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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
162/463

162.年1チーズ

 最近、師匠にまかれてばかりいたイレが、師匠と一緒に立って待ち合わせ場所にいた。とても顔色が悪い。

「どうしたの? イレさん」

「お兄さんは、何もしてないよ。食べてないよ。だけどさ。師匠が」

 そこまで話すと、師匠がイレを蹴飛ばして、どこかに吹き飛ばしてしまった。用事を言いつければ簡単にまけるイレなのだが、最終的には、実力行使でまいていたのがよくわかる光景だった。

「ちょっと、師匠さん。何やってるの? 危ないでしょ。イレさんの着弾点に人がいたら、どうするつもり?」

 パドマは、イレを追いかけようと走り出そうとして、師匠のサスマタに捕獲されて、ダンジョンに連れ去られた。



 一気に62階層まで連れて来られてしまい、護衛もまかれてしまった。自分の足で、今から帰り始めても、どうにもならない。だから、諦めて貝拾いを始めたのだが、師匠は、ヤマイタチを誘拐して、どこかへ行ってしまった。師匠と2人きりは嫌なのでそれは良かったのだが、久しぶりの1人は少々寂しかった。それでも、お金を作るため、アクセサリーを作るためには、貝拾いをしなければならない。黙々と拾っていたのだが、すぐに素材回収袋はいっぱいになってしまった。ヤマイタチを誘拐されてしまったのが、痛い。あっちに大きな袋が入っているのに。

 ぼんやりしていても面白くないので、63階層に下った。



 63階層のチヌイを見ると、食べられてしまいたい熱が起きる。あの口に入ってしまえば、全てから逃げられる。甘美な誘惑にも思えたが、次から次へと斬って歩いた。魚になりたい欲求は、芽生えなかった。だから、見かけたものを片っ端から斬り捨てた。少しも心のモヤモヤは消えなかったが、下り階段を見つけた。



 64階層は、色彩豊かだった。赤や青、黄色に緑。桃色に白に黒。ありとあらゆる原色が氾濫する世界だった。靴くらいの大きさの沢山のカラフルなナメクジが泳ぎ回っていた。

「カワイイ」

 階段から降りてすぐのところにいた、白地に黒斑点のうさぎのように見えるゴマフビロードウミウシに、パドマは、手を伸ばした。が。

「やめーーーーー!!」

 突如として上から降ってきたイレに、袖を後ろに引っ張られて、パドマは転ばされた。

「いたたたた。イレさん? 大丈夫?」

 階段上で転んだパドマもそれなりに痛かったが、イレは降ってきた勢いのまま、フロアに落ちていってしまった。ただ落ちただけでも痛いだろうし、64階層にいるウミウシやオニダルマオコゼは、毒持ちなのである。刺されると危ないというか、多分死ぬ。

「パドマは、無事?」

 背中から豪快に落ちたイレは、ぴょこんと一息に立ち上がった。ぱっと見は元気そうだが、毒の即効性までは、パドマは知らない。

「ウチは、階段にいるから大丈夫だけどさ」

「そっか。それは良かった」

「よくないよね。思いっきりウサちゃんを吹っ飛ばしたし、刺されてない?」

「う、うさちゃん? ごめんなさい。どこに行っちゃったかな。探す! どんなの?」

 イレは、青い顔でキョロキョロと周囲を見回した。レッサーパンダ(ぱんだちゃん)を仇なすと、殺されてしまうという話だった。だとしたら、ウサちゃんの仇は、どうなってしまうのか! やらかしたヴァーノンは今のところ生きているが、ヴァーノンとイレでは好感度が雲泥の差だから、参考にならない。そうでなくとも、うなされるパドマは可哀想だった。あんなものは見たくないから、イレは、必死で探した。

「イレっさぁああんっ! ダメじゃん。ちょ。どうしよう。助けて!」

 パドマは、あちらこちらを見回すイレの背中に、岩っぽいものがくっついているのを見た。きっとオニダルマオコゼである。タコのように吸盤でくっつく生き物ではないから、毒針が突き刺さっている可能性がある。

