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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
165/463

165.イガグリ

本日分になります。

 パドマは、軽量化して、らんらんらーんっと走って60階層まで走ってくるのが、3日おきくらいの日課になっていた。以前は、60階も走れるか! と思っていたものだが、続けてみるものである。ヒャッハーと剣を振り回し、巨大生物や速い生物のぶつ切りを作りながらであっても、間で目隠しを付けたり外したりしながらでも、走り切れるようになった。余計な荷物を持ってくれるヤマイタチのおかげではあるが、最近は、半分くらい護衛を置き去りにできるようになってきた。大男たちに身体能力で勝てることなど、なかなかない。嬉しくなって、今日もハイペースで走破して、へとへとになった。

 本当だったら、師匠が昼ご飯を作ってくれている間に貝拾いでもしてくるべきなのだろうが、無理だった。だから、階段でゴロゴロ転がりつつ、師匠の働きを見ていた。

 今日のお昼は、すぐそこで拾ってきたアルマジロ料理だ。護衛がいなくなってしまったので、パドマもアルマジロ運びを手伝った。そこで、以前、イレが言っていた言葉の意味がわかってしまって、本当に嫌な気分になっている。男の子は大体アルマジロが好きとかいうヤツだ。みんな肉料理が好きだよね、という話だと思っていたのだが、アルマジロのお腹を触った途端に、誤解が解けたのだ。背中に甲羅を持つアルマジロは、お腹側が弱点なのだが、弱点にもほどがあるほど、柔らかかったのだ。その触り心地が、女性の首の下付近についてるものに似ている。イレは恥ずかしげもなく、デカい声で何を言っていたのだろう! イレのとりなしは、とりなしでも何でもなく、どちらかと言うとダメ押しだったのだ。騙されていた。間に受けて、ヴァーノンに土産に持って帰らなくて良かった。パドマにそんなことを言われても困るだろうし、怒られてダンジョンを出禁になったら嫌だ。もうアルマジロも駆逐してやろう、と思った。美味しいのだから、全部食べてしまえばいい。羊ランチをやめて、アルマジロランチにしたのは、それが理由ではないけれど。


 師匠は、ヴァーノンよりも女子力が高い。

 アルマジロカツや、アルマジロ冷しゃぶ、アルマジロ角煮、アルマジロスープくらいなら驚かなかったが、アルマジロまんじゅうが出てきたのには、ダンジョンの中で、そこまで作る? と、パドマは少し呆れた。追いついてきた護衛と共に、ご相伴に預かると、怨みを忘れるほどに、美味しかった。だから、すぐにパドマは機嫌を直して、片付けをし、出発した。お昼を食べたのだから、次はオヤツを獲りに行かなくてはならないのだ!

 チンアナゴは目隠しで突っ切って、狩場の貝は無視して、チヌイを適当に斬り伏せて、ウミウシとオニダルマオコゼは注意して通り過ぎる。オニダルマオコゼは、岩に擬態していて基本的に動かないので、踏まないように注意して歩き、ウミウシはキレイだが毒があるのでフライパンで優しく押しのけて、避けていく。時折、パドマが、ウサちゃん、ヒツジちゃん、水玉ちゃん、天使ちゃんなどと呼んで愛でているので、護衛はカチコチになった。倒してはいけないウジャウジャいる毒持ちの敵など、恐怖しかなかった。



 そうして着いた65階層には、パドマのオヤツが歩いている。全身トゲトゲの鎧につつまれ、タコのようにクネクネとした足捌きで歩くヤドカリの仲間、イガグリガニである。外でお目にかかっても、手のひらサイズな上に身の詰まりがよろしくない、あまり嬉しくないカニなのだが、素敵なダンジョンマスター様が、巨大化させてくれている。パドマを捕食しそうなくらいに大きいのだ。1匹しばき倒すだけで、浴びるように食べれるかもしれない。パドマの心は、カニ三昧で踊っていた。

「かーにっ。かーにっ」

 パドマは、何も発声していないつもりなのに、心の声が駄々漏れていた。

 ずーっと貝拾いを続けていたのだが、昨日、常連のおっちゃんに美味いぞ、と教えられてから、心はまるっと全てカニに奪われていた。ハサミ攻撃とかは、どうでもいい。最も重要なのは、焼きガニにするか、茹でガニにするかである。本当は、蒸しガニが食べたいのだが、実物を見て心が決まった。大きすぎて入る鍋がないから、焼きガニしか選択肢がない! 特大鍋を発注してこなかった痛恨のミスだった。


 パドマは、ふわふわとした足取りで、イガグリガニの前に出た。イガグリガニは、動きはのんびりした方だった。強い敵ではないと聞いている。だから、浮ついたまま出てきてしまったが、困ったことに気付いた。パドマの剣が短すぎたのだ。イガグリガニは、全身トゲトゲとしたトゲが甲羅から生えている。小さい外界のイガグリガニでも素手で持てないくらいのトゲトゲぶりなのだが、ダンジョンのイガグリガニは、体が大きくなったのに伴い、トゲの長さも長くなっていた。その長さが、パドマの剣より長かった。つまり、トゲに刺さることなく剣を身にぶち当てることができない。腹側は、トゲトゲ度が低いのだが、完全に下を向いている。床と腹の間の隙間にパドマの身を入れることは可能だが、その状態では十全に剣を振れない。パドマの細腕では、腕力だけで甲羅を割ることができると思えない。


