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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
174/463

174.第三回英雄様誕生日祭〈後編〉

 パドマは、すっかりやさぐれた。

 空を飛べなんて無茶振りされて、しょうがないから大砲の弾になってぶっ飛んだら、すごく怖かった。あんまり怖かったから、腰が抜けて動けなくなって、師匠に抱いて下ろしてもらったのだ。呼べば来てくれるだろうが、ヴァーノンの仕事の邪魔はしたくない。その後も、しばらく師匠の抱っこで過ごすハメになった。自分の信条を削って半泣きで降りてみたら、流石神様だと皆に持て囃されたのだ。どう考えても、すごいのはハワードの馬鹿力だと思うのに、ハワードは、静かにきのこポーズでうずくまっていた。裏切られた。


 だから、7日目は、毒きのこになっている。いつもの服に、ザ毒キノコのベニテングタケ帽子をかぶって、唄う黄熊亭出張店舗で、イレの奢りで食べ放題に興じている。

 英雄様の愛する料理を、みんなで食べようぜ! というコンセプトで始まった企画だったと記憶している。唄う黄熊亭は、こじんまりとした店なので、あまり沢山の客に押しかけられても困るから、年に1回だけ広いペンギン食堂で営業することにしたのだったと思う。それなのに、ヤマアラシのパテアンクルートだとか、アルマジロのポワレなんて、パドマの知らないメニューをみつけてしまったのだ。片っ端から全部食べて、今すぐに好きになる必要がある。誕生日も、お祭りもどうでもいい。兄の未来がかかっているかもしれない最重要任務である。マスターの料理が美味しくないハズがないから、食べてしまえば任務完了だ。ついでに師匠にも食べさせれば、師匠のファンも釣れる。イレも連れてくれば、、、1人前の売り上げにはなる。完璧な布陣だ。



 8日目。とうとう紅蓮華の屋台村に顔を出せ、とツッコミが来たが、白蓮華の子どもたちを派遣しただけで、パドマは無視した。お使いに出されてきたイギーは怒っていたが、空を飛べとか無茶振りされて、吹っ飛んで怖い思いまでして、きのこ神は怒っているんだ、と取り合わなかった。そして、また唄う黄熊亭出張店舗に来ている。昨日は、お腹いっぱい過ぎてギブアップして、食べれなかった物があるのだ。誰に何と言われようと、今日はチヌイの親子丼と、クエの兜焼きを食べる。イギーは「毎日食おうと思えば食える、自分ちのオヤジの飯じゃねぇか」と怒っていたが、マスターはパドマの父ではない。店のメニューなのだから、金さえ払えば、材料に不足がなければいつでも作ってもらえるだろう。だが、そんなことを言ったら、紅蓮華のごはんだって、師匠に作ってもらえばいつでも食べれる。どっちもどっちだ。


 綺羅星ペンギンに来た目的は、ごはんを食べに来ただけではない。武闘会の激励に来たのだ。今年は体調不良ではないのだから、当日呼び出さなくても、声をかけられる。

 今年の優勝者は、スタンリーと言う。前年度優勝者のチェイスと負けず劣らず、お前誰やねんと思う男だ。強い男は、真っ先に潰されている。だから、スタンリーはそれほど強い男ではない。恐らく、今年も綺羅星ペンギンは負けるだろう。真っ先に強い相手を潰すのをやめるか、どれだけ囲まれても勝ち残る男が出てくるまでは、綺羅星ペンギンに勝ち目はない。それがわかったから、期待するような言葉をかけるのはやめて、ただごはんを誘って、一緒に食べた。パドマは朝から食べていたが、スタンリーを呼んで、昼ごはんをともにした。一般的には、昼ごはんが正餐だと聞いたから、間違いないと思うのだが、給仕をしているみんなが睨んでくる。何が悪いのか、まったくわからないが、スタンリーの飯代はパドマ持ちで支払って、明日は楽しんで、と見送った後は、また席に戻って食事を続けた。次は、おやつを食べなければならない。どんどん食べねば、いつまで経っても、おなかのシックスパックがなくならない。これがなくなってくれないと、ついつい師匠の頭を連想してしまうので、早くなくしてしまいたいのだ。



