表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
168/463

168.神像

 師匠は、無事にイレを捕獲して帰って来たそうだ。朝、パドマは、家を出たところで2人に再会して、いつものカフェでごはんを食べながら、昨日の話を聞いた。怒り狂ったヴァーノンは、師匠よりも足が速かったらしい。以前は、そんな風ではなかったのだが、師匠に出会うことでヴァーノンもおかしくなってしまったのだ。

 普段のヴァーノンは、どこまでも普通の人なのだが、勤勉さが頭10個分くらい人より飛び抜けている。その技能が必要だと思えば、ちょっとの隙間時間もフルで使って、練習に練習を重ねてなんでも習得してしまうのだ。諦めるということを知らないので、常に習得済か習得中であり、習得できなかったという言葉は存在しない。何年だか前に、パドマに割り当てられた師匠を単独で撃退するという冗談を、クソ真面目に習得しようとしていたのだろう。おかげさまで、より一層おかしな人になってしまった。師匠の所為だ。

 そうパドマの考察を開陳したら、イレは信じてくれなかった。イレの愛する唯一無二の師匠の技量をマネすることはできない。そう酔っているのだ。

「でも、仮想敵がトマスのままだったら、お兄ちゃんは、そんな風にはならなかったよ。お兄ちゃんは、ウチのピンチだと思えば、軽く仮想敵を超えてくるから。きっと必要だと思えば、師匠さんより可愛くなったりするんだよ。どうしよう。もう可愛いって言ってもらえなくなるよ」

「いや、師匠より可愛くなる必要性は、いくらなんでも発生しないでしょう。仮令、パドマ兄が世界一可愛くなっても、パドマ兄の中だけはパドマが一番だから、心配しなくていいよ」

「そうかなぁ。もう成人しちゃった時点で、終わったんじゃないかと、思ってる。でも、成人してみて気付いたんだけどさ、中身は子どもの時と、何にも変わらないよね。本当に15年生きたか疑問だよ」

「お兄さんの故郷では、15歳はまだ子どもだし。成人年齢なんて、ただの指標だよ。場所によってコロコロ変わるんだから」

「そうなの? そこでは何歳成人?」

「18歳! だから、お兄さんは大人。師匠は、子ども」

「何言ってるの? 師匠さんの方が、年上なんでしょ」

「師匠は、永遠の妖精だから」

「はいはい。もうそれ年齢ですらないから」



 食後は、師匠と一緒にイレをまいて、きのこ神殿建設予定地に見学にきた。昨日の今日で、城壁を越えたり、ダンジョンに行ったりするのは、ヴァーノンの胃壁に良くないかな、と気を遣った結果だ。

 建設予定地は、もう当初の面影がない程に地形が変わっていた。前の道から上に上がる坂もできているし、区画ごとに高低差がつけられている。恐らく、盛り土だけなら終わっているし、グリ石の準備もできていた。築石待ちをしているのだろう。作業をしている人はいなかった。

 門に着いたところが終着ではなく、そこからが遠い。坂を上り、うねうねとした道を進み、いくつかの建物を突っ切り、最奥にある建物の最上階がパドマの住居だと言われている。本気でここに住むのであれば、足腰が強くなくてはならない。嫌だなぁ、と思う理由の1つだ。門すぐの犬小屋の方がいい。眺望だけは、素晴らしいのだが、そんなものは年1くらいでいい。よりきのこの神になる気持ちが失せた。



 続いて、紅蓮華の倉庫に行った。港からも城門からも遠い、なんでこんなところに作ったと疑問に思うような立地にある倉庫だ。紅蓮華は、土地が売りに出されると、とりあえず何でも買ってしまうという噂だから、買ったものの使い道がなかったのかもしれない。紅蓮華の本部に匹敵するくらいの敷地面積があり、倉庫自体は石灰の白が輝く立派な建物が並んでいる。その立地からか、半分以上使われていないらしい。それを無償で借り上げて、きのこ神殿で使う建材の加工の作業場と保管に利用している。紅蓮華幹部のカーティスとルーファスは、きのこ神信徒の初期メンバーだし、活動は何もしていないと思うが、紅蓮華会頭と次期会頭が、末席に混ざり込んでいるという噂だ。アーデルバード最大の団体だった紅蓮華をある意味で呑んでしまったので、綺羅星ペンギンの阿呆共は、自由にバカをやらかしている。

 建材というから、柱や床材を作っていると思っていたのに、大半が彫刻作品だった。透かし彫りの壁だとか、きのこ盛り盛りの柱とか、巨大なレッサーパンダ像とか、ああ、そうか神殿だったね、と思えるものから、それは何に使うの? というものまで沢山転がっていた。木像だけでなく、石膏像も石像もある。人数が多いから、趣味人も多彩だったのかと思ったが、これはと思った作品は、全部師匠の作品だった。大体いつでもパドマと一緒にいるのに、いつこんなものを作っていたのだろうか。

