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ダンジョンマスターの贈り物  作者: 穂村満月
第6章.15歳
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149.旅路

 パドマは、船の甲板の上で、海風に吹かれていた。船旅をすることになったのはいいのだが、客分の身では、船に乗ってもすることがない。横で日除けの傘を差してくれるヴァーノンに半ば体重を預けながら、持ってきたクッキーをかじるしか、することがなかった。そろそろお菓子もなくなってしまう。なくなってしまったら、どうしようか。それを真剣に検討していた。

「お前らな、毎日毎日どこでもここでもイチャイチャいちゃいちゃと、他にすることはないのか!」

 船の持ち主である、紅蓮華の次期会頭に怒鳴られたところで、することは何もないのだ。

 船室にいるよりは面白いかな、と海を見ているのだが、鳥も飛んでいないし、魚も飛ばないし、クラーケンも出てこない。遠くに見える陸地も変わり映えのしない森ばかりだ。天気も良く、風も穏やかで、船も大して揺れない。揺れない船と日取りを考えてもらった結果なのだろうが、何も面白くなかった。

「何かしてもいいなら、手伝うけど」

「英雄様に雑用なんてさせられるか!」

「じゃあ、お兄ちゃんにくっついているくらいしか、することはないよ」

「俺も、英雄様の世話係以外の仕事は、引き受ける気はない」

「段々と態度を大きくしやがって」

「俺は辞職願いを出しているよな? 辞職が受け入れられないなら、解雇を狙うまでだ」

「ぐぬう」

「あと何日かかるの?」

「風向きがいい。このまま行けば、明日には着く」



「うわーい。陸地だ!」

「バカか!」

 パドマは、着岸を待てずに甲板から飛び降りて、顔を青ざめさせた師匠に空中で捕まえられ、無事に師匠は港に着地した。

「さわるな。自分で着地できたから!」

 パドマは即座に怒り出したが、見ていた人間は皆、ほっと胸を撫で下ろした。パドマは、着地を成功させる前に、間違いなく飛距離が足りていなかった。放っておけば、着水した挙句、船にひかれたり、余計な事故が起きていたことだろう。


 ともあれ、パドマは隣国シャルルマーニュ王国に降り立った。師匠への復讐から気を逸らさねばと、イレに遊びに行こう、と誘われたのだ。あまり行きたいとは思えなかったのだが、攻め込まれれば少なからず被害をこうむるかもしれないから、こっちから行こう、と言われた。秘策があるから任せておいて! とイレにしては珍しく、自信があるようなのだ。ヴァーノンに相談した結果、ヴァーノンが同道するという条件で、どちらかというとノリ気で許可がでた。仕事を休みたいなら、パドマと関係なく、勝手に休めばいいのに! 結果、4人旅になった。出発直前まではルイもいたのだが、師匠に捨てられてしまい、いなくなってしまった。無事は確認しているが、可能な限り追いかけてくる姿は、可哀想だった。

 イギーは、チャーターした船の責任者であって、旅の道連れではない。


 シャルルマーニュは、隣の国だ。多少の訛りの違いはあるようだが、言語は同じだし、文化も然程変わらない。通貨も同じ、というか、アーデルバードは、そこら中の国の通貨を使い回している。隣国故に流通量は多い。財布を漁れば、大半がシャルルマーニュ硬貨だった。同じ国の違う街というほどしか、差は感じられない。着いた場所が、アーデルバードと同じ港街だからかもしれないが、建築様式も同じなので、パドマは、アーデルバードの行ったことのない区画に来ただけという気分であった。つまらない船旅から解放されたのは嬉しいが、旅行気分には浸れない。

 そんな風に思っているのだが、パドマは走っていた。師匠に襟首をつかまれているため、微塵も前には進んではいないが。

「離して。シャルルマーニュは、羊の国だよ! カルボナーラが、ウチを呼んでるの」

 ジタジタと暴れ続けていたが、イレとヴァーノンが荷物を抱えて合流してくるまでは、離してもらえなかった。


 合流したところで、観光よりも、宿を探す方が先だと言われ、なかなかパドマの要望は叶わなかった。気軽に大型船を貸し切るような分厚い財布を持っている人がいるので、どこにでも泊まれるのだが、師匠のチェックが厳しくて、何軒回っても決まらなかった。パドマは、1日寝るくらいどこでもいいと思うのだが、何が気に入らないのか、師匠が首を横に振るのだ。イレは理由がわかるらしいのだが、ベッドのシーツが桃色だからじゃないかな、と言われた時には、殴ろうかと思った。理由がどうでも良すぎた。

