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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
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158.真珠拾い

 男に追い回される恐怖に負けて歩けなくなったパドマは、渋々師匠の背中に乗せてもらったのだが、至る所で板切れ男の襲撃にあうので、外にいるのが、もうすっかり嫌になった。師匠も嫌気がさしたらしく、建物の屋根の上に飛び上がり、イレの家に帰った。

 着いたらパドマは、ダイニングに放置され、ぐでーっとしていたのだが、師匠は食糧庫を漁り、チリコンカンとりんごケーキを作って出してくれた。チリコンカンは、スパイスが効いて美味しかったし、ケーキは甘くて、ほっとした。自分のスペックを棚上げして、結婚してもこの生活水準を下げたくないなと、つい思ってしまう。ダラダラしてるだけで、美味しいごはんが出てくるのである。最高だと思う。

「でもなー。女を上げろって言っても、もう無理だもんなー」

 美女に生まれ変われないし、家事は一通りは覚えた。何よりどうにもならないのは過去の経歴を変えようがないのと、身バレしているので、その場だけ取り繕っても誤魔化される人がいないことだろう。努力できることはいくらか思いつくが、即効性があるようなものは思い付かなかった。

「師匠さんが、くそムカつく!」

 可愛いし、万能だし、何も勝てそうなところが見つからない上に、男だ。師匠は、嫁に行く必要がない。羨ましさにそう言ったのだが、師匠はビクッと肩を震わせ、泣き出した。

「ああ、ごめん。ちょっと本音がこぼれただけだから、気にしないで。片付けはやるね」

 パドマは、食器を抱えて、逃げ出した。


 食後は、真珠の選別をした。

 片道歩いただけで、パドマは寝てしまい、拾っても運んでもいない上に誰かの荷物になっただけなのだが、護衛とイレと師匠が持って帰ってきた真珠を全部もらってしまった。貝の身はペンギン食堂の物になっていたし、貝殻の売り上げは師匠が取ったようだが、正直、パドマのもらいすぎである。選別後、何かの形でお返ししなければならない。誰がやってくれたのか、殻むきまでされた状態で頂いてしまって、本来なら恐縮しなければならないところだ。だが、欲しかったので、もらった。

「思いの外、白が少ないね。前と同じのは、作れなそう。どうしようかな」

 前回作った物は、妥協の産物なので、新しいデザインを考えてもいい。だが、アクセサリーは一方的に押し付けられるばかりで、パドマは欲しいと思ったこともない。デザインを考えるのは、難しい。

「とりあえず、明日も拾いに行く! あの時の師匠さんの気持ちが、やっとわかったよ」



 そういうことで、翌日は、ダンジョンに行った。昨日は、街中で板の襲撃にあったが、ダンジョンではそんなことはなかった。昨日の板野郎を見かけることもあったし、何人か付いてきたが、途中でポロポロと脱落していった。ついてくんな! と、パドマは思っていたが、脱落したなら、それでいい。それよりも問題なのは、最後まで脱落せずについてくる綺羅星ペンギンの連中だった。何のつもりか、昨日と同じ服装なのだ。白茶の覆面頭巾姿でついてくる。白は汚れるだろうに。

「きのこ狂は、森に行け!」

 と、パドマが言っても、

「きのこ神のお導きのままに」

 と謎のポーズで応えて、いつまでもついてくるのが、ウザい。いろんな場面を想定しているのだろう。走っていても、戦闘中でも、おかしなポーズをみんな同時に揃えてくるのだ。パドマは、そこに狂気しか感じられなかった。

 走るのは男たちの方が速いし、剣の技量でもパドマは劣る。走ってダンジョンを突き進むパドマスタイルにも皆慣れたもので、脱落する要素は、やる気をなくした時だけだろう。だから、振り切れない。

「せめて、きのこをやめろ!」

 と言っても、やめてくれない。大福カエル前で兄弁当ブランチを食べても、ちっとも気が晴れない。前も後ろも、白茶男でいっぱいなのだ。パドマは、壁と仲良くお話ししながら、食事を終えるしかなかった。いつの間にか、師匠まで白茶覆面頭巾になっていたのだ。小柄な方だから、後ろ姿でも見分けが付くが、相手にしたくなくなった。


 声をかける度に、いちいち変な揃いのポーズで応えてくるのがムカつくので、パドマは白茶男たちに、カミツキガメやヒクイドリやムササビを持たせて、徐々に動けなくしていった。どれだけ荷物を持たせてもポーズが取れる師匠が、本当にイライラした。走る足を止めずに、亀や走鳥を頭に積んでビシッとポーズを決めてくるのだ。更にムササビを追加しても、手の甲に乗せたり、膝に乗せたり、ポーズに合わせて対応しきった。

