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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
151/463

151.キレたヴァーノン

 パドマは、無事、シャルルマーニュ王国から、アーデルバードに帰って来た。帰り道は、陸路を追いかけてきていたルイを見つけたくらいで、これといって何もなかった。

 いっぱいあるお土産を捨てたくなかったパドマは、ルイを馬車のどこに乗せてあげるかで、悩んだ。1人で帰ります、と言うルイを置いてはいけない。お土産は、かさばっているだけで、それほど重くはない。重量的には、人もお土産も全部乗るのだ。だから、全部乗せて行きたいのだが、問題は、席割だ。パドマは、イレやルイと同じ席に並んで座ると、ハリネズミになってしまう。そして、師匠は気持ち悪いので、近寄りたくない。師匠は、ただのワガママで、イレとルイと一緒は嫌だと言う。席は御者台を入れたら3つある。

 パドマは、馬車の屋根の上か、馬の上に乗ると主張した。パドマだけならば、小さいし軽いから、どこでも乗れる。だが、落ちたら困ると、皆に反対された。船から飛び降りたパドマは、誰からも信頼されなかった。

 半泣きで師匠を拝み倒したが、そっぽを向かれた。だから、パドマは、泣く泣く師匠の隣に座って、後悔した。横に座るだけで嫌だったのに、ひざの上に座らされて、頭を撫でられたのだ。不思議と鳥肌は立たないのだが、気持ち悪くて泣いた。ヴァーノンは、にこにこしているだけで助けてくれないし、ルイもヴァーノンに止められて、助けてくれなかった。選択ミスだ。ルイの隣で、大人しく鳥肌を立てていれば良かったのだ。


 ぴーぴー泣いていたら、御者台のイレが、気が紛れるようにと、お話しをしてくれた。トレイアの地でやってきたイレと師匠の悪ふざけについてだった。

 トレイアでは、本当に農兵が集められていたそうだ。それを見つけたイレは、折角だから、と模擬戦争をお願いし、1人で圧勝したらしい。ちゃんとケガもさせなかったからね、と念を押されたが、パドマはそういう問題でもない気がする。曲芸をしながら相手を煽るだけ煽って、きっちり全員突き転ばせてきたよ、と。指揮官クラスの人間とは、まとめて一騎打ちもして、農兵だけでなく指揮官の心もきっちり折ってきたからね、と言われて、返答に困った。一騎打ちをまとめてしまったら、それはもう一騎打ちとは呼ばない。そんなことができる人を何度も怒らせてきたのか、と身体が震えた。「お兄さんの職業は、パット様の側仕えで、戦闘職じゃないし、アーデルバードでは雑魚なのに」と言ってきたから、もう戦争はないよ! と、やけに胸を張って報告された。

 師匠の悪ふざけは、帰り際のイライジャにひざを折らせていたアレだ。シャルルマーニュは、建国した人間と統治を始めた人間が、別人らしい。統治を始めた人間は、現王家の祖先で、建国をしたのは、アーデルバードのダンジョンを作ったのと同じ、古の魔法使いだ。魔法使いの部下として国を治めたのが、始まりだそうだ。昔は、猫の子の如くそっちこっちに魔法使いがいたらしいので、同一人物かどうかは知らないが、シャルルマーニュ建国の魔法使いの末裔を騙ったらしい。貴方がたは、私の一族より下の身分のハズですが? と主張したというのだ。なんて師匠さんにお似合いの性格の悪い演出なのか!

