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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
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167.帰還

 パドマは、師匠に全てをお任せして、ぐーすか寝ることを選択したのだが、謎の布に襲われて起きた。起きたらベッドにいて、ヴァーノンに睨まれているものだと思っていたのだが、予想外の事態である。ウキャウキャと騒ぎながら布と格闘していたら、天井がひらけて、美しい曇天の空模様と、愛らしい不機嫌顔が覗いた。師匠だ。

 師匠は、パドマをズルッと布から引きずり出すと、隣のテントに放り込み、続いて自分も入った。隣のテントは、襲ってきた布と同じ色だった。恐らく、あの布も、少し前までテントだったのだろう。テントの中央に立つ柱を見れば、なんでそんな事件が起きたか、察せられる。蹴ったか殴ったか体当たりしたかで、柱を倒してしまったのだろう。だから、テントが崩れて布が落ちてきたのだ。

 師匠は、昨日の髪型のまま寝てしまったパドマの髪を解いて、ブラシをかけている。だが、くるんくるんについたクセが、どうしても直らず、師匠は、タライを出して水を張り、パドマの頭を洗い出した。

「そこまでしてくれなくていいよ」

 と言いつつ、パドマは、特に抵抗はしなかった。どうせ何をしたって洗うだろうし、洗ってくれなかったら、自分で洗いたかったからだ。できることなら、身体も洗って欲しいくらいだ。人並みの羞恥心は持っているので、言わないが。

 師匠は、頭を洗い終わると、タオルを大量に出して、拭き始めた。ある程度乾くと、ブラシをかけて、タライを持って出て行った。


 少し待ってみたが、師匠は戻って来ないようだ。お腹も減ったし、喉が乾いた。何か分けてもらおうと、パドマはテントを出た。

 さっきテントを移動する際に見えたのだが、ここは採石場の宿泊用テントである。みんなは朝ごはんを食べないと聞いたが、誰か捕まえれば、水くらいは分けてもらえるだろう。

 テントを出た周辺には誰もいなかったので、採石場に向かって歩いた。作業音に話す声まで聞こえるのだから、絶対に誰かいる。


「ねぇねぇ、チェイス。水、ちょうだい」

 採石場には人がいっぱいいたが、名前のわかる男は1人しかいなかった。誰に言っても同じだと思うが、名前を知らない人間よりは、知っている人間の方が声をかけやすい。だから、チェイスをターゲットにしてみたのだが、困らせてしまったようだ。顔を赤らめるだけで、動かなかった。

「あう。あー。あー」

 と言うだけで、何もしない。

「水ですね。少々お待ちください」

 代わりに、周囲にいた男が10人くらいどこかに走って行った。ちょっと水を用意するだけで、そんなに人員が必要だとは、申し訳ないことをした。パドマも作業を手伝おうと、男たちを追った。


 猛烈ダッシュで走る男たちは、速かった。パドマは、競うように走る男たちにあっという間に置いていかれ、見失い、とことこと走っていたら、空からイレが降ってきた。

「パドマみーつけた」

「おはよう、イレさん。こんなところで何してるの? 迷子?」

「そんなことより、パドマのテントはどこ? ちょっと中に入って。そんな格好で、外を歩いちゃダメだよね」

「なんで?」

「なんで?! 理由を教えるところからなの? パドマ兄は、どういう教育を、、、愛でてるだけで、放置か、そうか。、、、ごはんを持ってきたから、テントで食べて欲しい。皆の分はないから」

「ごはん? やった。ありがとう、イレさん」

 パドマは、どれが出てきたテントか覚えていなかったが、隣のつぶれたテントを目印に探し出し、さっきのテントに潜り込んだ。


「ごめんね。師匠に言われて、急いで買ってきただけだから、気に入らないかもしれないんだけど」

 と、イレが遠慮がちに差し出して来たのは、ぽっぽ焼きと、フレンチドックだった。ぽっぽ焼きは、蒸しパン風の焼き菓子で、フレンチドックはウインナーの代わりに魚肉ソーセージを入れたアメリカンドックのような食べ物である。かなりハイセンスな朝ごはんだと、パドマは思った。どちらも砂糖が使われている上に、どちらもパン寄りのお菓子だった。

