172.秋桜と桔梗と月下美人
とうとう締切がきた。パドマが勝手に決めていただけで、誰も何も思っていないただの日だが、約1年頑張った集大成である。すっかりキバの抜けたフリをしている師匠をフルに使って、入念に準備を整えた。今年は失敗しない!
毎日、その日の気分だけで予定を決めることなく自由に暮らしていたパドマだが、初めて自分で企画をして人を集めた。やっといてー、と丸投げしなかったのだ。
今日は、祭の日である。ミラ、リブ、ニナを迎えに行き、ハワードたちに白蓮華の子どもを連れてきてもらい、イギーを誘うフリをして、紅蓮華の座敷を借りた。その日体調が良さそうだったら、イヴォンも誘っていいよ、と言っておいたのだが、イヴォンも来ていた。そろそろ出産が近いのかもしれない。前回会った時は、まったく妊娠の兆候を感じられなかったが、今は、弾けそうなくらいお腹が膨らんでいた。
「姐さん、俺たちは、すぐそこで立ってるから、何かあったら何でも言ってくれ」
いつでもチャラけているのがいいところなハワードが、やけに真面目な顔をしている。おかしなきのこポーズでいられるよりは大分いいのだが、パドマは彼らに忠誠心の類いは求めていない。面倒臭いなー、と思った。
「毎回来る度に見かけるから、どうせ行くんじゃないかなって、ついでで引率を頼んだだけだよ。帰りは送ってくし、どこにでも好きに遊びに行ってきなよ」
「まだ許してくれてないんだろ」
ハワードの顔は、暗い。祭の雰囲気にそぐわない。子どもたちと一緒にいる時も暗かった。やはり人の上に立たせるには不満の出る男だった。腹に何を抱えていても子どもたちを引率する間くらい笑っていて欲しかった。
「許すも何も、ハナからお前らの存在を認めてないだけだよ」
「みんなあの日から、毎日葬式だからな。グラントのおっさんなんて、姐さんにシカトされて半分死んでるぞ」
「シカトなんてしてないよ」
放置している自覚はある。段々とフェードアウトして、関係ない人になる予定なのだから、仕方がない。パドマがいなくなれば、役員報酬が1人分減って、経営が楽になるのだ。お互いに悪くないと思う。
「謝りに行ったのに、門前払いにしたんだろう?」
「そんなことしないけど。あーあれかな? ちょっと笑いすぎて、お腹痛くて何日か起きれなくなっちゃってさ。その後、別の理由で何日か伏せってた時に、誰か来たって聞いた気がするけど、あの状態で話を聞いても、覚えてるわけないよね。大事な用ならまた来るだろ、来ないなら大した用じゃないな、って思ってたよ。グラントさんだったんだ」
「繊細な俺たち可哀想! 1回断られたら、もう行けないだろう。笑い過ぎって、どんな理由だよ」
「言葉にするとバカにしてるかもしれないけど、大変だったんだよ。笑い茸食べたってそんなに笑わないってくらい笑いが止まらなくて、夜も眠れないし、筋肉痛でお腹が痛くなって、気持ち悪いくらいに痩せたし。かなりの重症だったんだよ」
パドマは、脈絡もなく、急にうずくまって震え始めた。折角、忘れていたアレを思い出してしまったのだ。手がハワードに向かって伸ばされたが、意味がわからず、ハワードは狼狽えた。困っていると、パドマの後ろから師匠が現れた。綺羅星ペンギンからすれば、最大の敵であり現状の元凶である師匠が、パドマの近くにいることを許されていることこそ腹立たしいのだが、何故か、師匠はお前が悪いと言わんばかりにハワードを睨みつけてくる。
「なんだよ」
応戦しようと睨み返したが、一瞬で背中をつかまれ、ハワード他2名は外に捨てられた。師匠は、パドマを小脇に抱えて奥に入って行った。パドマは、また謎の笑い病を患いかけていた。なんとかして、脳内師匠を上書きしなければ、また身がやつれるほどに笑い転げることになるだろう。
「ニナ。遅くなって、ごめんね。形は変わっちゃったけど、作ってきたよ。もらってね」
「ありがとう!!」
パドマは、ニナ、リブ、ミラの順に腕を取り、ブレスレットを付けた。
