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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
166/463

166.猿面

 ガンガンに降り注ぐ日差しにダレながら、パドマは師匠の日傘に守られて、えっちらおっちら歩いていた。夏はダンジョンで過ごすに限るのに、バカ男たちは、工事をやめる気配がない。パドマも暑くて行きたくないので、採石場までは行かない。差し入れの定義としては間違っているかもしれないが、運ぶ食材が傷んでしまいそうだから、頑張る意義を持てなかったのだ。だから、道路工事をしている最前線のところまで行って、炊き出しをする。採石場にいるヤツらも、食べたければここまで来ればいいし、作業をしたければ来なければいい。

 到着したら、食材を運んでもらった護衛たちにタープを張ってもらい、簡易カマドを作ってもらう。ただでさえ暑いのに、火を起こすのだ。自分はバカなんじゃないかな、と心配になる。真横にいる佳人が、汗ひとつかくことなく、涼しげに立っているのが、信じられない。

 寸胴を並べてガンガン湯を沸かし、麺を茹でて、野菜を切って、卵を焼いて、肉を焼いて、冷やし中華風の麺料理と焼肉を用意した。

 料理の種類は少ないが、みんな大好き師匠さんの手作りたれは、沢山ある。ネギ塩レモンだれ、梅しそだれ、冷や汁風だれ、豆乳ゴマだれ、トマトツナだれ、鶏ガラ塩だれ、ミョウガ青葉昆布だれ、ピリ辛中華風だれと、8種類もあるのだ。好きに味変して食べたらいい。

 みんなが食べている姿を眺めながら、パドマもよそって食べると、驚いた。焼肉は熱いままだが、麺とその上に乗る野菜が冷たかった。茹でた後、水でしめる作業はしたが、それにしたって冷たい。こんなおかしなことをしそうな犯人は、1人だけである。犯人は、今日も可愛い顔をして、可愛く麺をすすっている。どうやったら、そんなに可愛く食べれるのかもわからないし、なんでおっさんが可愛くしてるのかも、わからない。

 くそ暑い中の冷えた麺は、すすむ。パドマはあっという間に食べ終えて、更に速い師匠の分の皿も片付けてやろうと手を伸ばして、、、手と手が触れた。

「つっめた。え? どうして?」

 パドマは、皿を洗って、戻ってきて師匠をぺたぺたと触ってみると、頭も顔も手も冷たかった。水仕事をした直後の手より冷たいなんて、おかしい。

「どうやったら、そんなに冷たくなれるの?」

 その問いに、師匠はパドマを自分の横に座らせた。今日のパドマの頭は、ヴァーノンの手によってクマ耳お団子になっていたのだが、それを解かれてしまった。汗だくの頭をいじられるなど、申し訳ないのでやめて欲しいが、パドマは小さくなって耐えた。

 師匠は、パドマの頭をがっしがっしとブラシをかけた後、両サイドと後ろをざっくりとゆるく編み込みしてくれた。自分の頭は自分では見えないので、仕上がり具合を確認することはできないが、元の髪型も新しい髪型もそう違いを感じられないアップスタイルだった。涼しくしてくれるとパドマが勘違いしただけで、ただ髪型が気に入らないだけだったのかもしれない。師匠の性格を思えば、それだけの可能性が高い。

「本当に、意味わかんないな」

 もうすべてを忘れて、差し入れの片付けをしようとした時だ。師匠は、懐中から扇子を出して、パドマを扇いだ。

「あ、ちょっと涼しいかも」

 編み込みを入れることによって、髪に分け目が増え、地肌が空気に触れる面積が広がったことで、少し涼しくなったような気がした。

 師匠の頭は、一本にまとめて縛られているだけで、これっぽっちも編まれていない。本当の涼みテクを教えてくれる気はないのだろう。そうだというのであれば、パドマにも考えがある。

 昼ごはんの後片付けをちゃっちゃと済ませると、夕飯の材料の配達が来るまで休憩がある。その間、パドマは暑苦しくうっとうしく、師匠の背中にべったり貼り付いて涼んで過ごした。師匠は暑かろうが、パドマは冷たくて気持ちがいい。夏の師匠は昼寝が捗るいい枕だった。



 夕飯の炊き出しの片付けも終わり、そろそろ帰る時間になった。空は茜色に色付き、森の木々すら赤みを帯びている。早く帰らないと、歩きながら寝てしまうかもしれない。ピョーという甲高い鳥の声も聞こえた。森に住んでいたパドマも聞いたことのない物悲しい声だ。さっさと帰った方がいいということに違いない。

