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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
164/463

164.蓮

昨日は、更新できず、失礼しました。

起きたらスマホが大破していました。

データもすっ飛んでしまったし、泣いてました。

無事ではないですが、少々古いデータまでは復旧できたので、更新再開します。

これは、昨日分として上げます。

 また花が咲いてしまった。花には罪はないのだが、自分にとって大切な花なのかもしれないが、いっそ抜いてやろうかと思う時がある。例えばそう、イヴォンに両手をつかまれてしまった時などだ。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 言っていることは、おかしくない。ただの挨拶で間違いない。もしかしたら、ただの挨拶でも手をつかまれるようなこともあるかもしれない。パドマは、挨拶しながら抱きついたり、殴り飛ばしたりしている人を見かけたことがある。そう思って、パドマは耐えているが、全身をかけめぐるぞわぞわと鳥肌が抑えられなかった。相手は、妊婦だ。斬れば腹の子に障るだろう。腹の子に罪はないのだから守ってやらねばなるまい、という気持ちと、これからおかしな教育をされる前に救ってやるのは慈悲だ、という気持ちで揺れている。大変危険なブチキレる5拍前の状態で、なんとか持ちこたえている。

「イギー、ウチはここまで近付けていい、とは言っていない。腹の子を守りたければ、速かにコレをなんとかして。手を封じられれば、足が出る。足をふさがれたら、頭が出る」

 蓮見会に出て良いよと許可したら、イヴォンが帰って来てくれると思うのに、英雄様が許可してくれないんだ。というような圧を方々からかけられて、ちゃんと手綱を握るなら、とパドマは返事した。折れたことを、蓮見会が始まる前から後悔させられるとは思わなかった。

「イヴォン、お前が実家で引きこもっている間に、英雄様は神になられた。触れるなど、畏れ多いことだ。控えろ」

「そうでした。申し訳御座いませんでした」

 イギーの声に、イヴォンはパドマの手を離して、後ろに下がった。片膝をついて、左手を右目に、右手を左肩に当てている。謎のきのこポーズである。着実に、伝染病のように広がっていくそれを見て、パドマはとても嫌な気持ちになった。

「お前ら、妊婦さんに何やらせてんだよ。身体に障ったら、どうするんだよ。イヴォンさん、立って。いや、座った方がいいのかな? ウチのことなんか出迎えなくていいから、楽にして、5人前くらいごはんを食べてたらいいよ」

「ありがとう御座います。頑張って丈夫な子を産んで、白蓮華に入信させますね」

「なんか、いろいろ誤解されてる気がする!」

 久しぶりに会ったが、パドマはイヴォンの言動がまったく理解できなかった。どう修正しようか悩んでいたら、ヴァーノンに腕を引っ張られた。

「イヴォンさんを座らせたかったら、お前が座れ。いつまでもここにいたら、ずっと立ちっぱなしだ」

 ヴァーノンは、今年も客として参加する。師匠は逃げて行ったし、グラントも仕事を優先して来なかった。

「なんか、もうさー。毎年、花見に誘ってくれなくていいからさ。お兄ちゃんとイギーが、2人で酒飲んでりゃあ、それでいいんじゃないの? お兄ちゃんの友だちは、大体ウチの友だちでいいよね」

「2人きりという訳じゃないが、一緒に飲む機会はわりとある。イギーは、飲み会以外、何の仕事をしているのかわからないくらいに、そこらじゅうの飲み会に顔を出すからな」

「人聞きの悪い言い方をするな。最低限の仕事は、きちんとやっている。仲良くなりたきゃ、一緒に酒を飲むのが手っ取り早いだろう。職場に顔を出せば、皆の手が止まる。仕事の邪魔にしかならん。ちょっと多めに金を出して、機嫌取りをしつつ、人間掌握してんだよ。そこの神様を見習ってな」

「まあ、イギーが神様のマネをするなんて、成長致しましたね」

 噛み合わないのは、イヴォンだけではなかったかもしれない。グラントを連れてくれば良かったかな、とパドマは後悔した。



 パドマは、庭にズカズカ入り込んで、蓮を一瞥もせずに席に着くと、酒と料理が運ばれてきた。ヴァーノンとイギーには、酒と刺身が、パドマとイヴォンには、飯碗と汁椀と先附が供された。今日も、酔っ払いヴァーノンから逃げねばならなそうである。

 飯碗には穴子の炊き込みご飯、汁椀には白身魚のツミレが入っており、先附には佃煮や煮凝りや漬物が乗っていた。人によってメニューが違うなど、これはイギーの仕事ではない。いろんなことを無視してパドマの好みに合わせようとした、イヴォンの仕事に違いない。ああ、怖いこわい。師匠味が好きなのであって、そうでなければそれほど好きでもないけどねー、との思いは口に出さずに、パドマは黙々と食べた。