バロックパール率も高いし、開けても開けても、微妙に大きさの違う玉が出てくるし、色もなんだか違う気がする。白を10個並べると、それぞれ少し違う白に見えるのだ。その状態にデザインもへったくれもなく、やさぐれていたのだが、いっそマルチカラーのブレスレットを作ることにした。それならば、色は何色でもいいからだ。色を変えたら、玉の微妙なサイズ違いも、それほど気にならなくなった。留め金のところには、謎の半球真珠を付けてもらった。
そう、付けてもらった。またしても自分では作らなかった。制作者は師匠である。師匠であれば、適当に勝手なことを言っていると、それらしく品質の良さげな物を、するっと作ってくれる。ロクなことをしない男だが、お願いを聞いてくれるうちは、とても便利で素敵な人なのだ。それぞれのイメージに合わせ、若干色を変えたので、まったく同じものではないが、5つお揃いで作ってもらった。1つは、もうパドマの腕に付いている。最後の1つは、ヴァーノンの腕に断りもなく付けた。
「俺も? ありがとうな」
ヴァーノンが大した感動もなく受け取ったのを、師匠は悔しそうに見ていた。作る時は、師匠の腕の太さに合わせて作ったのだ。師匠の分だと思っていたのだろう。師匠とヴァーノンのパーツサイズが似ているので便利に使っただけなのだが、勿論、パドマは勘違いをするように、わざとやった。前回の恨みを覚えているから、今日は、どんどん師匠の心をへし折る気満々でいるのだ。子どもたちには、面を配ったが、師匠にくれてやるものなどない。
「今は元気でも、つらくなったらいつでも下がってくれていいからね。接待なんて、全部イギーにやらせておけばいいから。出来が悪くて心配かもしれないけど、やらかしても今日は怒らないからさ」
イヴォンに声をかけると、キレイな顔で返された。前のめり感が薄れていて、少しだけパドマに優しくなっていた。
「はい。お誘い頂きありがとう御座いました。何かありましたら、遠慮なく中座させて頂きます。イギーは信頼しきれませんが、他にもスタッフを配置しております。そちらを使って下さいませ」
「変わらないなぁ。イギーは、ぞっこんなんだよ。少しは良く見てやってよ。ウチが、これを企画したのはイギーのためなんだよ。前にさ、イギーがお祭りに奥さんと遊びに行きたいけど、一緒にいられない祭りになんて誘ったら、また奥さんにバカにされるとか何とかウジウジしてたから」
「俺は、そんな話はしてねぇ。適当に曲解してんじゃねぇよ!」
「照れなくていいし。甲斐性がなさすぎて自分じゃ誘えないんだなぁ、と思ったから、人を増やして誘いやすくしてあげたんじゃん。いい友だちだね」
「お姉ちゃん、やさしーね」
「おくさんが来てくれて、良かったね」
「良かったね、お兄ちゃん」
白蓮華の良い子ビームに当てられて、イギーは言葉を失っていた。白蓮華の決まりに、面倒を見切れない子はお帰りいただくというものがあるため、追い出されたらかなわないと、子どもたちは無駄にいい子を装っている。子どもたちは、大人の喜びそうな子ども像をよくわかっているのだ。イギーごときでは敵わない。多少の腕白くらいなら、追い出す気はないのだが、日々子どもたちも、腕を上げている。
座敷から祭の様子を見て、食事を楽しみ、踊りに出たり戻ったりしていると、エイベルが不思議そうに言った。
「お姉ちゃんは、どこからお花を持って来たの?」
「あー、花ねー。そこの柱を上って、綱渡りした先の屋根の上。人がいっぱいで見えないかな。あそこにあるんだけど」
パドマは指で花の方角を指し示した。
「すごーい。お姉ちゃん、柱を上れるの?」
「すごーい。お姉ちゃん、綱渡りができるの?」
「すごーい。お姉ちゃん、お花が取れるの?」
パドマは、子どもたちのキラキラしたパワーに当てられて、困った。
「いや、師匠さんとお兄ちゃんが取ってくれたんだよ。ウチは無理だよ。柱上がるところから、できないよ」
今日は、重い装備は身につけていない。そういう意味ではベストコンディションだが、いかんせんパドマは腕力も脚力もたいしたことがなさすぎて、柱上りができない。腕立て伏せを極限までサボったツケがきた。コツコツ続けていたら、できるようになっていたかもしれないのに。