 ひとまず、冷静になって階段に戻り、ヤマイタチに預けていた着込みと防刃服を着た。これで、パワー満タンである。パドマはそわそわし始めた護衛をギロリと睨め付けてから、カニの前に戻った。甲羅は、売れる。だから、あまり傷付けたくはなかったのだが、思い切り重さを乗せて叩き切った。パドマが剣を振った一角だけ、トゲが折れ飛んだ。それを確認して、もう一撃、トゲがなくなった場所に剣を叩き込んだ。


 カニの急所がどこなのか、パドマは知らなかったのだが、少ししてカニの動きは止まった。よし! とガッツポーズをしてみせたが、師匠の目は冷たい。首を横に振って、剣を袖から生やし、パドマに向かって歩いてきた。ダンジョンモンスターを倒せば、褒めてくれる師匠なのに。無傷で倒せたのに、この上教育的指導が入るなど、今までなかった事態だった。

 パドマが剣を構えると、師匠は走り寄ってきて軽く蹴り上げた。腹を上向きにして倒れると、師匠は腹に剣を突き刺し、えぐった。すぐに、イガグリガニは、事切れた。

「蹴って引っくり返す力はない」

 とパドマが言うと、師匠は2匹目のカニの足を斬り落とし、ダルマにした上で横腹を裂いた。

「どうしても、背中は割っちゃダメってこと?」

 と言うと、師匠は自分で倒したカニを2匹持って上階に戻って行った。パドマも護衛にカニを持ってもらって、師匠の後を追った。護衛たちは困った。巨大生物を抱えて、ウミウシを害せず通り抜けるのは至難だ。ちょっとぶつかるくらいなら影響はない、という話を信じて、毒持ち生物に体当たりしながら進むしかない。


 60階層まで戻ってきた師匠は、懐中から巨大なフライパンを出して、薄く水を張り、火蜥蜴を逆放射状に沢山並べて加熱し始めた。風呂より大きい、パドマを10人くらい一度に茹でることができそうなフライパンだった。今度こそ絶対に、袖から出てくる大きさではない。パドマは、師匠の袖をめくって中を覗いてみたが、武器しか見えなかった。服の外から見た師匠の厚みはパドマと然程違いがないように見える。それでいて、腹側にも背側も脇も、武器がぎっしり詰め込まれているのである。パドマよりも背が高いのに、どういう身体のつくりをしているのだろうか。ちょっと剥いてみたいなと思いかけたところで、脳裏にヒヨコ頭がよぎって、袖を戻した。服の中身は気安く覗いてはいけないのだ。倫理的な問題がなかったとしても、師匠相手では見ない方がいいに違いない。絶対に後悔させられる。

 沸騰したら、師匠は、腹を下にしてカニを入れた。

 護衛が持ってきたカニは、足の殻を剣で削いだ後、そのままがぱっと甲羅を開かれた。生なのに、生なのに、生なのに、割った親爪をフォーク付で渡されて、パドマは困った。単純に重そうだし、トゲトゲが痛そうで受け取りたくないし、生ものは食べたくない。気が利く護衛が、わりとさっき仕舞ったばかりのテーブルセットを組み立ててくれた。師匠は、そこにカニを置いてくれたので、はいはい、甘くて大変美味しゅうございますよ、とヤサグレながら完食した。ダンジョンモンスターには寄生虫とか病気等々とは無縁だと聞いてはいても、習慣とはなかなか変えられるものではないのに、誰もわかってくれなかった。護衛たちも、しっかりと師匠に胃袋を鷲掴みされているので、パドマの思いは、伝わらなかった。


 カニの刺身を食べている間に、蒸しガニができた。火元を潰した後、熱くないのか、師匠は素手で取り出し、そのままがばっと甲羅を開いて、2匹のカニの肩肉と内子を皿に盛って、パドマに差し出した。

 火さえ通っていれば否やはない。ふたくち分くらいしかないのを、パドマは、あっという間に平らげた。

「味が全然違う!」

 同じ種類、同じくらいの大きさ、同じメスのカニなのに、味が違った。蒸した条件も同じなのにだ。味の濃さと水っぽさが違う。

『水流剣で仕留めるのが、最良』

 師匠は、蝋板を出し、板を指で弾き音を鳴らして、パドマを注目させた。

「そっか。甲羅を割ったらいけないのか。難しいな」

 そう言いつつ、割合と美味しかった足付きのカニの方を師匠と一緒に食べて、足なしのカニを護衛たちにあげた。パドマの斬ったカニは卵なしだったのに、師匠が斬ったカニは、外子なしの内子ありだった。きっと、たまたまではなく、師匠は、カニの中身もわかるのだろう。

「イガグリは、味噌は食べないの?」

 パドマは、蟹味噌が好きなので、すべて流れてしまった味噌を残念に思っていたのだが、『ヤドカリのミソは好きじゃない』という解答を得て、お前の趣味なんぞ知らんわ! と諦めた。


 食後は、貝拾いをして、小走りで帰った。明日は、真珠の選別をして、炊き出しの準備をして、明後日は炊き出しに行く予定でいる。

次回、工事現場に行って、炊き出し。

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