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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.16歳
173/463

173.第三回英雄様誕生日祭〈前編〉

 パドマに見限られて意気消沈して、何にも手につかなかった。そう語った男たちは、しっかりと英雄様誕生日祭の準備をしていた。今年は、パドマは全く企画会議に参加していないから、不安しかない。これ以上の怒りを買わないようにと、ぬるい企画のみになっていることを祈るしかない。


 真珠のブレスレットを作ることばかりにかまけていたため、その存在をすっかり忘れていたパドマは、自分の衣装を用意するので手一杯だった。手が回らないから、師匠に手伝いをお願いしたのだが、間違いだった、と後悔した。師匠が本気を出してくれれば、服一着くらい秒で仕上がる。だからこそお願いしたのに、パドマの注文がうまく伝わらず、方向性の違う衣装が山積みになるだけだった。

 去年は、パドマの好きな生き物の着ぐるみで挑んだのだが、パドマの型紙おこしテクニックがなかった所為で、体形がくっきり出るような服に仕上がった。姿見など持っていないし、まったく気付かずに着ていたのだが、イレに指摘された時は、恥ずかしすぎて死ぬかと思った。そこで、やはり服は服屋に頼まねばならないと学習した。だから、師匠に頼んだのだ。

 パドマの一番大切な要望は、肌を晒さないことと、ボディラインを出さないことだ。いつも用意してもらっているお揃いの服のように、季節関係なく長袖長ズボンが望ましい。なんなら顔も隠してしまってもいいくらいの勢いで、すべてを見えないようにして欲しい。何も言わずに用意される服が、なんとなく達成できているのだ。難しい要望ではないと思う。

 次に出した要望は、テーマだ。今年は、きのこ神になりたいと言った。謎のきのこ着ぐるみを着て、「お前ら、本気でこれでいいのか?」と言ってやる予定だった。なのに、神というワードがよくなかったのだろう。師匠は、やたらと露出の大きい衣装を作る。袖や裾が短くなるのはマシな方で、腹が出るのは鉄板、ワンショルダーで上半身が片身しか隠れないなど、何のための服かと問いたくなるようなものを満足気に作るのだ。露出なしで作ったよ、と言われても、油断をしてはいけない。そう言う服は、ヴェールを取ると、背中がまるっと開いて、なんなら上から足まで全部見えているような、とんでもないことになっていたりするのだ。布を増やされた場合は、腰が絞られて、体型を出す方に全振りされたりする。師匠と神の相性は、最悪だった。

 パドマは、師匠の露出癖を止めるのに夢中になり、当初の自らが掲げたコンセプトを段々と忘れていった。



 そして、英雄様誕生日祭晴れ1日目の催し物、英雄様パレードで、無事、パドマは、きのこ神として参加した。

 ドーリア式のキトンに袖をつけたような白い服を下に着て、上に問題の片身しかない薄桃色の服を重ねて着た。片身しかなくとも、上着であれば問題ない。なんとか師匠のこだわりを混ぜることで、折り合いを付けたのだ。もちろん、ピンを付けて調整して着るような難しい作りではなく、かぶったらそのままでいいような状態に作ってもらった。ドレープの入り方などを考えなくても、勝手にそれらしくなる。服屋様々だ。

 それだけでは、きのこ感がまったくないので、師匠にきのこ帽子を作ってもらった。今日は、コウバイタケを模したきのこ帽子である。天辺がビビットピンクで傘のふちが白。細くだんだら状に白色が入るきのこだ。衣装の攻防で疲れ果て、違う色がいいと言う元気は、もう残っていなかった。昨日も、夜遅くまで、師匠とやり合っていたのだ。

 だから、スタートから、かなり眠い。そんな状態で、いつものみんなと一緒に、元馬車に乗った。子どもたちが全員狩衣を着てるのはどうして? などと、ツッコむ気力もない。知らない人が、「神よ」などと感涙しているのにも、気付かずにぼんやりとしていた。子どもたちの手前、寝ることは許されない。ただ目を開けていること。倒れない程度に水分補給をすること。それだけに全神経を注いで過ごした。



 2日目は、武闘会の子どもの部を観戦した。

 ヴァーノン対策のため、優勝者は次年以降出場禁止にしたのだが、子どもの部には適用されない。10歳の部で優勝した子は、放っておいても次の年には10歳の部には出られないからだ。他の出場者も一緒に年齢が繰り上がるから、順当にいけば、また同じ子が優勝する。年齢を詐称していそうなおかしな巨漢に肉弾戦で勝つのは、なかなか難しいのだろう。10歳の部以外は、去年見た子と同じ子しかいなかった。