 その話を聞いて、パドマの昼寝が捗った。もう起きているのは、無理だった。



 帰ってきて、まずすることは、お土産配りである。いつもお世話になっている紅蓮華の一部の人と、白蓮華の子どもたちと、綺羅星ペンギンのみんなと、マスターとママさんとミラとリブとニナにマフラーやストールなどを配った。貯金が底をついただけでなく、帰り道の馬車のぎゅうぎゅう具合が大変だったのだが、またサソリやビントロングを拾って来たら、なんとかなる。

 急場を凌ぐために、昨日、ヘビ皮祭をしてきたので、今日は、ふざけて遊んでもいいハズだ。そういう気持ちで、パドマは、レッサーパンダ(パンダちゃん)との再会の抱擁を楽しんでいる。後ろでイレと護衛が、

「パドマは、何をやってるの?」

「ボスは、パンダ好きなんです。殺したら殺されます」

「そっか。それは良かった。とうとう生きたまま丸かじりしてるのかと思ったよ」

 などと話しているが、気にしない。殺す予定なんてこれっぽっちもないが、もしかしたらという話であれば、わからない。この可愛いモフモフも、所詮は、いくらでも湧いてくるダンジョンモンスターだと言うのは、わかっているが、白蓮華の子どもたちと同程度には、情を抱いてしまっている。

「パンダ成分の補充は済んだから、お仕事に行く」

 パドマは、シャキッと立って歩き出した。



 58階層に着くと、久しぶりに師匠センサーが起動した。うっとりと前を見つめ、イレの服をつかんで離さない。イレは、しまった! という顔をしているが、もう遅い。

 58階層にいるのは、アルマジロとセンザンコウである。アルマジロは、甲羅を背負ったネズミみたいな見た目で、センザンコウはウロコのあるアリクイのような見た目である。それぞれ大きいものは体高がパドマの腰くらいあるが、小さいものはひざのちょっと下くらいだ。小さい物なら、パドマも持って帰れる。大きな物でも、イレか師匠なら余裕で数匹持てるだろう。

 さして強いとも聞かない相手だ。さくさく倒して帰ろう。そう思ったのに、パドマがフロアに降りた途端に、全部が逃げて行った。

「え?」

 まだ何もしてないのに? 慌てて、ヤマアラシの時のように、ナイフを投げるが、アルマジロにも、センザンコウにも刺さらなかった。当たりはするのだが、弾かれるのだ。オオエンマハンミョウのように硬いのかもしれない。

 パドマは、諦めて追いかけた。幸いにも、どちらも足は然程速くはない。全力で走れば、追いつける。パドマは、比較的速いアルマジロを目掛けて走り、捕まえると、ひっくり返して絞めた。響くような独特な悲鳴をあげられて、少し心が痛んだ。

「うぅう、ごめんよぅ」

 これは生き物じゃない。これは生き物じゃない。これは生き物じゃない。生き物だって、散々殺して食べてきたじゃん!

 少し呼吸を整えて、護衛に獲物を渡した。次は、センザンコウだ。が?

「何?」

 護衛の顔が、やけに赤い。不審人物だ。即刻、護衛から外れて欲しい。

「いえ、なんでも、なんでもないですからっ」

 護衛の視線を向ける方向が、おかしいのだ。どう考えても、パドマの顔の下を見ている。ハワード案件に相違ない。締め上げるか、凹ますか、何らかの調教をせねばならない。パドマは、拳を握った。

「パドマ、やめてあげて。その子、アルマジロが大好きなだけだから! 大抵の男の子は、アルマジロが大好きなんだ。許してあげて!!」

 離れたところにいたイレから、よくわからない仲裁が入った。イレは、もじゃもじゃで顔が見えないし、師匠は蕩けているし、どこまで真面目な意見かわからないのが、困る。

「え? そうなの? 聞いたことないけど。お兄ちゃんに、お土産にしようかな」

 とりあえず、目の前の護衛には、目の前で殺してごめんね、と謝って、次に行くことにした。


 次は、センザンコウだ。センザンコウは、くるっと丸まって、転がるように逃げていた。丸まっているからだと思うが、とても遅い。すぐに追いついた。全力斬りをすれば、そのままでも殺れるかもしれないが、商品価値が下がってしまう。だから、これもアルマジロ同様にひっくり返して。