 パドマは女の子だからと甘い物を選んで来たのは、わかった。腹立たしいことに、イレには何度違うと教え込んでも、おじいちゃんだから覚えてくれないのだ。いっそ高価な甘味を買えないように、ごっそりお金を取り上げたいくらいだが、イレはパドマの想像を遥かに超えた金持ちなので、いくら取り上げてもお金がなくなる気がしなかった。どれだけねだっても、湯水を垂れ流すように金を出してくるのだ。よくも今まで悪い人に目をつけられなかったな、と思ったが、悪い人(ししょう)には、もう目をつけられていた。イレの財布の分厚さが、尋常ではないだけだった。

 もらい物にケチをつけるのもアレなので、有難く食べることにした。

「助かるよ。ありがとう」

 ひとまず、セットで持ってきてくれた水袋に手を付けた。そろそろ水分を補給しないと、しゃべるのもつらかった。

 一気に全部飲み干すと、ぽっぽ焼きに手を伸ばした。まだ温かかった。できたては嬉しいが、暑いから微妙だ。

「暑いから、外で食べてもいい? みんなに隠れて、こっそり食べるから」

 入れと言ったイレは、テントに入って来ない。暑いから入って来ないのだと決めつけているパドマは、外が羨ましくて仕方がなかった。

「そんな濡れた髪で、外を出歩くのは良くないよ。乾くまでは、中にいた方がいい」

「こんなに暑いのに、頭が濡れてたって、風邪なんか引かないよ。それに、こんなところにいたら、汗をかいて一生乾かないままに、暑くて死ぬよ。外で風を浴びてた方が乾くと思う」

「風邪? お兄さんは、そんな心配はしてないけども! パドマ兄め、師匠め、なんでこんな怒られそうなことばっかり、お兄さんの仕事にするのか!」

 イレは、ぷりぷりと怒っている。だが、暑い日にテントの中から出るなと言われているパドマこそ、怒りたいのだ。

「見つからなければ、いいんでしょ? かくれんぼしてるから」


 暑くて死ぬという言葉には、イレは逆らえなかった。渋々テントから出るのを承諾し、涼しくかくれて朝ごはんを食べれる場所を、探しに行くことになった。パドマは歩きながら、まふまふと食べているので、場所が見つかる頃には、朝ごはんがなくなっている可能性はあるが。

 隠れてと言っているのに、男たちにすぐに見つけられてしまった。パドマはすっかり忘れていたが、さっき水を頼んだのだ。頼んでおいていなくなってしまったので、探してくれていたらしい。発見時は2人だったのに、わらわらと10人くらい集まってきた。ただの水の補給に、そんな人数は大袈裟すぎる。

「水をお持ち致しました」

「ああ、うん、ありがとう。申し訳ないんだけど、水袋に入れてもらってもいいかな。あと、日陰で、こっそりごはんが食べれる場所はない? テントの中は、暑くていられないんだよね」

 こっそりだと言っているのに、パドマは堂々と聞いてしまった。探すより、彼らに聞いた方が早いからだ。

「テント?! それは、いけません。事務所をお使いください。ご案内致します。こちらへどうぞ」

 何故か、水男たちは、イレを睨みつけて、そう言った。パドマが渡した水袋を受け取って、歩いていく。着いていくと、いつ建てたのやら、家が3軒建っていた。そのうちの1つに、パドマは案内された。ソファではなく、木のイスだったが、応接間のような部屋があって、そこを使う許可をもらった。イレが入り口側のイスに座ったので、パドマはその向かいに座った。水男は、水袋への水の詰め替えが終わっても、残った。作業に戻っていいよ、と言ったのだが、半数は残ってしまった。イレにまで、「護衛だよ。気にしない」と言われても、パドマは気になる。パドマの所為で工事が遅れても、補償したくない。

「これで、わかったよね?」

 などと、イレにドヤられても困る。パドマは、何を分かればいいのかから、わからなかった。

「ああ、うん。ぽっぽ焼きも、フレンチドックも朝ごはんにするのに、悪くはなかったよ」

「違うよ? お兄さんが言いたいことは、朝ごはんのメニューについてじゃなかったよ。気に入ってもらえたなら、嬉しいけど、違うからね。髪の毛の話だよ。本当っに、パドマ兄め!」

