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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
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157.綺羅星ペンギンと紅蓮華

 食後、師匠以外の人とはさよならし、パドマは綺羅星ペンギンに顔を出した。ちょっとグラントに相談がある。入り口をくぐると顔を見せるグラントに手招きをして、空き会議室に入った。

「パドマさん、こんにちは。本日の要件は、我々が申請した英雄様神格化計画についてのお話しで、よろしいでしょうか」

 グラントは、皆までわかっているらしい。ヴァーノンに提示した板切れと同様のものをパドマの前に並べ始めた。師匠がそれを手に取り、驚き顔で食い入るように読み始めた。

「うん。そう。悪いけど、その申請を取り下げてもらえないかと、思って来たの」

「お気に召しませんでしたか? 家を出たいというご要望かと理解していたのですが。住まいにする神宮の建設計画もあります。住まわれる本人の希望を盛り込んだ方が良かろうと、計画だけで、着工はまだですが、土地の確保まではできましたよ。すぐに転居が必要ならば、白蓮華でも綺羅星ペンギンでも、部屋の用意はありますが」

「土地? どうやって? あれは、金を積んでも買えないんだよ?」

 パドマは、愕然とした。グラントが優秀すぎて怖い。何をどう頑張っても、新星様の名を持ってしても購入できなかった土地を、数日で用意されていた。また紅蓮華から借りたのだろうか。

「我らは、無駄に人数が多いですからね。土地持ちもいるのですよ。かき集めた上で、最良の土地を選りすぐったつもりです。ご不満があれば、他も探せます。購入は難しくとも、トレードであれば、まだ融通はききますから」

「いや、神様じゃなくて、奥様になりたいんだ。結婚を妨害するとかいうのをやめて欲しくて、来たんだけど」

「わたしも、最初は何の話をしているのか、よくわからなかったのですよ。パドマさんが、神にも等しい方だというのは納得できたのですが、きのこの神様だと主張する集団をルイが連れて来たのです。既に宗教として成り立っているのだと、成り立ちから崇める作法に至るまでを説明されまして。わたしと致しましては、アーデルバードの守神や土地神としたいと主張したのですが、負けてしまいました。

 きのこの神では奥様に勝てないようですから、土地神に変更しましょうか」

「きのこ? きのこ神なの? あんなちょっとした冗句で、社とか建てないで欲しいんだけど! 集団って、何。ジョージさんたち2人だけじゃないの?」

「やはり、パドマさん発信なのですね。『本人が、きのこ神を名乗ったのだから、間違いなくきのこ神だ』との意見には、どうしても勝てず」

 グラントは、悔しそうに歯を食いしばっているが、パドマとしては、どっちもやめて欲しかった。英雄様よりは、きのこ神の方が意味がわからなくていいような気もしてしまうが、多分、これは、これ以上推し進めない方がいいと思う。


 その時だ。外からドアをノックされ、グラントがドアを開けると、怪しげな白茶の集団が見えた。その中の5人が部屋に入ってきた。

 男たちは、皆、揃いの服を着ていた。大筋は、パドマの衣装と似通った形なのだが、ボトムスは、膝下でしぼられた半ズボンになっている。アーデルバードの男は、季節関係なくみんな半ズボンだからかもしれない。(ズボンの下にタイツを履き、ブーツを履くから冬でも寒くないらしい。ちなみに、女は季節関係なく半袖だ。上着を着ることは許されるが、作業の邪魔になると、長袖は着ない。)上衣は白色で、下衣は茶色。白の頭巾を被り、茶布で目の下を隠している。顔を隠すのは、やましいからなのだろうか。

「おお神よ」

 部屋に入った男たちは、片膝をついて、左手を右目に、右手を左肩に当てている。訓練を積んだらしく、寸分のズレもなく同じタイミングでポーズをした5人に、パドマは頭が痛くなった。