 食べれば食べただけ、どんどん料理が出てくる。川魚の塩焼きに、蟹味噌甲羅焼き、ヒクイドリの炙り焼き、ムササビのしゃぶしゃぶ、オニダルマオコゼの煮付、蓮根と南瓜と真薯の煮物、キスイガメスープ、枝豆がんもどきと瓜の炊き合わせ、鱧の黄身焼き、チーズ豆腐、あわび雑炊、イチジクで終了した。パドマにとっては、イギーのチーズ三昧も悪くなかったが、イヴォンのおかげで、ヴァーノンも楽しく酒が進んだようで、なによりだった。


 話題に上がったのは、やはりきのこについてだった。集中砲火を浴びせるように、皆でパドマに質問をしてくるのだが、パドマは満足に答えられるものはなかった。パドマがしていることは、いざとなったら工事費を出してやろうと貯金をしているのと、時々現場を見に行って、炊き出しをしているくらいだ。採石場の近くに行くと、少し道ができてたよ、とか、建設予定地に盛土が増えているよ、くらいのことなら知っているが、細かい進捗や、今後の予定どころか、誰がリーダーをしているのかすら知らない。前に見かけた大工も、誰の父親なのか知らないくらいなのである。

 そもそも、パドマがあそこに住むかどうかを決めるのも、パドマの自由意思ではない。ヴァーノンが決定権を持つのだから、ヴァーノンの方が詳しいのではないのだろうか。

「そんなの知らないよ。計画書は、お兄ちゃんがもらったんでしょ? あれは、誰が書いたの?」

「パドマが最高位の神だと言うだけで、他には優劣はないようだぞ。書面は、ルーファスさんが揃えてくるし、集まるとジョージさんが中心にいるが、どちらも工事には何も関わってなさそうだ。お前が責任者なんじゃないのか?」

「マジで? ウチは、あの工事の金の出所も知らないのに」

「工事費は、信徒の寄付金と街の補助金だな。平たく言えば、ほぼルーファスの私財と綺羅星ペンギンの労働力だろう。完成するかどうかは、パット様の技術力頼みだが」

 質問主たちの方が、パドマよりはるかに詳しかった。

「ルーファスさん単独のお金なの? ダメじゃない? 可哀想だよね」

「金は皆の持ち寄りだが、どうしたって土地を差し出したルーファスの一人勝ちになる。だが、無償貸与しただけで、無償提供はしていないから、いいんじゃないか? どうせ余っていたんだろう。気になるなら、敷地内にバラでも植えさせて、美味しそうですね、とでも言ってやればいい。土地がもっと広がるかもしれないぞ」

「バラは植えてもいいけど、これ以上、広げなくていい。攻撃力に全振りされるだけだから」

「攻撃力? 何を言ってるんだ? お前は、家も武器にするのか?」

 イギーには伝わらなかったが、事実だ。きのこ神殿の設計の要は、攻撃力と防御力だ。みんながそう話している現場に居合わせたのだから、間違いない。何と戦うつもりなのかは、知らないが。



「パドマ様に、お話しして下さいませ」

 そういえば席についてからは、イヴォンがおかしなことを言わないな、と思っていたのだが、婚約者同士で何やらイチャついていた。仲が良いことは、いいことである。パドマは、そちらに目をやらないようにしていた。巻き込まれたくないからだ。だが、2人の世界に籠っていればいいものを、婚約者の前でも何も気にせず別の女に話しかけるのがイギークオリティだ。

「パドマ。イヴォンをきのこ教徒に入れても良いか?」

「申し訳ないけど、あれはウチとは微塵も関係ない団体だから、人事権はない。誰一人として、きのこの神に認められた人間はいない」

 パドマは、即座に断った。イヴォンと、これ以上仲を深める気もないが、それ以上に阿呆どもの監督責任を負いたくなかった。

「本当に、ややこしい団体だな! イヴォンが仲間に入りたがっているんだが、カーティスが反対していて入れない。神の推薦が欲しい」

「個人的意見としては、あの団体は、今は土木工事しかしてないから、妊婦さんには向いてないと思う。その上、あんなチンピラ集団に人妻を入れて、どうするの? 工事が終わって、活動内容が決まってから入りたいか考えたらいいんじゃない? きのこなんかより、赤ちゃんの方が大事だよ」

「そうだな。出産が終わって、ひと段落してからなら、神の兄の推薦状で良ければ、出しましょう。それまでは、信徒の婚約者でいいのでは? 恐らく、無理に入りこまなくとも、信徒でも、信徒の妻でも扱いは変わりませんよ。彼らに、厳格なルールは何もありません。絶対的な権力があるらしい神が、まったく存在を認めていないのですから」