 結局、この街のそこそこ高そうなホテルのうち、1番最後に行ったホテルに決まった。パドマが、もう歩きたくないと激ギレしたからだ。眺望のために、坂を登りまくったのだ。スタートから、はしゃぎ倒していたパドマには、もう限界だった。ここだけは嫌だと、男3人が反対したが、シカトした。みんなだけ違うホテルに行けばいいと。昼前に港に着いたのに、飲まず食わずで、もう夜だ。このままいけば、寝ずに朝を迎えてしまう。パドマは、チェックインもしていないのに、勝手にベッドに潜り込んだ。



 黒茶のもこもこの上に柔らかな光が落ちて、しばらくして、パドマは目を開けた。

「んんんっ」

「起きたなら、そろそろ離してくれないか」

「やだ」

 ヴァーノンがこの宿を嫌がった理由は、ダブルベッドが置いてあったからだった。イレは別の心配をして、もう一部屋取ってくれると言ってくれたが、申し訳ないので、断った。そんな心配はいらないし、パドマには夜中に徘徊する癖があるからだ。いてもあまり役に立っている気はしていないが、この街には護衛もいない。同じ部屋にいる方が気付きやすいと思ったのだ。

 ただ、パドマには、抱き付き癖がある。くっつかれると、寝返りに難儀する。それが嫌だから、別のホテルにして欲しかった。ヴァーノンは、6つの頃から、その仕打ちに耐えてきた。今となっては、普通に寝られるが、それでも1人で寝る方が寝やすい。

「やだじゃない。もう起きるんだ」

「ぎゅうしてくれたら、起きる」

「約束だぞ」

 ヴァーノンが折れて、手を伸ばしたところで、バタンと扉が開いて、師匠が飛びこんできた。顔を赤くして、涙を流していた。朝から元気そうだった。

「おはよう御座います? あの、鍵をかけ忘れていましたか?」

 ヴァーノンは驚いて、パドマをくっつけたまま起き上がった。

「ごめんね。すぐ連れ出すから。っわ! 嘘吐き。全然大丈夫じゃないじゃん!」

「何がでしょう?」

 年齢不相応に甘ったれのパドマと、それをまったく気にかけないヴァーノンは、イレと師匠には理解されなかった。


 店を探すのが面倒なので、朝ごはんはホテルの食堂で食べた。昨日宣言した通り、パドマはカルボナーラをがふがふと食べている。そんなメニューはなかったのだが、昨日の晩のうちに、イレが注文しておいたのだ。パドマの怒りが怖かったから。

「妹とは、そういう生き物なんですよ。大きいパドマも小さいパドマも、こんな感じですよ。妹がいない人には、なかなか伝わりませんが」

 なんで抱き合って寝てるのかと問い詰められても、ヴァーノンは慌てることなく、ミモザサラダを食べ続けた。勿論、その答えに、パドマも何の反応も見せない。

「いやいやいや、師匠にもお兄さんにも、妹がいるからね。そんな妹は聞いたことないし。師匠には、なんと妹が5人もいるんだよ? だけど、そんな子は1人もいないからね」

「ジェネレーションギャップかもしれませんね」

 何を言っても、ヴァーノンの真顔を崩せそうな気がせず、聞いた方が驚愕するハメになった。

 小さいうちなら、わかる。そろそろ結婚を考え始める年齢で、実は血の繋がりがなくて、ヴァーノンは、いろいろ気になっちゃうお年頃じゃないのか! イレには、信じられなかった。

「まさか、毎日、そんな感じで?」

「唄う黄熊亭は、ツインベッドなので別々ですが、白蓮華では雑魚寝なので、くっついてきますね。2人いるので、両側に寄ってきて、もう動けません。弟は、男だからか、1人で寝てくれます。妹が5人もいたら、どうやって寝るのでしょうか」

 左右に1人ずつ、上に1人乗せて、残り2人とは手でも繋げばいいのかな? などと真剣に検討を始めたヴァーノンに、イレは、もう何を言う気も起きなかった。きっと人種が違うんだね、パドマを襲う気はなさそうだから、もういいか、とイレと師匠は小声で話し合った。



