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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
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160.タルタルソース

 今日も懲りずに、パドマは真珠拾いに来ていた。

「だから、姐さんは、わざわざこんなとこまで来なくても、拾ってってやるって言ってんのに」

 以前は、一緒に行かないことに不満をもらしていたハワードは、パドマは来ない方がいい論者に変わっていた。しつこくしつこくぶちぶちと文句をいいながら、貝を拾い集めている。

「別に、引率してくれなくていいからさ。ウチは、師匠さんを連れて来たかっただけだし」

 今日も白茶になっている師匠の袖を引きつつ、パドマは言った。

「こんな形のさ、変わった色の真珠が、どこにあるかわかる?」

 パドマは先日、ハワード経由で皆にもらったブレスレットを付けている。それを師匠に見せた。これを着けるために、師匠が作ったブレスレットは、外している。そうすることで、真珠探しに興味を抱いてくれないかと画策しているのだが、師匠はフリーズして動かなくなった。

 万能師匠は、光にかざさずとも卵の有性無性を見分けるのだ。真珠にも適応されないかな? と期待して言ってみたのだが、師匠は何かを悩んでいた。

「あれ? ごめん。ひょっとして難し過ぎた?」

 とパドマが言うと、見たことがないくらいに、不機嫌顔になった。目くらいしか表面に出ていないのに、表情が変わったのがよくわかった。

 師匠は、すっくと立ち上がると、歩きだした。歩き出した方向は、帰り道ではなかった。だから、真珠を探してくれるのかと思い、パドマはついて行ったら、下り階段に着いた。

「えーっ。先に進めって? 1階くらいなら先に進んでもいいけどさ。しばらくは、真珠集めをするんだからね。それ以上は行かないし、お持ち帰りは真珠だよ。いい?」

 師匠は、先程の不機嫌さを消し飛ばした可愛らしいだけの微笑みで頷いたから、パドマは渋々階段を降りていった。



 キリン並の階段の長さに閉口しながら降りていくと、63階層には、チヌイがいる。巨大な巨大な淡水魚である。体長がキリンくらいあるのだ。体長の割に体高が低く、スリムに見えるのだが、それにしたって大きい。川や湖に、こんなサイズの魚がいるとは思えない。ダンジョンマスターが、またやらかしたのだろう。

 チヌイは、口が大きい。大して開けずとも、パドマは中に入ってしまいそうである。色は、概ねよくいる川魚色である。灰色とも茶色とも言い難い背中に白い腹。背に向けて濃くなっていく黒の斑点模様。細長い鮭にイワナやマスの色合いを重ねたような魚の中に、顔以外を赤いペンキに漬けたような魚が1匹だけ混ざっていた。

 それが、悠々と何匹も泳いでいた。オサガメやペンギンの時と同じ、空中を泳いでいる。

「うわぁ。大きいねぇ」

 久しぶりの、食べられてしまう予感がする敵だった。だが、パドマは気にしない。食われたら、腹だかノドだかをかっさばいて、外に出てくればいいだけだ。生臭さが半端ないので、食われたくはないものなのだが、パドマはもう慣れっこになっていた。食いちぎられると困るが、丸飲みなら問題ないと思っている。だから、観察することもなく、剣を抜いて、飛び出して行った。


 チヌイは、パドマを見つけると、うねうねと蛇行しながら近付いてきて、口を開けた。だから、パドマは、横に跳んで斬った。

 恐らく、水中で対峙したなら強敵だったと思う。だが、相手は水中設定でも、パドマは陸上にいた。陸上にいる限りでは、パドマの方が少し速く動けた。いろいろな方向から襲い掛かられると少々大変だが、壁際にいる限り、死角から襲うのは困難なのだ。

 パドマは、ミミズトカゲを思いながら始末すると、師匠は、飛びついてきて、パドマとチヌイをかっさらった。パドマは、サスマタに胴を挟まれて空中をぷらぷら揺れている。同じく師匠に担がれているチヌイのぬらぬらとした身体に当たって不快なので、おろして欲しいと暴れたのだが、無理だった。60階層まで連れ去られてしまった。

 


 60階層まで来てすることと言えば、バーベキューだろう。師匠は、着くと同時にパドマとチヌイを放り投げ、ヤマイタチのリュックをごそごそと無断で漁り出した。

 ここに来るまでの間に、パドマは罵声を轟かせていたため、到着にタイムラグはあったが、護衛も真珠部隊も揃ってついてきた。パドマに触って介抱することは許されていないため、状況確認をした後、周囲の火蜥蜴を始末し始めた。残念ながら、護衛も師匠の奇行に慣れているのだ。

 師匠は、その中から数匹をかっさらい、固定器具を使って、調理を始めた。肉を楽しみに来た時でも持ってきたことのない米まで出てきて、パドマは驚いた。

「魚は、嫌いなんじゃなかったの?」

 貝拾いをしたくないばっかりに、パドマ用の焼き貝を作ってきたこともある師匠である。もしかしたら今回も、自分では食べないのに料理をしている可能性はゼロではないが、それにしては、準備してきた食材の量が多かった。正直、チヌイを持って帰るのと、食材や調理器具を持ち込むのはどちらが大変か、わからないくらいに、いろんなものがごそごそと師匠の袖から出てきたのだ。