 これでは、面白くないと、パドマは思った。もし来年もやるならば、ルールの大幅な変更を申し出ようと思った。英雄様は、私情を挟まず、体格の劣る者の味方なのだ。小さい子には絶対勝てないようなルールは、英雄様のコンセプトに合わない。英雄様は、ちっちゃいくせに一人前ヅラして大男に混ざっているから、みんなが面白がっているのではなかったのか。努力の勝利の素晴らしさを是非とも提唱しようと、心から思った。明日には忘れてしまいそうだが、来年まで覚えていたら絶対に言う。

 優勝者に記念品を渡すパドマは、パラソールの帽子をかぶっている。ザ、きのこな茶色い幅広の傘で、ところどころにぷつぷつとふくらみがある。幅広なのが、ポイントだ。帽子が邪魔になるから、あまり人に近付くことができない。近寄ると、大きな子どもたちの顔も見えなくなる。パドマは、右から順番に、おなかさんに商品を突き出し、おめでとうと言った。

 今日の衣装は、師匠作の前身ごろしかない服だが、下に傷物きのこ色のキトンを着たので、問題ない。



 3日目は、ペンギンパレードである。

 パドマは、ペンギンを無視して、今日もきのこだ。師匠渾身の作品でもない透明感のある青いきのこ、ピクシーズパラソルの帽子をかぶっている。

 服は、布が多ければいいんだな、と嫌がらせのように透ける布を重ねまくった問題作だ。デザイン自体は悪くないのに、どうしても透けない布では作ってくれなかった。だから、透けない服の上に着た。師匠の神様服を着るのは、工夫が必要だ。ただ重ね着すると、もこもこして何か違うものになってしまう。

 パドマは、剣帯を帯びていない。あれは仮装に合わないと、ようやく気付いた。師匠作の護身用アクセサリーをゴテゴテと付けていれば、ダンジョン外なら足りるな、と思ったのだ。



 4日目は、武闘会の綺羅星ペンギンの部と一般の部が行われる。パドマは、綺羅星ペンギンの部の観戦場である城壁上に現れた。

 ぶちキレた日から放置されていた男たちは、パドマが呆れるほどに、目で見てそうとわかるくらいウキウキそわそわとしていた。これから、ルールがあるようなないような乱戦を行う雰囲気は感じられなかった。

 今年の総合審判は、前年度優勝者であるチェイスなのだが、バカ男たちの雄叫びが大きすぎて、まったく声が通らない。少し待ってみたが、どうにもならなそうなので、パドマは立った。

 今日のパドマは、ハナビラタケになっている。頭も身体も、レースでビラビラだ。ただのドレスなら断るところだが、ハナビラタケを見せられて、食べさせられてしまえば、文句も言えなくなった。間違いなく、きのこ衣装だと納得させられてしまった。

 そんなビラビラが立ち上がれば、下からでもパドマが動いたのがわかる。静まったところでコールした。

「勝ち上がれ! 試合開始!!」


 パドマは、席に戻って観戦した。

 誰かが死ぬ心配をしなくて済むのであれば、乱戦を見るのは面白かった。放っておけば優勝してしまいそうなギデオンやグラントが、真っ先に狙われて囲まれて潰されていくのだ。自分で言い出したルールが足枷になってやられていくグラントに、心の中でザマァ! と言った。ケタケタ笑っていたら、チェイスにとても残念な眼差しを向けられていたので、心の声が漏れ出ていたかもしれないが、神は下々の感想を無視した。きのこの神は、きのこがあればそれを感知するだけの存在なのだ。聖人君子ではない。

 5日目も、綺羅星ペンギンの乱戦を見守り、ざまあに興じた。



 6日目は、英雄様の出し物の日である。

 パドマは、目隠し真剣演舞をする予定で来たのだが、イギーに「空を飛べ」と無茶振りをされた。目隠し真剣演舞の的役をやりたくないから、新しい出し物を考えたのだろう。そこまでは理解できるが、急に飛べと言われて、何の準備もなく空を飛ぶ人間などいない。いる訳がない。