「え? どうしたの?」

 イレは、階段のところまで戻ってきた。その際に、歩く途中でオニダルマオコゼは、床に落ちた。だが、刺さっていたなら、取れても変わりはない。

「イレさんの背中に、毒針が刺さってた!」

「え? 毒針? やだなぁ。そんなの刺さってないよ。お兄さんを騙そうったって、そうはいかないよ」

 一応、背中を手で探って、イレは笑った。

 だが、パドマは信じられなかった。さっきこの目でオコゼがくっついているのを見たのだ。イレの背後に回ってみると、たいして目立たないが、服にいくつかそれらしい穴が空いていた。

「やっぱり、刺さってたじゃん! 麻痺して痛くない系の毒じゃなかったと思うんだけど。覚え間違いかな。師匠さんは、どこ? もうイレさん、やだ。助けて!」

「師匠? 師匠なら、60階層にいたよ。こっちこっち」

 パドマは要救助者に案内されて、師匠の下へ急いだ。



 60階層まで戻ると、パドマは、料理に勤しむ師匠を発見した。もう既にテーブルに並べられた料理もあり、とても美味しそうな匂いが漂っている。朝ごはんも食べていないことだし、全てを忘れて食事にありつきたいところなのだが、そういう訳にもいかない。

「師匠さん! 本人は否定するんだけど、イレさんにオニダルマオコゼの毒針が刺さったの。背中! た、す、け、て!!」

 ここまで全力で走ってきたパドマは、言いたいことを言い終えると、その場に崩れた。師匠は、キョトンとした顔のまま立ち上がると、イレの背後に歩みより、イレの服を引き裂いた。背中には、赤い点々が5つほど並んでいた。それを見ると、師匠は、イレの後頭部をべしっ! と叩いた。

「痛ー! 何なに? ひどいよ、師匠。お兄さんは、何も悪いことはしてないよね?」

 師匠は、イレの抗議に耳を傾けることなく、袖からドラム缶を出し、中にイレを放り込んだ。イレは慌てて剣帯を外している間に、火蜥蜴により温められてぐらぐらと煮立っていたお湯だかスープだかをドラム缶に入れられてしまった。

「あっつー!! 熱いよ。ししょー。勘弁してよ!」

 師匠は、無限水袋を使って、お湯を冷まし始めたが、入れる順番を間違ったのはわざとだろう、とパドマは思った。


 イレを熱湯風呂に浸け、腕にぐさっと針を刺すと、師匠は満足したのか、調理に戻った。

「やっぱり刺さってたよ。治療が間に合ったのかな? 良かったね」

 剣が濡れないように、剣帯を外に出しているイレから、パドマは剣帯を受け取ってあげた。

「教えてくれて、ありがとう。お兄さん、頑丈すぎて、ケガしても全然わからないんだ。痛点が壊れてるらしくて」

「痛点? そんなことがあるの? 無神経にもほどがあるよね。死んじゃうよ」

「無神経じゃないよ。お兄さんは、ガラスのハートの持ち主だよ」

「はいはい」

 イレの問題が過ぎ去ったのであれば、もう興味の赴くままに行動してもいいだろう。テーブルの上には、可愛いイチゴと可愛い白いまんまるが乗った皿がある。あれは、絶対、パドマの皿なのだ。百歩譲って、イチゴはあげてもいい。だが、白いまるは、全部パドマのだ! そう思って、その皿の真ん前に座った。すると、師匠がカトラリーを出してくれた。

「え? まだできてないのに、食べていいの?」

 師匠が、頷いたのを見て、パドマは喜んだ。

「やったー! ありがとう。いただきまーす!」

 パドマは、早速、目の前のカプレーゼから攻略に取り掛かった。


「ん? これ、プリニーのミルクじゃない?」

 白いまるを解体して、口に入れると、パドマは首を傾げた。

「プリニーって、何?」

「唄う黄熊亭の常連のワインのおっちゃんの愛ヤギの名前。そっかー。今年は、プリニーだったかー」

「え? 食べたら、ヤギの名前までわかるの?」

「そりゃあ、わかるよ。エサが違うんだから。あのおっちゃんのヤギへの愛とチーズへのこだわりは、半端ないんだよ。確かに、これがプリニーかシャビシューか、って聞かれたら難しいけど、絶対にこれはプリニーだと思うよ。