「3枚おろしにすればいい?」

 魚をさばくのが嫌いな乙女おっさんの師匠のために、パドマは下処理を申し出たのだが、首を横に振られた。全部、自分でやりたいらしい。

「じゃあ、また貝拾いしてくるね。後でまた来るから」

 パドマは、連絡用の護衛を2人置いて、62階層に戻った。61階層を抜けるのに目隠しがいるし、護衛を拾いに行かせて、待ってたらいいのに、と皆が思っていたが、どうせ聞き入れられないので、誰も何も言わなかった。



 白蝶貝を中心にウロウロと貝を拾い集めていたら、護衛が調理終了の連絡を持ってきたので、60階層に戻った。

 簡易テーブルまで出されて、とてもダンジョン内とは思われない料理が並べられていた。刺身や漬け、タタキやマリネなんかは、まだわかる。タレとちょっとの野菜を持ち込めば、作れるだろう。だが、炊き込みごはんに揚げ物まで並んでいる。一口に揚げ物と言っても、唐揚げもあれば、フライも天ぷらもある。粉や卵や油を持ってくるのも面倒だが、それを付けるためのバットも必要になる。揚げるという工程が同じだと仮定して、一度に何種類も作ろうとは、パドマは考えない。それを師匠は1人で作ったのだから、余程食べたかったのだろう。


 皆は、大量に生産された刺身を手に取ったが、パドマは煮付けに手を出した。食べるだろうな、と思われているのだろう。どこからか奪うまでもなく、目の前に置かれているのだ。だから、遠慮なく食べた。独特の薄橙色の身は、ほんのりとパサつきもあったが、脂が乗って旨味があった。トロトロ感がない代わりに、しっかりと味を感じられた。本来の味は、少々淡白気味なのだが、淡白×師匠の組み合わせは、最強なのである。淡白さを感じさせない味を違和感なく足されてしまっているので、パドマはそれに気付かずに食べ終えた。

 パドマは、上に乗せられた卵のキレイさに、炊き込みご飯を手に取った。そのオトモに、焼き物に手をつけて、ムニエルを噛み締めて、幸せ気分に浸っていたところで、パドマは、美味しいアレを見つけてしまった。新鮮卵で作らないとお腹を壊すと噂の白ソースを基調に、ゆで卵や玉ねぎ、漬物なんかを刻み入れた食べる白ソースだ。イレの作った物には入っていなかったのだが、師匠の作る食べる白ソースは、キャベツの芯が刻んで入っているのが、歯応えもあって絶品なのだ。何度か食べる白ソースだけで食べて、師匠に怒られたこともある。そろそろーっと静かに手を伸ばし、揚げ物を付けて食べた。ソースを乗せて揚げ物を食べるのではない。揚げ物こそ添え物だ。

 パドマは、幸せの絶頂に辿り着こうとして、地に叩き落とされた。食べる白ソースを師匠に取り上げられてしまったのだ! 前回怒られた時に、次にやったらもう作らない、と叱られたことを思い出した。

「ソースだけで、食べてないよ。揚げ物と一緒に食べてたよ!」

 パドマは、必死で涙目で訴えたが、師匠の目は冷えたままだった。そして、残っていたソースは、全部師匠の皿に乗せられてしまった。

 師匠は、フライ用にソースを置いていたのだ。唐揚げくらいまでは許すとして、天ぷらにまで付けているのが許せなかったのだ。師匠は、天ぷらは塩で食べる派だった。

「あー!」

 パドマは、叫んだ後で、自分の皿に残るソースを完食し、口の周りをキレイにしてから、師匠におねだりを開始した。

「すごく美味しかった。また作ってくれる?」

 師匠は、冷めた目のまま、蝋板を出した。こうなると予想していたのだろうか、もう文字は刻まれていた。

『てんぷらは、塩だ!』

「わかった。今度からは、唐揚げだけにする」

 パドマは、素直に応じた。こうして胃袋をすっかり握られているから、食習慣をどんどん染められてしまうのである。

 その情けない様を呆れた顔をして、部下たちは見ていた。


 食後、片付けを済ませ、62階層に戻ると、師匠が部屋の隅に行き、黒い平たい貝を足で突いた。今まで、見たことのない行動だった。パドマは、不思議に思って、その貝を拾って護衛にこじ開けてもらうと、ブレスレットの真珠と似たような半球状の真珠が貝殻にくっついていた。色は、橙色と桃色と金色の混色だった。

「!! すごい。キレイな色だね」

 パドマがそう言うと、師匠はふにゃりと笑って、他の部屋に歩いて行く。また足で突く黒い貝を拾うと、中にあったのは、緑の半球真珠だ。その調子で、パドマは5色の半球真珠を1つずつ手に入れた。

「一撃で見分けるとか、どうやって!」

 ハワードが、なんとかしてその技を盗もうとしているが、パドマは無駄だと思った。100部屋全室覗いてもいないのに、『今はもうないよ』と言い切るのだ。パドマのきのこ神のような、特殊能力ではないかと思われる。パドマの正体は、鼻の良すぎる人なのだが、師匠は、どんな力で卵や貝の中身を当てているのだろうか。考えてみたが、パドマにはわからなかった。

次回、神殿の建設予定地を見に行く。

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