 採石場よりも街の方が近くなってしまったので、工事をしていた人間も合わせて、皆で一緒に街に歩いて帰る。皆は土やら石やら荷物をいっぱい持っているが、パドマはほぼ手ぶらである。だから、遅れずに歩くことはできるのだが、気が付けば、空を飛んでいた。


 パドマは、落ち着いていた。突然、空を飛ぶくらいのことは、師匠のイタズラにかかれば、ままあることだと思うからだった。眼下では、部下たちは大騒ぎをしているが、修行が足りなすぎる。

「いい加減、師匠さんの悪ふざけに慣れたらいいのに、ねぇ、師匠さん」

と話しかけた相手は、地上を走っているのが見えた。距離は、家2軒分くらい離れている。すると、今、パドマの後ろにいるのは、誰だろうか。パドマの背中には目がついていないから、見えないのだが。師匠並みの身体能力を持つ人をもう1人知っているが、あのヒゲ面のおっちゃんは、こんなことをしないし、虎みたいな足は生えていなかった。

 空を駆けるパドマの誘拐犯は、黄茶色の太い四肢に濃茶の縞が入っている。ダンジョンモンスターならともかくも、パドマの知る虎は、空を飛ばない。絵本で見ただけだから、もしかしたら違うかもしれないが、虎は鳥じゃないから、きっと飛ばない。

 懐中(4次元)から出したのかもしれない。師匠が走りながら弓を番えているのを見て、パドマは止めた。

「巣に行きたいから、射らないで!」

 うっかりミスって、パドマに突き刺さる分には構わないが、街のそばに現れた誘拐魔である。きちんと正体を調べて、仲間がいれば始末せねば安心して白蓮華に帰れない。あれだけ沢山人がいて、きっちり1番弱いパドマを選んで誘拐するのだ。逃しでもしたら、大変だ。

 パドマの考えが通じたかはわからないが、師匠は矢を仕舞い、弦打しながらついてくる。空を駆ける生き物は、追っ手の都合を考えない。道を外れ、森を飛び越え、川を渡り、山を越え、そんな悪路を変わらぬスピードで駆けるから、もう師匠しかついて来れていない。師匠も、視界の悪い森に入っても、何故ちゃんとついて来れてるのか、パドマは不思議だった。今更だが、途中、何度か帰っていいよ、と伝えたのだが、いつまでもついてきた。パドマも近くに巣があるのかな、と思ったのに、いつまでも目的地につかないから、もう斬っちゃおうかな、と考え始めるくらいである。


 何個目だかわからない山の中腹で、パドマは降ろされた。近くにウロがあるから、これが巣の入り口だろうか。振り返ってみると、パドマの誘拐犯は、見たこともない魔獣だった。猿の顔と、犬の身体、虎の四肢、尾の代わりに2匹のヘビがくっついている、そんな風ななんだかよくわからない生き物が立っていた。

「えー、何これ。強いかどうかも、まったくわからないな」

 パドマは座ったまま観察をしていたら、猿犬虎蛇はパドマに近付いてきて、パドマに口を寄せた。驚き、パドマは飛び退くと、師匠がパドマを捕獲した。

「何なに何なの。味見?」

 パドマは、ようやく慌てて、師匠の袖をギッチリとつかむと、猿犬虎蛇は、直視できない紫の光に包まれた。眩しくていられないから、パドマは顔を師匠の身体に押し付けた。師匠は、パドマのことは一顧だにせず、猿犬虎蛇を見続けている。

 光がおさまると、猿犬虎蛇は、姿形が変わっていた。そこにいたのは、猿顔のウロコを持った蜘蛛のような生き物だった。何がしたいのかわからないが、目から涙らしきものが流れていた。

「どっちでもいいわ!」

 パドマがナイフを投げると、猿蜘蛛は、ぱたりと倒れた。赤いホタルが大発生して消えたのが、意味がわからなかった。何が起きたのか、師匠が震え始めた。

「どうしたの?」

 パドマが、ぐいぐいと袖を引っ張っても、師匠は放心したまま動かなかった。叩いても蹴っても動かないので、パドマは師匠を放置して、猿蜘蛛に近付き、剣で突いてみたが、動かなかった。触ってみても、特に生命反応は見られなかった。てっきり強い魔獣だと思っていたのに、ニセハナマオウカマキリよりも弱かった。大きさだけはパドマの2倍くらいあるのに、何というヘナチョコ魔獣なんだろう。