 50階層に着いたところで、諦めて全部食べ尽くした。ただ焼くだけならば、ヒクイドリが最高だ。師匠のチーズソースと胡椒をくすねて、パドマはガッツリ食べた。食べている間だけは、みんな変なポーズをするのをやめてくれる。肉をサバいたり焼いたりする作業が忙しいからだろう。何をしに来たのかも忘れて、もうずっと食べてたらいいんじゃないかな、とパドマは黄昏た。


 だが、持ってきた肉が食い尽くされれば、先に進まねばならない。白茶の男たちと話したいことなど、何もない。ちょっとリカオンがしつこくついてくるくらいで、しばらくは大した敵は出てこない。たらたらと走り進んだ。ただ生きているだけでストレスゲージが上がっていくので、手近な男を断りもなく踏み台にしてキリンを仕留め、タリアータを作って来てと、半分くらいの人材を置き去りにした。やっと人数を減らす方法を会得した!



 62階層に着くと、貝拾い開始である。同じ部屋に沢山いても効率が悪いし、ダンジョンモンスターは出て来ないので、護衛も含め、散開して作業する。だが、パドマは1人にはしてもらえないようで、無駄に奥の部屋まで来たのに、師匠を含め5人はついてくる。これ以上減らないならもういいや、と諦めて、作業した。


「姐さん、貝拾い行くのは門限的に厳しい、って言ってたのに、いいのか?」

 パドマが、右手にアコヤガイ、左手に牡蠣を持って、物欲と食欲を葛藤させていたら、ハワードがいつもの調子で話しかけてきた。おかしなきのこタイムは、終了したのか、休止したのかもしれない。

「あー、ねー。今、ちょっと反抗期だから」

 悩んだ結果、牡蠣をフライパンに乗せて、アコヤガイを素材袋に入れた。後で焼いて食べれば荷物にはならない。キリンを持って来られたら、貝を渡せば、また人が減るに違いない。

「大事なお兄ちゃんに反抗してまで、欲しいのか? わざわざ拾いに来なくったって、拾って帰ってやるのに」

「うん。友だちにね。プレゼントしたいんだ。真珠はいっぱいもらったんだけど、白が少なくてさ。黄色ばっかりだったの」

「くっ。友だち羨ましいな! 白が欲しいなら、拾うのは、それじゃない。こっちの白い貝だ。茶色貝も白は出るが、白貝の方が確率は高い」

 ハワードは、白蝶貝をパドマに見せて言った。

「確率? そんなのあるの?」

「ある。あそこのくそでかい貝も、白の大玉が出ることがあるが、姐さんが気に入るような品質は、滅多に出ねぇ。何個に一個とまで詳しい確率は調べてねぇが、大体わかる。ここらに落ちてるのは、片っ端から開いてみたことがあるんだ。だから、真珠のことは、俺たちに任せてくれていい。紅蓮華の納品だけじゃなく、姐さんの分も、拾ってきてやっから」

「ハワードちゃん、、、いいこと言ってくれてるのに、なんかヤダ。気持ち悪い」

「あー、サイですか。折角、もっと面白いもん見せてやろうと思ったのに、もういいや」

「面白いもの?」

「これ」

 好奇心に負けたのか、パドマが近寄ってきたので、ハワードは小さな箱をパドマに渡した。パドマは受け取って開けてみると、アクセサリーが入っていた。真珠ではないかと思われる照りの石で作られているのだが、とても不思議な色をしていた。碧とも翠とも言い難い不思議な色でマダラになっている。割ってしまったのか、真珠のわりに半球で、平な部分は金属の台座がついており、その台座同士が繋がって、全部で一本のアクセサリーになっている。長さ的には、腕輪か足環だろう。

「これも真珠? こんなキレイな色、初めて見たよ」

「それな。アワビ食おうとすると、たまに出てくんの。キレイだから、ネックレス作って姐さんにあげようぜ、って皆で集めてたんだけど、それしか見つけられなかった。どうしても嫁に行くって言うなら、花嫁道具に入れてくれ。俺たち全員からの選別だ」

 いつか、ミラにブレスレットをあげて、びっくりされたことを思い出した。あの時言われた言葉を思い出す。

「そんじょそこらの新郎には、用意できないような物じゃん。あてつけか」

「俺たちみんなの大切な姐さんを、1人で独占するようなくそ野郎じゃねぇか。当て付け上等だろうよ。俺たちなら、ドレスだって、真珠で作ってやるのに。

 きのこは、これっぽっちもふざけてねぇんだよ。姐さんは、やる気ねぇし、だらしねぇし、実は大したことないちっちゃい嬢ちゃんだって、皆知ってるさ。恩義もあるが、それ以上に放っておけないだろ? 妹みたいな、人によっちゃあ娘みたいな姐さんが、いつもそばにいる俺たちだって近寄るだけで逃げてくのに。惚れてもいない男に嫁ぐなんて、無理に決まってんじゃねぇか。嫁に行かずに目標を達成できたら、それでいいだろ? それで、きのこだ。アーデルバードの守護神になんかしちまったら、姐さんは、また頑張りだして潰れちまうから。きのこ神辺りで手を打って、俺たちと一緒に遊んで暮らしてくれよ」