「うーん。できるかなぁ。やってみる? ちょっと交渉してみるね」
パドマは、座敷の前に立っているハワードのところに行った。遊びに行けと言ったのに、馬鹿正直に直立し続けている。
「ハワードちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどさ。日頃の恨みを込めて思いっきり投げ飛ばしたら、ウチをあの柱の上に乗せたりできる?」
「姐さんに恨みなんかねぇぞ? チリほどもないからな? 人聞きの悪いことを言わないでくれよ」
「いや、大事なのは、そこじゃない。ウチを弾にして大砲ぶちかまして欲しいんだけど、どうかな」
「重りを下ろしてくれたら、可能性はあるかもだけど、柱の上は、着地点が狭すぎるだろ。危ないし、練習なしの1発本番とか、無理だ。普通に上がればいい。前のお兄ちゃんみたいで良ければ、上にあげてやるし」
パドマとて、確実な方法がそれだというのには、気付いている。ハワードが柱を半分くらいまで上っているのは見たことがあるし、ぶら下がってもいけそうだな、とも思っているが、残念ながら触りたくないのだ。頼む方が言うことではないが、嫌なものは嫌だ。
「それはもう一回やったし。今日は祭だよ? 英雄様が普通に出てきたら、面白くないじゃん。失敗しても怒らないからさ。投げてみてよ。上手くいったら、花をあげるから」
「マジで? やる!」
パドマの無謀なチャレンジが決定した。柱の真下から飛ぶのでも成功しないと思われるのに、ハワードを中心に入れずに行うために、屋台よりも外から飛ぶ。単純な飛距離だけで、成功する気がしない。助走をつけて跳んで、ハワードが組んだ手の上に飛び乗るところまでは練習した。後は、1発本番にかける。ハワードが投げるタイミングでパドマも跳べたら飛距離が伸びたりしないかな? と考えたりするが、そんなことはできない。ハワードの腕力頼みのお粗末な作戦である。
「いっくよー」
のんきな声とともに、パドマは走り出す。跳躍でハワードの手に飛び乗ったら、一回下に沈ませて、斜め上に打ち上げられた。
「っっせいっ!!」
阿呆な作戦は、成功することはない。パドマが比較的軽かろうと、人1人分の重さがある。並みの男よりは力があるが、常人の枠から出ることのないハワードの腕力では届かない。それなのに、パドマは、まっすぐ柱に向かって飛んで行き、師匠のようにふわりと着地した。
「やればできんじゃん」
パドマは、やったぜ! とハワードに手信号を送った。パドマ的には、人の功績にあぐらをかいて、テンション爆上がりなのだが、まだミッションは終わっていない。むしろここからが、自分の実力だけで何とかしなければならない正念場である。最低でも兄レベルの力を発揮しないと、下に落ちて、皆様にご迷惑をかける。
パドマは、そろりと綱の上に片足を乗せると、びっくりするほど少しも揺れなかった。師匠が調整してくれた時の方が余程揺れたと言えるくらいに、これっぽっちも揺れなかった。考えたこともなかったが、パドマには綱渡りの才能があったらしい。そういうことならばと、スタスタ普通に歩いて渡った。そして、屋根に立って考える。今年は何本花を持って行こうか。
パドマは、また大量に花を手に入れて、その上、ズルをして階段を使って、みんなのところに戻って花を配った。ミラ、リブ、ニナに渡すと、次は白蓮華の子どもたちの分。ヴァーノンとイギーとイヴォンに渡したら、ヴァーノンにとんでもない言いがかりをつけられた。
「本当に、空を飛べたんだな」
「空? 飛べる訳ないよね。ハワードちゃんに、気合いで投げてもらったんだよ」
「それこそ、届く訳がない。お前は、確かに飛んでいた。証拠に、綱がまったく動かなかった。乗ればその分、たわむものだ。あんなに緩く張られた綱をたわませずに上に乗るなんて、人間にはできない。少し前に、パドマが空を飛んでいたと聞いて、阿呆かと思っていたんだが」