 死んでしまったのなら、ひとまず用はない。その辺の木の枝を剣で折り取り、下着の片袖を破いてぐるぐると巻き、ナイフの糸で固定した。師匠の懐中から油を盗んで布にかけ、着火した。簡易松明の出来上がりである。それを持って、洞窟の中に入って行った。魔獣の巣かもしれない。入り口の大きさ的には、魔獣は入れる。ナイフ1本を軽く当てたくらいで死ぬような相手なら、さしたる脅威ではないような気もするが、こんなに遠くまで誘拐されたら、困る。まだいるなら仕留めた方がいいのか、遠いから放っておいていいか、悩んでしまう。

 洞窟の入り口や通路は、パドマが直立したまま歩ける程度に広かったが、奥行きは20歩くらいで終了した。入ってすぐは、ニョロニョロと赤いヘビだかトカゲだかがいたのだが、あっという間に消えていなくなった。だが、見間違いでないのなら、消えるハズがない。答えは、わかっている。無数に空いている小穴のどれかに入ったのだろう。穴が何処か別のところに繋がっていなければ、全部ここにいる。近い穴に剣を差し込もうとしたら、走り入ってきた師匠に穴を塞がれた。

「刺しちゃダメなの?」

蛟龍(コウリュウ)。大事!』

「いや、ごめん。火を近付けれないから、読めない。でも、ダメだって言うなら、やらないよ」

 師匠は、緊迫した顔をしていたが、少しだけ緩んだ。それでも、いつものふわふわにはまだ遠い。

「ひょっとして、あの猿面は、倒しちゃダメだった?」

 元々、師匠が弓で狙っていた相手だ。パドマの適当ナイフより、師匠の弓の方が威力があると思うのだが。師匠は、困った顔をしただけだった。

「あれは、何だったの?」

 師匠は、わざとらしく聞こえないフリをして、洞窟を出て行った。もう一度剣を動かせば瞬時に戻って来るだろうが、無駄な殺生をするものではないだろう。パドマも後に続いた。


 外に出ると、猿蜘蛛がいなくなっていた。

「あれ? 死んだなら、食べなきゃと思ってたのに、野生動物か何かが、持ってっちゃったのかなぁ」

 食べたいと思っていたのではないので、探すほどの執着はない。だが、師匠の表情を見ると、口に出してはいけなかったようだ。あんな変なのを食べるの? と思っているに違いない。蝋板に書いてくれなくても、わかった。殺した責任から、食べなくちゃと思っているだけなのだが、お育ちが違うから分かり合えない2人だった。パドマとて、あれが毒持ちだとなれば、味見しかしないのだが。

「今すぐ帰るのと、明るくなってから帰るのと、どっちがいいと思う?」

 話しながら、松明の炎を叩き消した。最終的には、穴を掘って埋めて処分する。

 聞く前から、答えはわかっていた。師匠が、こんな山の中で休めるとは思えない。今すぐに帰るつもりらしい。おぶされと背中を向けるので、パドマは断った。

「ごめん。無理。お兄ちゃんに、ダメだって言われてるから。どうしてもって言うなら、お兄ちゃんに許可を取ってきて。ウチは、空の上から見てたから帰り道はわかるし、森で暮らしてたこともあるし、大丈夫。置いてっていいよ。まずは、あっちの方向。明るくなったら見える山が、第一の目標物」

 眠いのを堪えて、来た方向をビシッと指差してみせると、パドマは師匠に掻っ攫われた。

「だよねー」

 パドマだって、そんなことを言われたら、面倒臭いと思う。こうなる理屈は、わかる。抱かれるくらいなら、おぶさった方が、運ぶ側も運ばれる側も負担が少なく済みそうだが、ヴァーノンに言う言い訳を考えたら、こうするしかなかったのだ。

 とりあえず言い訳をする目処は立ったので、師匠には申し訳ないが、パドマは寝た。頑張って起きていても、どうせすることはないのだ。師匠なら、道案内などしなくても、1人で帰れるだろう。ヴァーノンがしていたその他の心配も、師匠相手には、もうどうでもいいのだ。

次回、帰る、だけ。

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