「そんなに、無理かな。確かに、ウチのスペックはどうしようもなく低いし、釣書見ても、将来が心配になるような相手しかいなかった。だけどさ、なんでも我慢して、最後の兄孝行をしたかったの。ウチの価値が低すぎて、兄孝行にもならなそうなことに、ちょっと絶望しかけてるんだけど」

「ちょっと待て。兄孝行が目標なのか? 俺が聞いた話と違うな。嫁に行くより兄孝行な企画書を作らせるから、待て。早まるな。いいな? 待て、だからな?」

「なんか皆勘違いしてるみたいだけど、ウチはまだしばらくは嫁に行けないよ。お金を貯めていろいろ清算して、心残りをなくしてからなんだから。これ以上、年を取ったら買い手がいなくなるなら急いだ方がいいだろうけど、まだ何年か猶予はあるよね? まさか、そんな変態にしか、需要なかった? いや、その可能性は、少しは考えてたけども。旦那なんて、1人いればいいんだよ?」

「姐さんなら、あと20年はイケる。俺で良ければ、50年後でももらってやる。だから、早まるな」

「え? そうなの? じゃあ、急がないといけないね。ハワードちゃんが相手なんて、あんまりだし」

「あーのーなー。姐さんは、兄孝行になる相手なら、誰でもいいんじゃなかったのかよ。誰でもいいって、そういうことだからな。選んでんじゃねぇ。

 俺だって、顔と性格をさて置けば、そう悪い条件じゃないだろ? 姐さんのおかげだが、稼げるようになったし、街でも発言権はある方だし。姐さんを囲って、束縛する気もねぇし。

 俺はダメだし、紅蓮華もイヤ。王子までフリやがって、一体どんなのが好みだ。そんなのは、誰でもいいとは言わねぇだろ」

「だってだって。捨て子の馬の骨小娘が、金持ちとか、身分持ちとかと一緒になっても困るだけでしょ。ついていけないし、支えられないでしょ。いつだったか、ママさんが言ってたの。似たような環境で育った男がいいんだって。

 でもさ、身の丈にあったその辺の男と結婚したら、家にお風呂はないし、毎日は薪代を払えないし、おやつは10日に1回も食べれないし、胡椒なんて一生目にすることもなくなるんだよ。お兄ちゃんの顔も見れなくなっちゃうし、一体、何を楽しみに生きていったらいいの?」

「それ、ママさんに誘導されてるだけだろ。特殊な姐さんと同じ環境で育った男なんて、1人しかいねぇじゃん。、、、こしょうって、いくらくらいすんの?」

「時価だから、はっきりとは決まってないけど、金銀と等価くらいって、お兄ちゃんが前に言ってた。でね、買う時は、樽に入れてもらうんだよ。でもって、それを師匠さんがガシガシ食べ物にふりかけてると、気付くとなくなっちゃうの。恐ろしい調味料なんだよ」

 ハワードは、パドマの周りをウロウロする、ヒゲ面のムカつく金持ち野郎の顔を思い出した。あの男は、パドマを金の力で、それとなく雁字搦めにしようとしているのだろう。何も考えていないパドマは、すっかり術中にハマって、今困っているのだ。

「わかった。それも、用意しよう。こっちは1人じゃないんだ。なんとかする。おっさんに負けてたまるか!」

「おっさん? え? ウチには、おっさんしか選択肢がないの? そっかー。おっさんか。おっさんって、長生きしてくれるかな。あんまり早く死なれても困るなー」

 誰でもいいと言いつつも、パドマの中では、自分と年回りが近く、そこそこの見た目で、まあまあの収入を持ち、ヴァーノン程度に優しい男が仮設定されていた。パドマの中ではヴァーノンは超絶イケメンなのだが、みんなの間では普通の人である。だから、収入面を除けば、パドマの仮想夫は、ほぼヴァーノンだった。ヴァーノンにシワが入り、腹が出たところをパドマは想像する。長生きしてくれるなら、許容範囲だ。年取ったヴァーノンも、カッコイイ! 大丈夫だ。おっさんなら、まだ介護はいらない。妻の仕事を覚える余裕はあるだろう。

「ボス。ハワードの阿呆に惑わされないでください。ボスに結婚が向いていないというのは、綺羅星ペンギンの総意です。ご納得いただける場を用意致しますので、お付き合い下さい」

 ルイが、会話に割り込んできた。

「え?」

「お付き合い頂きます」

 パドマが動かずにいると、ルイがずずいと近付いてきた。パーソナルスペースを割っている。目に涙が浮かんでくる。震えも止まらない。

「いや、、、はい」

 なんでもいいから、離れて欲しくて、そう答えるしかなかった。

次回、パドマ嫁に行く。

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