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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
161/463

161.きのこ神殿計画

 パドマは、ダンジョンから北西方向に歩いた空き地に来ていた。ちょっと前には、そんな物はなかったのだが、元々あった建物を壊して、更地にしたのだ。きのこ神殿建設予定地だそうだ。机上の空論であれば笑っていられたが、元あった建物は、老朽化してもいないのに、取り壊されたとあっては、もう笑えない。

 パドマにもわかりやすいように、と大工さんが、地面に絵を描いてくれている。ここが入り口で、参道があって、この辺に門番の待機所があって、一般参拝客が拝む本殿があって、という具合に場所が示されていく。小さい建物は、丸を描く程度だが、大きな建物は、1階の間取りまで描いてくれる。

 大工さんと言っても、綺羅星ペンギンの誰かの父親や叔父だ。身内なので、みんなで和気藹々と楽しそうに雑談を交わし、設計変更をしながら作業していた。


「いや、一般参拝客って、何? きのこの神は、きのこがあったら見つけるだけで、きのこを増やしたりしないし、拝んだって何のご利益もないよ」

 と言えば、

「そうですね。ぐーたらなわりに、近くで愚痴られると働き者になって、突拍子もないご利益を撒き散らすと評判ですから、あまりお願いをされても大変でしょう。『なんのご利益もない』と入り口にでも明記しておきましょう」

 と、ルイに返された。

「ぐーたらなんてしてないし。毎日じゃないけど、綺羅星ペンギンのみんな程度には、しっかり働いてるし」

 ルイは、礼儀正しい良い子だと思ったから、ハワードと挿げ替えたのだが、便利に使いすぎたか、段々と慣れて口が悪くなってきたようだ。先日の恨みと合わせて、一度締め上げた方がいいかもしれない、とパドマは悪いことを考えた。

「師匠さん、こないだね、ルイの所為で、グラントさんのところに嫁に出されそうになったんだけど、いろいろあって、その所為で、お兄ちゃんに『お前は、師匠さん以外のところには嫁げない』って言われたんだよ。またお兄ちゃんに変なことを企まれるかもしれないよ。ひどいよね」

 いつものように後ろをくっついてきた師匠に、先日あったことをかいつまんで話した結果、ルイは師匠に蹴られて、どこかへ飛んで行ってしまった。想像よりひどい罰が与えられてしまった。パドマもびっくりして、みんなにルイを探しに行ってもらった結果、無傷で無事に発見されて、心配して損したと思った。


 きのこ神殿は、綺羅星ペンギンと同様の観光施設になる予定だ。それに綺羅星ペンギンの会議室と宴会場を足して、そのついでにパドマの住居を置いたようなものだった。パドマが住んでくれるかわからないからだとも言えるし、パドマが許可しなくても作る気だったとも言える。ペンギン食堂では全員が一度に入れないから、みんなで集まれる場所が欲しかった、と言われれば、パドマは反対しづらい。パドマの住居は、あくまでついでなのだ。

「敷地面積をこれ以上狭くは、できません。堀は諦めます。ですが、石垣だけは譲れません。神なのですから、高く作って、周囲を見下ろしましょう」

「石垣を作るのでしたら、折角ですから、横矢を入れましょう。ギザギザになるように、作ってください」

「門は、神も通るのですから、真上に番兵を置くのは良くないでしょう。両脇に櫓を築いた方が良いのでは?」

「門は二重に構えて、格式高く、かつ敵を追い込めるように致しましょう」

「格式を気にするのであれば、庭園を作りましょう。、、、きのこを育てられるようにしなければならないでしょうか」

「参道は屈曲させた方が、防御が固くなりますよ」

「美観を損ねなければ、いくつか狭間を作っても構いませんか?」

「狭間よりも、破風を作りましょう。優美な石落としが作れますよ」

「防御だけではいけません。先日ボツにした土地は、出丸に出来ませんか?」

 和気藹々とした雑談は、よく聞いてみたら、なんだか物騒な単語が含まれていた。きのこの敵とはなんだろうか。乾燥とか、イノシシとかだろうか。そうではないことに気付きながらも、パドマは現実逃避をしていたのだが、ハワードから参戦するよう横槍を入れられた。