「何やってんだよ。酔っ払いどもめ」

 右から、ルイ、ガイ、ジョージ、ルーファス、ハワードの順に並んでいた。いつぞやきのこ宴会にいたメンバーである。そういえば、あの時から、変なポーズの練習をしていた。こんなところにまで繋がってしまうなら、あの時点で、潰しておけば良かった、とパドマは後悔した。アレを機に仲良くなるのはいいことだと思うが、やっていることが、バカすぎる。カーティスの息子のルーファスが混ざり込んでいるのが、本当に頭が痛かった。一気に、土地取得の難易度や資金力が変わってしまう。

「本日は、まだ飲んでおりません」

 真ん中のジョージが代表かと思いきや、端のルイが答えた。返答をしている間も、ポーズは崩さない。

「我らをきのこの下に導き給え」

 今度は、両膝をつき、顔は上を向いて、右手指先をアゴに、左手指先をおでこにつけるポーズに変化した。もう見てられない、見たくないと、パドマは思った。

「グラントさん、これのどの辺を気に入ったらいいのかな。無理だから。つまみ出して」

 パドマのお願いは、届かなかったらしい。グラントは、ひざをつかないままに、手を動かしてポーズの練習をしていた。グラントは、きのこ神反対派だと思っていたのに、違ったようだ。

「マジか。酔っ払いに混ざりたいのか」

 かたん、と師匠が立ち上がる音がしたので、師匠がつまみ出してくれるのかと、パドマは振り返ったが。何か変だ。いつものふわふわの笑顔で、先程グラントが並べていた板切れを抱きしめて立っていた。とことことパドマの横まで出てきた師匠は、ジョージに板切れを差し出した。

「ありがたや」

 板切れは、いつの間にか彫られて、レリーフに生まれ変わっていた。師匠は、芸術面でも仕事が早いらしい。説明されなくてもわかる程度に似ているパドマの横顔が彫られていた。

「何作ってんの? 本当にやめて欲しいんだけど!」

 パドマは、レリーフを引ったくろうとしたが、失敗した。ジョージがレリーフを受け取ると、師匠は、左手を右目に当て、右手を胸に当てたり左肘に当てたりし始めた。

「おお、同志として迎え入れましょうぞ」

 ジョージたちは、片膝立ちで両手を上げ、手首を折って指先を外側に向けている。今度こそ師匠は、ビシッと真似た。おかしな仲間が増えてしまった! パドマは、頭がくらくらした。もう帰りたいのだが、ドア方面には白茶男が並んでいるので、怖くて通れない。席に戻って、師匠のポーズ練習の指導を聞きながら、黄昏た。今日、師匠は10個のポーズを教わったが、まだまだ沢山あるらしい。耳に聞こえていただけなのに、パドマもいくつか覚えてしまったのが、とても悔しかった。


 白茶男たちは、謎の盛り上がりを見せて止まらないので、「春になったら森を案内するから」とパドマは頼み込んで、帰ってもらった。そして、何の要望も達成できぬままに、逃げるように綺羅星ペンギンを出た。



 パドマは、心にダメージを負いながら、次に来たのは紅蓮華だ。珍しく師匠もついてきた。イヴォンを呼び出したのだが、イギーが応対してくれた。

 パドマが応接室でお茶を飲んで待っていると、お付きの人をぞろぞろ連れたイギーが入室してきた。

「よお。元気そうだな」

「ああ、うん。赤ちゃん授かったんだってね。おめでとう」

 パドマは、お祝いとして持ってきた箱を差し出した。中身は、師匠にもらった謎の織りのふわふわタオルである。赤ちゃんでも、イヴォンでも、使ってくれるんじゃないかと思って、選んだ。イヴォンの趣味なんて考えたこともなかったから、気に入ってもらえるかは自信がないが。

「あー、そうだな。めでたいか、どうかはわからんが、ありがとう。中を見てもいいか?」

 イギーは、受け取った後、箱をレイバンに渡した。レイバンが、開封してくれるらしい。

「めでたくないとか、嫌なヤツだな!」

 パドマが睨むと、イギーは慌てた。

「違う。授かったこと自体はいいんだ。有難いことだと思っている。だが、それを機にイヴォンが実家に帰っちまって、戻って来ないんだよ」

「は? なんで?」

「なんだかんだで、まだ正式には結婚していなかったから、強く呼び戻すこともできずに困っている。最初からこれを狙ってたのか、お前を釣れない俺に愛想を尽かしたのか、理由はわからない。俺は、うまくいってるもんだと、思ってたんだ」

