようだった。それに気付いて、パドマは膨れた。

「本当に、おま、、、奥方様は、興がないことには無関心ですね」

 パドマの正面に座っていたイギーが、わかりやすいパドマに呆れていた。

「だって、羊毛も毛織物も農産物も鉱山も、ウチには関係ないじゃん。ウチは、きのこなんだから」

「微妙に返しづらいものをくっつけてくるな。難易度が高すぎる。

 関係はなくもないぞ。最近、真珠を大量にさばいていたろう? 市場は、閃亜鉛鉱とかぶる。ダンジョンには羊もいる。こちらの方が毛の品質が良いことになっているが、安定的に取ってくる人間がいないから、産業としては弱い。パット様の技術と資本が入れば、トレイアが勝つだろう」

「綺羅星ペンギンなら、毛の安定供給はできる。毛織物工場だって作れる。毛織物協会を呑んでもいい。次は、羊の神を目指すか」

 パドマの思い付きを拾ったイライジャは、顔を青くさせた。美しいパット様の知識にも屈したが、愛らしい天女様の謎の力も祭見物の中で、嫌と言うほど身に染みて気付かされたのである。噂よりも実物の方が、すごかった。トレイアで見ただけでは、パドマのすごさはわからなかった。信者との繋がりが、イライジャの配下のそれと、全然違ったのだ。仕事上の付き合いではない、損得感情ではない、狂信的な部下が多数いた。縁もなさそうな他人まで、パドマを見て、涙を流して拝んでいた。あれらをまとめて襲い掛かられれば、トレイアは早晩に落ちる。直情的でキレやすい分だけ、パット様よりも天女様の方が怖い。天女様の機嫌を損ねれば、もれなくパット様にも潰される。折角、パット様のレポートに従って努力したらトレイアの業績が上向いてきたのに、その未来はあんまりだ。

 パドマは、虚ろな目で実現可能な計画案を呪詛として漏らしているし、食事そっちのけでパットはそんなパドマを愛で始めた。イライジャの味方は、ここにもいない。

「アーデルバードと敵対することは致しません。閃亜鉛鉱も、クズ石を除いては、しばらくはパット様にしか卸しませんし、毛織物は元々の販路で売っているだけです。多少、評価が上がっただけですから、影響はありません。親兄弟を蹴散らしてでも、アーデルバードとは敵対しないと約束致します」

「そうですね。失礼ながら、殿下のシャルルマーニュでのお立場を思えば、アーデルバードに傾くのは、悪い手ではないと思います。奥方様の役に立つ人材であれば、アーデルバード街民は歓迎致します。先程の言葉が真実であるか、確認させて頂いてもよろしいですか」

 イギーの言葉に合わせて、レイバンがイライジャの配下に紙束を渡した。受け取った配下は、顔を引き攣らせた。その書面の形式は、何度も悩まされたことがある見慣れたものだった。釣書だ。わざわざわかりやすいページが見えるように上に乗せられているのだから、めくるまでもなく理解した。枚数がとんでもないことになっているのだが、これは人数分なのか、1人が熱烈に恋した結果なのか、確認したくもなかった。イライジャも、視界に入った1枚目だけで、依頼の内容を理解した。パドマがパットの妻でないことは、隠されてもいないし、少し調べれば誰にでもわかることだ。だが、妻になっていなくとも、勝ち目がないのは明白である。妻でも妻でなくても関係ない。パットがフリでも妻として扱うならば、妻と同じだ。シャルルマーニュは、パットに逆らう立場にないのだから。パドマに群がる害虫は、すべて駆除しなければならない。イライジャは、遺伝性の病気の恐ろしさを先祖に呪った。ちょっといいなと思ったくらいで、他人の物に手を出すなよ! バカか!!

「死力を尽くしましょう」


 イギーは、イライジャの言葉に満足した。背筋の凍る呪詛をやっと止められる。

「ヴァーノン、奥方様をお止めしろ」

「パドマ、夕飯は何がいい?」

 ヴァーノンの一声で、瞬時にパドマの瞳は焦点を結び、愛らしいだけの顔に戻った。

「まだ昼ごはんの途中なのに、もう夕ごはんの心配? そんなことより、おやつの方が先だよ」

「食べたい物があるんだな?」

「師匠さんの栗山ケーキ。作り方教わって。何個作っても全部食べるから」

「じゃあ、この後、栗拾いに行くか」

「今から?」

「イギーが馬を貸したくて仕方がない顔をしてるから、すぐに行って帰ってこれる」

「馬だけいたって、乗ったことないよ」

「お前が乗りたいと望むのに、乗れない訳がないだろう」

 客人もいるし、今はパットの妻役なのも忘れているようだ。兄妹設定すら理解していないような甘い空気で話す2人に、咳払いをしてからイギーが割り込んだ。

「乗るなら、乗り手も込みで貸す。素人の乗馬は危ない。やめておけ」

「お前は、誰とパドマを相乗りさせるつもりだ。そんなことはできない。俺が乗せる以外に選択肢はない」

 イギーには、バカ兄を止めることはできなかった。パットがパドマを見ている所為かもしれないが、イライジャもヴァーノンのことをガッツリ見ている。安易にヴァーノンに仕事を振った己れの浅はかさを悔やんだ。

「ご安心ください。馬なら、わたしが出しますよ」

 裏方のカーティスが、笑顔ででしゃばってきた。社会的なアレコレを取り繕うよりも、きのこ神の力を欲しているらしい。目上のイギーはいつでもカス扱いだし、隣国の王子様も目に入れないようだ。

「今日はセープは採らないよ」

 たまたま通りがかりにあれば拾ってもいいが、荷物になる。パドマの積載量は元々少ないし、相乗りする馬に沢山荷物を載せるのも可哀想である。そもそも、本当に兄が馬に乗れるかどうかも、確証はない。やってみたら、あっという間に乗れるようになるんだろうな、とは思うが。

「ええ、何度でも馬を出しましょう」

「しょうがないなぁ。ウチは、穴掘りも荷物持ちも護衛もやらないからね。ウチにやらせても、非効率なだけだから」

「ええ。弁えております」

 にこやかにピクニックの相談をする面々に、イライジャは、アーデルバードの層の厚さを知った。イライジャは、乗馬の会得に人並みの苦労をした。だが、アーデルバード民は、適当に乗ってみれば、すぐに使い物になる程度に乗りこなすのが当然なのだ。カーティスがそれを当然として話しているのだ。物を知らぬ若者の与太話ではないだろう。祭では、「できる訳ないよね、バカなの?」と言っていたパドマが、矢のように飛ばされていた。パドマを投げた青年は、少し背が高いだけの普通の青年だった。以前いたパットの従者は一騎当千だった。紅蓮華幹部はシャルルマーニュ民だから除外かもしれないが、アーデルバード民の身体能力が自分たちと違いすぎる。努力で埋まる程度の差ではない。街1つで国と成し、周囲にへつらうことなく存在し続ける理由がわかる気がした。征服欲がなさそうに見えることを感謝するべきだろう。パット様に牙をへし折られてしまったが、兄弟を蹴散らす爪を研がねば自国は滅びる。

 食後、速やかに仕事に取り掛かるため、イギーの誘いを断って、イライジャは釣書の確認作業を始めた。

次回、神殿。

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