 にも関わらず、頭のおかしいイギーだけでなく、まともだと信じていた商家の皆様にまで頼まれた。どんなに頼まれたって、人は空を飛べるようにはならない。

「だーかーらー、それは、俺たちがクソバカ力で姐さんを投げて遊んでただけだ、って言ってんだろう」

 白茶の男たちが、必死で公式見解を口にして加勢してくれたのだが、誰も聞く耳を持ってくれない。ハワードは、パドマの怒りを買わないように必死になっているだけで、本人も信じてないからかもしれない。

 どうしてそんな話になったのか、パドマにはまったく心当たりがないのだが、英雄様が夜な夜な空を飛び回っていると、街中の噂になっているらしいのだ。とうとう師匠は、パドマの変装をして空を飛ぶようになってしまったのか、と考えたりもしたが、師匠もここ最近は、パドマと一緒に衣装制作をしていた。空を飛ぶ時間などなかった。夢遊病だったとしても、師匠はパドマを隠れ蓑にして細々と生きている妖精なのだから、人身御供に差し出すつもりはない。

「どうしてもって言うなら、どこからでも飛び降りてみるけど、どこから飛べばいい? ウチが死んだら、自殺強要の罪を背負ってね」

 そこまで言っても、

「なんで命をかけてまで隠すんだよ。飛べばいいだろう。どうせ街中にバレてるんだぞ? もう隠す必要ないよな」

 と信じてくれない。平行線だ。空を飛べない。とても当たり前の話だと思うのに、誰も信じてくれない。野郎どもをぶちのめしたのは師匠だ、という話は通じたのに、空を飛べないことは誰もわかってくれない。


「お話しは、わかりました。では、英雄様を投げる遊びを見せて頂くのは如何ですか?」

 両者の間を取った紅蓮華幹部兼きのこ信徒古参のカーティスの意見が採用された。

 もう祭の柱は片付けられている。飛び上がるのに適当な場所など、そうそうない。そう思ったのに、街には、適当な場所が沢山あった。柱がなくとも、花が置かれていた屋根の上で足りるよね、と言われてしまったのだ。そんなので良ければ、街中の建物の過半数が該当する。ちょっと助走ができて、見学する場所があれば、どこでもいい。だが、失敗して、他人様の家を壊してしまったら嫌なので、会場は、きのこ神殿に設定してもらった。

 きのこ神殿は、その後も順調に工事が続けられていたようで、石垣だけは完成している。

 隅角部を算木積(さんぎづみ)にした切込接(きりこみはぎ)に加工された石を谷積にした石垣ができていた。石垣の上が全面塀か櫓で塞がれているので、なかなかの高さがある。城壁を除けば、アーデルバード1の高さを誇るのが、櫓かもしれない。そのうちパドマの家に抜かされる予定だが。

「何が何も手に付かないだよ。これだけ仕事が進んでたら、十分だろうが」

 パドマが吐き捨てると、白茶の男たちが、ビクッと肩を揺らした。

「まぁ、いいけど。上に乗っても崩れたりしないんだよね。信じるからね。

 ハワードちゃん、準備。あんまり近いと角度的に無理だ。ちょっと離れて、思いっきりかっ飛ばしてくれる? 今日は、ご褒美は何もないけど」

「承知。今度こそ失敗しない。全力だ。来い!」


 今日のパドマは、ウスキヌガサタケである。師匠の問題作、透けなければいいんだなと、パドマの肌色と同色で遠目に見ると大変困った状態に見えるかもしれないドレスを採用してしまった。肌はまったく見えないし、全面にキレイな刺繍が入っている可愛いメッシュレイヤードドレスなのだが、頑として別の色では作ってくれなかった。その上に、ウスキヌガサタケの特長である、黄色のふわりとした丸いあみあみを重ね着している。髪色が丁度きのこ色だから、帽子はかぶっていない。

 その衣装のまま助走して跳んで、ハワードの手を踏みつけた。

「うっがぁーーー!!」

 2度目である。パドマは、ハワードのタイミングに合わせて跳んだ。

 ハワードは、張り切り過ぎた。パドマは、ビシビシと風を感じるくらいに、ぶっ飛んだ。方向に狂いはなかったようで、パドマは櫓の屋根の上に落っこちた。大成功すぎた。

「馬鹿野郎! 飛ばし過ぎだ!! 怖くて降りれないから、誰か早く助けに来い!」

次回、誕生日続き。


なんだか、最近、この話を書くのが嫌になってきてしまいました。どうしましょう。

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