「だから、さっさと結婚しちゃえば良かったのに!」

「そうか? アレの望みがコレならば、これで良かったんだろう。あいつは、俺の恩人だ。俺が嫌だと言うなら、縛り付けるつもりはない。できたら、子どもは、こっちにくれると助かるが」

「やっぱり、ひどい!」

「なんでだ。俺の子が、将来、イヴォンの足枷になるなら、申し訳ないだろ。それに、それを使って紅蓮華を突かれたら、攻撃せざるを得ない。自分の子より、従業員を守らねばならないだろう? こちらに寄越してくれたら、そんな心配もなくなる。イヴォンごと帰って来てくれるのが一番だが、ワガママを言っても仕方がない」

「そうなんだ。戻って来てくれるといいね」

「ああ。絶対に子どもは無理だと思っていた俺の光明なんだ。英雄様だと思って抱けばいい、なんて言ってくるバカ女が、他にいるとは思えない」

 パドマは、全身に悪寒が走った。鳥肌が止まらない。聞き間違いだと思いたかったが、わりとはっきりとした滑舌だった。やっぱり気持ち悪い2人だった!

「、、、、、!!」

「ああ、悪い。気にしないでくれ。男女の秘め事は、トップシークレットだったな」

 子ができて、婚約者に逃げられて、失言をしたところなのに、イギーは堂々とした態度は崩さず、レイバンから箱を受け取った。カーティスの教育の成果が、却ってどうしようもない男に見せていた。


「また大層な物をご用意頂いたようだ。これは、そのままじゃ、イヴォンにくれてやれないな」

 イギーは、箱の中身を一目見て、ため息を吐いた。タオルを取り出し、触って、箱に戻した。

「入手経路は、師匠さんだな? 師匠さん、これの作成方法の伝授と販売許可をお願いしたい。それがあれば、イヴォンに渡すことができる。あとついでに、シャルルマーニュの馬車も頼めたら有難い。できる限り、そちらの要望は酌む」

 イギーが師匠に向き直ると、直前まで夢中で錦玉糖をもきゅもきゅと食べていた師匠は、目を白黒させて、蝋板を出した。出した答えは、『布⚪︎ 馬車×』である。答えをもらった後も、イギーは諦めずにしつこく頼んでいたが、『軍事利用されるから』と提示されて、諦めていた。

「そうやって、師匠さんの意見を無視してしつこくするから、嫌われるんだよ」

とパドマが言うと、師匠は何度も首肯したが、イギーは、やっぱりいうことを聞かなかった。

「師匠さんの価値がわかってないから、そんなことが言えるんだ。軍事利用ができる、と師匠さんも認めてるんだぞ。軍事利用って、わかるか? あんなに速度を出せる馬車はない。車軸が、とんでもないことになっていた。あれがあれば、物流も変わる。革命を起こせるのがわかっているのに、簡単に引けるか! 俺は、紅蓮華なんだぞ」

 イギーは、むくれた。

「師匠さんの価値は、わかってるよ。この人は、どこに置いても無敵だよ。性格以外に文句のつけどころがないよ。ウチだって、師匠さんを嫁入り道具に入れられないか、画策中なのに」

「それはいいな。師匠さんとセットで、うちに来たらいい。紅蓮華からヴァーノンに求人を出しているのは、知ってるか? お前があの家に住み着いてくれたら、イヴォンは帰ってくると思うし、ヴァーノンも希望通り辞職させる。勿論、従業員でなくなっても、友人としてできる限りのことはする。お前以外は万々歳だと思うが、どうだ?」