「そうだな。夜中に、英雄様がこっそり空中散歩をしてると聞いて、いくらなんでも、空なんて飛ぶか、と言ってたんだがな」
「パドマ様は、神になられたのです。だから、飛べるようになったのでしょう」
イヴォンは、中空を見つめて、瞳を輝かせた。イギーは、ヴァーノンと酒を酌み交わしながら、タコせんべいを食べていた。
「そうだな。神になるヤツは、一味違うな」
「飛べるか! 訳わかんないハードル上げるのやめてくれない? 絶対に無理だから」
飛べないことを証明しようと、その場でぴょんぴょん飛んでは着地してみせたが、誰の意見もひるがえりそうになかった。飛べる証明は飛んでみせればいいのだろうが、飛べない証明はどうしたらいいか、パドマには思い付かなかった。
「100歩譲って、なんできのこ神が空飛ぶんだよ。きのこは、森に生えてるんだよ」
「そう言われても、神の知り合いは他にいないから、知らねぇよ」
何を言っても無駄と諦めて、パドマは外に逃げた。師匠は、自分を忘れているよ? と、チラチラアピールしながらついてくるのだが、無視だ。花をあげて、何をされたか覚えているのに、あげるわけがない。
「ハワードちゃん、さっきはありがとう。おかげさまで、花までいけたよ」
パドマは、わざとらしく師匠を視界から外して、ハワードのところに行った。
「いや、しくじって悪かった。もう少し気合いを入れて投げるフリだけでも、すりゃ良かったんだな。役割を勘違いした」
ハワードの様子が、おかしかった。顔は放心してパドマを見ないし、手は小刻みに震えている。また怒られると思ってるのか、面倒臭い男だなぁ、とパドマはげんなりした。
「てっきり、柱に上るのを失敗して、『普通の女の子だし、できるハズないよね』とか言うのが目的だと思ってたんだ。まさか、あんな距離を俺が投げたから乗れた設定で上るとは、思わなかったんだよ!」
「まさか、ハワードちゃんまで、訳のわからないことを言うつもり? ウチは、ハワードちゃんの怪力のおかげで、行けたのに、、、」
パドマの顔が歪んだ。泣く一歩手前のモーションに入っていることに、ハワードは気が付いた。役割が間違っていたことに気付いたら、言わねばならないことが違うことにも気付かねばならなかったのだ。
「!! いや、俺は、実は、すげぇ怪力なんだ。毎日、子どもたちを投げ飛ばして、遊んでるからな。姐さんの役に立つ機会があって、良かったなぁ」
パドマの顔が曇ったのに気付いて、ハワードはから元気でやけっぱちに答えた。だが、パドマの目はスッと細められた。気を遣ったつもりだが、なかなか上手くはいかないものだ。
「子どもを投げたら、ダメだろう」
「間違えた。子どもじゃなくて、毎日、ギデオンとヘクターでお手玉して遊んでたんだった。あいつらに比べたら、姐さんなんて赤子みたいに小さいし、どこまでも投げられちゃうぜぃ」
ハワードは、ない知恵を総動員して、なんとかパドマの合格ラインを探った。どうしたらいいかはわからないが、自分が道化役なのは承知している。ハワードはふざけ続けなければ、パドマは途端に震えだす。
「ウチは、大人だ」
「姐さんは、ちっちゃく見えるけど実は大人で、来年からは解禁なんだぜ」
「何の話だ!」
イェーイ! と続ける前に怒られた。ふざけ続けるにしたって、そうネタなどないのに。
「修正が細かすぎて、どうしたらいいか、わからなくなったんだよ! もういいだろう。ギデオンは、くそデカいんだから」
「しょうがないな。じゃあ、公式見解はそれだからね」
「誰も信じてくれなくてもいいなら、広めておくよ」
ハワードは、半眼になった。空飛ぶ英雄様の話は、子どもたちにも知られている。それを、実は自分の怪力の所為でした、なんて言おうものなら、その場ではスゴイね! と持ち上げられて、裏で鼻で笑われるのが、今からわかる。
「きのこ神の言葉だ。信じない者はいらない」
「やっぱり神様なんじゃねぇか! 何がOKなのか、わからねぇんだよ!!」