 イライジャの領地、トレイアまでは、馬車で行く。とても残念なことに20日もかかる。あちらの出陣に間に合うのか、とても心配になる日数だった。乗合馬車で20日だから、手持ちのーーー紅蓮華から借りた馬車なら、もう少し早く着くかもしれないが、鋪装もされていない悪路な上に峠越えなど、時間をくうポイントが幾つもあるらしい。聞くからに、パドマは行きたくなくなった。

 観光だと思って諦めて行くかと、馬車に乗ろうとしたら、師匠に止められた。師匠は懐中から次々と物を出し、馬車をジャッキアップしてしまった。

「えー? また何か気に入らないの? 師匠さんに付き合ってたら、また夜になっちゃうよ」

「まぁまぁ、師匠に任せておけば間違いないよ」

 恋で目が曇り切ったおっちゃんが、すぐそこの屋台で芋菓子を買ってくれたので、パドマは、食べ終わるまでは待つことにした。

 師匠は、どんどん馬車を解体して、新しい部品と交換していった。太い車軸だけでもどうかと思ったのに、大きなタイヤまで懐中から出てきたのだ。絶対におかしいのだが、ヴァーノンも何も言わないので、パドマも大人しくしていた。交換ではない新部品の謎の板を取り付けたら、馬車は地面に降ろされた。最早、馬車を新調したのと変わらないくらいの魔改造ぶりなのだが、パドマには何が変わったのか、わからなかった。


 もう乗っていいよ、と言うので、乗り込んだ。パドマは、ヴァーノンと並んで後ろの席で、師匠はその対面の席、イレは御者台に乗り込んだ。

 街中にいる間は、トコトコと歩いていた馬は、外に出た途端に速足になった。

 これから20日も馬車に乗りっぱなしで、何して過ごそう、そう思うと、パドマはちょっと気が遠くなった。車窓を楽しむのは、最初の1日だけで限界がくるのは、船で体験済みなのだ。オヤツは補充してきたが、さっき食べたし、今はいらない。ヴァーノンと何して遊ぼう、と検討を始めたら、師匠が魔法の懐中から、棒を出して吹き始めた。金属製の横笛である。懐中から出てきたとは信じられないくらいの長さで、それなりに太く厳つい。鈍器にも使えそうな笛だった。しかし、見た目とは裏腹に、音は甲高く小鳥のさえずりのようだ。聞いたことのない美しいメロディが奏でられた。

 懐中からゴツい棒が出てきたこと、棒が笛だったこと、笛からキレイな音色が響いたこと、師匠が笛の名手だったこと、どれに驚いたらいいのか迷っている間に、最初のチェックポイントに着いた。小さな農村だ。

 この旅では、とにかく寄り道が多く予定されている。ただでさえ遠いのだから、まっすぐ行った方が早いと思うのに、ちょくちょく寄り道をしては、馬を取り替えるという。パドマは無駄遣いだと思うのだが、そうすると馬が全力を出せる距離が伸びて、早く着けるという。紅蓮華の人が単騎で先行して、替え馬の交渉も済ませているので、本当に馬を繋ぎ替えるだけで出発する。金持ちいい加減にしろよ、とパドマは思った。


 馬を繋ぎ替える度に、師匠の楽器は変わった。今度は何色の馬かな、と外に気を取られている間に、違う楽器が置いてあるのである。中には、師匠の胴体より大きい弦楽器や太鼓もあった。本当に、師匠の懐中は、どうなっているのだろう。楽器の演奏を聞いているより、師匠の服をむいた方が面白そうだ、とパドマは思っていた。


 無理のない夕方までの移動だったのに、距離的には全行程の半分以上進んだと聞き、パドマは金の力の偉大さを知った。師匠が魔改造した馬車ならではだよ、という説明を受けたが、まったく納得できなかった。半分以上進んだのに、到着は明日でもないらしい。

 パドマは、話を聞くのを諦めて、宿に入った。素晴らしいことに、着いた街には宿は一軒しかないそうで、もう決まりだ。師匠のわがままに振り回されることもない。


 宿に荷物を置いたら、レストランで食事だ。川魚の赤ワイン煮、シカのカツレツ、塩漬け豚と野菜の煮込み、ブレビルス(チーズ)・ダルジェンタルのハチミツがけをそれぞれが注文し、みんなで分けて、パンと一緒に食べた。チーズは誰も食べる人のいない不人気料理だ。だから、仕方なく注文した人の責任だよね、とパドマは1人で4人前を食べた。

次回、パドマが暴れます。

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