「それも断ろうと思ってきたんだよ」

「そうだろうな。綺羅星ペンギンには、勝てる気はしていない。だから、無理強いをするつもりはない。一応、ダメ元でも言っておかないと、ますますイヴォンに嫌われるからな。ただそれだけだ」

「いや、それも断る。あんな変なのはいらない」

「内容は、ちゃんと見たのか? 友人として言うならば、あれ以上の好条件はないと思うぞ。制約は、ほぼなかった。年に数回、体調と天気の良い日にピクニックに行くだけで、新築の家に住んで、ただ飯が食えると聞いた。何が不満だ」

「白茶の酔っ払いの大将になりたくない」

「白茶? わかった。伝えておこう」

 イギーは、うなずいた後、お茶を一口飲んだ。

「伝える?」

「俺の教育係が、教団でかなりの発言権を持っているらしい。他人ごとじゃなかろう。俺も末席には入っている」

「みんなで何やってんの? 要望が通るなら、解散しろと伝えて!」



 ダンジョンに行くより疲れてしまったが、今日はダンジョンに行ってないし、日もまだ高い。唄う黄熊亭のお手伝いをするにしたって、まだ時間がある。とりあえずお昼に食べるものを探そうと料理屋街に向かおうとして、沢山の男に立ち塞がれて、囲まれてしまった。チンピラの類いは一掃されたことになっているのに、まだ生き残りがいたのか、アーデルバード名物のアレの大量発生バージョンなのか。

 とりあえず見知った顔はいないし、みんな男だから怖くて近寄りたくないのだが。師匠がいるから大丈夫、剣は抜かない、剣は抜かない、と心の中で念仏を唱えながら、

「何?」

と、パドマは言った。

 すると、四方八方から、びゅっ! と板切れを出されて、パドマと師匠は、反射で叩き割った。

「よろしくお願いします」

 と男は言うのだが、前列の男は、既に全員板は割れていた。パドマは、手が痛くて涙目になっている。やはり剣を抜けば良かった、と後悔した。

「やはり受け取ってはいただけませんか」

 と言うと、前列の男は散って行った。

 師匠は、上腕サイズの棒を手に取り、構えたので、パドマも指輪のトゲを出し、反対の手には髪飾りを外して持って、師匠と背中合わせになって構えた。

 2列目にいた男たちは、慌てた。

「争うつもりは御座いません。一読頂きたいだけです。よろしくお願いします」

 パドマは、指輪の手を出した。発言した男は、静かに板を乗せた。

『釣書

氏名  ブラウン

年齢  26歳

住所  工区飾通低層西入カーサ工区201

職業  探索者

趣味  磯釣り

既往症 なし

親と同居希望、ペット猫1匹』

 パドマは、なるほど、と思った。これが、よくある条件なのか、と。賃貸物件に住み、旦那のご両親とともに暮らし、10歳少し上の夫を支える自分。職工の夫なら、仕事の手伝いをするのが妻の仕事だが、探索者の妻は何をするのだろうか。

「メイン狩場は?」

「32階層です」

 男は、誇らしげだった。32階層といえば、ダチョウだ。ダチョウ皮ならば、確かに条件は悪くない。両親と男の生活費が如何ほどかかるか知らないが、甘やかしてくれるのであれば、たまにはおやつの1つも買ってもらえるだろう。

 だが、どう考えても、独身のまま自力でダンジョンに行く方が、儲かるし、自由に出来る金額が多い。最低でも48階層までは行ってて欲しかったし、できたら62階層くらいは行って欲しい。62階層に通う知り合いは、沢山いる。なんていうか、人数を揃えれば、誰でも行ける階層ではないかと、パドマは思っている。無理な数字ではないと思う。その上、探索者はケガをするリスクが高い。条件がいいとは思えない。この人では、兄孝行はできない。

 パドマは、男に板を返却した。

「探索者なら、最低62階層。それ以外でも、それに匹敵する稼ぎが欲しい」

 と、言うと、沢山いた男たちは、全員いなくなった。

「だよねー。ウチに、そんな価値ないもん」

 パドマは、ズルズルとひざを付き、地べたに座った。

次回、真珠拾い。

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