 9日目。カーティスに頼まれたので、パドマは渋々紅蓮華の屋台村に来た。

 怒ってますよ、というのを現すためにも、今日のパドマはヒトヨタケの最終形態になりきっている。ぱっと見は、いつものお揃い服と同じだが、よーくみると服の素材は黒インクのようなテカテカの光沢があり、裾が溶けたような形になっている。真っ黒の溶ける途中のきのこ傘帽子もかぶっている。

 あー、そうですか、今日もきのこなのですね、と流されるかとも思っていたが、カーティスが迎えに来た時点では、おめでたそうなコガネキヌカラカサタケファッションに身を包んでいたのだ。少なくとも、カーティスは驚いていた。くそムカついたら着る用にあらかじめ用意していたと思ったのだろうが、師匠の縫製速度を甘く見てもらっては困る。さっき作ってもらったのだ。デザインでケンカをしなければ、すぐに仕上がるのだ。きのこの神になりたい、と言ったのがいけなかったのだ。きのこになりたいと言えば、何もぶつかることはなくなった。


 嫌がる師匠も、おだてて転がして連れてきた。師匠に紅蓮華の屋台の味を教えこんで、もう来年から来ないぜ! と意気揚々とやってきたのだが、着いてから気付いた。師匠の食べそうな物は、串焼きとか、一部の偏った食べ物だけだった。パドマのくだらない思惑のために嫌いな物を食べさせるとか、ひどすぎてできない。

 そうなってしまうと、もう何もやる気がでない。壁に寄りかかって、壁から生えるきのこになるくらいしか、やることがない。

「俺が呼んでも来ないくせに、カーティスが行けば来るのか」

 1日ぶりに会ったイギーは、まだカリカリしていた。器の小ささは、年齢とともに解消されなかったようだ。

「イギーと違って、カーティスさんは、お仕事だからね。交換条件に釣られただけだよ」

「俺は、友だちじゃなかったのか」

「持ちつ持たれつならいいんだけど、持って持っては嫌なんだよ。接待してくれて、散財させてるかもしれないけど、ウチはそんなことしてる時間があったら、ダンジョンに行きたいんだよ?」

「ぐっ。交換条件って、なんだ」

「素材の買取りの約束を、ちょっと有利にしてもらったりだとか、綺羅星ペンギンの人員を面倒みてもらったりだとか。でも、イギーが共同経営者だったんだから、少しはイギーに面倒見てもらってもいいんだよね。追い出されたら困る店子は、大きな顔をできないんだけどさー」

 パドマは、目の前に置かれたイカ焼きに手を伸ばしたら、たこ焼きにすり替えられた。師匠を見ると、そっぽを向いて燻肉大餅をかじっている。

「ちょっとそこのファルシオンの君。悪いけど、これ食べて」

 パドマは、手近なところにいる護衛を使って、たこ焼きを片付けた。たこ焼きは嫌いじゃないし、どちらかと言えば食べたかったが、もうたこ焼きネタはいらないのだ。

「たこ焼きは嫌いか? 前は食べてたよな」

「好きだから、たこ焼き抜きダイエットをしてるんだよ。今日は勧めないで」

「ダイエットなんて、いるか?」

「その問いに対しては、イヴォンさんに教育的指導を受けてきて。面倒臭すぎるから」



 10日目。また最終日のメインイベント、武闘会優勝者vs英雄様の戦いの日がやってきてしまった。

 1度優勝してしまうと出禁になる決まりをパドマが作ったため、ヴァーノンもイレも出場することはできない。予想通りスタンリーも負けた。今年は、去年の14歳の部で優勝した子が挑戦者になったそうだ。彼こそ真の新星様ではなかろうか。

 去年の活躍ぶりを覚えているが、残念ながら彼は相当なパワーファイターだった。殴って蹴って、人を骨折させるようなタイプの戦い方をする、クマが可愛く見えるような大男だった。1番戦いたくない人間かもしれない。骨折させられると後にまで響くから、ハナから戦わず、降参したいくらいなのだが、やはり英雄様は棄権は許されないだろうか。心配するヴァーノンとイレには、大丈夫だよ、なんとかなるよと言って来たが、どう考えても何も大丈夫ではない。避けきれたとして、ぬいぐるみ剣でどう戦ったらいいか、わからない。去年も結局負けたし、負けること自体は構わないのだが、ケガをするのは勘弁してもらいたい。こんなことのために、また半年ダンジョン休みとか言われたら、毎年1年の半分は休業だ。とても嫌だし、困る。