「痛っ」

 センザンコウに手を伸ばしたところで、パドマは反撃にあった。大したことない相手と、油断しすぎたのだ。しっぽで、手を叩かれただけだ。切り傷はできたが、別にどうということでもなかったのに。

「ちょっと、何してんの? こんなことされたら、売り物にならないんだけど!」

 パドマは、激ギレした。センザンコウが、とんできた師匠に、踏み潰されてしまったのだ。


 師匠は、何度も踏みつけて、センザンコウをミンチだか煎餅だかにした後、冷えた顔をパドマに向けた。ケガをするなと言っただろう。また手間をかけさせるつもりか! とでも、怒っているのかもしれない。パドマは、師匠から目を離さず、そろりそろりと後退した。野生生物から逃げる時は、視線を外してはいけないからだ。パドマは懸命に逃げ口を探しているのに、師匠はツカツカとまっすぐパドマに寄ってきて、ケガした方の腕をつかんでねじりあげた。そして、傷口を舐めた。

「うっぎゃあぁああああぁっ!」

 最低な攻撃だった。パドマ相手に悪口を言っても、暴力を振るっても、大して堪えないから、新たな嫌がらせを開発したのだろう。だが、最低だ! 痛みが走る上に、気持ち悪い。パドマが嫌がる顔を眺めながら、パドマに見えるように舐めている。手当などでは絶対にない。純度100パーセントの嫌がらせで確定だ。師匠の口角は、上がっている。間違いない。

「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」

 泣いて嫌がるパドマを助けようと護衛も動いたが、師匠には敵わない。何度も突っ込んで行っては、師匠に殴られ蹴られ、吹き飛ばされていた。パドマは、それに気付いても、どうすることもできなかった。そんな余裕が持てなかった。

「やだあぁっ!」

 叫んでいるうちに、パドマの腕は解放された。イレが護衛側で参戦したからだ。最初は、パドマを抱えて盾にして戦っていた師匠は、途中でパドマを捨てた。背中から落ちたパドマは、その衝撃に目を白黒させたが、這って通路まで逃げた。背中の痛みなど気にならなかった。


「うぅう」

 びらびらと垂れる袖で、ガシガシと傷口をこすってみたが、気持ち悪かった。パドマが何を気にしているか気付いたらしい護衛が水袋を出したので、流してみたが、気持ち悪かった。気持ち悪くて、どうしようもなかった。パドマは、剣を手にした。

「やめなさい!」

 パドマは、後ろから両手首をつかまれて、吊るされた。イレだ。またイレが、邪魔をするのだ。パドマは、敵わなくとも一矢報いてやろうと暴れた。

「はーなーせー!」

「師匠! 責任とって、パドマ兄を連れて来て。大至急!! 行けよ! んー! ペンギン君たち、一番足の速い子、パドマ兄を連れて来て。お願いだから! い、そ、げ!」

 護衛は、お互いの顔を見合わせ、その中の2人が上階に向けて走り出した。

「パドマは、お兄ちゃんが来るまでお兄さんに腕をつかまれてるのと、腕を縛られてるのと、刃物が使えないように取り上げられるのだったら、どれが一番マシかな?」

「どれも死ぬ! 死んでやる! もうこんな身体はいらない!!」

「大袈裟だなぁ。パドマ兄がパドマを回収してくれたら、師匠は責任を持って絞め落とすから、許してよ」

「やだぁあああ!」



 ヴァーノンは、いつも通り、ハーイェク惣菜店の裏の厨房で、ぼんやりとしていた。本日前半の品出しは終了し、休憩中なのだ。勉強になるうちは、いても構わないが、この店に関しては、一生休憩でも構わない。勤務態度の悪さを同僚に咎められても構わないのだが、残念なことに、褒められはすれども、まったく怒られない。恐らく、上から何か言われているのだろう。まぁ、やらねばならないことは全てやっているし、ヴァーノンがいるだけで売り上げがあがるという噂だし、同僚の尻拭いまでやって怒られるのであれば、これ以上は無理だと断るだけだ。毎月辞表を出しているのに、数年慰留されている。友人の店だし、世話になった自覚もあるから続けているが、もうそろそろ無断欠勤して消えてもいいと思っている。