「姐さんも、要望があれば、早目に言っとけよ。計画段階で主張してくれる方が、取り入れやすいから」

「要望? なんでもいいんだったら、白蓮華みたいなオーブンが欲しい。あとお風呂と、お風呂の近くに井戸」

「オーブンと風呂は、欲しがるのがわかっているから、もう入ってる。井戸までは見てないが、どうせ自分で水汲みしないだろ。近けりゃ楽だろうけどさ」

 一時期、白蓮華に入り浸っていた所為で、パドマの生態は、かなりバレている。だったら、何も言わなくていいんじゃないかな、と思うくらいに。

「あ、もっと大事なことあった。あんまり閉鎖空間でも嫌なんだけど、人が侵入してきたり、覗いてきたりするような部屋は嫌だ。見せ物にしないでね」

 あれは、師匠の所為だったとパドマは思い込んでいるが、そうとも言い切れない理由で、イレの家に覗きの不法侵入事件が多発したことがあった。きのこの神を見にこられたら、おちおち風呂にも入れない。目隠しをしていても、周囲の人の動きがわかるのだ。絶対に覗きに気付かないではいられないし、今ならもれなく、覗き魔を殺害してしまう気がする。本当に、やめてもらわねば困る。

「「「「「!!」」」」」

「住居部分とは別に、姐さんを見せ物っつーか、神が降臨する部屋があるのは、許してくれよ。神殿は、神を祀る場所だから。嫌なら、その部屋は使ってくれなくていいし」

「うーん。変なデザインにしなければ許す。でも、参拝客との距離は、なるべく空けてね」

「しょーち」

 いろいろ検討した結果、設計を最初からやり直すことにしようと、決まったらしい。ただの大工さんに建物の攻撃力や防御力を任せるのは無理だ、という結論に至ったらしい。上物を建てる気で来た人に、石垣を任せるのは酷だと気付いたのだ。



 パドマは、みんなと別れた後、きのこ神殿予定地でお昼を食べて、白蓮華に行った。

 頼まれて作ったとはいえ、自分が設立しておいて、大分放ったらかしにしてしまった。最終的には、放置する予定で作ったものの、足を遠のかせてしまうと、行きにくくなるものだなぁ、と思った。

 挨拶することもなく、こそこそーと中に入って行った。みんなは外で遊んでいるようなのに、テッドとパドマだけは部屋の中にいた。スタッフとテーブルを挟んで向かい合わせに座っており、何かを教えてもらっているようだ。パドマは、先日、新年のお祝い用に贈るよう頼んだ師匠の文字教本の写しを見ている。そんなことしてないで遊んで来いよ! と言いたい気持ちを抑えて、パドマは兄弟部屋に引っ込んだ。


 パドマは、先日、成人した。白蓮華に大きな顔をして遊びに来れる、最後の年になった。パドマならば、スタッフ面をすればいつでも出入りはできるだろうが、そろそろ真剣に将来を考えねばならないだろう。今のままいられるのが望みだが、そういう訳にもいかないのは、周囲を見ればわかる。パドマはさして大きくなれなかったが、みんな育っているからだ。テッドもパドマも、大きくなっていた。いつまでもパドマと一緒に遊んではくれないだろう。それに、いつまでもヴァーノンの足枷でいたくない。

 わかっていたことだったが、やっぱり結婚は無理だった。我慢する予定だったのだが、見積もりが甘すぎた。もう皆の言う通り、きのこの神として生きるしかないのだろうか。それは、兄が皆に変わるだけで、さして変わらない気がするのだが。


「こんなところで何やってやがる。来たなら、声くらいかけろよ。帰る時間になっちゃうだろうよ」

 パドマは頭をフル稼働させてショートさせた結果、昼寝にかまけていたのだが、気付いて見に来たらしいテッドに蹴り起こされた。小パドマは、パドマの上に乗っていたし、師匠は部屋の隅で壁にもたれて編み物をしていた。

「だって、勉強の邪魔しちゃ悪いし、遊んでくれなそうだったから」

「あのなー。お姉ちゃんは、先生だったんじゃないのかよ」

「最早、お前に教えることは何もない。既にお前は師を超えた。知の道に果てはない。おのれで道を探して進むがいい」

 パドマは、布団に転がったまま、テッドに免許皆伝を与えた。完全にむくれている。

「マジか。お姉ちゃんには、まだ名前の書き方しか教わってないのに」

「残念ながらお姉ちゃんは、常識がないと皆にイジメられてきたところだから、何も教えてあげられないのだった」

「嫁に行かないって約束したくせに、あっさり手のひら返したりするから、そんな目に合うんだろ。よっぽどの気持ちがあるなら応援しても良かったけど、初級で脱落って、根性なさすぎだろ。中級の旦那役を任されて、何してやろうか、いろいろ悩んでたのに」