 ウチは、なんでも食べるけど、味がわからないんじゃないからね。マズイものは、マズイなーって思いながら食べるだけだから。そのくらいわからないと、森では毒をくらっちゃうよ」

「でも、あのお兄ちゃんは、パドマに毒味なんてさせないよね」

「そうだね。お兄ちゃんが、お腹痛くなってから、ああ、これが毒の味か、って味見するんだよ」

「いや、その味見、いらないよね」

「ウチなりに、お兄ちゃんの役に立とうと習得したんだけど、役に立たせてくれなかったんだよ。でも、お兄ちゃんに隠れて、つまみ食いしても、お腹壊さなければバレないよ」

「たくましく生きてきたんだね」

「そうだね。でも、そんな悲壮なものでもなくてさ。ある意味では、街で暮らすより楽しかったんだ」

「それで、師匠が、パドマのチーズを横取りしたのがわかったのに、怒らないの? またチーズを300個買ったら、許してくれる?」

「ワインのおっちゃんが、師匠さんの可愛さにやられて、師匠さんにミルクをあげたからって、ウチは怒らないよ」

「違うよ。パドマに渡すね、ってもらったのを勝手にしてるんだよ」

「ふーん」

「え? それだけ? なんで? お兄さんが食べた時と違いすぎない?」

「だって、人が違うから」

「何それ、ずるい!」

 話しているうちに、カプレーゼから白まるがいなくなってしまった。パドマは、とても残念な気持ちになって、イチゴを1つかじってみたが、コレじゃない。

 隣の皿の焼肉串を1本串から肉を外してみた。肉が柔らかすぎて、違和感しかなかった。その肉をナイフで切ってみると、中から薄黄色の物が入っていた。アルマジロ肉巻きチーズだった!

 パドマは、師匠を見た。気の所為か、綿菓子の微笑みではなく、ドヤっている。絶対、確信犯だ。きっと師匠は、パドマに怒られるようなことをしでかした自覚があるに違いない。これはその機嫌取りなのだ!

 アルマジロ肉巻きチーズは、2本に1本は、ただのアルマジロ焼きだった。恐らく、それで挟まないと、チーズが落ちてしまうし、チーズばかりではくどくて食べていられないからだろう。パドマは、アルマジロ焼きを集めて皿に盛り、イレのところに持って行った。

「イレさんも、朝ごはんまだだよね。どうぞ、これ食べて」

「ありがとう」

 師匠の作った物に美味しくない物はないのだが、一回にお腹に入れられる量には限りがある。だから、食べたい物を優先して食べると、どうしても余りが出てしまう。パドマはそれらを寄せ集めて皿に盛り、イレに提供し続けた。違和感しかない料理を運んでいっても、何も気付かず美味しく食べてくれるイレは、大切にしなければならない。

 パドマの目論見通り、イレは、風呂に浸かりながら、嬉しそうに肉を突き出した。師匠が何とも言えない顔で見ているが、何も言わないで! と、パドマは合図を送った。

 師匠は、困った顔で、フライと食べる白ソースを持ってきた。食べる白ソースだ! いつものそれでもパドマは大好きなのに、何を考えているやら、師匠は、角切りチーズまで乗せてきた。

「!!!!!」

 フライになっていたのは、牡蠣とカミツキガメだった。蕩けるような牡蠣と弾力のあるカミツキガメは、全然似ても似つかないのだが、どちらにもソースはマッチした。あまりにも美味しすぎて、この後、殺されるのかな? と危惧していたのだが、普通に貝拾いをして帰るだけだった。いいことなハズなのに、何もないことにパドマは、ソワソワが止まらなかった。

次回、神殿工事準備工事が始まる

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