15.ミミズ実食
ダンジョンセンターを出ると、ヴァーノンと友人ABが、所在なさ気にウロウロしていた。それを見つけた師匠は、顔を輝かせている。即座に近付いて行って、ミミズをイギーに押し付けた。
「あー、ごめん。ミミズ重いんだわ。か弱い師匠に持たせるのは可哀想だから、持ってやってくれる? お兄さんは、もうこれ以上持てないし」
実際は、師匠は男な上に、イレより実力は上だと聞いたが、見た目だけは、可憐な乙女のような人だ。困り顔をされただけで、少年たちは、断り文句を失った。見た目だけでなく、触り心地もどうかと思う、とても重たい物体を押し付けられたイギーは、レイバンを睨みつけ、
「持て!」
と命令してみたが、レイバン1人では持てず、ヴァーノンを追加しても足りなかったため、諦めて3人で協力することになった。さっきまでは、師匠は1人で持っていた。どちらが助けが必要か、わからない。
「なんなんだ。これは!」
「師匠さんの大好物なんだって。今日の師匠さん、3割増で可愛いでしょ? 誰にも止められないから、諦めて。蹴られたウチよりは、いくらかマシだと思う」
パドマは、少年たちを助ける気はない。師匠は、楽勝で持っていたことを知っているが、逆らっても逆らいきれないことを体験したばかりだからだ。
「蹴られたのか?」
「死ぬか、蹴られるかの2択だったから、怒る気はないけどね」
「それは何とも言えないな」
だが、やろうと思えば、もっと穏便に助けられただろうという考えが、全員の頭をよぎった。
目的地は、イレの家である。ミミズトカゲをその辺の道端で調理することはできない。街から出るか、どこかの店に頼むかとなった時に、イレの家が選択された。泊まるのは拒否していたのに、ミミズトカゲを食べるためなら、敷居を跨ぐのも良しとするらしい。師匠は、どれだけミミズ好きなのか。手ぶらで身軽になった師匠は、るんるんと歩いていく。
イレの家は、城壁近くの庭付き一戸建てだった。一軒家としてはそれほど立派な物ではないが、一人暮らしにしては、なかなかの家だった。
その庭に、無造作にミミズを並べて、イレが解体し、調理をしていく。量が多すぎるので、少年たちは調理補助に使われた。
「イレさんって、料理ができたんだね」
「自分では絶対にやらないのに、食べたがる師匠がいたからね。生もの専用料理人だよ。野菜料理は、師匠の方が上手いから」
「え? 師匠さん、野菜食べないじゃん」
「妹のために料理を作りたかったんだけど、肉と魚と卵は気持ち悪いから、調理したくないんだって。可愛いよね。基本、その人は何もしなくても、周りの誰かがやってくれるから、何もしなくても生活できるんだけど、妹を可愛がってたんだよ」
しゃべらなくても、この人間性だ。しゃべってた頃は、またとんでもない人だったんだろうな、とパドマは容易に想像できた。
男たちが調理をする間、パドマは師匠に連れられて、庭の反対側に来た。そこには釜があった。師匠が風呂に入るから、釜炊きをしろということだと理解して、了承した。そんなことはしたことないが、焚き火なら慣れていた。問題があるとすれば、しゃべらない師匠をぐらぐらと茹でてしまわないかどうかだけだが、師匠がやれと言うなら、自分でどうにかするだろう。
水は、怪力の師匠が井戸から汲み上げて、あっという間に満たしたので、パドマはガンガン焚いた。中にいた師匠が水音を発生させた時点で控えめにして、放置した。不満があれば、水をかけてくるなりするだろうと思っていたが、何ごともなかった。
外に出てきた師匠は、また色が変わっていた。キャメルブロンドの髪に蒼玉の瞳、だいだい色の服を着ていた。髪や瞳の色が変わるのもおかしな話だが、洋服も何着色違いで揃えているのだろう。
答えを知りたい訳ではないので、どうでもいいのだが、質問する暇もなく腕を引っ張られ、パドマは風呂場に連れて行かれた。
師匠は、パドマに布を渡すと出て行ったので、もらった布を広げてみたところ、師匠が着ている服の色違いだった。サイズは、パドマにぴったりそうである。なんで、師匠はこんな服を持っているのだろうか。それはわからないが、風呂に入って来いか、着替えて来いという指令ではないかと思われた。温かい風呂に入れる機会など、そうあるものではない。風呂に入れと命令されたことにして、パドマは贅沢にお湯を使った。
外に出ると、庭のミミズは消えてなくなり、庭にテーブルが並べられていた。即席の釜戸の前にはイレが立っており、少し離れたところに少年たちが転がっていて、師匠は可愛い顔とは裏腹に、豪快料理を食べていた。食べ終わるか終わらないかのところで、次々と新しい肉を皿に投入され、幸せそうに食べている。甘味でも食べているような雰囲気を醸し出してはいるが、食べているのは、ミミズなのだろう。加工されて、何の肉だかわからなくなっているのだが。