 呆れつつあちらこちらを覗いていたのだが、隅のすみの方で布を被っている作品が気になった。布が被されているのは、あれだけだ。周回コースのように近くを通過する時、そっと布を踏みつけて滑らせると、とんでもない彫刻が現れた。


「きゃあぁああぁあぁああああっ!!」


 パドマの等身大全身石膏像が、隠されていたのを見つけてしまった。きのこ神の像である。あって当然なのかもしれないが、申し訳程度の布を纏うだけで、服を着ていない。1番の問題は、制作者が師匠だということだ。採寸なしで、今現在のスリーサイズ以上のサイズを知る男である。最もやってはいけないことだと、わかって欲しかった。パドマは、即座に剣を抜き、全力斬りで叩き壊した。近くにある関係ない作品も巻き添えになったが、知ったことではない。破片も残さない勢いで粉微塵にした。最終的に、倉庫も破損したが、パドマは後悔していない。案内してくれていた男も、倉庫内で作業をしていた男も、なんなら護衛まで皆逃げてしまったが、師匠は変わらずそこにいる。

「何故、こんなものを作った」

『古今東西、神様は大体あんな風』

 何が悪いのか、理解していない悪びれることない顔のままで、蝋板を見せている。

「ウチの像なんて作るな。作りたければ、奥さんの像でも作ってろ。バカ!」

 パドマは、剣を師匠に投げつけて帰った。



 剣をケガをすることなくキャッチして、師匠は、いつも通りの可愛い顔をしてパドマについてくる。パドマは、真っ直ぐ紅蓮華に向かい、ヴァーノンの下に案内してもらい、出てきた兄の前で崩れた。

「どうした?」

 と、尋ねられたが、パドマは嗚咽を止めることでいっぱいいっぱいで、言葉が紡げなかった。ヴァーノンに師匠を殺してもらおうと思ったのか、ヴァーノンと心中しようと思ったのか、何をしたくてここに来たのか、それもわからなくなった。

 今まで、パドマが直接助けを請いに来たことはない。何かがあったことは明白である。ヴァーノンは、パドマを抱え、上長に断り、店を出た。師匠に尋ねても何もないと言うし、いつもいる取り巻きがいない。

 ヴァーノンは、まっすぐ綺羅星ペンギンに行くと、グラントに一方的に宣言した。

「パドマは、そちらとは全面的に縁を切らせていただく。理由は、自分で調べてくれ」

「調査致します」


 ヴァーノンは、唄う黄熊亭に着くと、ついて来ようとする師匠を制して、子ども部屋にこもった。

「アーデルバードを出るか? 今なら、すぐそこの森じゃなく、どこまででも行けるぞ」

 パドマは、起きているのに、何も言わない。瞳に顔を映しても、表情に変化はない。何もなければ、パドマは、ヴァーノンのところには来ない。だから、何もないと言った師匠は敵で、調査すると言ったグラントの方が信頼度は高そうだ。だが、パドマの害になるのなら、どちらもいらない。何もいらない。

 ヴァーノンは、部屋を片付け、マスターに断りを入れると、パドマを連れて城壁を越えた。



 ヴァーノンは、パドマに話しかけながら歩き続けた。前に城壁を越えた時も、パドマは似たり寄ったりの人形になっていた。あの時は、時折奇声を上げて、泣きじゃくった。何があったのか、未だに詳細はわからないのだが、殺人現場に居合わせたらしかった。お兄ちゃんが人を刺したと言われ、少々困ったのだが、それを受け入れていたら、時間と共に回復した。回復すると同時に、いろんなことを忘れているようだったが、生活には支障のない範囲内のようだったので、無視した。前回は、人殺しと騒ぐパドマを持て余して、他に行く当てがなくて、やむなく外に出たのだが、今回も、同じように治れば良い、と思って連れてきた。


 が。7年放置した家は、壊れていた。もともと大した小屋でもなかった。ただ雨をしのぐためだけのものだ。残っていても、今となっては身体のサイズに合わない。だから、壊れていても構わないのだが、パドマが少し反応した。

「欲しければ、もう一度作る。が、ここでなくてもいい」

「や!」

「そうか。ならばやめておこう」

 ヴァーノンは、また歩き出した。


 次に、パドマが好きだった花畑に来た。空からも花が降り、両脇からも花が迫ってくる魔獣も寄らない恐ろしい毒草の吹き溜まりである。全てに強烈な色彩があり、その色のちぐはぐさは幻想的でもあり、危険信号でもある。ある種の安全地帯であるが、逃げ込んだ自分も毒を吸い込む紙一重な場所だった。パドマには異常が起きなかったので長居していたが、ヴァーノンの肺は痛めつけられていた、思い出深い場所である。