 ぼんやりしていたら、客がきた。血相を変えた妹の護衛だった。



「うぅっらぁああああああああ!!」

「ちょ。いったーー!」

 ヴァーノンは、パドマの護衛役から剣を奪い取り、話も聞かずに駆け出した。師匠顔負けのスピードでダンジョンを下ると、まっすぐイレを斬りつけ、パドマを取り戻した。

「大丈夫か?」

「ん、ん」

 パドマは、ヴァーノンが来るまでずっと、泣いて騒いで暴れていたので、もうへとへとになって、ぐったりしていた。それでも、よろよろと動き、ヴァーノンの足にくっついた。

「遅くなって、悪かった」

 ヴァーノンは、パドマを抱いたが、警戒は緩めなかった。泣いている師匠に、パドマを拘束していたモジャモジャ男、それを見ているだけだった数人の護衛たち。全部、ヴァーノンの敵である。

「痛い。ひどい。違うのに!」

「ボスの自傷を止めていただけですよ!」

 言い訳など聞きたくなかった。大事な妹を泣かせたヤツは、全員地獄行きが決まっている。命乞いなど、反吐が出る。

「お、にーちゃ。ぎゅーして」

 掠れるような小さな声だったが、ヴァーノンの耳には、よく聞こえた。消耗した妹の切実な願いなのであれば、全力で応える。

「ああ」

 ヴァーノンは、剣を放り出して、パドマを両手で優しく抱きしめた。護衛が剣を拾って逃げたのは見えたが、今はどうでも良かった。必要ならば、また奪い返せばいい。



 トコトコと寄ってきたヤマイタチのリュックから水袋を取り出し、ヴァーノンは、パドマに給水させた。すると、パドマは師匠をビシッと指差した。

「師匠さんが、気持ち悪いの!」

「ああ、また抱きつかれたのか? そのくらいなら、さっき俺もやっただろう」

「お兄ちゃんは大好きだけど、師匠さんは気持ち悪いの!」

「なんでだ。肩幅が同じだから、いいんじゃなかったのか?」

「もう完全にお兄ちゃんの方が大きくなったし、師匠さんは、傷口をなめるんだよ? 妖怪だよ」

「ケガしたのか。どこだ。見せろ」

「いや、違うっ。そんな大層な傷じゃないから」

「これか!」

 ヴァーノンは、パドマの手を順につかんで眺め、一本の引っかき傷を見つけた。

「ごめんなさい。ちょっと引っかかっただけなの。もう痛くないし、平気だから」

「あああああああ!」

 護衛たちが悲鳴をあげた。ヴァーノンが、パドマの傷に口を付けたのだ。そんなことをしたら、またパドマが暴れ出してしまうのに!

「嫌か?」

「嫌じゃない。だから、行為そのものじゃなくて、人が嫌なんだってば。師匠さんが、気持ち悪いの!」

 必死に訴えるパドマの頭を、ヴァーノンが撫でた。

「そうだ。悪いのは、師匠さんだ。だから、パドマは腕を切り落としたり、首を切り落としたりするなよ。それは、俺の可愛い妹の可愛い腕と可愛い首だからな」

「わかった。ごめんなさい」

 パドマは、ヴァーノンの頬に唇を落とした。


 ヴァーノンは、パドマを抱えると、イレと護衛に謝罪し、師匠に絶縁状を叩きつけて帰って行った。

 ヴァーノンは武器を捨てたままの上に、両手がふさがっている。そんな状態で、ダンジョンを50階以上上がるなんて、自殺行為である。慌てて護衛は荷物をまとめて、追いかけた。

次回は、ヴァーノンがパドマに心理的外傷を負わせます。

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