「パドマも食べる?」
イレに聞かれたが、恐らく、答えるのは師匠の役割だ。師匠は、首を縦に振っている。ならば、食べねばなるまい。師匠が、誰にも分けずに独り占めして食べるのではないかと思っていたのに、パドマは裏切られた気分になった。妹は、訓練中蹴られることもあるが、好物でも分け与えられる身分なのだろう。
パドマの考えだけでなく、イレとしても師匠の言葉が第一なのかもしれない。パドマは何も答えてないのに、お皿が渡された。
そのものズバリの焼いただけステーキもあったが、野菜に詰められたり、野菜に挟まれたり、ミンチの中に野菜が混ぜられたりしている物もあった。パドマだけ特別仕様なのではなく、師匠も同じ物を食べていた。
「今日の師匠さんは、野菜も食べるんだね」
「好物だからね。たまには野菜も食べてくれないと困るから、こんな重たい物を運んで来たんだよ」
「イレさんの方が、お母さんみたいだね」
「こき使われてる弟子だよ。でも、安心した。もう1人弟子が増えてくれたから、明日からは、師匠を任せるね」
ヒゲ面でまったく見えないが、ひょっとしたら下にキラキラ笑顔が隠されていたのかもしれない。なんていう師弟だ。
「無理だよ!」
パドマは驚いて、手に取ったばかりのフォークを置いた。睨みつけられたイレは、つつーと視線を逸らした。
「師匠を安宿に泊める訳にもいかないし、そろそろ兄弟子は出稼ぎに行くので、妹弟子は師匠の講義を受けるといい。死ぬことはないと思うし、生活費と傷薬は支給します。そうします。どうせパドマから離れないから、諦めて。一緒について行っても、助けられないことを思い知ったから」
「え?」
「今日、パドマを見殺しにしたと思ってた? 違うよ。助けようとしたけど、師匠に封じられてただけだから。ごめんね。勝てないんだよ」
イレは、目をつぶって何かに耐えていた。パドマは深階層プレーヤーは最強だと思っていたのだが、案外そうでもないらしい。
「どうして、こんなことになったのかな」
「拾っちゃったのが、運のツキだったんじゃない? もしかしたら、妹が心配で化けて出てきたのかもしれないし」
「本物の妹さんは、どこにいるの?」
「師匠の葬式を最後に会ってないから、今どこで何をしてるのか、生きてるかどうかすら知らないよ」
「師匠さんて、何年前に死んだの?」
「やだなぁ。自分の年すら数えられないのに、そんなの覚えてる訳ないよー」
「そっか。聞いて、ごめんね」
「いいよ。なんだか知らないけど、生き返ったみたいだし」
パドマは、勇気を出して、イレの料理を食べてみた。キノコに挟まれた、肉が見えない物をひとくち。
「あれ? もしかして、普通に美味しい?」
「不味い物なんて、師匠は運ばないし、食べないよ」
「イレさんが、料理上手なんじゃなくて?」
「解体は上手だけど、ほぼ焼いただけだから。マスターに料理してもらったら、もっと美味しくなるかもね」
師匠の瞳がキラリと光ったのを弟子は見た気がしたが、きっと気の所為だ。
「ウチは、何も見なかった」
「お兄さんも、何も言わなかった」
無言で食べ続けていたら、ショックから立ち直ったらしい少年たちがパドマに寄ってきた。
「そんな物、よく食えるな」
「本当に美味いのか?」
パドマも、少年たちの言葉の意味はわかる。食べる予定は、微塵もなかった。どちらかと言えば、食べたくなかった。しかし、師匠の食べて良しという許可は、恐らく、自ら食べなければ強制的に食べさせられるということだと理解した。草でもミミズでも、命を頂くことには違いない。同じ物だ、と暗示をかけて口にしたのである。一口食べたら、美味しかったので、原材料は忘れることにした。
「師匠さん、お手伝いしてくれた人達にもおすそ分けしていい?」
パドマは師匠の首が縦に振られる前に、レイバンの口にステーキをねじ込んだ。兄はダンゴムシも嫌がっていたし、イギーにイタズラするとヴァーノンに怒られるからだ。レイバンは、何をしてもいい人だったハズ。不満は言われても、怒られたことはなかった。
「!! うまい」
レイバンは頬を染めて、小さくこぼした。イギーは、そんな特典が? と、レイバンを羨んだ。
「なんで、レイバンだけだ。俺にも食わせろ!」
「え? 1番いい男だから?」
パドマの適当な一言に、少年たちは絶叫した。今の今、食べるのを拒否していたイギーが、食べると言って聞かなくなった。目で兄に確認を取ると、GOサインが出たので、皿ごとあげた。
「なんでだよ。食わせろよ」
「赤ちゃんじゃないなら、自分で食べろ」
これでパドマの皿は片付いた。もう食べずに済むと油断していたら、もう一皿回ってきた。ついでに、お手伝い3人組の分も回ってきた。イレは焼きながら食べているし、師匠はにこにこしている。お腹が痛くなるまで食べて、みんなで仲良く倒れた。
次回、またミミズを倒せと強要されます。