「どうだ。今日も、すごい色をしているぞ」

 と、ヴァーノンが言えば、パドマは空に手を伸ばした。パドマの手に、肉色の花が握られた。

「な?!」

 絶対に届かない、届くはずのない天の花をパドマは、持っていた。それによって、パドマの手は傷んでいなかったので、そのままにした。

「その花が好きなのか?」

 と問えば、パドマは、花を食べてしまった。早業過ぎて、止められなかった。吐かせた方がいいか、ヴァーノンは悩んだのだが、パドマは、ヴァーノンから降りてしまった。

「何処へ行く?」

「誰もいないところ」

 パドマは、瞳に浮かぶ色以外は、もう元に戻ったようだった。



 パドマは、どこにいても、さして気にならなかった。日が上れば、目を開けて歩いた。水があればそれを飲み、腹が減れば、草を食んだ。そして、眠くなるまで歩き、眠くなったら、その場で寝た。イノシシ魔獣に襲われれば、諦めて切り捨て、焼いて食べた。残りは、何ものかが食べれるように、捨てていく。

 ヴァーノンには帰るように説得したのだが、パドマが帰らないのであれば、帰らないと言う。パドマは、後ろからついてくる男ほど嫌いなものはないのだが。大好きだったヴァーノンにも苛立ちを覚えながら、歩き続けた。



 何日経ったろうか。猿犬虎蛇の巣に着いた。洞の中身も確認せず、入り口に枯れ木と生木の枝を積み上げて、燃やした。火は然程上がらない。だが、絶えることのないように、近場で見つけた可燃物を次々と積み上げた。

 やがて、中から角付きの赤いトカゲが出てきた。20階層の火蜥蜴くらいのサイズの物が、わらわらと出てきた。火付けの犯人がパドマだと気付いたのではないと思うが、全部パドマに飛びかかってきた。ヴァーノンが剣を抜いてフォローに入ろうとすると、空から降ってきた師匠が壁になって角トカゲの攻撃を受け止め、そのままパドマを拐って逃げた。角トカゲは、ヴァーノンの相手をすることなく、散って逃げた。ヴァーノンは、敵にパドマを奪われ、取り残されてしまった。



 師匠が、パドマを抱えて走る間、パドマは大人しくはしていなかった。武器なら、師匠が呆れるほど持っている。勝手に剣を抜いて斬りつけて、足を振り回して蹴り付けて、引っ掻いて、かみついて、出来る限りの攻撃をしたのだが、最終的には、甘んじて受けられて、無視されてしまった。剣だけは取り返されたが、蹴られても噛みつかれても、たいしたダメージにならないのだろう。逆にパドマの方が虚しくなった。それでも悔しくて、ぽこぽこ叩き続けていたら、あの倉庫に連れて来られた。中に入ると、300人くらいの男が跪いていた。半分くらいは見た顔だが、半分くらいは顔も知らない。

 びっくりして手を止めていたら、師匠はパドマを下ろし、地に頭を付けた。パドマの知らないきのこポーズなのかもしれないと、警戒した。師匠の前に置かれた蝋板を見ると、『ごめんね』と書いてある。字を知らなかったあの日ならともかく、随分と軽い謝罪だった。そして、問題は、師匠の横にある何かだ。アレと同じ布を被せられた何かだ。剥ぎ取ってみると、パットと師匠が並んで座る裸像が出てきた。顔が自分なのが反省の証のつもりなのだろうが、パドマはそんな物には騙されない。顔が誰だろうと身体は恐らくパドマだ。男は誰だか知らないが、パットではない。身長が違う。

「これを粉にした人だけ許す」

 と言うと、男たちが立ち上がり、猛攻撃が始まった。勢い余って転がってきた師匠の頭をパドマは踏みつけてみたが、割れなかったので、持ち上げて落として割った。何度も何度も繰り返し落として割っていたら、パットの頭を献上されたので、それも割った。割って割って踏みにじって外に出ると、ヴァーノンがいた。確かに、ヴァーノンは、足が速くなったようだ。

「お兄ちゃん、あそこに他人の裸像を作る変態がいるんだけど、締め上げてくれないかな」

「ああ。可愛い妹の頼みだ。聞き入れねばなるまいよ」

 そこには、目がすわり切った実の兄妹にしか見えない2人がいた。パドマがヴァーノンの切れる剣を抜いてしまったから、ヴァーノンは切れない剣を抜いた。2人の声も剣を抜く音も聞こえたハズなのに、師匠は地に頭を付けた姿勢のまま動いていない。ヴァーノンが剣で背中を殴りつけても、動かなかった。パドマは、ヴァーノンが怖くて尻込みしていたら、剣をヴァーノンに奪われた。

「2度と、おかしなマネができないようにしてやろう」

 そう言うと、ヴァーノンは、師匠の両腕を切り落とした。パドマは、それを見て気を失って倒れたので、会はお開きになった。ヴァーノンには、パドマの体調以上に大切なものはなかったからである。

次回、夢の中。妙にリアルな夢の中。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