「あー、どうしたものかなー」

 とダレていたら、グラントのお迎えが来てしまった。

「ご準備は、よろしいでしょうか」

「あー、うん。準備とか特にないし、行けるよ。師匠さんと行くから、先に行ってて」

「承知致しました。ご武運をお祈り申し上げます」

 相当ダメに見えるのだろう。出て行くグラントも、心配そうにパドマを見ていた。

「あー、ダメだね。シャキッと行くか」

 ぬいぐるみ剣を持って立ち上がると、師匠がパドマを簀巻きにした。

「何を?!」

 パドマは、信じられない物を見た。目の前に、パドマがいたのだ。背は少々高いが、髪も顔も身体つきも、気持ち悪いくらいにパドマだった。師匠がパドマに変身していた。

 師匠が新星様に変身していたのは、知っていた。誰もその新星様を師匠だと気付かないのは変だと思っていた。ちょっと同じ服を着ていて、髪を染めたくらいで、なんでそこまで騙されるのか、目の腐り具合を心配したものだった。だが、目の前の師匠を見て納得した。これは、パドマだ。パドマ本人が認めざるを得ないくらいに、パドマだった。

 師匠は、にぃっと笑った後、上衣を緑の服に取り替え、パドマがかぶる予定でいたヤコウタケ帽子をかぶって、部屋から出て行ってしまった。


 パドマは、ショックを受けていた。ジュールか誰かから指摘をされて、ずっと目を逸らしてきたのに。師匠は、ちょっと化粧をしたら、見分けがつかないくらいにパドマに似るのだ。それが意味するところは、化粧をしなくとも顔が同系統ということだろう。あんなに可愛い師匠と似ているなんて、絶望しかない。


 しばらくすると、師匠が戻ってきて、パドマの拘束を解いてくれた。帽子を放って、元通りの服に着替えて、顔を布でゴシゴシと拭きだした。顔をあげたら、いつもの師匠である。すっぴんで、美少女だったらしい。かなりヤバいおっさんだった。

「勝っちゃったんだよね?」

と、確認すると、ほわほわの笑顔を向けられた。

 ズルもいいところなので、まったく笑えないのだが、ケガなく済んだのだから、良かったのだろう。

「ありがとう」

と言うことにした。



「可哀想だったぞ」

 無事に誕生日祭りを乗り切って、ああ良かったと寝るところで、ヴァーノンに話しかけられた。

「何が?」

「今日の武闘会。師匠さんに任せただろう? あの状況なら、その判断は悪くはないと思う。お前が殴られるよりは余程いいとは思った。だがな、周囲は皆パドマだと信じていた。だから、あの場で何があったか、知っておいた方がいい」

 ヴァーノンが語るところによると、挑戦者の彼には、まったく戦意が見られなかったらしい。前回、前々回と、少しも戦闘が行われず、親しげに話して終わったため、英雄様とお話しする会だと思っていたのかもしれない。ふわふわ剣しか持ち込んではいけないと言っているのに、花束を持って出てきたらしい。同い年だし、友だち希望だったのかもしれない、とヴァーノンは言った。

 遠い上に、客席はガヤがうるさい。何を話したかはわからなかったが、英雄様は、司会からふわふわ剣を受け取ると、フルスイングして挑戦者を海の藻屑に変えたらしい。紅蓮華が出した救助船で、生存が確認されて、英雄様の勝利が決まったそうだ。

「ごめん。何かいろいろ難しすぎて、どうしたらいいか、わからない。お話し会に変えようとしてくれてたなら、恩人じゃないかと思うんだけど、武闘会決勝だったんだから、師匠さんを怒っちゃダメなんだよね。いい人かもしれないけど、見た目が怖いから近寄りたくないし、不意打ちだったなら謝った方がいいのかな? どうするのが正解?」

「俺にも、わからん。ひどいと詰られるかもしれないし、馬鹿力だと賞賛されるかもしれない。英雄様は、何を注目されて、どういう感想を持たれるやら、予想が当たったことがない」

「うぅぅ。きのこは、しばらく部屋の隅っこでジメジメしてようかな」

 パドマは、活躍の場を作ってあげられなかったムラサキアブラシメジモドキの帽子をかぶった。

次回、王子再び

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