 イレは、濡れた髪を見て、そわそわしてる男たちについて物申したいのに、パドマには伝わる気配もないことにイライラした。アーデルバードは、身内以外の若い娘を見る機会はほぼない地域だ。そこに来ての濡れ髪の少女など、レアキャラMAXなのである。その少女の顔が整っていたら、そわそわしたくもなる。イレもそれがわかるからやめさせたいのに、まったく通じなかった。迂闊に指摘すれば、怒られることは学習したが、放置もできない。貴重な怒られてもこじれないヴァーノンにこそ、指導を任せたいのに、ヴァーノンはパドマを甘やかしているだけで、何もしていないように見える。イレは、それを腹立たしく思った。

「イレさんは、お兄ちゃんを見かけたの? やっぱり無断外泊を怒ってた? なんて言ったら、許してくれるかなぁ」

 やっぱり鉄板は泣き落としだよね。もうどれだけ堪えたって、怖くて泣いちゃうから、丁度いいよね。と続けるパドマの天然具合に、イレも少し驚いた。

「無断外泊って、魔獣にさらわれてた子が、何を言ってるの? パドマ兄は、激怒モードでパドマを探しに行ったのを、師匠が今、拾いに行ってるんだよ」

「!! 違うよ。さらわれたんじゃなくて、さらわせたんだよ。街の近くにあんな大きい魔獣がいたら危ないから、巣ごと殲滅しようと思って。どうしよう。お兄ちゃんを探しに行かなきゃ」

 パドマが立ち上がると、イスが倒れた。イレは、パドマを止めようと、ドアへの道をふさいだが、パドマは窓に向かって走った。そして、大声をあげた。

「お兄ちゃーん! ここだよー!!」


 当然、そんなことをしたところで、ヴァーノンが現れる訳がない。ヴァーノンはこの近くにいないし、こちらに行ったという話もない。だが、パドマは満足したようで、また席に戻って、朝食の続きを食べ始めた。

 パドマがまだ小さな子どもであれば良かったのだが、パドマの奇行をどうツッコんでいいのやら、護衛ともども困っていたら、ドアからヴァーノンが入ってきた。

「やっと見つけた。無事か?」

 イレも、護衛も総毛だった。パドマは、それに気付かず、ぽっぽ焼きを置いて、ヴァーノンに飛び付いた。

「ただいま。ごめんね。魔獣狩りに行ったんだけど、巣がめちゃくちゃ遠かったんだ」

「拐われてたんだろう?」

「巣への移動手段で、さらわせただけだよ。だって、足が速すぎて追いかけられないんだもん。追いかけてきた師匠さんにも、攻撃しないようにお願いしてさ。結果論としては、単独だったから、その場で倒しても変わらなかったんだけど。紛らしいことして、心配かけて、ごめんなさい」

「次は、もっと早く呼べよ」

「うん」

 べたべた兄妹がべたべたしている件については、みんなもそろそろ見飽きている。だが、呼んだらどこにでも現れる機能は初見だった。パドマのおまけくらいに思っていたヴァーノンの特殊技能への驚きにフリーズしていたが、金縛がとけると、疑問が口を出た。

「師匠は見かけなかった? パドマ兄を追いかけたと思うんだけど」

「追跡者の気配は感じましたが、パドマではないので、まいてしまいました。師匠さんかどうかは、わかりません。パドマかパドマ以外か、しか認識できません。未熟で申し訳ありません」

「師匠をまく? あり得ないよね。でも、パドマ兄を追跡する人間は他にいないだろうし、師匠が探し損ねるのも考えられないし。うーん。まぁ、いいや。パドマの保護者が来たなら、お兄さんはお役御免だよね。パドマのことはパドマ兄に任せて、師匠を探しに行ってきていいかな?」

「はい、ありがとう御座いました」

「そうだ。パドマは、男と2人きりでいても全く気にしないし、そんな身なりでも気にせずウロつくし、そろそろ純粋培養で愛でてないで、ちゃんと教えてあげた方がいいと思うよ。余計なお世話だろうけどね」

 イレは、不穏な捨て台詞を置き土産にして、帰って行った。

「どんな身なりで歩いてたんだ?」

「今のまんまの格好。なんか、頭が乾いてないのが、気に入らないみたい。髪が長いと、全然乾かないのを知らないんだよ。完全に乾くのなんて待ってたら、1日終わっちゃうじゃんね」

「そうだな。10年前の髪質なら、それ程かからなかったけどな」

 パドマも気にしていなかったが、ヴァーノンにも伝わらなかったので、イレの不満が解消する日は訪れないことが決定した。

次回、ヴァーノンvs師匠

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