「きのこのお告げは置いといて、手を出して。ちゃんと覚えてね。綺羅星ペンギンに1本、百獣の夕星に1本、白蓮華に5本、きのこに1本、グラントさんに1本、ハワードちゃんに1本。これで忘れ物はないかな? もし忘れてるなら、不正を働いて窓から花を取りに行こうかと思うんだけど」
「おっさんは、何もしてねぇ」
「ハワードちゃんだけにあげたら、気持ち悪いでしょ。あと、心配かけたみたいだし、これから、さっきの話を広めてもらうの。ハワードちゃんだけだと心配だから」
「さいですか。綺羅星ペンギン2本承りました。今すぐに配って参ります」
ハワードは、真面目くさって礼をした後、走って消えた。
部屋に戻ろうと振り返ると、師匠が前に立った。すり抜けようとすると防がれるし、自分の顔を指差して、露骨にアピールしてくる。パドマの手の中の花がなくなりかけているからだろう。
「ダメ。これは、マスターとママさんとイレさんにあげるの! もらった人だけじゃなくて、取ってきた人も福が来るんだから、自分で取ってきてよ。師匠さんなら簡単でしょ」
そう言うと、師匠は膨れっ面で花を取りに行ったので、パドマは皆のところに戻った。のだが、座るところまでいくこともなく、また師匠がやってきた。パドマに向けて、キキョウの花を4本差し出してきた。
「はっや。もう取ってきたの? えと、これどうしたらいいのかな。4本ともくれるの? ありがと。もらうね」
パドマは、花をもらって、ヴァーノンの後ろに隠れた。今はイレがいないのだから、バリアにできるのは、ヴァーノンしかいない。
「師匠さんが、萎れているぞ。花を欲しがってるんじゃないのか?」
「花を渡したら、ロクなことにならないよね」
「そうだな。渡さなくていい」
ヴァーノンの賛同を得られたから、もうここが安全地帯だ。タイムオーバーまで、兄の後ろに隠れきった。
ミラたちを送り、白蓮華の子どもたちを送り、パドマは唄う黄熊亭に戻った。
マスターに花を渡し、ママさんに花を渡し、イレに花を渡したら、パドマの福の花は完売だ。キキョウは、花瓶にいけた。イレは、また号泣し始めてウザいので、師匠にあげた方が良かったと思いかけてしまったが、何があろうと、師匠に福の花はあげてはならない。しょぼんとしているところも可愛いので、問題ない。頭頂部はふさふさだから、害はない。
いや、ちょっと思い出しかけてしまったのは、危なかった。あれは忘れるか慣れるかしないと、今度こそ死んでしまう。師匠の面白頭の所為だけで、パドマの腹はシックスパックになってしまったのだ。パドマが欲しいのは、腕力だ。上腕筋だ。もう腹筋はいらない。笑った後の筋肉痛は、本当に痛いのだ。
それにしても、花を1本もらうもらわないで、お通夜になられても、売り上げ的に困る。
「お父さん、カドの煮付けが食べたいよー」
「お兄ちゃん、ハジカミイオの茶碗蒸しが食べたいよー」
という具合に、それぞれに財布を開かせて、最終的に、一食分まるっとごはんを馳走になった。常連のおっちゃんたちの視線を感じたが、パドマは金持ちたちの財布の紐を緩ませるのに忙しいから、明日以降にして欲しい。
パドマはお腹が満たされて、師匠の心をへし折って、計画通りの大変満足な1日を過ごせたので、寝に戻る時に、計画通りに造花を師匠の頭に乗せた。いつか師匠と遊んだお花作りの延長線で、1人で作ったものである。月下美人の花。とても師匠に似合うと思うのだが、すぐしぼんでしまうので、なかなか実物を贈るのは難しい。だが、造花ならその難易度がさがる。同時に美しさを出す難易度が跳ね上がるのだが、それはまぁ、可能な限り頑張ったと言っておこう。努力はしたが、師匠ほど上手には作れない。
師匠は、パドマの作った月下美人を髪飾りに加工したようで、毎日頭に付けるようになった。そこまでされると壊してやりたい気持ちがむくむくと湧いてくるのだが、お揃いの髪飾りをつけられることがなくなったので、目を瞑ることにした。
いつもの倍の長さになってしまったけれど、切るのも面倒なので、そのまま投稿させていただきます。
次回、誕生日。