 パドマののらりくらりと逃げ切る予定を、ヴァーノンが断った。誰が味方で敵か、わからない世の中になっている。以前、ヴァーノンが、パドマを味方と思えないと言っていたのはこういうことかと、パドマは実感した。

「兄推薦って、、、」

「お前が女1人で、俺は心配している」

 ヴァーノンは、兄の顔をしていた。兄には逆らいたくはないが、イヴォンを混ぜても不安しかない。

「紅一点は、どっちかって言うと、師匠さんの係だよ。街でアンケートを取ったら、英雄様は6割くらい男だけど、師匠さんは、9割くらい女だよ」

「そんな言い訳が、俺に通用すると思うな」

「じゃあ、お兄ちゃんは、師匠さんが男だって証拠を提示できるの?」

 パドマは、ふくれた。毎日のように一緒にいるパドマだって、実際のところどっちかと聞かれたら、正解はわからないのだ。師匠は男の女装には見えないし、パットは女の男装には見えないのである。身長は、女にしては大きすぎるし、男にしては小さすぎる。別にどっちでも知ったことではないから、追求していない。

「証拠? 証拠? もし、あの人が女なら、かなりやらせてはいけないことをさせてしまったんだが!」

「あーあ。それは困ったね」

 パドマは、看病してくれる師匠を男扱いしていたから、さして問題も起きないが、ヴァーノンは看病してくれる師匠を男扱いしていたのだから、いろいろあっただろう。看病しようと思っていたパドマを爪弾きにしたのはヴァーノンなのだから、不満を言われてもパドマは知らぬ存ぜぬだ。

「それでは間に合いません。生まれてくる娘に、パドマと名付ける許可を頂きたいのですから」

 思った通り、またイヴォンが爆弾を投下した。懇願するようなポーズを見せているが、パドマにしてみれば実妹も同名だし、もうこれ以上のパドマはややこしくなるだけだから、やめて欲しい。

「!?」

「パドマ?」

「イヴォン。それは、認められない。俺の子でなければ、好きに付けてくれても良かったが、神の名を頂くなど畏れ多いにもほどがある。一字借りる程度にしておけ。女ならカマラ(赤蓮)、男ならクムダ(白蓮)。因んだ名にしたければ、それでどうだ」

 二親で話し合った結果の名付けではなかったようで、パドマが否定する前に、イギーが却下した。パドマも、どちらかと言えばその意見に乗っかりたいが、畏れ多いとは思っていない。どうしようか、まごまごして見てしまった。2人の会話には混ざりたくないのだが、子どものためにも、名付けは慎重に決めて欲しい。この2人では、イギーの意見はゴミ同然なので、イギーに加勢した方がいいのだが、パドマは適当な言葉は思い至らなかった。

「まあ。蓮のことだけは、詳しいのですね。素敵です」

 イヴォンは、納得したようだ。うっとりと感心するような目で見ているが、声に蔑みが含まれていた。是非が伺えない。

「いや、ちなまなくていいし。2人ともイではじまるんだから、イなんとかにしなよ」

「うちは、紅蓮華だぞ? 子に蓮を冠して何が悪い」

「さっきと話が違うな?!」

 まともになったと信じたかったのに、やはりイギーはイギーということだろうか。接待するという名目で呼ばれている上で、偉そうな態度を崩さない。

「俺の監修した去年の食事、イヴォンの監修した今年の食事、どちらが好みだった? その勝敗で名前を決めようじゃないか。それなら、イヴォンも不満はないだろう?」

「はい。構いません」

 流石、頭のおかしな夫婦だ。大事な子どもの命名権をパドマに振ってきた。パドマは、どちらにも加担したくないのに!

「さっき出てきたメロンの漬物は、美味しかった。だけど、ウチはチーズの方が好き。でも、チーズ三昧じゃ、お兄ちゃんが嫌な顔をするからダメ。マスターの煮魚とか、師匠さんの玉子焼きが好きなの。師匠さんのおにぎりも美味しいし、もう師匠さんのソースがあれば、パンもおかずもいらないんだよ!」

「わかりました。パット様を押さえた方の勝利ですね?」

「適当なエサが、あっただろうか」

「そんなにアレが良いのか」

 どっちも嫌だったと煙にまく予定が、ヴァーノンに変なスイッチを入れてしまったようだった。ヴァーノンの目が光っている。パドマの背に汗が伝ったが、何よりも大好きなアレを思い出して、持ち直した。

「そう。食べる白ソースは、必修だよ。絶対に覚えて欲しい」

「了解だ」

次回は、ダンジョン。

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