「次は、テッドだったんだ。それは見てみたかったな。面白そうだね。いや、無理だ。どんなに面白くても、グラントさんと一緒に風呂に入るのは、嫌だ」

「は? アレと風呂? 何が初級だ。もうほぼ終わってんじゃねぇか」

「ルイが考えて、お兄ちゃんが許可出したって。最初の企画の時点でどうかと思ってたけど、嫁入りをナメてたよ。見たことも聞いたこともない人に急に引き合わせられて、隣に立ったり座ったり、ウチには無理だって、よくわかった。その上、1日2食しか食べれなくて、おやつも抜き。実家(おにいちゃん)とも縁が切れるって、世の女性はどれだけ聖人なの? 死んだ方が楽だよね」

「ん? 風呂じゃない? 横に立つだけで嫌とか、それでどうして結婚しようと思ったんだよ。ルイに

、知り合いの中で一番金を持ってなさそうなのが俺だから、貧乏生活を味わせろって言われて、阿呆か! って思ってたんだけど、効果ありそうだな。どこまで根性なしなんだよ」

 テッドは、まだ多少なりと英雄様に幻想を抱いていたことに気が付いた。英雄様の実像は、ただの怠け者だった。時々、格好良いことを言うこともあるのだが。あまりに滅多に訪れないから、無駄に刺さって、悔しい思いをちょいちょいしている。

「おにーちゃんとおねーちゃんが、結婚するの?」

 小さいパドマがテッドの背中の後ろから顔を出した。

「しない。お姉ちゃんが泣いて頼みこんでくるなら、できないこともないけど、お姉ちゃんは俺が大人になるまでは待てない。お姉ちゃんを狙ってる男は、沢山いるんだぞ。だから、一緒に神様にしようって、皆で話したろ?」

「うん。おねーちゃんは神様だから、神殿に住んで、パドマは、そのお手伝いに行くの」

「そうだぞー。お姉ちゃんが神様になってくれないと、パドマの就職先もなくなっちゃうからな」

 テッドは、無垢な妹を洗脳していた。まだまだ先のことだが、お姉ちゃんが困っているような問題が妹にも降りかかることをテッドは危惧しているのだ。お姉ちゃんの嫁ぎ先がない事情を考えれば、妹の嫁ぎ先がないことは、簡単に予想できた。妹は、お姉ちゃんに甘やかされて育てられている。沢山の男たちに傅かれて生活しているのだ。絶対に同じような問題にぶち当たる。お姉ちゃんは血のつながりがないから、まだお兄ちゃんや自分が引き受けることができるが、妹はそうはいかない。お姉ちゃんが現役のうちに、先を考えておいた方が無難なのだ。

「何それ、何それ。なんか外堀埋めにきてない?」

「結婚が嫌で嫌で嫁に行けないお姉ちゃんは、パドマを嫁に出そうって言うのか? 俺の考えた結婚を嫌がった時のパドマの逃げ道だよ。本当は、お姉ちゃんと同じ探索者にしようかと思ってたんだけど、お姉ちゃんは特殊すぎるから、マネは無理だって、みんなに言われたんだ」

「確かに。ダンジョンは、あんまりオススメできないかな。ウチも、無事なフリをしてるけど、日々何かに丸飲みにされたりしてるし。守ってくれる人がいるから、生きてるだけだと思う」

「みんなの言う通りだな。お姉ちゃんは、自己評価が低すぎる。なんで、周りの声を素直に聞けないんだよ」

 テッドは、深く深くため息を吐いた。そして、くちびるを噛み、ギッとパドマを睨みつけた。

「上等じゃねぇか。俺が、わからせてやる。事務方は、俺に任せろ。白蓮華も神殿も、俺が長になってやるよ。で、10歳になったら探索者になって、70階層まで制覇すりゃあいいんだな? やってやるよ。俺は、お姉ちゃんの弟だからな。神になって、大人しく見てやがれ!!」

 テッドは、パドマに啖呵をきって、部屋を出て行った。パドマは、パドマの頭を撫でた。

「おにーちゃん、カッコイイでしょ?」

 自分の手柄のように、パドマは胸を張った。その言葉は、何度もパドマが口にしたことのあるものだった。

「うん。うちのお兄ちゃんの次に格好良いのは、テッドに決まりだね。もう姉ヅラを続けるのも大変だよ」

次回、チーズの季節。

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